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第十四章 竜の末裔
10-3 呼び声
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ジルとベルが欲しているものは分かりきっている。それを得られれば、彼らは永遠の友情とその強力なドラゴンの力を自分達に恩恵として与えてくれるだろう。しかし、得られなかった場合、彼らは今度こそ人間を見限るに違いない。
心を閉ざすだけならまだしも、邪鬼(あちら)側に付かれてしまったら。リュセルが考えたこの予測について、レオンハルトもすぐに考えついた。
それでも、レオンハルトの考えはブレる事はない。自分のすべき事、成すべき事は決まっている。そして、リュセル自身も同じ考えである事を信じて疑っていなかった。
それ故に、あえて尋ねたのだ。どうしたいのか、と。
「俺は……、このまま彼を渡したくない。今後の道を決めるのは、ジルやベル、アシェイラでも俺達でもない。彼自身だからだ。例えドラゴンを敵に回す事になってしまっても、ウインター神官長補佐自身が己の生き方を選ぶべきだ」
返された予想通りの答えに、レオンハルトは薄く笑った。
「そうだね。私もそう思うよ」
兄の同意の言葉に元気づけられたリュセルは、不敵な笑みを返す。
「じゃあ、行くか? 自分の体に戻って、感知能力も使えるようになった事だしな」
そう言いながら意識を神殿内部に集中させる。
二つの異質な金色の気配。
確かに在る。在る事には在るが……。
「神殿内部というより、外だな、これは」
閉じていた目を開き、軽く首を傾げながらリュセルが言うと、レオンハルトも怪訝そうな声を上げる。
「外?」
「ああ。っていうか、入口? 多分、ここに来る時に通った橋のあたり。そこで呼びかけているみたいだ。おそらく神殿内部に侵入出来ないんじゃないか?」
いくらドラゴンといえど、簡単には神の寝床に近づけぬという事か?
「でも、いくら呼びかけても、あれだけ怯えていた相手が来るわけないと思うが」
そう言いながらも不安は尽きない。
「とにかく、あの二人がいる場所に行くよ。この霧をどうにかさせないといけないからね」
周囲を見回し、倒れている神官や巫女達を目線で指してそう言った兄の意見に異論はない。
「ああ」
リュセルは頷くと、金色の気配の在る方へと急ぎ駆けだした。
*****
ライサンが退室し、どれ位そうしていたのか。
寝台に腰を下ろした姿勢のまま、ルークは何をするでもなく、ぼうっとしていた。すぐに動き出さなければならないというのに、体が重くて動きだせない。
混乱していたのだ。
原因となっている森の中で出会った双子の青年の事を思い出すと、心の奥がざわつく。
ドラゴン?
信じられない事だが、彼らがそうである事は理解した。無理矢理した。
でも、あの虹色が……。虹色を宿した瞳が愛おしかった。
双子の一人に口づけられた瞬間感じたのは、得も知れぬ懐かしさ。彼から流れ込んでくる身体中を探るような力の奔流が強過ぎて恐ろしく、それに気づいたのは神殿内に入ってからだ。
「俺は……、帰りたいのだろうか?」
そう呟くと同時に悟る。
帰る? 一体、どこに?
一人、愕然としていたルークの脳裏に、それは突然響いた。
ーおいでー
「ッ!?」
驚きに目を見張り、立ち上がる。
呼んでいる。
彼らが、自分を。
ー戻っておいでー
ー帰っておいでー
行ってはいけない。
応じてはいけない。
戻ってこれなくなる!
「嫌だ、行きたくない」
震える声でそう呟きながらも、足が勝手に動いてしまう。抗う心とは裏腹に、体は呼び声に応え、濃霧漂う部屋の外へと歩みを進める。部屋の外には、ルークの様子を見に来たであろうリュカ老師が倒れていたが、ルークの体はそれを気にとめる事なくゆっくりと歩き出す。
恐怖で歯がカタカタと鳴るのを感じていた。この霧の向こうにいる者が何者か、ルークは本能的に悟っていたからだ。
金の髪をした双子の青年。ドラゴンの末裔達。
そんな声で呼ぶな!
「俺は行きたくないんだ、セリクス!」
あのまま掴んで離さなければ良かった。
格好悪くても、情けなくても、正直に、行かないで欲しいって言えば良かった。いつもいつも、いらない時にはいるくせに、何故肝心な時にいないのか。
ー君、僕のモノになる?ー
二十年前、ゴミのように捨てられていた自分に、白兎のような容姿の子供が手を差し伸べて来た。
ずっと、勘違いしていた。
わざと、勘違いをしたままにしていた。
本当は気づいていたのに……。
「また手を伸ばせよ、セリクス。そしたら……、そしたら、俺は…………」
もう一度、お前の手を取るのに。
「ルーク?」
アシェイラとユリエと共に、神殿奥より駆け足で神殿中央部に移動していたライサンは、妙な胸騒ぎがして足を止めた。
「どうした、ディエラ?」
先を行くユリエが振り返り、同胞に呼びかける。
「いえ、なんでもありません。急ぎましょう」
しかし、足を止めたのは一瞬で、すぐにライサンは意識を切り替えた。今優先すべき事を、間違えてはいけない。
「それにしても、この霧。皆眠り込んでしまっていて、起きてる者が一人もいないけれど、神子達は大丈夫なのだろうか?」
いくら女神の子供といえど、生身の人間。霧発生時、自分達のように扉の向こうにいなかったとすると、同じように眠りにつかされている可能性が高い。
「そうだなぁ。多分、同じように眠っているんだろうなぁ。あ! でも、アシェイラの神子達にはレイの加護がついてるから、影響は少ないかもしれないぞ」
アシェイラが能天気な声でそう言った時、彼らのいる場所の前方左、中央エリアから客室エリアへ続く回廊より二人の青年が飛び出して来た。
「セリクス神官長、ユリエ姫!」
先程話題に出ていたアシェイラの神子、リュセルは、そこに二人がいる事を確信していたらしく、驚きもせずに兄と共に駆け寄って来る。
「ご無事でしたか」
ほっとしたように胸をなで下ろすライサンに、リュセルは頷いて答える。
「ちょっと一瞬、意識は途切れたけれどね。そっちこそ、よく無事だったな」
「私達は扉の向こうにいましたから」
今度はユリエが穏やかな声でそう言った。
「扉の向こう?」
「セイントクロスの泉へと続く特別な場所だよ、リュセル」
弟にそう教えながらも、レオンハルト自身、そこに入ったのは今までにたったの一度だけだった。リュセル帰還の折に入ったのが初めてだったのだ。
「続いているのは泉の場所だけじゃないぞ~。お前達の挑戦する”試練の迷宮”や”修行の間”、他にも”陰の間”とか色々ある。後で教えるよ」
朗らかな声でそう言った、クシャクシャな髪が印象的な見たこともないような青年。二十代半ば位の年齢の、人好きのするような普通の青年だ。着ている衣服が神官服な事から、神官の一人だろうか? デザインが大分変わっているようだが。
「誰だ?」
レオンハルトの警戒の声を聞き、青年が悲しそうに答えた。
「なんだよ~、見た目が少し変わった位でわかんないのか? まぁ、気配も抑えてるから分かりずらいだろうけどさ」
「見た目どころか口調も違うぞ。レオン、この人はアシェイラだよ。フェンリル・アシェイラ!」
リュセルはレオンハルトに目を向けながら、人型をとったアシェイラを指差して教えた。
「リュセル、人(?)を指差すのは止めなさい」
弟の手を下ろさせながら、レオンハルトはじっと目の前の青年を見つめた。
「さすがにレイの意識を持っている方の神子には分かるか。なら、あいつらのいる場所も分かっているんだろ?」
レオンハルトの冷たい氷の視線に内心ひやひやしながら、アシェイラは本題を切り出す。
「ああ。二人共、中には侵入していないようだ。神殿の入口付近に留まっているのが不幸中の幸いか」
そう言って再び意識を集中し、ジルとベルの気配を感知して二人がそこから動いていないのを確認していたリュセルは、次の瞬間、驚愕に目を見開く。
「ッ何故、……何故、呼び声に答えたんだ!?」
リュセルの言葉の意味を即座に悟ったのは、前もって話を聞いていたレオンハルトだけだった。
「先に行く」
「ッ、レオン!?」
アシェイラを抜かし、この場で一番脚が早いであろう自分が先に行った方がいいと判断し、リュセルを抱え、疾風のような速さで駆け出す。
「僕達も行こう。……って、あ!?」
「何の真似ですか?」
走り去ったレオンハルトを真似し、ライサンの体を右肩に担ぎ上げ、ユリエの体を左腕に抱えたアシェイラは、能天気な口調で言った。
「そうか、最初からこうすれば良かったな。ディエラ、サンジェイラ、しゃべると舌噛むぞ」
「…………」
「ちょ、何する気……、ぎゃあああああああああああッ」
アシェイラの言葉を聞き、無表情のままライサンは黙り込み、ユリエは盛大な悲鳴を神殿中にとどろかせた。
心を閉ざすだけならまだしも、邪鬼(あちら)側に付かれてしまったら。リュセルが考えたこの予測について、レオンハルトもすぐに考えついた。
それでも、レオンハルトの考えはブレる事はない。自分のすべき事、成すべき事は決まっている。そして、リュセル自身も同じ考えである事を信じて疑っていなかった。
それ故に、あえて尋ねたのだ。どうしたいのか、と。
「俺は……、このまま彼を渡したくない。今後の道を決めるのは、ジルやベル、アシェイラでも俺達でもない。彼自身だからだ。例えドラゴンを敵に回す事になってしまっても、ウインター神官長補佐自身が己の生き方を選ぶべきだ」
返された予想通りの答えに、レオンハルトは薄く笑った。
「そうだね。私もそう思うよ」
兄の同意の言葉に元気づけられたリュセルは、不敵な笑みを返す。
「じゃあ、行くか? 自分の体に戻って、感知能力も使えるようになった事だしな」
そう言いながら意識を神殿内部に集中させる。
二つの異質な金色の気配。
確かに在る。在る事には在るが……。
「神殿内部というより、外だな、これは」
閉じていた目を開き、軽く首を傾げながらリュセルが言うと、レオンハルトも怪訝そうな声を上げる。
「外?」
「ああ。っていうか、入口? 多分、ここに来る時に通った橋のあたり。そこで呼びかけているみたいだ。おそらく神殿内部に侵入出来ないんじゃないか?」
いくらドラゴンといえど、簡単には神の寝床に近づけぬという事か?
「でも、いくら呼びかけても、あれだけ怯えていた相手が来るわけないと思うが」
そう言いながらも不安は尽きない。
「とにかく、あの二人がいる場所に行くよ。この霧をどうにかさせないといけないからね」
周囲を見回し、倒れている神官や巫女達を目線で指してそう言った兄の意見に異論はない。
「ああ」
リュセルは頷くと、金色の気配の在る方へと急ぎ駆けだした。
*****
ライサンが退室し、どれ位そうしていたのか。
寝台に腰を下ろした姿勢のまま、ルークは何をするでもなく、ぼうっとしていた。すぐに動き出さなければならないというのに、体が重くて動きだせない。
混乱していたのだ。
原因となっている森の中で出会った双子の青年の事を思い出すと、心の奥がざわつく。
ドラゴン?
信じられない事だが、彼らがそうである事は理解した。無理矢理した。
でも、あの虹色が……。虹色を宿した瞳が愛おしかった。
双子の一人に口づけられた瞬間感じたのは、得も知れぬ懐かしさ。彼から流れ込んでくる身体中を探るような力の奔流が強過ぎて恐ろしく、それに気づいたのは神殿内に入ってからだ。
「俺は……、帰りたいのだろうか?」
そう呟くと同時に悟る。
帰る? 一体、どこに?
一人、愕然としていたルークの脳裏に、それは突然響いた。
ーおいでー
「ッ!?」
驚きに目を見張り、立ち上がる。
呼んでいる。
彼らが、自分を。
ー戻っておいでー
ー帰っておいでー
行ってはいけない。
応じてはいけない。
戻ってこれなくなる!
「嫌だ、行きたくない」
震える声でそう呟きながらも、足が勝手に動いてしまう。抗う心とは裏腹に、体は呼び声に応え、濃霧漂う部屋の外へと歩みを進める。部屋の外には、ルークの様子を見に来たであろうリュカ老師が倒れていたが、ルークの体はそれを気にとめる事なくゆっくりと歩き出す。
恐怖で歯がカタカタと鳴るのを感じていた。この霧の向こうにいる者が何者か、ルークは本能的に悟っていたからだ。
金の髪をした双子の青年。ドラゴンの末裔達。
そんな声で呼ぶな!
「俺は行きたくないんだ、セリクス!」
あのまま掴んで離さなければ良かった。
格好悪くても、情けなくても、正直に、行かないで欲しいって言えば良かった。いつもいつも、いらない時にはいるくせに、何故肝心な時にいないのか。
ー君、僕のモノになる?ー
二十年前、ゴミのように捨てられていた自分に、白兎のような容姿の子供が手を差し伸べて来た。
ずっと、勘違いしていた。
わざと、勘違いをしたままにしていた。
本当は気づいていたのに……。
「また手を伸ばせよ、セリクス。そしたら……、そしたら、俺は…………」
もう一度、お前の手を取るのに。
「ルーク?」
アシェイラとユリエと共に、神殿奥より駆け足で神殿中央部に移動していたライサンは、妙な胸騒ぎがして足を止めた。
「どうした、ディエラ?」
先を行くユリエが振り返り、同胞に呼びかける。
「いえ、なんでもありません。急ぎましょう」
しかし、足を止めたのは一瞬で、すぐにライサンは意識を切り替えた。今優先すべき事を、間違えてはいけない。
「それにしても、この霧。皆眠り込んでしまっていて、起きてる者が一人もいないけれど、神子達は大丈夫なのだろうか?」
いくら女神の子供といえど、生身の人間。霧発生時、自分達のように扉の向こうにいなかったとすると、同じように眠りにつかされている可能性が高い。
「そうだなぁ。多分、同じように眠っているんだろうなぁ。あ! でも、アシェイラの神子達にはレイの加護がついてるから、影響は少ないかもしれないぞ」
アシェイラが能天気な声でそう言った時、彼らのいる場所の前方左、中央エリアから客室エリアへ続く回廊より二人の青年が飛び出して来た。
「セリクス神官長、ユリエ姫!」
先程話題に出ていたアシェイラの神子、リュセルは、そこに二人がいる事を確信していたらしく、驚きもせずに兄と共に駆け寄って来る。
「ご無事でしたか」
ほっとしたように胸をなで下ろすライサンに、リュセルは頷いて答える。
「ちょっと一瞬、意識は途切れたけれどね。そっちこそ、よく無事だったな」
「私達は扉の向こうにいましたから」
今度はユリエが穏やかな声でそう言った。
「扉の向こう?」
「セイントクロスの泉へと続く特別な場所だよ、リュセル」
弟にそう教えながらも、レオンハルト自身、そこに入ったのは今までにたったの一度だけだった。リュセル帰還の折に入ったのが初めてだったのだ。
「続いているのは泉の場所だけじゃないぞ~。お前達の挑戦する”試練の迷宮”や”修行の間”、他にも”陰の間”とか色々ある。後で教えるよ」
朗らかな声でそう言った、クシャクシャな髪が印象的な見たこともないような青年。二十代半ば位の年齢の、人好きのするような普通の青年だ。着ている衣服が神官服な事から、神官の一人だろうか? デザインが大分変わっているようだが。
「誰だ?」
レオンハルトの警戒の声を聞き、青年が悲しそうに答えた。
「なんだよ~、見た目が少し変わった位でわかんないのか? まぁ、気配も抑えてるから分かりずらいだろうけどさ」
「見た目どころか口調も違うぞ。レオン、この人はアシェイラだよ。フェンリル・アシェイラ!」
リュセルはレオンハルトに目を向けながら、人型をとったアシェイラを指差して教えた。
「リュセル、人(?)を指差すのは止めなさい」
弟の手を下ろさせながら、レオンハルトはじっと目の前の青年を見つめた。
「さすがにレイの意識を持っている方の神子には分かるか。なら、あいつらのいる場所も分かっているんだろ?」
レオンハルトの冷たい氷の視線に内心ひやひやしながら、アシェイラは本題を切り出す。
「ああ。二人共、中には侵入していないようだ。神殿の入口付近に留まっているのが不幸中の幸いか」
そう言って再び意識を集中し、ジルとベルの気配を感知して二人がそこから動いていないのを確認していたリュセルは、次の瞬間、驚愕に目を見開く。
「ッ何故、……何故、呼び声に答えたんだ!?」
リュセルの言葉の意味を即座に悟ったのは、前もって話を聞いていたレオンハルトだけだった。
「先に行く」
「ッ、レオン!?」
アシェイラを抜かし、この場で一番脚が早いであろう自分が先に行った方がいいと判断し、リュセルを抱え、疾風のような速さで駆け出す。
「僕達も行こう。……って、あ!?」
「何の真似ですか?」
走り去ったレオンハルトを真似し、ライサンの体を右肩に担ぎ上げ、ユリエの体を左腕に抱えたアシェイラは、能天気な口調で言った。
「そうか、最初からこうすれば良かったな。ディエラ、サンジェイラ、しゃべると舌噛むぞ」
「…………」
「ちょ、何する気……、ぎゃあああああああああああッ」
アシェイラの言葉を聞き、無表情のままライサンは黙り込み、ユリエは盛大な悲鳴を神殿中にとどろかせた。
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