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第十五章 試練
1-1 扉の向こう側
しおりを挟む試練の迷宮。
過去、数多の神子が聖女の身を借りてこの世界に産まれ落ちてきたが、それに挑んだ者は数える程に少ない。ましてや試練に打ち勝ち、力を手に入れた者となると、たったの六人しかいないというのが現実だ。
そして、六人の内の四人は、三千年前の悲劇の当事者達。邪神と化した同胞にして鏡主であるディエラの王子、リンスロット・レイデューク・ディエラを討つ為に彼らは力を求め、その悲愴なまでの決意と強い意志の力でそれを己がものとした。
しかし、手にした力は強大だったが、両刃の剣。元々は神族の為に在ったものである。神子とはいえ半人。不老とはいえ不死ではない。使い方を誤れば自滅しかねない危険なものだ。事実、三千年前の神子達の死は、邪神との戦いでの相討ちとされているが、本来は力の使い過ぎによる衰弱死でああった。
「……と、いう訳で、試練の迷宮の試練はもちろんの事、もし力を手に入れられても、使い方を誤れば、あなた方は確実に…………」
白髪のアシェイラ支部神官長、ライサン・セリクスはそう言うと、その場に集った現代の神子達に向かってにっこりと笑い、次の瞬間、言葉でバッサリと切り捨てた。
「死にますね」
ズドーーーーンッ
爆弾投下。
(まったく、この人は……)
柔らかい優しい声音で遠慮なく事実のみを告げる、ライサンの慈愛に満ちた聖者の顔を見つめながら、リュセルは頭を抱えた。その優しげな面差しが実は表の仮面なのでは? と思えてしまう程、告げられたのは厳しい内容だったからだ。何せ、今まで自分達が言われていたのは、”試練の迷宮に挑戦し、力を手に入れろ”というもので、下手すれば死ぬとは聞いていなかったのだ。
相応の覚悟を持って挑まないと危険な試練である事は、なんとなくわかっていたが、それにしても……
(今になって、それを言うか!?)
現在、リュセル達がいる場所は、セイントクロス神殿、本殿奥、”向こう側”と呼ばれている場所と繋がっている扉前である。
創世の女神レイデュークらしき少女神と三匹の神獣が描かれた絵画。
それが”始まりの扉”である事は、先程説明されたばかりだ。
「ディエラ、その事を話すのはまだ早かったのではないか?」
神子達の心情を慮って、始まりの扉を背に立つライサンの隣りでユリエがそう言う。
「いえ、決して早いなどという事はありません。大切な事です。話せる時に話しておかなくては」
尤もだ。心の弱い者はここで立ち去るしかないのだろう。自分達は覚悟を求められている。
リュセルが周りの同胞達を見回すと、自分のすぐ横に立つ兄とその隣にいるジュリナは平然としていたが、年少組である三人はあきらかに顔色を悪くしていた。ティアラとローウェンに至っては、僅かに震えている。しかし、恐怖に苛まれながらも、彼らは決して逃げなかった。
「いいでしょう。……こちらへ」
神子達の顔を見回した後、ライサンは後ろの絵画にそっと触れる。そして、彼がそのまま絵画の中に入って行ったのを見て、この仕組みを知らないリュセル、アルティス、ローウェンは驚きに目を見張った。一度通過した事のあるレオンハルト、ジュリナ、ティアラはライサンに続いて扉を通過する。
「さあ、大丈夫よ。中に入って」
「あ、ああ」
ユリエの言葉に促されて、リュセルはティアラに続いて絵画の中に足を踏み入れた。
「!?」
深淵の闇が訪れ、グニャリとした空間の歪みを感じたのは一瞬で、すぐに目の前が開ける。扉を抜けるとそこに広がっていたのは、談話室のような場所だった。部屋中央にテーブルとソファがあり、大して広くないそこには他に何も置かれていない。全体的に薄暗い部屋だ。
「アシェイラは仕事中なので今はいないわ。この場所の説明を軽くするわね」
ローウェン、アルティスが入室し、最後にやって来たユリエは、そう言うと説明を始めた。
「ここは、”挟間の部屋”。見ての通り談話室にもなっているけれど、他の場所に通じている唯一の部屋よ。それと、こちら側の時の流れはあちら側とは違う、ほとんど止まっているようなものなの。ここは、女神の寝床に最も近い、神の領域だから」
時が止まった場所。
だから三千年前も、邪神の脅威にさらされ、一刻を争う事態であったにも関わらず、試練に挑戦出来たのか。
「でも、ずっとここにいられはしない。神の領域にい過ぎると、いくら神子でも心と体のバランスを崩してしまうの。ここでの一年が限度ね。その間に精神と体を鍛えてもらって、最終的に試練に挑んでもらう。長所は伸ばし、弱点は克服してもらうわ」
ユリエの説明を引き継いで、今度はライサンが言った。
「この部屋は通過点。本当に必要な時に必要な扉が出現します。ここから繋がる場所は”試練の迷宮”、”泉への道”、”陰の間”、”修行の間”。そして、神子達が寝食をする為の”賓室”がありますが、現在あなた方の為に繋がっている場所は修行の間と賓室のみ。二つの扉が在る形になっております」
ライサンが視線で示した場所。確かに、部屋の東側と南東側に同じような造りの扉があった。
「私達は半神であるあなた方と違い、元神獣とはいえ現在人間でしかないので、あまり長くここにはいられません。この案内が済んだら、修行の時にだけやって来ますのでご了承下さい。何かありましたら、アシェイラに言って下さいね」
そう言いながら、南東の扉を開けたライサンについて行くと、そこは先程のような薄暗い部屋ではなく、居心地のよさそうな談話室が存在していた。城の客室を思わせるような内装の部屋には、テーブルとソファが配置されているが、先程の部屋と違い、一目で高級なものと分かるような代物だ。
「賓室です。この中央の談話室を挟んで、今回は両側に二つ、部屋を用意しました。向かって右側の部屋に剣主様と玉主様と玉鍵様、左側に剣鍵様と鏡主様と鏡鍵様に滞在してもらいます」
つまり、右の部屋にレオンハルトとローウェンとアルティス。左の部屋にリュセルとティアラとジュリナ。……という事か。
(って!? おいおい)
「普通こういう場合、男部屋と女部屋に分けるもんじゃないのか!? ななななな、なんで、俺だけ!?」
動揺と驚愕と恐怖の悲鳴を上げたリュセルに対し、ユリエが言いにくそうに伝えた。
「本当は、三部屋を用意する事も出来たのだけれど、今回このような形をとったのは、リュセル王子とレオンハルト王子の為でもあるの」
「剣鍵様。あなたは同化後、体がだるくなり、動けなくなる事が多々ありましたね? それは、お分かりの通り、あなた方の同化率が高いからです。まあ、同化率は高い方が本来いいのですが、あまり高過ぎると元に戻った後の疲労が強くなります。元々一つの神の魂を分けた存在故に互いへの依存が激しいのでしょうが、今回、その弱点を克服していただく為、お二方にはある程度の距離を保ってもらう事にしました」
ユリエの代わりに言いにくい事柄をはっきりと口にしたライサンは、リュセルとレオンハルトの過剰な接触禁止令を出す。
「一つ、一緒に寝ない。二つ、抱き合わない。三つ、口づけ禁止。四つ、湯浴みも別。五つ、もちろん夜の営みを禁止。……まあ、手を繋ぐ位ならいいでしょう」
「俺達は幼稚園児カップルか!?」
リュセルがついそうつっこみを入れると、ライサンは不意に笑みを引っ込め、厳しい口調でそれを口にした。
「それ位耐えなさい。でなければ、セフィランを救う事など出来るはずもない」
瞬間、リュセルの脳裏に、翠緑の髪の邪混鬼の姿が浮かぶ
「…………」
黙ってしまったリュセルを気遣わしげに見つめる他の神子達を見回した後、説明を終えたライサンは、ユリエと共に退室して行った。
「では、私達はこれで失礼します。明日また来ますよ」
つまり、明日から本格的な修行の開始という事なのだろう。古の勇者達が去り、厳しい現実に直面した場を冷たい空気が包み、誰も言葉を発せないでいた。
……と、その時。
「さ、今日から一緒に寝るよ、リュセル。レオンハルトの代わりに、この私がたくさん可愛がってあげるからねぇ。寂しがる事なんて……、ふふ、ないよ」
キランッ
リュセルの腕にしなだれかかり、目を女豹のように光らせてそう宣言したジュリナの顔を見下ろすと同時に、リュセルは自分の危機を理解し、顔を引きつらせたのだった。
「嫌だあああああああッ~~、ちょ、いや、本気(マジ)で、無理無理無理無理っ!」
無理矢理引きずられて室内に連れ込まれそうになりながらも、部屋の出入口の枠を掴んで抵抗しているリュセルをどうする事も出来ずに見守るローウェンとアルティス。
「どどどどど、どうしよう、アル!!」
「これも試練。我らも心を鬼にしてリュセル殿を見送ろうぞ」
チーーーーンッ
頼みの綱である北の神子二人は、合掌してリュセルを見送った。
「薄情者ッ! ぎゃああああ、犯される~~~~ッ!」
「うしししし、観念おし、坊や」
バタンッ
派出な音を立てて扉が閉められるのを見守っていたレオンハルトは、ティアラに目を向ける。
「大丈夫です。リュセル様にはわたくしがついておりますので……」
にっこりと笑って頼もしくそう告げたティアラに向かい、レオンハルトは頷いた。
「頼んだよ」
「はい」
そう返事を返すと、姉と婚約者の後を追ってティアラは向かって左側の賓室に入って行く
お姉様、悪ふざけはそこまでになさって! っという声が中から聞こえ、ローウェンはほっと胸を撫で下ろした。
「ティアラ姉さんがいるんだから大丈夫だよね。きっと」
安心しているローウェンと違い、アルティスは微妙な顔をする。
「しかし、婚姻を結んでいない婚約者同士の男女が同じ部屋で寝食を共にするとは……、いいのだろうか? まあ、万が一にも間違いは起こらないとは思うが」
「リュセル兄さんに、ティアラ姉さんと結婚前にどうにかなるような、そんな根情はないよ」(きっぱり)
弟の言葉にアルティスは納得して大きく頷く。
「そうよな。本人もジュリナ殿に襲われる心配しかしておらなかったし」
じ~っと三人が消えた扉を凝視している、ローウェンとアルティスの頭を軽く叩いて、レオンハルトは言った。
「さ、私達も部屋に入るよ」
「ああ」
「は~い」
もちろん、レオンハルトの言った言葉に異論などある訳もなく、北の少年コンビは、自分達に与えられたもう片側の部屋に入室する事にしたのだった。
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