魔王さま、今日も天然妻に翻弄されてます

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番外編

魔王さまの膝の上

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ここ数日、魔王ヴィルドは執務に追われていた。

各地の領主からの使者が途切れず訪れ、報告書や嘆願書が机の上で山を築く。

城の維持、魔族間の調停、人間との密かな交易――その全てに目を通し、判断を下さねばならない。

夜明けから日が沈むまで、椅子に腰を下ろしっぱなしの日々。

自分でも珍しいと思うほど、執務室から一歩も出ていなかった。

当然、その間アーリィと過ごす時間も激減していた。

顔を合わせても、「少し待っていろ」「後で行く」という短い言葉ばかり。
その“後で”は一度も訪れないまま、四日が過ぎていた。

---

 ――そして、五日目の午後。

「ヴィル~~~~!」

バンッ、と重厚な扉が開き、ふわふわと揺れる白金の髪が目に飛び込んできた。

アーリィだ。

 ぱたぱたと駆け込んでくるその顔は、ふくれっ面全開。

両手を腰に当て、まるで子どものように仁王立ちしている。

「もう我慢できない! 全然ぎゅーしてくれないし、頭もなでてくれないし!」

開口一番の言葉に、執務机に広げていた書類から目を上げる。

ヴィルドは無言で彼女を見つめた。

「朝も、昨日も、一昨日も! 私、ちゃんと待ってたのに!」

「……そうか」

淡々と返すその声に、アーリィはさらに頬を膨らませる。

「そうかじゃない! ぜんぜん足りないの! ぎゅー不足!」

「……ぎゅー不足、とは」

「いいから!補充して!」

机を回り込み、目の前に立ったアーリィは、両手をぱたぱたと広げて見せた。

アーリィからの要求を拒めるはずもなく、ヴィルドは深い息をつくと、椅子を少し引き、片手で自分の膝を軽く叩いた。

「……ここに来い」

待ってましたとばかりに、アーリィは小さく跳ねるように彼の膝へ。

ヴィルドはその細い体を軽々と抱き上げ、膝の上にしっかりと乗せる。

背中に腕を回し、もう一方の手で彼女の髪をゆっくりと撫でる。

「……少しだけだぞ」

「少しだけじゃ足りない……」

「補充の第一段階だ」

髪を梳くたび、アーリィの表情はふくれっ面から柔らかさへと変わっていく。

抗議の言葉も、次第に短くなる。

「ん……あったかい……」

「……そうか」

 やがて、瞼がゆっくりと下り、彼の胸元に頬をすり寄せる。

膝の上で小さな寝息が聞こえるようになるまで、そう時間はかからなかった。

---

ヴィルドは片腕でアーリィをしっかりと抱き支えたまま、もう片方の手でペンを取り、書類へ視線を戻す。

外の風が窓をかすかに揺らし、暖炉の炎が小さくはぜる。

その音に混じる、規則正しい寝息。

――これほど心が静まる瞬間はない。

執務に戻ったところで、執務室の扉が二度、控えめに叩かれた。

「魔王様、報告に参りまし――」

入ってきた文官が、数歩進んだところで固まった。 

視線の先には、普段は威厳に満ちた魔王が、膝の上に人間の少女を抱いたまま、淡々と書類に目を通す姿。

「……何だ、その顔は」

「い、いえ……その……」

あからさまに視線を逸らす部下に、ヴィルドは眉をひそめる。

「報告は簡潔にしろ。こいつを起こすな」

「は、はい!」

震える声で答えると、部下は用件を手短に述べ、足早に部屋を去った。

扉が静かに閉まると、ヴィルドは再びアーリィの髪をそっと撫でる。

「……本当に、手のかかる奴だ」

しかし、その声には呆れよりも、明らかな甘さが滲んでいた。

---


 ――しばらくして、アーリィがもぞもぞと動き、薄く瞳を開いた。

「……あれ? まだお仕事中?」

「ああ。お前は寝ていろ」

低く穏やかな声が頭上から降ってくる。

アーリィは少し瞬きをしてから、胸元に顔をすり寄せた。
 
「……あのね」

「ん?」

「お仕事の邪魔して……ごめんね」

ぽそっと、申し訳なさそうに。

いつも遠慮のない彼女が、そんな風に謝るのは珍しい。

ヴィルドは数秒、黙ってアーリィを見つめた後、ふっと小さく笑った。

「……くだらん」

「え?」

「気にするな。邪魔ではない」

片手で頬を包み、親指でそっとその肌をなぞる。

真っ直ぐに向けられる紅い瞳は、あまりに優しく、熱を帯びていた。

「むしろ……お前が大人しくしていると落ち着かん」

「……っ」

 言葉を飲み込むアーリィを、ヴィルドはそのまま抱き寄せた。

背中に回された腕の力は、決して離さないとでも言うように強い。

「だから、お前の好きにすればいい」

耳元で低く囁かれ、アーリィは一瞬で元の元気を取り戻す」

「……じゃあ、またぎゅー不足になったら来るから!」

「好きにしろ」

そう言いながらヴィルドはもう一度彼女の髪を撫でる。

その指先の動きは、何よりも大事なものを確かめるようだった。

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