魔王の娘(6歳)は勇者が欲しい

わたちょ

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魔王の娘はしたたか

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「勇者様」
 薄い蒼と碧がグラデーションする美しい髪の小さな女の子が勇者に駆け寄ってくる。深い碧と金色のオッドアイの子。血色のいい丸い頬に赤い唇が嬉しげに綻んで、実に愛らしいが……。勇者はその女の子を驚愕の目で見つめた。その口元は若干恐怖に引きつっている。
(え? 誰これ? 俺魔王の娘のところに連れてこられたんだよな。確かに六歳ぐらいには見えるけど別の子だろ?)
 これのどこが魔王の娘だ。
 それが勇者の思考だった。駆け寄ってくる女の子はどこからどう見ても魔王の娘とは思えない。勇者の知る魔王と云えば長いストレートの黒髪が美しく、鋭い眼もとに鼻筋の通った端正な顔立ち。美しいのは同じだがそこに乗る表情が全く違う、魔王はどんな時になろうともその表情を変えることはない。鉄面皮どころの騒ぎではなく鉄が張り付いているかのごとく一ミリたりとも動かさない。あの会話の中でさえ動かさなかった。多分顔は鉄できている。勇者は思っている。その魔王とは真逆で娘の顔の動くこと動くこと。
 最初勇者が娘の前に現れた時、不安げな表情をしていたのが一瞬で輝き目元口元を緩ませた満面の笑みで駆け寄ってきたのだ。すぐ近くまで来た後は目を伏せ、口元には仄かな笑みを載せながらも恥じらうように頬を赤く染めている。髪の色も目の色も違う。表情も違う。違いすぎるほど違う。
(唯一一緒なのは羽と角だけじゃん。これ別の奴の子供だろう)
 勇者が思うのも無理はなかった。
「えっと、君は」
「あ、わ、私、私は魔王マニャクロランゼ・ユロンが娘マーナ・ユロンと申します。勇者様にはお忙しいのに無理に来ていただいて申し訳ありません。
 でも、私勇者様にずっと会いたいと思っていたので光栄です」
(あ、魔王の娘だ)
 少し舌足らずながらも六歳とは思えぬ丁寧な言葉で話す女の子に勇者はすぐ考えを改めた。ぴんと一本の線に吊るされているかのように綺麗に伸びた背。伏目がちになりながらも相手の目を見て話す礼儀正しさ。そして娘から漂う力の強さ。どれをとっても魔王を彷彿とさせる。
(アイツの名前マニャクロランゼなんだ。初めって知った)
 若干違うことを考えて勇者は現実逃避した。キラキラと輝く目は自分を見つめる国の子供たちと同じなのにどこか違うように感じるのは魔王から聞いた言葉のせいか。
『お前が好きだなんて言い出したんだ! 結婚したいだなんて……何故だ』
 表情は一ミリも変わらないくせにやけに胸に来る声で訴えてきた言葉。だが勇者も聞きたい。何でと。魔王の娘とは会ったこともないし、勇者になった当初こそまだ十五歳かそこらの子供だったもののあれから十年経ち勇者も二十五を超えたいい大人。娘とは十九歳以上もの差がある。お前の娘おかしくねぇとは言えなかったけど思っている。
「えっと、マーナちゃん」
「はい」
 鈴のように愛らしい声が響く。
「えっと、魔王じゃなくて君のお父さんから聞いたんだけど俺のこと「はい! 好きです。愛しています」
 大人しそうにしていたのとは反対に食い気味に答えた娘。真っ赤な頬。
「ああ、そうなんだ……」
 勇者から生気をなくした声が漏れた。
「一応聞くけどなんで? 俺おじさんだよ」
「お父様に比べたら若いです。あの人あれで百七十ぐらいなのですよ」
「いや、そりゃあ魔族の寿命に比べられたら。俺人間だし」
「それに勇者様はあのお父様にもひるまず立派に戦いを繰り広げられるほど強いです」
「大体コテンパンにやられるけどな。追い返されるし」
「でもお父さんに戦いを挑んで殺されないだけ凄いです。力の差を見せつけられても何度も立ち向かってこられて」
「あきらめが悪いのだけが取り柄だから。それ以外取り得ないし。諦めたら世界も滅ぶ。それは俺嫌だから」
「取り柄がないだなんて勇者様は笑顔が素敵ですし、いるだけで人々に力を与えてくださる不思議なお方。勇者様の傍の人々はみなこんな世界でも強くたくましく生きていらしゃいます。それに諦めないのも凄いことですよ」
「俺はそんな力ないし、みんなが強いのはみんなの力で俺がいるからなんかじゃない。俺剣以外なにもできないし、馬鹿だし」
「ご謙遜を。その剣が素晴らしいですし、勇者様はいつだって誰かの為に行動しようとするお方。その行動にどれだけの人が救われてきたか。それに私はとても愛らしく思います」
「あ、馬鹿は否定してくれないのね」
 ニコニコと花のように愛らしい笑みを娘が浮かべる。無理だと勇者は思った。どうやっても嫌いになってもらえそうにない。六歳の癖に多弁すぎやしないかとも思った。勇者の六歳の頃など笑うか叫ぶか泣くかの記憶ぐらいしかないのだが……。町の子たちだってこんなに話さない。と言うかこんなに丁寧な言葉遣いなんてしない。こんなしっかりしていない。これは本当に六歳か。魔族の年齢は人間と違うと言うから六歳というのは魔族の言い方でもっと生きているのではないかなんて思ってしまう。
「あの勇者様」
 娘の声がかけられる。浮かぶのは笑顔。実に愛らしい。
「きっとお父様に私に嫌われるように言われたのでしょうが、私は勇者様が何を言おうと何をしようとあなたの事を嫌いにはなりません。だって愛しているのです。心から深く愛しているのです。勇者様も私のことまだ幼くて恋愛対象にはみなされないかもしれません。結婚などとんでもないと思いかも……。でも勇者様。考えてみてください
 私はあの魔王の娘で、お父様は私を溺愛しています」
 幼い子供とは思えぬしっかりとした言葉。浮かぶ愛らしい笑み。だけどここに他の人がいたのなら最後の言葉とにやりとちょっとだけ上がった口角にん? と首を傾げたことだろう。人を疑うことを知らぬ勇者は微妙な表情をしながらもうんうんと頷いていたが。
「私が頼めば魔族は他種族への進軍をやめるでしょう」
「へっ?」
 ようやく勇者も何かおかしいと気付いた。
「勇者様。今世界は魔族のせいで大変なこととなってる。貴方はそれを止めるのが使命であり望みである筈。今の世界に憂いている。そうですね」
「まあ、そうだけど」
「ですが敵は強く倒すにはまだ時間がかかる。もしかしたら十年先、数十年先もこのままかもしれない。そうですよね」
「う…………認めたくないけどそうだな」
「でしたら」
 娘がずいと勇者に近づいた。勇者は娘が言いたいことに気付かない。
「でしたらですよ。勇者様。私と婚約しましょう。私の夫となる者と戦うなどお父様はしません。そして私が望めばお父様は他種族への進軍は止めます。平和条約を結ぶこともできるはずです」
「え?」
「勇者様。これ以上傷つく人々を見たくないですよね」

 
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