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24.少し遠い過去の真実
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ヴィルヘルムさんの言葉にふむと考えてしまった。
その言いかたから察するに、少なくとも別のヴィルヘルム・タリンプという人がもともと存在していたということか。しかも、その人の“死”に魔王ガープがかかわっているということだろうか。
とはいえ一人で勝手に妄想しているだけでは始まらない。
思いきって目の前の男に聞いてみた。
「どういうことですか?」
「そのままの意味さ。本来の、いや“ヴィルヘルム・タリンプ”として生を受けたものはもうこの世にいない。三十年前、まだ赤子だった彼を殺して、私が“ヴィルヘルム・タリンプ”となった」
魔王ガープは楽しそうに嗤う。
ここまでの行動はすべてこの人にとってみれば遊びなのだろうか。
「っていうことは、あなたは偽物?」
「“偽物”か――そうだな。キミたちの感覚からすれば私は偽物だ」
クククと喉を鳴らしながら言う姿は、私、いや、ジェイドさんをはじめ離宮で出会った人たちが知っている“彼”ではない。
「彼が持っていたのは“世界を変える”という予兆。彼の存在は一部の人を喜ばせたものの、それをよく思わない人がいた。それは彼を生み出した存在、すなわち彼の両親だった。彼らにとって、自分たちの世界を変える存在なぞ不要だったのだろう。奴らは土着の信仰対象でありながら異端である“私”に『安寧が欲しい』と願ったのさ。だから私はその願いを叶えることにした」
魔王ガープは哀れなことだなと言いながら、遠い昔に思いを馳せている。
さすがに両親に望まれない息子という部分に私は心が痛くなった。あの家族に私は……望まれていたんだから。少なくとも、武器職人の跡取りではなく、ただの普通の家庭という意味であれば、要らない子ではなかったはずだ。
自分から切り捨てただけで。
私の感傷にお構いなしで、魔王ガープは話し続けていく。
「とはいえ、ただ息子を殺してしまうのは彼らにとって不利益にしかならない。だから、入れ替わることでその予兆をなくしてしまうだけにとどめた」
ごく単純だろう?
そう言う彼に私はすっと頷けなかった。正しいのだろうけれど、間違っているような気がした。
「“ヴィルヘルム・タリンプ”の両親はその予兆が消えたことで喜んでいたさ。実に単純なことだったよ。だから、今度は彼らを殺した」
魔王ガープは“今朝、雲雀が綺麗な声で鳴いていた”という軽いノリで、次の殺人を話した。
「彼らはこの領を発展させるという名目で製錬術の習得、そして良質な鉱物の産地との取引をしたいと言っていたようだったが、それはただの建前だ」
非常に憎々しげに“両親”のことを話す目の前の男。
「奴らはこの領を独立させたがっていたのさ」
それに私はなにも反応することができなかった。
私にはそれのなにが悪いのかがわからなかったから。
「もちろん私としては創造主の代理人に対抗できるのならば、どういう形だっていい。だが、それはこの土地が安全だった場合での話だ」
「ということは、なにか不測の事態でもあったのですか?」
ただ魔王ガープの言葉はなにか別の意味を含んでいそうだったので尋ねてみると、皮肉気な笑みを浮かべられた。
「アメにはつられるくせに、そういうところだけは賢いんだな」
そうかもしれない。
私は多分人として性格が悪い、いや、甘っちょろい部分が多いんだろう。
自分からは切り捨てる癖に、同じようなことをした人へ疑問を抱く。
人には弱点を突かれたくない癖に、他人の弱点をつつきたがる。
でも、魔王ガープはそんな私の頭を撫でる。
「その通りだ。時の国王、先王がアイツらの企みに気づいたのさ。だから、領地を没収され、反逆者として処刑される前にアイツらを“処刑”した」
なるほど。
ローザさんが言っていたことがようやくわかった。あれは“事故”ではない。
「それは人間界では不幸な事故として片づけられ、私はその不幸な事故の被害者遺族“ヴィルヘルム・タリンプ”として無事に襲爵させてもらった」
まさかだれも封印されているはずの魔王が復活していたなんて考えもしなかっただろうから、当然の帰結だ。
だれにもそれについては反論できない。
「そこからは簡単だった」
魔王ガープは私の顎を綺麗な指で持ちあげる。
“ヴィルヘルム・タリンプ”として会ったときと変わらない指に変わらない瞳。ジェイドさんではなく、この人にはじめに出会っていれば多分、魂を抜かれていたかもしれない。
「私は今までの知識をもとに、現世、ヒトとしてのしきたりやら法律などを勉強した。ありがたいことに王の後見によってきちんとした家庭教師をつけてもらったから、学ぶことに困ることもなかったし、少し下の王太子のご学友として宰相補佐、魔術侯爵、騎士団長とも仲良くなったからヒトとかかわるという“ごく当たり前のこと”ができた」
私の顎からそっと離した魔王ガープは、私の顎を支えていたその指を舐める。
その行為はとても気持ち悪いはずなのに。
なのに、美しいとしか感じることができなかった。
「そして領地を見るという名目の元にちまちまと魔法陣を書いて、いつでも魔王ガープとして復活できるように準備していた」
そう言って、目の前の男は非常に残念そうに私を見てきた。
「だが、キミがこの世界に来たことで状況は一変した」
しかし、一変してにやりと笑いながら身を乗りだしてくる男の視線は氷のように冷たいものだった。
「もちろん、キミを呼んだのは私ではない。どこかの馬鹿がキミを呼んだのだろうけれど、なんでかキミって平凡な娘のくせして“原初の魔王”さえも封じこめることができるスキル、『厄除け』を持っていたんだよね。だから、それを持っているのがだれなのか特定するのに時間がかかってしまったのさ」
男の言葉になにも言えなかった。
事実、自分が特別ではないただの小娘であり、たまたま前世で巫女なんていう職業についていたから得られたようなものだと思っていた。
「だから私はキミをあぶりだすためにわなを仕掛けさせてもらった」
「……まさか、それが“新種の魔物”……――――」
「その通り。運よくキミは冒険者になっていた。だから、私の仕掛けた罠にまんまと引っかかってくれた」
身勝手な男の行動に怒りもわかなかった。
「もちろん途中までうまくいっていたはずの計算違いがひとつ、そこにはあった」
この男の“計算違い”とはなんだろうと思ったが、すぐに魔王は私の首に手をかける。
「ジェイド・ユグレインがキミを気に入っていたことだ。そのせいでキミはあいつの保護下に置かれ、隙がなくなっていた」
なるほど。
あのときジェイドさんに助けてもらわなければ、早々に私はこの人に殺されていたんだ。だから、感謝しなきゃね、ジェイドさんとあのミドリウサギに。
「とはいえ、キミは本当に甘い。モリノンぐらいな。本当にエルフの国の王族である森の賢者に気に入られたのかというくらい、そしてなにより冒険者なのかというぐらいには甘い」
うーん、そうですねぇ。
私もいまだにアイリーンやジェイドさんに気に入られたのか謎なんですけれど……って、今、なにか引っかかりを覚えたけれど、まあいいや。
「だからキミには私が魔王になる、魔王として復活するところを証人として見ておいてもらいたかった」
うん?
まだ魔王になってなかったんだ。
まあ、そっか。もともと“ヴィルヘルム・タリンプ”という人になり替わっていただけで、きちんとした儀式をしない限りは“正式な”魔王ではないのか。
寂れた村での生活が長いせいで、あまりそこらへんはわかってないんだよね。そもそも民主主義の国出身だし。
歴史の授業で聞いたかもしれないけれど、よく覚えてないというのが正直なところ。
「さあ、戴冠の刻にしようか」
魔王ガープのその一声で一気にその場所が食堂から大きな広間に変わった。
しかし、こう……――グロテスクというか、魔王というだけあって闇属性というか……あの離宮や王宮のような感じではないね。
「なんですか、この悪趣味な部屋は」
「ククク。魔王に向かってそんなことを言う人間ははじめてだな。やはり度胸だけはあるようだ」
思わず言ってしまった言葉に魔王はクククと楽し気な笑いをこぼした。
その調子で男は中央の祭壇に向かい、なにか液体をそこにたらして剣でなぞる。
――――さあ、いでよ。三十五の配下の魔物たち。
ベルクス、メルツィネ、汝らにはこの宮殿の護りを命じ――デュエモク、リンコンギ、アルキス、お前たちに辺境における攻撃の要を命じる。
――――すべての生命、精魂、我に捧げる礎となれ。
――――我が真の名、ガープの下に集いしものたちよ、わが祝福あれ。
私の祝詞と似たようなものなのだろうか、魔王の唱えた言葉に反応してうじゃうじゃと不気味な生物が出てきた。
今、世界に点在しているモンスターとは少し違う、まるで“新種の魔物”のような不気味さを抱かせるものだった。
最初に現れたスライムのような生物がヒトの姿を取ると、次々とヒトの姿になっていく“生物”たち。
「魔王ガープ様、ご復活とのこと、僥倖でございます。猊下が配置された魔物たちを見て、そろそろ復活されるのだと思っておりましたが、まさかこんな早く来るとは嬉しい限りです」
“生物”たちを代表して最初にヒトの姿をとったモノが首を垂れると、他のモノたちも同様に恭順の意を示す。
どうやら彼らは魔王が封印される前には仕えていたものたちのようで、魔王ガープは鷹揚に頷いている。
そして、私たちが見ていたのはこの魔王が置いていった上級魔物だったみたいだ。やっぱりアイリーンの推測は正しかったようだ。
「さすがは三百年の間もヒトどもの間に暮らされていたからこそ、猊下の御力は強くなり、そこにいる『厄除け』の娘でさえも封印できたのでございましょう」
「クククク。そこにいる『厄除け』か……――今はただの小娘だ」
不意に私の方を見て言われた言葉に身を固くするが、魔王ガープは手を出すなと魔物たちに釘を刺した。
「ですが、たとえそうであれ、本来ならば弾かれまするぞ」
「なるほどな。そうかもしれぬ」
古参の魔物なのか、しわがれた声に私はへぇとちょっと感心してしまった。まあ、不浄なもの(魔物サイド)が神聖なもの(私)のほうに入りこむのにはそりゃ、弾かれる可能性もあるけれど、逆の可能性は考えてもいなかったな。魔王ガープも今、それに気づいたようで感心していた。
「どちらにせよ、三百年もの間、眠っていたというのに、この変わらぬ身でいるとは不思議なものだな」
そのしみじみとした感想に私は複雑な気分になった。
今の目の前の男の殻は“ヴィルヘルム・タリンプ”で、魂は魔王ガープといったところか。逆でも気持ち悪いが、決して殺してまで手に入れたいとは思わない。
「だが、不思議と心地いい」
気持ちよさそうに目を細めた魔王だったけれど、不意に真剣な表情になって、ヒト化した魔物の一体に向かって剣を投げつけた。
「五将の長のアルキスよ、まずはじめにお前に命じる」
「なんでございましょう」
その魔物は先ほど私のことを『厄除け』の娘と言ったものだった。
「虫が近づいてきている。テレンディナの里を焼き払え」
虫って……どういう意味なんだろうか?
多分、そのままの意味じゃないような気がしたけれど、聞ける雰囲気ではない。アルキスと呼ばれた魔物は恭しく頭を下げる。
「かしこまりました」
そして、彼とその周りにいた十数体の魔物がいっぺんに消える。
なにか胸騒ぎがしてならなかった。
その言いかたから察するに、少なくとも別のヴィルヘルム・タリンプという人がもともと存在していたということか。しかも、その人の“死”に魔王ガープがかかわっているということだろうか。
とはいえ一人で勝手に妄想しているだけでは始まらない。
思いきって目の前の男に聞いてみた。
「どういうことですか?」
「そのままの意味さ。本来の、いや“ヴィルヘルム・タリンプ”として生を受けたものはもうこの世にいない。三十年前、まだ赤子だった彼を殺して、私が“ヴィルヘルム・タリンプ”となった」
魔王ガープは楽しそうに嗤う。
ここまでの行動はすべてこの人にとってみれば遊びなのだろうか。
「っていうことは、あなたは偽物?」
「“偽物”か――そうだな。キミたちの感覚からすれば私は偽物だ」
クククと喉を鳴らしながら言う姿は、私、いや、ジェイドさんをはじめ離宮で出会った人たちが知っている“彼”ではない。
「彼が持っていたのは“世界を変える”という予兆。彼の存在は一部の人を喜ばせたものの、それをよく思わない人がいた。それは彼を生み出した存在、すなわち彼の両親だった。彼らにとって、自分たちの世界を変える存在なぞ不要だったのだろう。奴らは土着の信仰対象でありながら異端である“私”に『安寧が欲しい』と願ったのさ。だから私はその願いを叶えることにした」
魔王ガープは哀れなことだなと言いながら、遠い昔に思いを馳せている。
さすがに両親に望まれない息子という部分に私は心が痛くなった。あの家族に私は……望まれていたんだから。少なくとも、武器職人の跡取りではなく、ただの普通の家庭という意味であれば、要らない子ではなかったはずだ。
自分から切り捨てただけで。
私の感傷にお構いなしで、魔王ガープは話し続けていく。
「とはいえ、ただ息子を殺してしまうのは彼らにとって不利益にしかならない。だから、入れ替わることでその予兆をなくしてしまうだけにとどめた」
ごく単純だろう?
そう言う彼に私はすっと頷けなかった。正しいのだろうけれど、間違っているような気がした。
「“ヴィルヘルム・タリンプ”の両親はその予兆が消えたことで喜んでいたさ。実に単純なことだったよ。だから、今度は彼らを殺した」
魔王ガープは“今朝、雲雀が綺麗な声で鳴いていた”という軽いノリで、次の殺人を話した。
「彼らはこの領を発展させるという名目で製錬術の習得、そして良質な鉱物の産地との取引をしたいと言っていたようだったが、それはただの建前だ」
非常に憎々しげに“両親”のことを話す目の前の男。
「奴らはこの領を独立させたがっていたのさ」
それに私はなにも反応することができなかった。
私にはそれのなにが悪いのかがわからなかったから。
「もちろん私としては創造主の代理人に対抗できるのならば、どういう形だっていい。だが、それはこの土地が安全だった場合での話だ」
「ということは、なにか不測の事態でもあったのですか?」
ただ魔王ガープの言葉はなにか別の意味を含んでいそうだったので尋ねてみると、皮肉気な笑みを浮かべられた。
「アメにはつられるくせに、そういうところだけは賢いんだな」
そうかもしれない。
私は多分人として性格が悪い、いや、甘っちょろい部分が多いんだろう。
自分からは切り捨てる癖に、同じようなことをした人へ疑問を抱く。
人には弱点を突かれたくない癖に、他人の弱点をつつきたがる。
でも、魔王ガープはそんな私の頭を撫でる。
「その通りだ。時の国王、先王がアイツらの企みに気づいたのさ。だから、領地を没収され、反逆者として処刑される前にアイツらを“処刑”した」
なるほど。
ローザさんが言っていたことがようやくわかった。あれは“事故”ではない。
「それは人間界では不幸な事故として片づけられ、私はその不幸な事故の被害者遺族“ヴィルヘルム・タリンプ”として無事に襲爵させてもらった」
まさかだれも封印されているはずの魔王が復活していたなんて考えもしなかっただろうから、当然の帰結だ。
だれにもそれについては反論できない。
「そこからは簡単だった」
魔王ガープは私の顎を綺麗な指で持ちあげる。
“ヴィルヘルム・タリンプ”として会ったときと変わらない指に変わらない瞳。ジェイドさんではなく、この人にはじめに出会っていれば多分、魂を抜かれていたかもしれない。
「私は今までの知識をもとに、現世、ヒトとしてのしきたりやら法律などを勉強した。ありがたいことに王の後見によってきちんとした家庭教師をつけてもらったから、学ぶことに困ることもなかったし、少し下の王太子のご学友として宰相補佐、魔術侯爵、騎士団長とも仲良くなったからヒトとかかわるという“ごく当たり前のこと”ができた」
私の顎からそっと離した魔王ガープは、私の顎を支えていたその指を舐める。
その行為はとても気持ち悪いはずなのに。
なのに、美しいとしか感じることができなかった。
「そして領地を見るという名目の元にちまちまと魔法陣を書いて、いつでも魔王ガープとして復活できるように準備していた」
そう言って、目の前の男は非常に残念そうに私を見てきた。
「だが、キミがこの世界に来たことで状況は一変した」
しかし、一変してにやりと笑いながら身を乗りだしてくる男の視線は氷のように冷たいものだった。
「もちろん、キミを呼んだのは私ではない。どこかの馬鹿がキミを呼んだのだろうけれど、なんでかキミって平凡な娘のくせして“原初の魔王”さえも封じこめることができるスキル、『厄除け』を持っていたんだよね。だから、それを持っているのがだれなのか特定するのに時間がかかってしまったのさ」
男の言葉になにも言えなかった。
事実、自分が特別ではないただの小娘であり、たまたま前世で巫女なんていう職業についていたから得られたようなものだと思っていた。
「だから私はキミをあぶりだすためにわなを仕掛けさせてもらった」
「……まさか、それが“新種の魔物”……――――」
「その通り。運よくキミは冒険者になっていた。だから、私の仕掛けた罠にまんまと引っかかってくれた」
身勝手な男の行動に怒りもわかなかった。
「もちろん途中までうまくいっていたはずの計算違いがひとつ、そこにはあった」
この男の“計算違い”とはなんだろうと思ったが、すぐに魔王は私の首に手をかける。
「ジェイド・ユグレインがキミを気に入っていたことだ。そのせいでキミはあいつの保護下に置かれ、隙がなくなっていた」
なるほど。
あのときジェイドさんに助けてもらわなければ、早々に私はこの人に殺されていたんだ。だから、感謝しなきゃね、ジェイドさんとあのミドリウサギに。
「とはいえ、キミは本当に甘い。モリノンぐらいな。本当にエルフの国の王族である森の賢者に気に入られたのかというくらい、そしてなにより冒険者なのかというぐらいには甘い」
うーん、そうですねぇ。
私もいまだにアイリーンやジェイドさんに気に入られたのか謎なんですけれど……って、今、なにか引っかかりを覚えたけれど、まあいいや。
「だからキミには私が魔王になる、魔王として復活するところを証人として見ておいてもらいたかった」
うん?
まだ魔王になってなかったんだ。
まあ、そっか。もともと“ヴィルヘルム・タリンプ”という人になり替わっていただけで、きちんとした儀式をしない限りは“正式な”魔王ではないのか。
寂れた村での生活が長いせいで、あまりそこらへんはわかってないんだよね。そもそも民主主義の国出身だし。
歴史の授業で聞いたかもしれないけれど、よく覚えてないというのが正直なところ。
「さあ、戴冠の刻にしようか」
魔王ガープのその一声で一気にその場所が食堂から大きな広間に変わった。
しかし、こう……――グロテスクというか、魔王というだけあって闇属性というか……あの離宮や王宮のような感じではないね。
「なんですか、この悪趣味な部屋は」
「ククク。魔王に向かってそんなことを言う人間ははじめてだな。やはり度胸だけはあるようだ」
思わず言ってしまった言葉に魔王はクククと楽し気な笑いをこぼした。
その調子で男は中央の祭壇に向かい、なにか液体をそこにたらして剣でなぞる。
――――さあ、いでよ。三十五の配下の魔物たち。
ベルクス、メルツィネ、汝らにはこの宮殿の護りを命じ――デュエモク、リンコンギ、アルキス、お前たちに辺境における攻撃の要を命じる。
――――すべての生命、精魂、我に捧げる礎となれ。
――――我が真の名、ガープの下に集いしものたちよ、わが祝福あれ。
私の祝詞と似たようなものなのだろうか、魔王の唱えた言葉に反応してうじゃうじゃと不気味な生物が出てきた。
今、世界に点在しているモンスターとは少し違う、まるで“新種の魔物”のような不気味さを抱かせるものだった。
最初に現れたスライムのような生物がヒトの姿を取ると、次々とヒトの姿になっていく“生物”たち。
「魔王ガープ様、ご復活とのこと、僥倖でございます。猊下が配置された魔物たちを見て、そろそろ復活されるのだと思っておりましたが、まさかこんな早く来るとは嬉しい限りです」
“生物”たちを代表して最初にヒトの姿をとったモノが首を垂れると、他のモノたちも同様に恭順の意を示す。
どうやら彼らは魔王が封印される前には仕えていたものたちのようで、魔王ガープは鷹揚に頷いている。
そして、私たちが見ていたのはこの魔王が置いていった上級魔物だったみたいだ。やっぱりアイリーンの推測は正しかったようだ。
「さすがは三百年の間もヒトどもの間に暮らされていたからこそ、猊下の御力は強くなり、そこにいる『厄除け』の娘でさえも封印できたのでございましょう」
「クククク。そこにいる『厄除け』か……――今はただの小娘だ」
不意に私の方を見て言われた言葉に身を固くするが、魔王ガープは手を出すなと魔物たちに釘を刺した。
「ですが、たとえそうであれ、本来ならば弾かれまするぞ」
「なるほどな。そうかもしれぬ」
古参の魔物なのか、しわがれた声に私はへぇとちょっと感心してしまった。まあ、不浄なもの(魔物サイド)が神聖なもの(私)のほうに入りこむのにはそりゃ、弾かれる可能性もあるけれど、逆の可能性は考えてもいなかったな。魔王ガープも今、それに気づいたようで感心していた。
「どちらにせよ、三百年もの間、眠っていたというのに、この変わらぬ身でいるとは不思議なものだな」
そのしみじみとした感想に私は複雑な気分になった。
今の目の前の男の殻は“ヴィルヘルム・タリンプ”で、魂は魔王ガープといったところか。逆でも気持ち悪いが、決して殺してまで手に入れたいとは思わない。
「だが、不思議と心地いい」
気持ちよさそうに目を細めた魔王だったけれど、不意に真剣な表情になって、ヒト化した魔物の一体に向かって剣を投げつけた。
「五将の長のアルキスよ、まずはじめにお前に命じる」
「なんでございましょう」
その魔物は先ほど私のことを『厄除け』の娘と言ったものだった。
「虫が近づいてきている。テレンディナの里を焼き払え」
虫って……どういう意味なんだろうか?
多分、そのままの意味じゃないような気がしたけれど、聞ける雰囲気ではない。アルキスと呼ばれた魔物は恭しく頭を下げる。
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