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十一歳

VS 見知らぬ少女

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『ラブデ』において最推しの攻略対象アランとの最悪な出会いをした日の午後、次の夜会の準備会議に出席した。

「今回は王太子殿下の成人でもあるので、国内外から多くの賓客が訪れるようですので、くれぐれも粗相のないように気をつけてくださいませ」

 王妃付きの侍女がそう釘をさすと、一部の視線がアリアに向く。
 どうやらアリアがあちら側公爵令嬢としてではなく、こちら側侍女として参加するのか、という疑問の視線だった。もちろん、そんなくだらない疑問に答えるつもりはなく、手元の資料を読むふりをしてやり過ごしていた。

「ちなみに、今回は王太子殿下の立太子礼ではないので、参列される王族の数は少なく、セリチアのフィリップ王太子殿下の弟であるクロード殿下、スベルニア帝国のヨハン皇太子殿下のみだそうです」

 侍女長の言葉に息を飲む侍女たち。
 その一方でアリアは別のことに驚いていた。

 セリチアの王太子とその弟といえば、リーゼベルツの血を巡っての争いが水面下で繰り広げられてるはずだ。そんな中、セリチア至上主義に担ぎ上げられてるクロード王子がやってくるとは思わなかったのだ。

 そんな中やって来るということはもしかして、と一つの可能性に思い当たる。

 まさか、彼のリーゼベルツ王国駐在がこの時点からなのか。

 ゲーム内ではこちらにすでに駐在しているという前提で始まっている。
 すでにいることについては違和感がなかったのだが、今回はそのきっかけがいつになるのかが分からないが、このタイミングならばありうる。

 アリアの中でそう結論づけると次の自分の動きを考え始めなければ、ということにまで思いいたるが、彼が本当にゲーム内と同じ性格をしているのかは分からない。

 ユリウスのようにベアトリーチェを守る騎士のような存在かもしれないし、アランのように最初からアリアに敵対心を持って登場するかもしれない。不確定な状態だけども、とれる対策だってあるはずだ。

 そう決めて、顔を上げた。会議では役割分担や外との連携方法などを話し合っていて、誰もアリアの思いに気づく人はいない。


「そういえば、こちらに勤めだしてから二年めのものはシーズン始まりの夜会後に部署分けの会議を行います。各自、自分必要だと思う部署を決めておいてください」

 会議の締めに言われた言葉にはっとしたアリア。
 アランやクロード王子、クリスティアン王子と接する可能性や機会を考えてはいるが、現段階ではそちらを優先させなければならない。
 自分のやるべきことを見失わないようにそっと背筋を伸ばして、息をついた。


 夕方、下働き用の食堂で夕ご飯を食べてると、隣に銀髪の女の子が座った。見るからにかなり上品なドレス、髪型、そして作法で食べており、王族付きの上級侍女だと分かった。

「ねぇ、あなたってアリア・スフォルツァ嬢よね?」

 その少女はいきなり高飛車な言い方でアリアに声をかけてきた。通常、相手に名前を尋ねるときは自分から名前を言うのがマナーだ。それをしないということは、公爵より上の立場か、よっぽどの馬鹿か。
 公爵より上、というと、この国では大公位を持ってる家はないので、王族のみだ。しかし、アリアの知っている王族といえば、国王夫妻とその息子二人と娘ひとりで、娘の母親は王族としてカウントされない。その一方で、アリアの母親エレノアの妹であるエンマ王女もいるが、この少女には心当たりはない。

「ねぇ、あなた私を無視しても良いのかしら?」

 マナーも守れない少女を無視していると、少女から冷ややかな声が聞こえてきた。しかし、それにノるアリアではない。再度無視していると、隣でガシャンという大きな音が聞こえてきた。
 うっかりそちらを見てしまったアリア。隣ではその少女が黒色の瞳でこちらを睨みつけていた。

「いい加減にしてよ、この馬鹿女」

 少女の罵声に食堂にいる全員がこちらを向き、遠巻きに眺める。誰もこの二人の争いに関わろうとしなかった。この身元不詳かつ理解不能な行動をとる少女にため息をつくアリア。

「あなたのご両親の顔が見たいわね」

 つい本音をこぼしてしまった。
 前世での格言で言うのならば『お前の親の顔が見たい』が正しいんだろうけど、さすがに昔と違ってまともな公爵令嬢として名高い・・・ので、そんな口調で言うわけにはいかなかった。

「あーっ! レイラ様、ここにいたんですねぇ」

 二人の間で見えない火花が散っていると、空気を読めない誰かの声が聞こえた。
 そちらのほうを見ると、茶髪の少女が出入り口に立っていた。おさげでそばかすだらけの顔は幼さを感じさせた。アリアはあら、という少し意外そうな顔をしただけであったが、少女はしまった、という表情を出した。どうやら、彼女にとってはあまりいいタイミングではなかったようだ。

「やはりレイラ様がお部屋にみえなかったから、こちらに来たと思ったんですけど―― ――あれ、タイミングが悪かったですか?」

 少女は首を傾げたが、レイラと呼ばれる少女以外はアリアも含めて、その場にいる全員、ホッとした。

「いいえ、大丈夫ですよ」
 自分の思うような場の雰囲気ではなくなり、縮こまっているレイラに代わってアリアはそう答えた。
 そうでしたか、それならばよかったです、と少女もホッとしたような表情になった。
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