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十一歳

様々な問題

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「で、あなたはいったい、なんの目的で私に突っかかってきたのです?」

 思わぬ乱入者のおかけでアリアも頭が冷え、レイラと呼ばれる少女と彼女を探しにきた少女を前にしても、落ち着いて話せるようになった。

「申し遅れました。私はミスティア王女殿下付き上級侍女、レイラ・スヴォンと申します。アリア様を探していたのはですね、ええと――ミスティア王女様が何度も呼んでいらっしゃるのに、全然来られないので、どういった理由なのかと王女殿下から命じられておりまして」
 レイラもどうやら落ち着いたようで、先ほどとは違って、落ち着いて、上級侍女にふさわしい喋り方をしていた。

 そして、彼女がアリアを探していた理由に納得した。
 どうやらミスティア王女はアリアと会うことを諦めてないようだ。だけども、その招待はちゃんとした理由で断ったはずだ。
 諦められない理由はなんだろうかと考えるが、思いつかない。おそらくこの二人の侍女たちにも分からないからこそ、こうやってアリアを詰るようなかたちで訪問してきたのだろう。

「そうでしたか。あなたがたをここまで来させた理由は私にも分かりませんので、そうですね、もし次、なぜ私が殿下にお会いしないのか聞かれたら、王妃殿下に尋ねるように伝えてください」

 本当は王族である彼女にそれさえも言う必要はないはずなのだが、分からないのであれば仕方ない。レイラは少し不服そうだったが、もう片方の少女、サラははい、と目を輝かせた。お使いになれるのがそんなに嬉しいのだろうか。

 結局、夕食を味わって食べれなかったアリアは、その落胆ぶりをみかねた料理長に特別なデザートを作ってもらい、気持ちを落ち着かせた。



 それからしばらくの間、アリアはミスティア王女からの使者が来ることを恐れたが、彼女たちはやってこなかった。

 しかし、また別問題が浮上した。

「そなたたちに来てもらったのは、セリチアの駐在大使が交代することとなったから、それについての対応をお願いしたいのだ」

 突然、ディートリヒ王から呼び出しを受け、彼の執務室へ行くと、侍女長、下級侍女をまとめる侍女令、公爵家出身の全ての侍女が揃っていた。その中にアランの姉であるマーガレットもいて、どうやら彼女は前例通り・・・・上級侍女として王宮勤めをしているようだ。当然ではあるが、マーガレットに限らずアリア以外の公爵令嬢は全て上級侍女であるので、アリアが部屋に入った途端、彼女以外からはなんでお前がいるんだ、という視線を向けられた。

「今までの慣例からすると、新旧大使を挟んで晩餐会、という形になりますでしょうか」
 侍女長の言葉にアリアは少し驚いた。確か現代日本では新しい駐在大使が着任するときには天皇に挨拶をするのが慣習だと知っているだけに、それにこの『世界』を作った人もならったのだろうか。
 しかし、ディートリヒ王はそれを否定する。
「うむ。そのことなんだが、新しい大使についてあちらから何もしなくて良い、と言われているのだ」

 彼の言葉に一同、息を飲んだ。それだけ例外的なことだし、相手国に不敬であるとみなされることなのだろう。



「それはどういった理由で――」

 侍女長がその疑問に対してその場にいる全員を代表して尋ねた。ディートリヒ王は一度、そうだな、と呟いたが、アリアを見て彼女に疑問を問いかけた。

「スフォルツァ公爵令嬢、この要望に対して、そなたは何か思うところはあるか」

 その問いに一同の視線が再び集まるが、先ほどまでの質とは少しだけ違った。アリアはなんとなくその問いかけの理由を察していたが、どこまで言っていいものなのか迷ったが、ひと呼吸おいて、喋りはじめた。

「おそらくはセリチア王室の争いによるものでしょう。考えられるのは二つ。現駐在大使は記憶が間違ってなければ王太子派の貴族。第二王子派の駐在大使が着任するときいたから、自派閥ではないのだから、わざわざ仰々しい式典をさせるのが嫌だったのか、それともわざわざ新大使側がリーゼベルツに挨拶をすることをよしとしないから拒否をしたのか、というものですよね」

 どちらが拒否をしたのかディートリヒ王からの発言では分からなかったので、あくまでも可能性だけに留めておいた。断言をしなかったアリアになぜ断言をしなかったのか、疑問に思った人たちが多かったようだが、彼は深く頷き、その通りだ、と返した。

「実をいうと、双方から拒否の申し入れがあったのだ。しかも、同時期に」

 その言葉にますます疑問に感じるアリア。
 タイミングが合うのはおかしい。誰かが謀ったとしか思えないくらいには。
 なぜなら、新しい駐在大使はセリチア内で決まるだろう。その場合、セリチアから現駐在大使に伝わるまでのタイムラグと、セリチアからこちらに来るまでの時間の差というのは計算できない。

 それを考慮すると何か意図的なものなのだろうか。

 しかし、アリア以外はその意図に気づかなかったようで、無反応であり、何かアリアに言わせようとする沈黙があった。
 当然、アリアにも答えることができず、ただ時間が過ぎていくばかりだった。



 結局、有意義な話し合いはできず、その会議はお開きになった。

「ねぇ、アリアさん」

 持ち場に戻ろうとした彼女を呼び止めたのは侍女長と侍女令だった。
 なんでしょう、と尋ねると二人とも言い出しにくそうにもぞもぞと唇を動かしていたが、やがて喋りだしたのは侍女長だった。

「あなたはどこの部署に配属されたいのかしら?」
 その問いかけはアリアの予想していないものだった。
「あなたならばマナーも完璧ですから、接待部で活躍するのはどうかなって思って」
 侍女長の言葉になるほど、と思った。

 シーズン初めの夜会が終われば配属会議がある。そのときにアリアの動向が気になるのだろう。

 ちなみに、接待部というのは国内外の賓客を接待するときにその国やその地域のマナー・文化などを知り尽くしていないと務まらない。この部署に配属するメリットとして文官たちとも知り合えて、他国の貴族たちにも見染められる可能性もあるが、それは一歩間違えればリーゼベルツという国の信用を失う可能性もある。

 そんな諸刃の剣の部署だけども、アリアはこれをチャンスだと置き換えるつもりだ。
「ええ、そうさせていただくつもりです」

 アリアの返答にあらそう、と嬉しそうな声を上げる二人。そんなに自分が接待部へ配属されることが嬉しいのか。二人の笑みに謎が残ったアリアだが、申し訳ありませんが、仕事がありますので、と言ってその場から去った。


 その日から夜会が始まる二週間前まで、アランとも会わず、ミスティア王女からも呼び出しをくらわずに過ごすことができ、他のことを考えずに夜会の準備をすることができた。
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