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1.少女のハンドクリーム
二人の調香師
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テレーゼの肌の荒れ具合は、先日と変わっていない。
なので、今回、彼女に処方するのはラベンダー精油の原液ではなく、それをホホバオイルで希釈したものだった。
しかも、通常ならば精油一滴に対し、大さじ一杯のキャリアオイルを混ぜるのが適当だが、肌が弱っている人に対してはもう少し薄くした方が良いと考え、その二倍量で混合した。
予定通りすぐに調合を終え、応接室へ向かった。
「お待たせしました」
ドーラが部屋の中に入ると、テレーゼは書類を真剣な眼差しで読んでいた。
さすがに、大公である彼女の仕事量は多い。本来ならば、こんなところまで来ている余裕はないはずだ。
それなのに、大陸最南端まで来て、そこでしばらく逗留してくれているのだから、自分の方こそ感謝しなければならない、と思ってしまった。
「――――ああ、すまない」
ドーラは仕事の邪魔にならないように、ドアを閉めかけたが、先にテレーゼの方が気付いてしまい、書類をさっと片付けてしまった。
「いいえ、こちらこそ仕事のお邪魔をして申し訳ありません」
彼女が頭を下げると、大丈夫さ、とテレーゼは笑った。
「――――ということで、今回はラベンダーの精油とホホバオイルをブレンドしたハンドオイルとさせていただきました」
ドーラの説明に、目を丸くするテレーゼ。
そうだろう。
今までの癒身師たちは、カモミールやネロリといった精油と乳化剤や蜜蝋などの多くの素材で混ぜ合わせて、化粧水やクリーム、ジェルにしていたのを彼女に処方していたのだから。
だから、お抱え癒身師と同じハンドオイルを作ってきたのに、驚いたのだろう。
「ほかの精油と違って、ラベンダーの精油だけは肌に直接塗っても、副作用で肌荒れとか湿疹が起こりにくいです。なので、火傷の治療などにもよく使われます」
そう。
ラベンダーの精油は肌に直接塗っても問題ないことが、大昔から証明されている。
むしろ、この世界において、調香師や癒身師の歴史はそこから始まっていると言っても、あながち間違っていない。
それくらい、古くから使われているのだ。
「しかし、今回、テレーゼさんの肌はかなり弱っています」
そう言いながら、自身の手を消毒し、ハンドオイルを手に取る。
「だから、しばらくの間は、こちらのラベンダーオイルをホホバオイルというもので、希釈して、塗布していただくことにいたしました」
手のひらで温めたオイルをテレーゼの両手に塗り込んでいく。
ただ、普段のハンドマッサージならば、マッサージオイルを塗り込むだけでなく、揉み解しもするが、今はできるだけ刺激を与えない。それを大前提に行うので、ただ、塗るだけにした。
注意事項を書いた紙とともに、ハンドオイルの小瓶を渡した。
そして、あるものも引き出しの中から取り出し、テレーゼに渡した。
「これは?」
渡された『それ』を見て、テレーゼは首を傾げた。
彼女に渡したものとは、新品の白い手袋だった。
「現在、乾燥を防ぐために厚手の手袋をされていると思いますが、もしかしたら、これも手荒れがひどくなっている原因の一つかもしれません」
そう、ドーラは気づいていた。
最初、テレーゼがつけていた分厚い手袋に。
おそらくそれは、羊毛かカシミヤの毛で作られているだろうと考えていた。なぜなら、北国のアイゼル=ワード大公国は極寒だ。
寒さを防ぐために綿や麻よりも毛織物の方が好まれる。
しかし、保温効果には優れているものの、弱点もあり、編み方や肌質によっては刺激を激しく感じることもある。もちろん、綿や麻でも同じことが起こる可能性だって、考えられるが、毛織物よりは幾分か柔らかい。
そのため、彼女に治療で使うこともある白い手袋を渡したのだった。
それを説明すると、テレーゼは納得した。
「なるほどな。この肌荒れは私が悪化させたようなものだったのか」
自嘲でもなんでもなく、ただ淡々としたその納得に、ドーラは後悔した。だが、テレーゼはそんな顔をしなくても、大丈夫さ、と言った。
「私はキミたちのように自分の健康を守るための知識が欠けている。
しかも、それを教えてくれる者はいなかったし、私がそれを知ろうと思わなかった。
あいつに聞けば教えてくれるんだろうが、それを聞こうとしなかった私が悪い」
テレーゼは心の奥からそう言っていた。
「だから、ぜひとも教えてくれ。なんなら、我が国に招待してもいい――――そうだな、新しい癒身師に任命するっていうのは、どうだ?」
テレーゼの言葉にドーラはありがとうございます、と言った。
「――――ですが、私はここを守りたいんです。それに、この店のパトロンはポローシェ侯爵ですよ?」
ドーラはテレーゼから言われたことは素直に嬉しかったが、この店を離れるつもりはないし、そもそもこの店がどんな店なのかを明かしても良い頃だろう。そう思って、後援者の名前を明かした。
すると途端に、あーあ、とため息をつき、つまらなさそうな顔つきになったテレーゼ。
「あの褐色の番犬がパトロンかぁ。しょうがないなぁ」
やはり国の上層部の貴族だけあって、ポローシェ侯爵のことも知っていたようだった。
「ま、いいさ。私はキミに会いに来る口実だってあるんだし、それにまだ、お別れじゃないもんね」
立ち直りが早いのか、すぐににこやかになって、また、手荒れが治っても会いに来る、と宣言したテレーゼ。ドーラはそんな彼女を見て、苦笑いしてしまった。
「じゃ。また、明後日くるから、よろしくね」
先ほど渡した小瓶を持って、テレーゼは『ステルラ』を後にした。彼女の足取りは先日とは違って、少しだけ軽くなっているような気がした。
テレーゼの後ろ姿を見送り、ふう、と一呼吸置いたドーラは、作業室に戻るなり、そこにいた人物に驚いた。
「早かったのね」
ドーラが声を掛けると、その人物は少しばつが悪そうな顔をしたが、ああ、と少し笑った。
少し艶がない金髪に深いガーネットのような赤い目を持つ彼。
彼の存在は、ドーラにとっては当たり前のものでありすぎた。
二人の関係をよく聞かれることがあるが、彼らは恋愛関係ではない。
本当にただの幼馴染、同じ師匠に学んだ弟子、『ステルラ』を受け継いで経営している間柄なのだ。
だから、突然、彼が出かけていったときも、突然、帰ってきた時も、ごく自然に接していた。
「とりあえずは、な。だけど、第二級認定調香師として『修行のため』にアイゼル=ワードへ行くことになった」
彼の言葉に、ドーラは意外と早く許可が出たものだと驚いた。
この世界における調香師の数は、医師の数よりも少ないと言われている。
そのため、各国では調香師たちの囲い込みが激しく、めったに所属国以外での修業ということはあり得ない。
修業先で命の危険性があるという以外にも、修業先にそのまま居座ってしまうとか、政治利用されたりするというような、危険性があるからだ。
なので、ミールが約二日間で、アイゼル=ワード大公国への修業という切符を手に入れることは、いくら建前上の名目であっても、奇跡だった。
「そう――――」
ドーラは驚きすぎて、言葉が続かなかった。
どうやら、初日にテレーゼが話してくれた各地の癒身師たちの身元や精油、素地などの製造・販売元をこの数日の間に調べ上げ、その結果、アイゼル=ワード大公国へ行くしかない、と判断したのだろう。
「ああ。アイゼル=ワード大公家お抱えの癒身師、ゲオルグ・デリュータ=フォン=ファーメナについて、調査してくる」
ミールの言葉に、はい、よろしくお願いします、と頭を下げたドーラ。
彼はドーラと違って第二級認定調香師。
第二級認定調香師は所属国でこそ、第一級認定調香師のアシスタントのような役割があり、自力で処方や調合ができないが、それ以上に、外国ではただの下働き程度の扱いだ。それに加え、第一級認定調香師と違って、外国での『香り』に関する調査権はない。
だから、ミールはドーラと違って、『調査』しにいくわけではなく、あえて『修業』しに行くという形をとらざるを得なく、今回に限っては、それが最適な手段だった。
そのため、立ち位置としては、第二級認定調香師であると同時に、『ステルラ』のパトロンであるポローシェ侯爵の部下でもあった。
それに気づいているドーラは彼に頼みます、と頭を下げた。
公私をはっきり区別するドーラを、少し寂しそうな眼差しで見ながらも、何も言えなかったミールだった。
しかし、二人とも余分な感傷に浸っている暇はなかった。
ミールは『修行』に行くための準備を。
ドーラは次にテレーゼに渡す、アロマクラフトの準備を。
ミールはてきぱきと旅行鞄に自前のビーカーやガラス製器具、認定調香師たちが使う揃いの白衣、処方箋伝票などを入れ込み、すぐに『ステルラ』を出て行った。
そして、ドーラはミールが出て行った後、香調大事典を開いた。
香調大事典とは国立調香院が発行する、精油やハーブ(薬草)、素地などの種類や効能、使用法や使用上の注意事項、学名、原産国、今現在、それらが産出できる場所、そして、実際のアロマクラフトの基本的な作製方法が全て網羅されている、いわば、認定調香師たちの聖書である。
そんな香調大事典でドーラが調べていたのは、テレーゼに渡したハンドオイルの次に使ってもらおうと考えているハンドクリームの材料だった。
「ラベンダーをベースにしてもいいけれど、多分、それだと飽きが来る。だから、飽きがこない方法をとるのならば――――」
独り言を呟きながら、左手でメモを取る。
「ユーカリですっきりさせた匂いにするのもありだよね――でも、そうすると、他の香りが消えちゃうんだよなぁ」
それからしばらく、ああでもない、こうでもない、と考えているうちに、夜が更けてしまった。
明日は、三日ぶりの通常営業。
一度、周りをゆっくり見てみるのもいいのでは、と思うことにした。
なので、今回、彼女に処方するのはラベンダー精油の原液ではなく、それをホホバオイルで希釈したものだった。
しかも、通常ならば精油一滴に対し、大さじ一杯のキャリアオイルを混ぜるのが適当だが、肌が弱っている人に対してはもう少し薄くした方が良いと考え、その二倍量で混合した。
予定通りすぐに調合を終え、応接室へ向かった。
「お待たせしました」
ドーラが部屋の中に入ると、テレーゼは書類を真剣な眼差しで読んでいた。
さすがに、大公である彼女の仕事量は多い。本来ならば、こんなところまで来ている余裕はないはずだ。
それなのに、大陸最南端まで来て、そこでしばらく逗留してくれているのだから、自分の方こそ感謝しなければならない、と思ってしまった。
「――――ああ、すまない」
ドーラは仕事の邪魔にならないように、ドアを閉めかけたが、先にテレーゼの方が気付いてしまい、書類をさっと片付けてしまった。
「いいえ、こちらこそ仕事のお邪魔をして申し訳ありません」
彼女が頭を下げると、大丈夫さ、とテレーゼは笑った。
「――――ということで、今回はラベンダーの精油とホホバオイルをブレンドしたハンドオイルとさせていただきました」
ドーラの説明に、目を丸くするテレーゼ。
そうだろう。
今までの癒身師たちは、カモミールやネロリといった精油と乳化剤や蜜蝋などの多くの素材で混ぜ合わせて、化粧水やクリーム、ジェルにしていたのを彼女に処方していたのだから。
だから、お抱え癒身師と同じハンドオイルを作ってきたのに、驚いたのだろう。
「ほかの精油と違って、ラベンダーの精油だけは肌に直接塗っても、副作用で肌荒れとか湿疹が起こりにくいです。なので、火傷の治療などにもよく使われます」
そう。
ラベンダーの精油は肌に直接塗っても問題ないことが、大昔から証明されている。
むしろ、この世界において、調香師や癒身師の歴史はそこから始まっていると言っても、あながち間違っていない。
それくらい、古くから使われているのだ。
「しかし、今回、テレーゼさんの肌はかなり弱っています」
そう言いながら、自身の手を消毒し、ハンドオイルを手に取る。
「だから、しばらくの間は、こちらのラベンダーオイルをホホバオイルというもので、希釈して、塗布していただくことにいたしました」
手のひらで温めたオイルをテレーゼの両手に塗り込んでいく。
ただ、普段のハンドマッサージならば、マッサージオイルを塗り込むだけでなく、揉み解しもするが、今はできるだけ刺激を与えない。それを大前提に行うので、ただ、塗るだけにした。
注意事項を書いた紙とともに、ハンドオイルの小瓶を渡した。
そして、あるものも引き出しの中から取り出し、テレーゼに渡した。
「これは?」
渡された『それ』を見て、テレーゼは首を傾げた。
彼女に渡したものとは、新品の白い手袋だった。
「現在、乾燥を防ぐために厚手の手袋をされていると思いますが、もしかしたら、これも手荒れがひどくなっている原因の一つかもしれません」
そう、ドーラは気づいていた。
最初、テレーゼがつけていた分厚い手袋に。
おそらくそれは、羊毛かカシミヤの毛で作られているだろうと考えていた。なぜなら、北国のアイゼル=ワード大公国は極寒だ。
寒さを防ぐために綿や麻よりも毛織物の方が好まれる。
しかし、保温効果には優れているものの、弱点もあり、編み方や肌質によっては刺激を激しく感じることもある。もちろん、綿や麻でも同じことが起こる可能性だって、考えられるが、毛織物よりは幾分か柔らかい。
そのため、彼女に治療で使うこともある白い手袋を渡したのだった。
それを説明すると、テレーゼは納得した。
「なるほどな。この肌荒れは私が悪化させたようなものだったのか」
自嘲でもなんでもなく、ただ淡々としたその納得に、ドーラは後悔した。だが、テレーゼはそんな顔をしなくても、大丈夫さ、と言った。
「私はキミたちのように自分の健康を守るための知識が欠けている。
しかも、それを教えてくれる者はいなかったし、私がそれを知ろうと思わなかった。
あいつに聞けば教えてくれるんだろうが、それを聞こうとしなかった私が悪い」
テレーゼは心の奥からそう言っていた。
「だから、ぜひとも教えてくれ。なんなら、我が国に招待してもいい――――そうだな、新しい癒身師に任命するっていうのは、どうだ?」
テレーゼの言葉にドーラはありがとうございます、と言った。
「――――ですが、私はここを守りたいんです。それに、この店のパトロンはポローシェ侯爵ですよ?」
ドーラはテレーゼから言われたことは素直に嬉しかったが、この店を離れるつもりはないし、そもそもこの店がどんな店なのかを明かしても良い頃だろう。そう思って、後援者の名前を明かした。
すると途端に、あーあ、とため息をつき、つまらなさそうな顔つきになったテレーゼ。
「あの褐色の番犬がパトロンかぁ。しょうがないなぁ」
やはり国の上層部の貴族だけあって、ポローシェ侯爵のことも知っていたようだった。
「ま、いいさ。私はキミに会いに来る口実だってあるんだし、それにまだ、お別れじゃないもんね」
立ち直りが早いのか、すぐににこやかになって、また、手荒れが治っても会いに来る、と宣言したテレーゼ。ドーラはそんな彼女を見て、苦笑いしてしまった。
「じゃ。また、明後日くるから、よろしくね」
先ほど渡した小瓶を持って、テレーゼは『ステルラ』を後にした。彼女の足取りは先日とは違って、少しだけ軽くなっているような気がした。
テレーゼの後ろ姿を見送り、ふう、と一呼吸置いたドーラは、作業室に戻るなり、そこにいた人物に驚いた。
「早かったのね」
ドーラが声を掛けると、その人物は少しばつが悪そうな顔をしたが、ああ、と少し笑った。
少し艶がない金髪に深いガーネットのような赤い目を持つ彼。
彼の存在は、ドーラにとっては当たり前のものでありすぎた。
二人の関係をよく聞かれることがあるが、彼らは恋愛関係ではない。
本当にただの幼馴染、同じ師匠に学んだ弟子、『ステルラ』を受け継いで経営している間柄なのだ。
だから、突然、彼が出かけていったときも、突然、帰ってきた時も、ごく自然に接していた。
「とりあえずは、な。だけど、第二級認定調香師として『修行のため』にアイゼル=ワードへ行くことになった」
彼の言葉に、ドーラは意外と早く許可が出たものだと驚いた。
この世界における調香師の数は、医師の数よりも少ないと言われている。
そのため、各国では調香師たちの囲い込みが激しく、めったに所属国以外での修業ということはあり得ない。
修業先で命の危険性があるという以外にも、修業先にそのまま居座ってしまうとか、政治利用されたりするというような、危険性があるからだ。
なので、ミールが約二日間で、アイゼル=ワード大公国への修業という切符を手に入れることは、いくら建前上の名目であっても、奇跡だった。
「そう――――」
ドーラは驚きすぎて、言葉が続かなかった。
どうやら、初日にテレーゼが話してくれた各地の癒身師たちの身元や精油、素地などの製造・販売元をこの数日の間に調べ上げ、その結果、アイゼル=ワード大公国へ行くしかない、と判断したのだろう。
「ああ。アイゼル=ワード大公家お抱えの癒身師、ゲオルグ・デリュータ=フォン=ファーメナについて、調査してくる」
ミールの言葉に、はい、よろしくお願いします、と頭を下げたドーラ。
彼はドーラと違って第二級認定調香師。
第二級認定調香師は所属国でこそ、第一級認定調香師のアシスタントのような役割があり、自力で処方や調合ができないが、それ以上に、外国ではただの下働き程度の扱いだ。それに加え、第一級認定調香師と違って、外国での『香り』に関する調査権はない。
だから、ミールはドーラと違って、『調査』しにいくわけではなく、あえて『修業』しに行くという形をとらざるを得なく、今回に限っては、それが最適な手段だった。
そのため、立ち位置としては、第二級認定調香師であると同時に、『ステルラ』のパトロンであるポローシェ侯爵の部下でもあった。
それに気づいているドーラは彼に頼みます、と頭を下げた。
公私をはっきり区別するドーラを、少し寂しそうな眼差しで見ながらも、何も言えなかったミールだった。
しかし、二人とも余分な感傷に浸っている暇はなかった。
ミールは『修行』に行くための準備を。
ドーラは次にテレーゼに渡す、アロマクラフトの準備を。
ミールはてきぱきと旅行鞄に自前のビーカーやガラス製器具、認定調香師たちが使う揃いの白衣、処方箋伝票などを入れ込み、すぐに『ステルラ』を出て行った。
そして、ドーラはミールが出て行った後、香調大事典を開いた。
香調大事典とは国立調香院が発行する、精油やハーブ(薬草)、素地などの種類や効能、使用法や使用上の注意事項、学名、原産国、今現在、それらが産出できる場所、そして、実際のアロマクラフトの基本的な作製方法が全て網羅されている、いわば、認定調香師たちの聖書である。
そんな香調大事典でドーラが調べていたのは、テレーゼに渡したハンドオイルの次に使ってもらおうと考えているハンドクリームの材料だった。
「ラベンダーをベースにしてもいいけれど、多分、それだと飽きが来る。だから、飽きがこない方法をとるのならば――――」
独り言を呟きながら、左手でメモを取る。
「ユーカリですっきりさせた匂いにするのもありだよね――でも、そうすると、他の香りが消えちゃうんだよなぁ」
それからしばらく、ああでもない、こうでもない、と考えているうちに、夜が更けてしまった。
明日は、三日ぶりの通常営業。
一度、周りをゆっくり見てみるのもいいのでは、と思うことにした。
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