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1.少女のハンドクリーム
思惑
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次の日、久しぶりの通常営業というだけあって、『ステルラ』は次から次に常連客達がやってきた。
自分用、ギフト用問わず、香水を求める令嬢たちや、日頃の疲れを取るため、マッサージにやって来る夫人たち、妻や恋人のために何かいいギフトはないかと探しに来る紳士たち。十人十色の探し物の手伝いは、ドーラにとって、いい気分転換になった。
営業終了後、ドーラは売れた分の既製アロマクラフトの補充を行っていた。
丁度、季節が移り変わっていく時期になる、ということもあり、先日、テレーゼのハンドオイルの成分を調べるときに没になった混合精油を使ったアロマクラフトを、新商品として取り入れることにした。
「どちらもリラックス効果のある香り。それに、レモンマートルとシトロネラという爽やかな香りがあるから、ハンドクリーム――――ハンドジェルでもいいかも。でも、いっそのこと何かベースノートを加えて、芳香剤にしてしまうのもありかも」
いくつかの提案を処方箋伝票に書きこむドーラ。いくつか提案を書ききったところで、数枚を破り捨てる。
「でも、やっぱりこれはこれで完成された香りだから、何かを加えるのはもったいない。だから、そうね。量も少ないことだし、ハンドクリームにしよう」
最初に書き込んだ提案であるハンドクリームに決めた。
何も加えない、という意味ではハンドジェルでもよかったが、さっぱりとした触感のハンドジェルは真夏の暑い時期に向いているので、『ステルラ』では季節限定ものとして売られている。
一方のハンドクリームは一年中、使い勝手が良いため、『ステルラ』では定番の商品であり、その香りのバリエーションとして商品にすることにしたのだ。
そして、ハンドクリームを作るのに必要なものをその伝票に書きこんでいった。
「いつも通りの乳化剤とベースとして、グレープシードオイルかスイート・アーモンドオイル。あとは、少し蜜蝋を少なめにしようかな」
乳化剤とは文字通り、乳のような物質にするもの。通常、『油と水』という様にアロマクラフトであっても、油と水はなじまない。しかし、適当量の乳化剤を加えることにより、ミルク状になる。
通常、乳化剤は、遠い東の国に自生すると言われているパームから採取するオイルを加工して作られており、アロマクラフトで使うほとんどのキャリアオイルや精油と同じ植物由来なので、あまり作製者も使用者も抵抗なく使えるというのが特長だ。
そして蜜蝋は、キャリアオイルの一種でもあり、ほとんどの植物由来のアロマ素材の中で唯一、動物性由来の素地だ。しかし、大昔から使われており、安価で手に入りやすい。常温で固形であるため、それを加えることで固めのクリームになるのだ。使わなくてもクリームになるが、やはり水っぽさが出てしまい、使いづらくなってしまうので、ほとんどのクリームには使用されている。
机の上に次々と、ハンドクリームを作るのに必要な器具を置いていく。
作業環境を整えた後、天秤ばかりで混合精油の量を計り、それに合わせてキャリアオイル、蜜蝋、乳化剤や精製水の量を素早く計算した。
はじめに、オイルと蜜蝋、乳化剤を一つの容器に混合し、湯煎鍋に入れた。
それと同時に、精製水も別の容器に入れ、同じ湯煎鍋に入れた。
その後、固形分だった蜜蝋と乳化剤が熱で溶けきったのを確認した後、両方の容器を鍋から取り出し、周りの水分をふき取った後、オイルと乳化剤の容器に精製水を少しずつ加えながら、混ぜていった。
ドーラは混合させたものをしばらくかきまぜた後、綺麗にミルク状になったのを確認し、混合精油を加え、もう少しだけ混ぜ続けた。
蒸気に交じって、爽やかな柑橘系の匂いと、少し柔らかいハーブの匂いが辺りを漂う。
容器の中のものが分離していないことをもう一度、確認すると、かき混ぜるのをやめ、別に用意してあった容器に小分けした。
容器のサイズの八分目まで箆を使って入れると、丁寧に周りをふき取り、キャップを締めていった。
すべての容器に入れ終わった後、使った機具の片づけをして、再び、作業していた席に戻った。
クリームを入れた容器の数だけ可愛らしいカードに一枚一枚、手書きで作った日付と使用期限、作るのに使用した材料を書き込んでいった。
「よし、できた」
すべてのカードに書き込むと容器とカードを底が浅い籠に入れ、店頭へ持っていった。
当たり前だが、陳列スペースは有限だ。なので、すでに在庫が少なく、使用期限が短いものを、見切り品の棚に移動させた。そうして空いたスペースには元からあった商品を詰めていき、新しい商品がすでにハンドクリームが置かれているところに置けるようにした。
全て並べ終わった後、ドーラはふと、気づいた。
なぜ、テレーゼは手が荒れた後も、そのハンドオイルを使い続けたのだろうか、と。
そして、お抱えの認定調香師であるゲオルグならば知っているはずだ。
絶対に患者の健康を損ねてはいけない、と。そして、少しでも体調を崩すことがあるのならば、すぐさま使用をやめさせ、原因を特定し、国立調香院に報告する義務があることを。
だが、ゲオルグはそれをしなかった。ドーラが知っている彼ならば、絶対にありえない話だ。
彼は私生活では少々変わっているが、認定調香師としては絶対に妥協を許さない人だ。
そのあたりも次にテレーゼが来た時に聞く、と心に決めた。
ふと、窓の外を見たら、すでに真っ暗になっていた。室内はすでに明かりをつけていたので、気づかなかったが、すでに太陽が完全に沈み切っていたようだった。
翌日は二日ぶりにテレーゼが来店する日だが、今日は前回と違って、通常の営業もある。
最初に訪れたのは、伯爵夫人。
時間通りに訪れた彼女は、全身マッサージの常連客だ。街にはマッサージの専門店が何軒かあるが、そこではなく総合調香店である『ステルラ』を選んでくれている。
施術前に簡単な診察を行い、体調に問題がないことを確認すると、彼女が気に入っているマッサージオイルを使って施術していった。
予定通りの時間に終わり、ついでとばかりに店内の商品を見た夫人が手にしたのは、やはり昨日、作ったばかりのハンドクリームだった。
「新作なの?」
夫人に問いかけられたドーラは、はい、と笑顔で答える。
「これからの季節にぴったりな匂いだと思いますよ」
ドーラの説明に、あら、それはいいわね、と興味を示す伯爵夫人。
「じゃあ、こちら全て、頂きましょう」
伯爵夫人の言葉に、全く動じなかったドーラ。
彼女が言ったような店にある在庫を全て買います、という言葉を聞くのは、ドーラにとって日常茶飯事だったから。
もちろん、そうではないお客さんもいる。恋人に贈るプレゼントや自分へのご褒美としてアロマクラフトを買っていく若い人は、少量で買うことが多い。
だが、壮年の貴族は男性女性問わず、まとめ買いしていくことが多い。
それは、アロマクラフトは手作業で作られるので、どうしても量を作ることができず、少量でしか売られない。自分で気に入った香りや質感のものといつ出会えるか分からない。そして、他者との差別をはかるため、自分が購入した香りを他の人を共有したくない、という思惑もあるからだ。
だから、気に入った製品があれば、まとめて買われることも多く、ドーラの店でもそれは普通だった。
「分かりました」
そう言って、全てのハンドクリームの入った容器を紙袋に入れ込んだ。併せてカードも一枚、入れておいた。
代金をお付きの者から受け取り、では、またのお越しをお待ちしております、と夫人たちが去っていくのを見送った。
テレーゼが来るまではもう少し時間があったので、施術室の片づけや、先ほど完売したハンドクリームの商品ケースを片付けてしまった。
清掃が終わり、時計を見ると、既にテレーゼが来てもおかしくない時間だったが、まだ、彼女は来ていない。
間違って店舗出入り口の鍵をかけてしまったのかと思って、外を見たが、そう言うわけでもなさそうだ。こないだ入ってもらった裏口もそうだった。
不安ばかりが積もっていく中で、ようやくテレーゼが来たのは、約束の時間から三十分ばかり経った頃だった。
「すまない」
焦ったように言うテレーゼに、大丈夫ですよ、と微笑むドーラは、彼女にラベンダーティーを淹れた。
「テレーゼさんには、ただでさえ、無理してこちらに来てもらっているわけなので、多少の時間の融通は利かせますよ」
ドーラの言葉に、本当にすまない、と頭を下げ始めた。
「まあ、こっちに滞在していることがついエルスオング大公にバレて、な」
その言葉に、あら、それは、と言葉を失くすドーラ。
現エルスオング大公は気さくな人で、庶民から見れば市民のことをよく見ている大公、選民意識を持つ貴族から見れば庶民かぶれの大公、と評される人だ。ドーラも調香関連のことで何回か大公にあったことがあるが、悪い人には見えなかった。
しかし、昔、帝国から独立した五つの国は《五大公国》と言われるように、一つの国となっているが、特別、仲がいいわけではない。むしろ、水面下での足の引っ張り合いがあるくらいで、一国の主が勝手に隣国に滞在しているとなれば、敵情視察をしているのか、と思われる行為だ。
そういった関連での何かが、あったんだろう。
ドーラはそう感じたが、それ以上は何も聞かなかった。
もともと自分は貴族ではないし、そもそも、たとえ認定調香師である以上、顧客のプライベートに不必要に立ち入ってはならない。それも認定調香師になる際に守らなければならない事項だ。
「では、あちらにもう帰らなければならないのですか?」
ドーラはテレーゼに訊ねた。もし、すぐに帰らなければならないとなると、彼女のために作ろうと思っていたハンドクリームがまだ出来上がっていない。
彼女の問いかけにテレーゼはいいや、と言う。
「しばらくの滞在許可を正式にもぎ取ってきた。ま、その代わり、次回の五大公会議では少しあちらに融通しなきゃいけなくなったけどね」
テレーゼの軽い笑いに、そんなことをして大丈夫なのかと思ったが、多分、彼女の雰囲気からすると大丈夫だろうと、思われた。
彼女が一服した後、手の状態を観察した。
まだ、新しいハンドオイルをつけ始めてから二日しかたっておらず、大部分の荒れは治っていないが、端っこの方の軽い肌荒れ部分は、治りかけていた。
「そう言えば、聞こうと思っていたのですが」
ドーラは一通り観察を終えた後、例の件を聞いた。
テレーゼはドーラの質問に対して、とうとうその質問が来たか、という雰囲気を一瞬、出したが、覚悟を決めたのか、ゆっくりと口を開いた。
自分用、ギフト用問わず、香水を求める令嬢たちや、日頃の疲れを取るため、マッサージにやって来る夫人たち、妻や恋人のために何かいいギフトはないかと探しに来る紳士たち。十人十色の探し物の手伝いは、ドーラにとって、いい気分転換になった。
営業終了後、ドーラは売れた分の既製アロマクラフトの補充を行っていた。
丁度、季節が移り変わっていく時期になる、ということもあり、先日、テレーゼのハンドオイルの成分を調べるときに没になった混合精油を使ったアロマクラフトを、新商品として取り入れることにした。
「どちらもリラックス効果のある香り。それに、レモンマートルとシトロネラという爽やかな香りがあるから、ハンドクリーム――――ハンドジェルでもいいかも。でも、いっそのこと何かベースノートを加えて、芳香剤にしてしまうのもありかも」
いくつかの提案を処方箋伝票に書きこむドーラ。いくつか提案を書ききったところで、数枚を破り捨てる。
「でも、やっぱりこれはこれで完成された香りだから、何かを加えるのはもったいない。だから、そうね。量も少ないことだし、ハンドクリームにしよう」
最初に書き込んだ提案であるハンドクリームに決めた。
何も加えない、という意味ではハンドジェルでもよかったが、さっぱりとした触感のハンドジェルは真夏の暑い時期に向いているので、『ステルラ』では季節限定ものとして売られている。
一方のハンドクリームは一年中、使い勝手が良いため、『ステルラ』では定番の商品であり、その香りのバリエーションとして商品にすることにしたのだ。
そして、ハンドクリームを作るのに必要なものをその伝票に書きこんでいった。
「いつも通りの乳化剤とベースとして、グレープシードオイルかスイート・アーモンドオイル。あとは、少し蜜蝋を少なめにしようかな」
乳化剤とは文字通り、乳のような物質にするもの。通常、『油と水』という様にアロマクラフトであっても、油と水はなじまない。しかし、適当量の乳化剤を加えることにより、ミルク状になる。
通常、乳化剤は、遠い東の国に自生すると言われているパームから採取するオイルを加工して作られており、アロマクラフトで使うほとんどのキャリアオイルや精油と同じ植物由来なので、あまり作製者も使用者も抵抗なく使えるというのが特長だ。
そして蜜蝋は、キャリアオイルの一種でもあり、ほとんどの植物由来のアロマ素材の中で唯一、動物性由来の素地だ。しかし、大昔から使われており、安価で手に入りやすい。常温で固形であるため、それを加えることで固めのクリームになるのだ。使わなくてもクリームになるが、やはり水っぽさが出てしまい、使いづらくなってしまうので、ほとんどのクリームには使用されている。
机の上に次々と、ハンドクリームを作るのに必要な器具を置いていく。
作業環境を整えた後、天秤ばかりで混合精油の量を計り、それに合わせてキャリアオイル、蜜蝋、乳化剤や精製水の量を素早く計算した。
はじめに、オイルと蜜蝋、乳化剤を一つの容器に混合し、湯煎鍋に入れた。
それと同時に、精製水も別の容器に入れ、同じ湯煎鍋に入れた。
その後、固形分だった蜜蝋と乳化剤が熱で溶けきったのを確認した後、両方の容器を鍋から取り出し、周りの水分をふき取った後、オイルと乳化剤の容器に精製水を少しずつ加えながら、混ぜていった。
ドーラは混合させたものをしばらくかきまぜた後、綺麗にミルク状になったのを確認し、混合精油を加え、もう少しだけ混ぜ続けた。
蒸気に交じって、爽やかな柑橘系の匂いと、少し柔らかいハーブの匂いが辺りを漂う。
容器の中のものが分離していないことをもう一度、確認すると、かき混ぜるのをやめ、別に用意してあった容器に小分けした。
容器のサイズの八分目まで箆を使って入れると、丁寧に周りをふき取り、キャップを締めていった。
すべての容器に入れ終わった後、使った機具の片づけをして、再び、作業していた席に戻った。
クリームを入れた容器の数だけ可愛らしいカードに一枚一枚、手書きで作った日付と使用期限、作るのに使用した材料を書き込んでいった。
「よし、できた」
すべてのカードに書き込むと容器とカードを底が浅い籠に入れ、店頭へ持っていった。
当たり前だが、陳列スペースは有限だ。なので、すでに在庫が少なく、使用期限が短いものを、見切り品の棚に移動させた。そうして空いたスペースには元からあった商品を詰めていき、新しい商品がすでにハンドクリームが置かれているところに置けるようにした。
全て並べ終わった後、ドーラはふと、気づいた。
なぜ、テレーゼは手が荒れた後も、そのハンドオイルを使い続けたのだろうか、と。
そして、お抱えの認定調香師であるゲオルグならば知っているはずだ。
絶対に患者の健康を損ねてはいけない、と。そして、少しでも体調を崩すことがあるのならば、すぐさま使用をやめさせ、原因を特定し、国立調香院に報告する義務があることを。
だが、ゲオルグはそれをしなかった。ドーラが知っている彼ならば、絶対にありえない話だ。
彼は私生活では少々変わっているが、認定調香師としては絶対に妥協を許さない人だ。
そのあたりも次にテレーゼが来た時に聞く、と心に決めた。
ふと、窓の外を見たら、すでに真っ暗になっていた。室内はすでに明かりをつけていたので、気づかなかったが、すでに太陽が完全に沈み切っていたようだった。
翌日は二日ぶりにテレーゼが来店する日だが、今日は前回と違って、通常の営業もある。
最初に訪れたのは、伯爵夫人。
時間通りに訪れた彼女は、全身マッサージの常連客だ。街にはマッサージの専門店が何軒かあるが、そこではなく総合調香店である『ステルラ』を選んでくれている。
施術前に簡単な診察を行い、体調に問題がないことを確認すると、彼女が気に入っているマッサージオイルを使って施術していった。
予定通りの時間に終わり、ついでとばかりに店内の商品を見た夫人が手にしたのは、やはり昨日、作ったばかりのハンドクリームだった。
「新作なの?」
夫人に問いかけられたドーラは、はい、と笑顔で答える。
「これからの季節にぴったりな匂いだと思いますよ」
ドーラの説明に、あら、それはいいわね、と興味を示す伯爵夫人。
「じゃあ、こちら全て、頂きましょう」
伯爵夫人の言葉に、全く動じなかったドーラ。
彼女が言ったような店にある在庫を全て買います、という言葉を聞くのは、ドーラにとって日常茶飯事だったから。
もちろん、そうではないお客さんもいる。恋人に贈るプレゼントや自分へのご褒美としてアロマクラフトを買っていく若い人は、少量で買うことが多い。
だが、壮年の貴族は男性女性問わず、まとめ買いしていくことが多い。
それは、アロマクラフトは手作業で作られるので、どうしても量を作ることができず、少量でしか売られない。自分で気に入った香りや質感のものといつ出会えるか分からない。そして、他者との差別をはかるため、自分が購入した香りを他の人を共有したくない、という思惑もあるからだ。
だから、気に入った製品があれば、まとめて買われることも多く、ドーラの店でもそれは普通だった。
「分かりました」
そう言って、全てのハンドクリームの入った容器を紙袋に入れ込んだ。併せてカードも一枚、入れておいた。
代金をお付きの者から受け取り、では、またのお越しをお待ちしております、と夫人たちが去っていくのを見送った。
テレーゼが来るまではもう少し時間があったので、施術室の片づけや、先ほど完売したハンドクリームの商品ケースを片付けてしまった。
清掃が終わり、時計を見ると、既にテレーゼが来てもおかしくない時間だったが、まだ、彼女は来ていない。
間違って店舗出入り口の鍵をかけてしまったのかと思って、外を見たが、そう言うわけでもなさそうだ。こないだ入ってもらった裏口もそうだった。
不安ばかりが積もっていく中で、ようやくテレーゼが来たのは、約束の時間から三十分ばかり経った頃だった。
「すまない」
焦ったように言うテレーゼに、大丈夫ですよ、と微笑むドーラは、彼女にラベンダーティーを淹れた。
「テレーゼさんには、ただでさえ、無理してこちらに来てもらっているわけなので、多少の時間の融通は利かせますよ」
ドーラの言葉に、本当にすまない、と頭を下げ始めた。
「まあ、こっちに滞在していることがついエルスオング大公にバレて、な」
その言葉に、あら、それは、と言葉を失くすドーラ。
現エルスオング大公は気さくな人で、庶民から見れば市民のことをよく見ている大公、選民意識を持つ貴族から見れば庶民かぶれの大公、と評される人だ。ドーラも調香関連のことで何回か大公にあったことがあるが、悪い人には見えなかった。
しかし、昔、帝国から独立した五つの国は《五大公国》と言われるように、一つの国となっているが、特別、仲がいいわけではない。むしろ、水面下での足の引っ張り合いがあるくらいで、一国の主が勝手に隣国に滞在しているとなれば、敵情視察をしているのか、と思われる行為だ。
そういった関連での何かが、あったんだろう。
ドーラはそう感じたが、それ以上は何も聞かなかった。
もともと自分は貴族ではないし、そもそも、たとえ認定調香師である以上、顧客のプライベートに不必要に立ち入ってはならない。それも認定調香師になる際に守らなければならない事項だ。
「では、あちらにもう帰らなければならないのですか?」
ドーラはテレーゼに訊ねた。もし、すぐに帰らなければならないとなると、彼女のために作ろうと思っていたハンドクリームがまだ出来上がっていない。
彼女の問いかけにテレーゼはいいや、と言う。
「しばらくの滞在許可を正式にもぎ取ってきた。ま、その代わり、次回の五大公会議では少しあちらに融通しなきゃいけなくなったけどね」
テレーゼの軽い笑いに、そんなことをして大丈夫なのかと思ったが、多分、彼女の雰囲気からすると大丈夫だろうと、思われた。
彼女が一服した後、手の状態を観察した。
まだ、新しいハンドオイルをつけ始めてから二日しかたっておらず、大部分の荒れは治っていないが、端っこの方の軽い肌荒れ部分は、治りかけていた。
「そう言えば、聞こうと思っていたのですが」
ドーラは一通り観察を終えた後、例の件を聞いた。
テレーゼはドーラの質問に対して、とうとうその質問が来たか、という雰囲気を一瞬、出したが、覚悟を決めたのか、ゆっくりと口を開いた。
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