調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~

鶯埜 餡

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3.お日様のハーブティー

空回りする負けん気と再会

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 本来、五大公国調香師会議の前夜祭として食事会が開かれるが、あまり気分がのらなかったドーラもシャルロッタ院長をはじめ、エルスオング大公国の調香師勢は全員、参加を見合わせた。

「私としても不本意ですが、仕方ありません」
 掟破りになりますが、そうシャルロッタ院長はため息をつき、苦々しげに言った。

「そもそもはあちらから言いがかりをつけてきたこと。なにも院長やラススヴェーテ嬢が気にすることはありません」
 そうドーラやシャルロッタ院長を擁護するのはレリウス男爵。彼の擁護に、ほかのエルスオング大公国所属の調香師たちも同意する。それほどまでにオルガの言葉は『調香師』というものをナメているものだった。

 ホスト国不在での食事会がどうなったのかはしらないが、エルスオング大公国所属調香師たちは、オルガへ見返してやろうという思いで一致していた。

「ラススヴェーテ調香師はまだフレグランスオイルを作製していないので、公平を期すためにも全員の作品を作り直す、というのはいかがでしょうか。もちろん、会場に設置されてる調香室に参加者全員が入りきりませんので、明日と明後日のどちらかで作製できるようにしておきましょう」

 シャルロッタ院長の言葉に名案だなと頷く面々。
 通常は調香会議が始まる前、自分の手持ちの精油で調香したものを持ってくる。それはしかし、今回はドーラが飛び入りで参加することになったものの、缶詰状態になる彼女は自分のものを使えない。だからこその措置だ。たとえ、リュシアやオルガが反対意見を言ったところで、こちらは強行的に押しすすめることができるだろう。

「そうすればあのフレングスの女も悔しいだろうなぁ。いまあるものを使えなくて」
 レリウス男爵がざまぁみろと嗤う。ドーラ自身にはそのような感情はなかったものの、やはりどうしてもオルガに対する苛立ちは忘れきれない。絶対に勝ってやる、机の下で強く手を握りしめた。

 夕食後、自分の部屋に戻ったドーラはフレグランスコンテストに出品するもののことを考えた。

「『五大公国』かぁ」

 フェオドーラはこれまでエルスオング大公国を出たことがない。唯一あるのはこの前のアイゼル=ワード大公国だけだ。シャルロッタからは自国でも良いと言われているが、せっかくならばよその国にしたい。だけども、あの国での情景がすっとは浮かばない。ベッドに寝ころびながら考えた。


 翌朝になってもすっきりせず、会議前までずっと悩んでいた。

「眠そうだな」
 レリウス男爵がドーラを大変そうだなと労いながら言葉をかけた。もめ事を回避するために、調香師会議は国ごとの代表ごとに会場へ入る。ホスト国であるエルスオング大公国の調香師団は最後に入場するので、ずっと考えていたフレグランスコンテストのことを一度、考えるのをやめ、頭を空っぽにする余裕ができた。

「あのあと、ずっと考えてしまって」
 肩を竦めながら答えると、そうだろうな、と温かく笑いながら言うレリウス男爵。

「わしも若いとき、誰だったか忘れたが、お前さんみたいに喧嘩売られたことがあった。だけども、そのあとに飲んだハーブティーがなんともいえないくらいに美味いんだよなぁ。調香師たちがその場でブレンドしてくれてるからか、リラックス効果は抜群だ」
 レリウス男爵の言葉に驚くと同時に肩の力が抜けたドーラ。
「だからか会議中、ずっと落ちついていられた。それからというものの、この会議に出るたびに今回はどんなハーブティーが出るのか楽しみだな」

 彼の言葉で今回、出されるはずのハーブティーが楽しみになった。
 ちょうどそのとき、二人の目の前にある扉が開いた。

「さあ、行こうか」
 レリウス男爵はドーラに手を差しのべる。はいっと元気よく返事をしたドーラはそっと手を載せ、会場内へ進んだ。

 今回の五大公国調香師会議の会場は、毎月恒例で開かれている調香師会議の会場よりも豪華な部屋で、テーブルの上にはそれぞれのネームプレートが置かれていた。

「やぁ、久しぶりだね、フェオドーラちゃん」
 少し会場の雰囲気に気後れしていたドーラの目の前に現れたのは黒髪の男性。彼に見覚えがあったドーラはお久しぶりです、と声を少しだけ震わせながら挨拶をした。
 今回、彼女が調香師会議に参加することになったできごとであり、初めての『調査』案件で関わることになった人物。

「おっと、君はフリードリヒくんじゃないか」

 どう続けていいのか分からなくなっていたドーラのかわりに、彼に声をかけたのはレリウス男爵。どうやら彼とは顔見知りの間柄だったようだ。
「おや、こちらはレリウス男爵。その節は大変お世話になりました」
 彼、フリードリヒ・ゼーレン=フォン=バルブスク第一級認定調香師は笑顔で男爵に返した。
「本当でしたな。でも、また最近、ずいぶん派手にやらかしたようだな」
 レリウス男爵も当然ながら『事件』を知っている。彼のやんわりとした嫌味に顔をしかめたフリードリヒだが、その言葉に否定することはできず、あははと笑うだけで言葉を濁した。しかし、ひとしきり笑ったあとに真顔になり、固まっているドーラに声をかけた。

「先に言っておくね、フェオドーラ・ラススヴェーテ嬢。少なくとも僕はあなたのことを恨んでないし、そうするべきではないと分かってる。だけど、アイゼル=ワードうちの大公国くにの連中は変にプライドが高いからでフェオドーラちゃんに迷惑・・をかけることがあるかもしれないんだ。一応、僕も気をつけてフォローするけど、できる限りレリウス男爵やそちらの調香院長をはじめとした、あなたを守れる立場の人たちと一緒にいて欲しい」

 フリードリヒの真剣な言葉に頷いた。レリウス男爵がそっと口出しする。

「当ったり前だ、言われなくても当然守る。それよりもあの女狐どもがうるさいんだが、お前さんはなんか情報持ってねぇか」
 そう男爵が言いながら視線を向けたのは、フレングス大公国の二人、リュシルとオルガだった。二人ともドーラたちをのことは視界に入ってないようだ。なにか話し合っているが、遠すぎてこちらからは聞こえない。フリードリヒはああ、あの二人ですねぇと苦笑いする。

「残念ながら、何もありませんねぇ。でも、まあフレングスのグランデル院長は生粋の貴族主義者ですから、アイゼル=ワード大公国の調香師と通じるかもしれませんね」
 彼の回答にそうかと思案顔になるレリウス男爵。なにか企んでいるのだろうか。少し心配になったが、そういえばと今度はフリードリヒがドーラに質問してきたので、彼としっかり見た。
「フレグランスコンテストに出るんだって?」
 ドーラはレリウス男爵と顔を見合わせた。彼女がフレグランスコンテストにくるのを決めたのはリュシル院長やオルガと話し合ったあとで、そこから話した相手は限られている。
「どなたからそれを?」
 肯定も否定もせずに逆に質問した。フリードリヒはあれ、違ってたかな? と驚いた顔をする。
「いえ、たしかに出るんですが、それはどこからお聞きになられましたでしょうか」
 彼女の問いかけにオルガ・ディル=グランメルだと答えるフリードリヒ。

「あの女、なんか知らないけども、フェオドーラちゃんに敵意むき出しでね。ちなみに僕も参加するんだ」
 あくまでも彼は穏やかに言っているが、彼もドーラが参戦すると知った途端、少し好戦的な口調になった。

「そうだったんですね」
 ううと唸りながら顔をしかめるドーラ。フリードリヒやオルガという強敵を目の前にして、精神的に後退っているようだった。
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