調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~

鶯埜 餡

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3.お日様のハーブティー

すべからく

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 ドーラが少しマイナス思考に陥った瞬間、タイミングよくシャルロッタ院長が部屋に入ってきた。各国調香院長だけが着ることを許されている袖や襟に金色の糸で刺繍されている白衣、それを身にまとう女性の姿に、参加者たちのざわつきが一斉に静かになる。

「皆さん、お揃いのようですね。そろそろはじめましょうか」
 昨日の晩はじめて見たあの苛立ちの様子はすでになく、いつものシャルロッタ院長だった。ほかの参加者たちはそれほど驚くことではなかったようだが、二人ほど――いやうち一人は最初から気付いていたようだが――ほかの参加者とは違った様子をだしていた。

「あんたはんは私らをはめたんですか?」

 昨日、ドーラに突っかかってきた女性、オルガが自分の席に向かおうとしていたシャルロッタ院長にまたもや突っかかる。シャルロッタ院長はまとわりつく蝿を見るような眼差しでオルガを見た。
「私は一切、名乗っておりません。あなたが勝手に勘違いして院長ではないと決めつけていたのでしょう」

 確かな反論にぐうの音もでないオルガ。叔母のリュシルに助けを求めようとしたが、リュシルの顔色はとても悪く相手になってもらえず、さらに機嫌を悪くしたオルガはすみっこのにいるドーラを見つけ、ねぇ、あなたも私を騙したんでしょ!? と大声で叫ぶ。悪あがきだとは分かっているものの、やはり名指しで叫ばれると気分が悪い。青ざめたドーラに気づいたレリウス男爵やフリードリヒがさっとドーラをオルガから隠すようにした。

「昨日も言いましたが、あなたは調香師たるものをどう心得ているのですか。それに、そのように喚き散らすものはこの会議には不要です。出ていきなさい」

 シャルロッタ院長の静かな一喝に黙りこむオルガ。どうすれば良いのか迷っていると、再度、催促される。

「どうぞお帰りください」

 出入り口を指しながら言ったことは重い。院長の気迫に会場内はより静かになった。不承不承ながらもオルガは退出した。
 その様子を見ながらシャルロッタ院長は大きくため息をつき、ドーラに大変だったわねというような視線を向ける。小さく横に首を振ったドーラややれやれという表情のレリウス男爵とフリードリヒ、そして各々で談笑していた参加者たちが静かに決められた席に移動する。

「さて、イレギュラーなことがありましたが、そろそろ」
 先ほどのオルガの一方的な喧嘩を『イレギュラーなこと』と片付けたシャルロッタ院長は、あえて笑顔を作り、参加者を見まわす。

「本当、ああいったお馬鹿な人は困るもんですよ」
 遠回しにオルガや彼女を監督すべきリュシルを非難する男性。
「全くです」
 シャルロッタ院長は深く頷き、さてと手元の資料を確認する。

「なんか、今回はエルスオングさんところがよう働いてるようですなぁ。うちんところももう少し働いてもらわんと困りますねぇ」
 リュシルの言葉にシャルロッタ院長は、結局はあなたもでしたかと小声で呟いた。先ほどと同じような事態になるのではないかと、その場にいた全員が身構えた。しかし、院長の言葉をリュシルは聞こえていなかったようで、シャルロッタ院長の言葉を無視した。

「ご冗談を、リュシルさん。本来はこんな『事件』なんてあってほしくはありませんよ」
 渋面を浮かべて言われたことにそやけどねぇ、と不服そうに返すリュシル。
「まったくだな。『香り』を使われる犯罪なんぞあっては困る」
 シャルロッタ院長を挟んでリュシルと反対側の席に座っている男性はひげを触りながら頷く。その場にいるほとんどの調香師たちが頷く。数多くの難関な試験や講義と向かい合ってきた『調香師』としては『香り』を犯罪に使うというのは、『調香典範』に反すること。あってはならないことなのだ。

 だが、稀にその禁を犯す者がいるのもまた事実。この会議が行われる理由の一つでもあるのだ。

「しかし、アイゼル=ワードさんとこは危機管理が甘いようですね」

 今度はシャルロッタの真正面から声が上がった。彼はさわやかな青年だったが、どことなく危険人物の香りがしたのは気のせいだろうかとドーラは不安になった。

「……――何も言えないな」

 控えめな声でリュシルとダミアンの間から声が聞こえた。その声の持ち主はドーラもあったことのある人物、アイゼル=ワード大公国の調香院長だった。シャルロッタ以外の三人の調香院長の冷たい視線に耐え切れず、顔を伏せるグレゴール。

 重い雰囲気の間、ほかの調香院長の思惑なんてどうでもいい、ただ自分は与えられた役割をこなすのみ、そんな決意をのせた言葉が会場に響き渡る。

「さて、はじめましょうか」
 シャルロッタ院長の言葉にしぶしぶ顔を上げるもの、なにか意思を固めて顔を上げるもの、格好はさまざまだったが、そこにいるものたちは全員『調香師』という立場を理解している。
 だからこそ、この会議が何事もなく平穏無事に毎年、開かれている。


「では、最初の議題。各国の認定調香師の任免についての報告」
 シャルロッタ院長の言葉に資料をめくる調香師たち。
「今年度、任命された第一級認定調香師は五か国あわせて十人。各国調香院長、詳細を」

 最初に振られたのはリュシル。小さく周りから隠すように舌打ちをしたようだったが、静かなこの会議室内では響き渡る。
「うちの調香院での採用はありませんですわぁ」
 まったりとした口調ながらもシャルロッタやドーラを見る視線はきつい。そんな視線を涼しく流したシャルロッタ院長はでは、順にお願いします、とグレゴールを見ながら告げる。

「うちんとこは一人。フーゴ・ミルンデスキー、十五歳。地主階級の倅でしばらくは大公家お抱え調香師預かり、今後のはたらきによっては独り立ちさせることも検討している」
 どうやらアイゼル=ワード大公国の新しい調香師は香水師か紅茶師か、はたまた癒身師か。グレゴールの隣でフリードリヒがマジっすか!? と驚いている。ゲオルグとディアーナが去って以来、一人きりだったようで、新しい同僚のことを知らなかったようだ。

「俺んところは三人。レフ・ゴルフトフ、ポリーナ・メドベーフ。シャルロッタ・フェザーフ。彼ら全員、伯爵家の跡取り。ポリーナについても後々、婿を取る形で、三人ともいずれは『調香師』の職を捨てる予定だ」
 なんでこんな奴らが調香師になろうとしたんですかねぇとぼやきながら情報提供したのはミハイル。

「同じく三人。ジェレミー・クロッサバナ、リル・コルロット、シモン・デルモング。全員十七歳、ジェレミー以外は子爵家の子女。ジェレミーのみ公爵家の三男坊だ。どれも爵位を継ぐ可能性なしで、全員とも各家の専属調香師となる」
 続いて報告したのはダミアン。

「そうでしたか。報告ありがとうございます。エルスオング大公国もミュードラ、カンベルタ大公国と同じ三名。ヴァレーリヤ・マルベルト、ジーナ・シルヴェルフ、マリヤ・エルヴォルフ。彼らはエルスオング大公国内の精油や紅茶を取り扱う商人の子女。製造官や粉黛師、紅茶師を目指しているそうです」
 最後はシャルロッタ院長が締めくくった。
「なんか、俺んところの三人にエルスオングさんの取得者の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですねぇ」
 ミハイルはしみじみとぼやく。その場にいた半分くらいの調香師も同じことを考えたのか、そのぼやきに小さく頷いているものもいた。

「第二級から第一級への昇級者はなし、で相違ありませんね」
 シャルロッタ院長の確認に迷いなく頷く四人。

「分かりました。では、続いて認定調香師の資格を剥奪されたもの、返納したものに関する案件についての報告。そうですね。よければ返納したものについては各国調香院長から、剥奪されたものについては『調査』に関わったものが直接、報告してください」
 続けて言われたのはドーラにも深く関わること。フリードリヒをチラッと見ると、彼もドーラの視線に気づいたようだったが、彼女を安心させるように微笑んでいた。
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