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1.少女のハンドクリーム
(外伝)日常
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朝、普段と同じくらいに起きたミールはいつも通りにポローシェ侯爵家の雇い人用の服を着て出かける支度をする。
自室を出て、いつもとは違う雰囲気にそういえば同居人がしばらく出かけていたことを思いだす。
「そういや、あいつ……ああ、三日前からアイゼル=ワードだったな」
彼にとって同郷の幼馴染で第一級認定調香師の同居人は現在、『調査』のために出かけている。彼女がいないとなると、作りおきする食事もいらないことに気づく。朝食とミールが持っていく昼食を同時に作るだけでいい。
「……――っと、そろそろベーコンも切れそうだな。ついでに帰りに買ってくか」
食料の保存庫には日持ちのする野菜、根菜類やイモ類は多く残っていたが、葉物や長期保存ができる肉類が少ないに気づいたミールは、買い物リストにそれらを加えておく。
「あぁでも、あいつがいつ帰ってくるかわからないから、そんなに買いこんでもなぁ」
同居人はいつ帰ってくるかわからないから、彼女が帰ってきたあとで食材を多く買いこむことにしようと思って、少しだけ買おうと思っていた量を下方修正する。
ひょんなことから働くことになったポローシェ侯爵家。
侯爵自身はいい人で、同居人ともども丸ごと拾ってくれたかなりありがたい人ではあるとミールは実感している。もちろん、自身の利益込みでの買い物だったとは思うが、今んところ二人にしか利益はない。
彼女と違って第二級認定調香師しか持っていないミールには調香作業はほぼできない。それにこの侯爵様もそれを望んでいなかったから、彼には書類作業やどちらかというと秘書や個人的な使用人のような業務を与えてもらっていた。
今日はその本人、ポローシェ侯爵は早朝から出かけている。エルスオング大公に緊急で呼ばれたとかで、いつもならミールも連れていかれるのだが、彼が屋敷に到着したときにはすでに侯爵の姿はなかった。
「最近、ドーラちゃんは出かけてるみたいだね?」
「あ?」
「そんな怖い顔すんな。『鉄仮面のミール様』が泣くぞ」
ミールと似たような役目の人間は何人かいる。しゃべりかけてきた黒髪の男もそうで、彼よりも先に雇われていたが、プライベートなことをいちいち返すのも面倒くさいなぁと思ってしまった。同じ侯爵様の雇い人だろうが、一個や二個ぐらい喋らなくてもいいだろう。
そう思って睨み返しただけだったのだが、逆効果で男はミールに絡んでくる。珍しいことだと感じる。いつもこの男はおとなしく、普段だったらこの男が侯爵に絡まれることの方が多い。ここまで絡むということは、朝から酒が入っているのか、それともなにか嗅がされたのか。
「なぁ、教えてくれたっていいじゃんかぁ、ねぇねぇ?」
男のしつこさにそろそろ面倒になってきたミールだったが、ここで暴力沙汰を起こすわけにもいかない。仕方なく呼び鈴を鳴らし、この家直属の護衛に男を渡す。
まあ数時間経ったら事の真相を聞けるだろうから、それまで大人しくしてもらえればいいや。
そう考えた彼は万が一のときのために『解毒剤』を調達しておくことにした。
『解毒剤』と言っても、薬ではない。ただのハーブティーだ。侯爵邸には何人かお抱え認定調香師がいて、彼らがブレンドしたありがたい代物。この近辺の国々では医薬品とほぼ同等の扱いを受ける。
もちろん本来は侯爵家、もしくはその客人に処方されるものであるが、ときどきミールたち使用人にもそのおこぼれにあずかれる。
「ジーナ、なんか毒消し用のハーブティーもらえねぇか?」
厨房に入ったミールは調理専門の侍女に声をかけると、ちょっと待っとりなと返事をもらう。彼女は四十過ぎの恰幅のいいおばちゃんで、新入りに近いミールにも平等に接してくれ、しょっちゅう彼女と料理談義していたので、いろいろ融通してもらいやすかった。
「おや、坊ちゃん、今日はナンダカ落ちこんでるじゃないか」
「え?」
ミールは自分が落ちこむようなことがなにかあったかと考えたが、まったく心当たりがなく、ジーナの言葉に首を傾げてしまった。
「あぁ、大公サマのことでいきなりポローシェの旦那サマが出かけたもんだから、てっきりアンタが置いてきぼりくらって落ちこんでるのかと思ったのサ。いや、アタシの気のせいならよかったんだケド」
「……――――」
下町訛りのジーナの言葉にああそういうことかと理解はしたが、別にたかがそんなことで落ちこんだりしてない。ミールはいいや、違うと首を横に振る。
「で、ハーブティーを飲むのは坊ちゃん……っていうわけじゃなさそうだネ」
彼女も調香師の一人。しゃべっている間に彼の顔を観察していたようで、ミールが自分で飲むためにハーブティーをもらいに来たわけじゃないと断言した。
「ああ。ノーイだ」
やけに絡んでくる同僚の名を告げると、ああと納得した。
「彼はネ、昨日五年間付きあっていた彼女にこっぴどく振られて、ここでやけ酒してたってヨ」
「あ゛」
ジーナに明かされた真相に絶句してしまったミール。
しかもここでやけ酒って、まさかポローシェ侯爵家の酒を飲んだんじゃないんだろうな。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことかって、坊ちゃん。でも、イツモ同僚のことなんか心配しない『鉄仮面のミール様』が心配してたってことは」
「してない。ただ絡まれるのが嫌だったんだ」
「ヤッパリしてるじゃん」
「してない」
ノーイを心配していないのにしてると言われて、少し腹が立ったミールはありがとよ、ジーナと言い捨てて、厨房を出た。
「……ったく、どいつもこいつも」
なぜか自分の周りには厄介な奴らばっかりだなぁとあきれながら自分の部屋にもどると、机の上に置かれていなかったはずの紙が置かれている。それを読んだミールの顔には、また厄介ごとだなと眉間にしわが寄っていた。この世界には魔法なんか存在しないので、物が瞬間移動するっていうことはない。侯爵とともに大公邸についっていっただれか、もしくは大公邸のだれかが持ってきたのだろうと推測した。
「『昼までにここ一年のE公爵領の収支会計をまとめて、大公邸に持ってこい』って、もうちょっとしかないじゃないか」
太陽はほぼ南中している。もう間もなく、昼の合図である聖堂の鐘が鳴る。とはいえどもミールは慌てなかった。
「いつかは言われるだろうと思って、用意していたからな」
E公爵、エンコリヤ公爵は最近、なにかと黒い噂のある御仁。そして爵位の低いポローシェ侯爵をはっ倒そうとしている、ミールにとってみれば主人の敵だ。だから、いつでも足をすくえるように証拠となるものをかき集めていた。
綺麗にファイリングしてあったものの中から公爵領の収支会計を抜きだし、鞄の中に入れ、出かける準備をした。
この家の執事であるルスランに馬車の使用を願ったところ、すぐに許可が下りた。どうやら彼も侯爵からの伝言は知っているらしく、機密性の高いものだから徒歩でというわけにはいかないことを理解していたのだろう。
「おい、ミール」
「なんだ」
玄関から外に出る間際、朝一番にミールに絡んできた男、ノーイが声をかけてきた。そのときほど異常なテンションではなかったので、少し休んだだけで二日酔いは抜けたらしい。
「さっきはすまなかった」
「いや、大丈夫だ」
ノーイはごめんなといって小包をミールに渡してきた。可愛くラッピングされたそれを見て、目の前の男に似合わないなとぶしつけなことを考えてしまうが、渡してきたノーイはいたって真面目だ。
「なんだこりゃ」
「うちのおふくろのクッキーだ。息子の俺が言うのもアレだけれど、うまいぞ」
「そうか」
ちょうどいい。ポローシェ侯爵の休憩のときにでも使わせてもらおうとその場でミールは決めた。大公邸に着くまでに余計なところによる手間が省けた。ありがとと礼を言って、今度こそ侯爵邸をあとにした。
「早かったな」
大公邸に着いたミールは顔なじみの門番たちに通してもらい、公爵たちがいる部屋に案内してもらった。
すると、侯爵は大公とともに優雅に茶を飲んでいた。それを見たミールは、ちょっとだけ人が焦っていたのになに優雅なことをしてるんじゃと不機嫌になったが、顔には出さないようにした。
「いえ、遅くなりました」
そう言って書類を侯爵に渡すと、彼はこれじゃこれこれと言ってそのまま大公に渡す。そのあとにはなにも用事はなかったものの、侯爵からなにも言われなかったので、そのまま侯爵の背後に立つことにした。
大公はそれをじっくり読むとなるほどと頷く。
「だが、これを突きつけたところで逃げおおせるだろうな、あの公爵は」
「ですな。ただし殿下、一つだけ方法は残っております。あまり人道的ではありませんが、彼を少し焚きつけるというのはどうでしょうか」
人道的ではないってどんな方法だよ。
そうミールは思ったが、ここで彼に口をはさむ権利はないし、ポローシェ侯爵の下で働いている自分はこの人と一連托生だ。なにかあれば『彼女さえポローシェ侯爵と無関係である』ことさえ証明できればいい。
「そうだな。今度の夜会までにすればいいな」
「はい」
ポローシェ侯爵から見て年下の大公でさえ、笑っている。
めっちゃ怖いんですけれど。
内容を聞いたミールはそう思った、この人たちには逆らえないのも当然の話。それに向けて暗躍するかとしか考えられなかった。
大公邸を出た時はすでに夕暮れ時。
「このままお前は帰ってよいぞ」
「そうさせてもらいます」
精神的に疲れたミールはありがたくそうさせてもらった。一人しかいない家でゆっくり休んでいた。
「そういえば、まだ残ってたな」
家に戻って彼女がいろいろな器具や基材を置いてある暗室をのぞいたミールは、まだ加工肉が残っていることに気づいた。
「……――いや、でもなぁ」
それは先日『出張』のために訪れたアイゼル=ワード大公国で買ってきたもので、乾燥肉やら腸詰やらが一週間分くらい残っている。
しかし、それを一人で食べるというのには気が引けた。彼女のために買ってきたものだったし、なにより疲れすぎて、調理する気が起きなかった。
「しゃあねぇな。酒と乾燥肉だけにすっか」
どうせ明日も朝早いしと自分に言い訳して、火の気のない部屋でダラダラと過ごす夜になった。
そして、翌日。
「頭痛ってぇな」
深酒をしすぎたミールは昨日の同僚のようになっていた。
自室を出て、いつもとは違う雰囲気にそういえば同居人がしばらく出かけていたことを思いだす。
「そういや、あいつ……ああ、三日前からアイゼル=ワードだったな」
彼にとって同郷の幼馴染で第一級認定調香師の同居人は現在、『調査』のために出かけている。彼女がいないとなると、作りおきする食事もいらないことに気づく。朝食とミールが持っていく昼食を同時に作るだけでいい。
「……――っと、そろそろベーコンも切れそうだな。ついでに帰りに買ってくか」
食料の保存庫には日持ちのする野菜、根菜類やイモ類は多く残っていたが、葉物や長期保存ができる肉類が少ないに気づいたミールは、買い物リストにそれらを加えておく。
「あぁでも、あいつがいつ帰ってくるかわからないから、そんなに買いこんでもなぁ」
同居人はいつ帰ってくるかわからないから、彼女が帰ってきたあとで食材を多く買いこむことにしようと思って、少しだけ買おうと思っていた量を下方修正する。
ひょんなことから働くことになったポローシェ侯爵家。
侯爵自身はいい人で、同居人ともども丸ごと拾ってくれたかなりありがたい人ではあるとミールは実感している。もちろん、自身の利益込みでの買い物だったとは思うが、今んところ二人にしか利益はない。
彼女と違って第二級認定調香師しか持っていないミールには調香作業はほぼできない。それにこの侯爵様もそれを望んでいなかったから、彼には書類作業やどちらかというと秘書や個人的な使用人のような業務を与えてもらっていた。
今日はその本人、ポローシェ侯爵は早朝から出かけている。エルスオング大公に緊急で呼ばれたとかで、いつもならミールも連れていかれるのだが、彼が屋敷に到着したときにはすでに侯爵の姿はなかった。
「最近、ドーラちゃんは出かけてるみたいだね?」
「あ?」
「そんな怖い顔すんな。『鉄仮面のミール様』が泣くぞ」
ミールと似たような役目の人間は何人かいる。しゃべりかけてきた黒髪の男もそうで、彼よりも先に雇われていたが、プライベートなことをいちいち返すのも面倒くさいなぁと思ってしまった。同じ侯爵様の雇い人だろうが、一個や二個ぐらい喋らなくてもいいだろう。
そう思って睨み返しただけだったのだが、逆効果で男はミールに絡んでくる。珍しいことだと感じる。いつもこの男はおとなしく、普段だったらこの男が侯爵に絡まれることの方が多い。ここまで絡むということは、朝から酒が入っているのか、それともなにか嗅がされたのか。
「なぁ、教えてくれたっていいじゃんかぁ、ねぇねぇ?」
男のしつこさにそろそろ面倒になってきたミールだったが、ここで暴力沙汰を起こすわけにもいかない。仕方なく呼び鈴を鳴らし、この家直属の護衛に男を渡す。
まあ数時間経ったら事の真相を聞けるだろうから、それまで大人しくしてもらえればいいや。
そう考えた彼は万が一のときのために『解毒剤』を調達しておくことにした。
『解毒剤』と言っても、薬ではない。ただのハーブティーだ。侯爵邸には何人かお抱え認定調香師がいて、彼らがブレンドしたありがたい代物。この近辺の国々では医薬品とほぼ同等の扱いを受ける。
もちろん本来は侯爵家、もしくはその客人に処方されるものであるが、ときどきミールたち使用人にもそのおこぼれにあずかれる。
「ジーナ、なんか毒消し用のハーブティーもらえねぇか?」
厨房に入ったミールは調理専門の侍女に声をかけると、ちょっと待っとりなと返事をもらう。彼女は四十過ぎの恰幅のいいおばちゃんで、新入りに近いミールにも平等に接してくれ、しょっちゅう彼女と料理談義していたので、いろいろ融通してもらいやすかった。
「おや、坊ちゃん、今日はナンダカ落ちこんでるじゃないか」
「え?」
ミールは自分が落ちこむようなことがなにかあったかと考えたが、まったく心当たりがなく、ジーナの言葉に首を傾げてしまった。
「あぁ、大公サマのことでいきなりポローシェの旦那サマが出かけたもんだから、てっきりアンタが置いてきぼりくらって落ちこんでるのかと思ったのサ。いや、アタシの気のせいならよかったんだケド」
「……――――」
下町訛りのジーナの言葉にああそういうことかと理解はしたが、別にたかがそんなことで落ちこんだりしてない。ミールはいいや、違うと首を横に振る。
「で、ハーブティーを飲むのは坊ちゃん……っていうわけじゃなさそうだネ」
彼女も調香師の一人。しゃべっている間に彼の顔を観察していたようで、ミールが自分で飲むためにハーブティーをもらいに来たわけじゃないと断言した。
「ああ。ノーイだ」
やけに絡んでくる同僚の名を告げると、ああと納得した。
「彼はネ、昨日五年間付きあっていた彼女にこっぴどく振られて、ここでやけ酒してたってヨ」
「あ゛」
ジーナに明かされた真相に絶句してしまったミール。
しかもここでやけ酒って、まさかポローシェ侯爵家の酒を飲んだんじゃないんだろうな。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことかって、坊ちゃん。でも、イツモ同僚のことなんか心配しない『鉄仮面のミール様』が心配してたってことは」
「してない。ただ絡まれるのが嫌だったんだ」
「ヤッパリしてるじゃん」
「してない」
ノーイを心配していないのにしてると言われて、少し腹が立ったミールはありがとよ、ジーナと言い捨てて、厨房を出た。
「……ったく、どいつもこいつも」
なぜか自分の周りには厄介な奴らばっかりだなぁとあきれながら自分の部屋にもどると、机の上に置かれていなかったはずの紙が置かれている。それを読んだミールの顔には、また厄介ごとだなと眉間にしわが寄っていた。この世界には魔法なんか存在しないので、物が瞬間移動するっていうことはない。侯爵とともに大公邸についっていっただれか、もしくは大公邸のだれかが持ってきたのだろうと推測した。
「『昼までにここ一年のE公爵領の収支会計をまとめて、大公邸に持ってこい』って、もうちょっとしかないじゃないか」
太陽はほぼ南中している。もう間もなく、昼の合図である聖堂の鐘が鳴る。とはいえどもミールは慌てなかった。
「いつかは言われるだろうと思って、用意していたからな」
E公爵、エンコリヤ公爵は最近、なにかと黒い噂のある御仁。そして爵位の低いポローシェ侯爵をはっ倒そうとしている、ミールにとってみれば主人の敵だ。だから、いつでも足をすくえるように証拠となるものをかき集めていた。
綺麗にファイリングしてあったものの中から公爵領の収支会計を抜きだし、鞄の中に入れ、出かける準備をした。
この家の執事であるルスランに馬車の使用を願ったところ、すぐに許可が下りた。どうやら彼も侯爵からの伝言は知っているらしく、機密性の高いものだから徒歩でというわけにはいかないことを理解していたのだろう。
「おい、ミール」
「なんだ」
玄関から外に出る間際、朝一番にミールに絡んできた男、ノーイが声をかけてきた。そのときほど異常なテンションではなかったので、少し休んだだけで二日酔いは抜けたらしい。
「さっきはすまなかった」
「いや、大丈夫だ」
ノーイはごめんなといって小包をミールに渡してきた。可愛くラッピングされたそれを見て、目の前の男に似合わないなとぶしつけなことを考えてしまうが、渡してきたノーイはいたって真面目だ。
「なんだこりゃ」
「うちのおふくろのクッキーだ。息子の俺が言うのもアレだけれど、うまいぞ」
「そうか」
ちょうどいい。ポローシェ侯爵の休憩のときにでも使わせてもらおうとその場でミールは決めた。大公邸に着くまでに余計なところによる手間が省けた。ありがとと礼を言って、今度こそ侯爵邸をあとにした。
「早かったな」
大公邸に着いたミールは顔なじみの門番たちに通してもらい、公爵たちがいる部屋に案内してもらった。
すると、侯爵は大公とともに優雅に茶を飲んでいた。それを見たミールは、ちょっとだけ人が焦っていたのになに優雅なことをしてるんじゃと不機嫌になったが、顔には出さないようにした。
「いえ、遅くなりました」
そう言って書類を侯爵に渡すと、彼はこれじゃこれこれと言ってそのまま大公に渡す。そのあとにはなにも用事はなかったものの、侯爵からなにも言われなかったので、そのまま侯爵の背後に立つことにした。
大公はそれをじっくり読むとなるほどと頷く。
「だが、これを突きつけたところで逃げおおせるだろうな、あの公爵は」
「ですな。ただし殿下、一つだけ方法は残っております。あまり人道的ではありませんが、彼を少し焚きつけるというのはどうでしょうか」
人道的ではないってどんな方法だよ。
そうミールは思ったが、ここで彼に口をはさむ権利はないし、ポローシェ侯爵の下で働いている自分はこの人と一連托生だ。なにかあれば『彼女さえポローシェ侯爵と無関係である』ことさえ証明できればいい。
「そうだな。今度の夜会までにすればいいな」
「はい」
ポローシェ侯爵から見て年下の大公でさえ、笑っている。
めっちゃ怖いんですけれど。
内容を聞いたミールはそう思った、この人たちには逆らえないのも当然の話。それに向けて暗躍するかとしか考えられなかった。
大公邸を出た時はすでに夕暮れ時。
「このままお前は帰ってよいぞ」
「そうさせてもらいます」
精神的に疲れたミールはありがたくそうさせてもらった。一人しかいない家でゆっくり休んでいた。
「そういえば、まだ残ってたな」
家に戻って彼女がいろいろな器具や基材を置いてある暗室をのぞいたミールは、まだ加工肉が残っていることに気づいた。
「……――いや、でもなぁ」
それは先日『出張』のために訪れたアイゼル=ワード大公国で買ってきたもので、乾燥肉やら腸詰やらが一週間分くらい残っている。
しかし、それを一人で食べるというのには気が引けた。彼女のために買ってきたものだったし、なにより疲れすぎて、調理する気が起きなかった。
「しゃあねぇな。酒と乾燥肉だけにすっか」
どうせ明日も朝早いしと自分に言い訳して、火の気のない部屋でダラダラと過ごす夜になった。
そして、翌日。
「頭痛ってぇな」
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