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『大雨のち、満天の星空』
曇りのち大雨の予報です
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優華と再会して二か月。
二月末の澄んだ青空が広がった日。
学部の四年生は自分の卒業研究発表が終わり、卒業論文を書くだけになっていた。その期間はほとんどの学生は自宅か、自分の好きなところで書く人が多かった。だが、紅一点の大東は違った。彼女は毎日のように研究室に出てきて、研究室にある自習スペースでパソコンに向っていた。
康太はそんな下級生を傍目に自分の研究に勤しんでいた。彼には修了のために論文を書くという義務はないが、ある程度の成果が出なければならない。
そんな思いで毎日、研究と向き合っていた。
「あの。送ってもらってもいいですか?」
ある晩、大東が遅くまで残っていた康太にそう頼み込んできた。
彼女は真面目で努力家なのだが、要領が悪い。なので、地道に実績を積み上げているが、時間がかかってしまう。そんな彼女が、効率性を重視する優木教授からしばしば怒られているのを目撃している。この日もどうやら効率が悪かったようで、先ほどまで怒られていたのが聞こえていた。
そんな彼女から頼みごとをされた康太も鬼ではない。駅までの道すがら悩みや愚痴を聞こうと、彼女を送ってやることにした。
彼女は康太に愚痴を言うのを少し遠慮していたようだったが、一言二言聞いていると、次第に饒舌になっていった。
「知っている先輩?――――いませんよ。私がここの研究室で最初の大学院生になるんですから。ほかの研究室の先輩になんて相談できませんし。むしろ、先輩を参考にしたいです」
そういう彼女の目は潤んでいた。
「俺を参考にするな」
康太はにべもなく突き放した。
(今現在、研究生としての自分に過去は関係ないはずだ。だが、参考になんかしてほしくない)
容赦のない言葉を言った康太に、彼女は口を尖らせながらも、それきり黙り込んだ。
少し言い過ぎたかな、と思いながらも、これ以上彼女が何も言ってこないことをいいことに、康太もまた黙り込んだ。
やがて駅についた。
「今日は愚痴を聞いてもらって、ありがとうございました」
大東は康太に頭を下げた。康太は構わない、と言って大東を見送った。いつもならば、アパートに帰って夕ご飯を取るが、ここまで来てしまったのならばと、財布の中身と相談して結果、駅前の居酒屋の暖簾をくぐった。
夕食を食べ終え、アパートに戻った時にはすでに夜九時を回っていた。
メールを確認すると、誰からも連絡が来ておらず、ホッとすると同時に寂しくもなった。
優華は彼女で、銀行の方の業務が忙しくなる時期に差し迫っているらしく、最近は康太とも連絡が取れていなかった。
寂しい思い抱きながら、パソコンを立ち上げ、一か月後に行く学会の要項を確認した。
会場は西の最果てにある。ここからは結構遠い。一日は移動時間に当てねばならないとみておいた方がいいだろうと考え、そこまで行く方法としては二つ。距離からして、移動で使えるのは電車も飛行機も使えそうだ。研究生の彼にも少し大学から手当てが出ることを考えたが、移動時間とホテルまでの利便性を考えると、飛行機の方が都合良かった。あることを考えたのち、優華に電話を掛けた。夜中にもかかわらず、彼女はすぐに電話に出てくれた。
『どうした?』
彼女は少し疲れているようで、欠伸混じりの声が聞こえてきた。
「遅くにごめん。来月って忙しいかな?」
康太が考えたことを説明すると、電話の向こうから困った声が聞こえてきた。
『そこかぁ。行きたいけど、泊りがけっていうことは無理かな。ちょうど決算の時期の真っ只中だから、休みは取れないな』
その時期に被るかと思ってダメもとでの電話だったが、やっぱり難しそうだった。その後、他愛もない話をした。
電話が終わった後、仕方なく一人分の飛行機とホテルを予約して支払いまで終えた。証明書を印刷した康太は、その場で帰ってくる日時を優華に知らせておいた。すると、可能であれば空港まで迎えに行ってもいいか尋ねてきたので、快諾した。むしろ、願ってもいない話で、優華から言われなければ、こちらから頼んでいたと苦笑いしながら返事した。
翌日、助成金を出してもらうのに必要な申請書などをそろえて、教授に提出した。仕事が早いな、と教授は感心していたが、あなたが遅いんですよ、というツッコミを思わず入れたくなってしまった康太は、曖昧な表情で教授室を後にした。
「先輩、学会に行かれるんですね」
どうやら申請書を記入しているところを見ていたらしく、大東が声を掛けてきた。そうだよ、と返事すると、どうにか都合つかないかな、なんて言いながらスケジュール表を眺めていた。そんな彼女を置いて自分の実験に戻った康太だったが、なぜか大東の様子に嫌な予感、過去に味わったことのある感覚を覚えてしまった。
その予感は当たった。
翌日から、彼女は康太にまとわりついてきたのだ。ほぼ毎日のように、あえて夜遅くまで残り、康太と一緒に研究室を出る。そして、朝も康太と同じくらいに出てきて、校門のところで出会い、そこから研究室まで一緒に歩くという日が、ほとんど毎日になった。
数週間経ち、さすがに疲れてきた康太は彼女に注意しようと思ったが、その執拗さは大学構内だけで、大学院のことをいろいろ尋ねてくるものだから、無下にできなかった。しまいにはもう一人の後輩である岩淵に、
「研究室恋愛とかいいっスよね」
と言われてしまった。もちろん、大東とはそんな関係でないと思っている康太はすぐに否定したかったが、隣の彼女は嬉しそうに笑い、さらに強く康太の腕に抱き着いてくるから、余計にその誤解が解けないままだった。
その後、毎日のように彼女に付きまとわれて、アパートに帰る度、ぐったりとしていた康太は、全く優華と電話ができなかった。
そんな状態でも日にちだけは過ぎていき、とうとう学会当日になった。
二月末の澄んだ青空が広がった日。
学部の四年生は自分の卒業研究発表が終わり、卒業論文を書くだけになっていた。その期間はほとんどの学生は自宅か、自分の好きなところで書く人が多かった。だが、紅一点の大東は違った。彼女は毎日のように研究室に出てきて、研究室にある自習スペースでパソコンに向っていた。
康太はそんな下級生を傍目に自分の研究に勤しんでいた。彼には修了のために論文を書くという義務はないが、ある程度の成果が出なければならない。
そんな思いで毎日、研究と向き合っていた。
「あの。送ってもらってもいいですか?」
ある晩、大東が遅くまで残っていた康太にそう頼み込んできた。
彼女は真面目で努力家なのだが、要領が悪い。なので、地道に実績を積み上げているが、時間がかかってしまう。そんな彼女が、効率性を重視する優木教授からしばしば怒られているのを目撃している。この日もどうやら効率が悪かったようで、先ほどまで怒られていたのが聞こえていた。
そんな彼女から頼みごとをされた康太も鬼ではない。駅までの道すがら悩みや愚痴を聞こうと、彼女を送ってやることにした。
彼女は康太に愚痴を言うのを少し遠慮していたようだったが、一言二言聞いていると、次第に饒舌になっていった。
「知っている先輩?――――いませんよ。私がここの研究室で最初の大学院生になるんですから。ほかの研究室の先輩になんて相談できませんし。むしろ、先輩を参考にしたいです」
そういう彼女の目は潤んでいた。
「俺を参考にするな」
康太はにべもなく突き放した。
(今現在、研究生としての自分に過去は関係ないはずだ。だが、参考になんかしてほしくない)
容赦のない言葉を言った康太に、彼女は口を尖らせながらも、それきり黙り込んだ。
少し言い過ぎたかな、と思いながらも、これ以上彼女が何も言ってこないことをいいことに、康太もまた黙り込んだ。
やがて駅についた。
「今日は愚痴を聞いてもらって、ありがとうございました」
大東は康太に頭を下げた。康太は構わない、と言って大東を見送った。いつもならば、アパートに帰って夕ご飯を取るが、ここまで来てしまったのならばと、財布の中身と相談して結果、駅前の居酒屋の暖簾をくぐった。
夕食を食べ終え、アパートに戻った時にはすでに夜九時を回っていた。
メールを確認すると、誰からも連絡が来ておらず、ホッとすると同時に寂しくもなった。
優華は彼女で、銀行の方の業務が忙しくなる時期に差し迫っているらしく、最近は康太とも連絡が取れていなかった。
寂しい思い抱きながら、パソコンを立ち上げ、一か月後に行く学会の要項を確認した。
会場は西の最果てにある。ここからは結構遠い。一日は移動時間に当てねばならないとみておいた方がいいだろうと考え、そこまで行く方法としては二つ。距離からして、移動で使えるのは電車も飛行機も使えそうだ。研究生の彼にも少し大学から手当てが出ることを考えたが、移動時間とホテルまでの利便性を考えると、飛行機の方が都合良かった。あることを考えたのち、優華に電話を掛けた。夜中にもかかわらず、彼女はすぐに電話に出てくれた。
『どうした?』
彼女は少し疲れているようで、欠伸混じりの声が聞こえてきた。
「遅くにごめん。来月って忙しいかな?」
康太が考えたことを説明すると、電話の向こうから困った声が聞こえてきた。
『そこかぁ。行きたいけど、泊りがけっていうことは無理かな。ちょうど決算の時期の真っ只中だから、休みは取れないな』
その時期に被るかと思ってダメもとでの電話だったが、やっぱり難しそうだった。その後、他愛もない話をした。
電話が終わった後、仕方なく一人分の飛行機とホテルを予約して支払いまで終えた。証明書を印刷した康太は、その場で帰ってくる日時を優華に知らせておいた。すると、可能であれば空港まで迎えに行ってもいいか尋ねてきたので、快諾した。むしろ、願ってもいない話で、優華から言われなければ、こちらから頼んでいたと苦笑いしながら返事した。
翌日、助成金を出してもらうのに必要な申請書などをそろえて、教授に提出した。仕事が早いな、と教授は感心していたが、あなたが遅いんですよ、というツッコミを思わず入れたくなってしまった康太は、曖昧な表情で教授室を後にした。
「先輩、学会に行かれるんですね」
どうやら申請書を記入しているところを見ていたらしく、大東が声を掛けてきた。そうだよ、と返事すると、どうにか都合つかないかな、なんて言いながらスケジュール表を眺めていた。そんな彼女を置いて自分の実験に戻った康太だったが、なぜか大東の様子に嫌な予感、過去に味わったことのある感覚を覚えてしまった。
その予感は当たった。
翌日から、彼女は康太にまとわりついてきたのだ。ほぼ毎日のように、あえて夜遅くまで残り、康太と一緒に研究室を出る。そして、朝も康太と同じくらいに出てきて、校門のところで出会い、そこから研究室まで一緒に歩くという日が、ほとんど毎日になった。
数週間経ち、さすがに疲れてきた康太は彼女に注意しようと思ったが、その執拗さは大学構内だけで、大学院のことをいろいろ尋ねてくるものだから、無下にできなかった。しまいにはもう一人の後輩である岩淵に、
「研究室恋愛とかいいっスよね」
と言われてしまった。もちろん、大東とはそんな関係でないと思っている康太はすぐに否定したかったが、隣の彼女は嬉しそうに笑い、さらに強く康太の腕に抱き着いてくるから、余計にその誤解が解けないままだった。
その後、毎日のように彼女に付きまとわれて、アパートに帰る度、ぐったりとしていた康太は、全く優華と電話ができなかった。
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