颶風院姫燐はヤリサーの姫であるッ!

小野山由高

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第2部「因縁! ヤリサーの姫とヤリマン狩り編!!」

12本目「講義! ヤリについてのお勉強!!」

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「新人、お前が異世界に転生したとしよう」

「なんすか急に」



 ある日のサークル活動のこと。
 外が雨で、体育館とかも使えない日だったので部室でまったりとしていた時のことだった。



「あなたは異世界転生しました。
 転生特典として好きな武器を選ぶことができます。
 さぁ、新人。お前は何を望む?」



 本多先輩が変なことを言ってくるが――まぁいい。



「……その好きな武器というのは、性能とか色々と盛れますか?」

「ある程度は認めよう」



 ある程度ってどの程度なんだろうなー……。
 別に本気でここから異世界転生するわけでもなし、ちょっとだけ考えて僕は答えた。



「『戦車』がいいですね。燃料とか弾とかは無限で、壊れたりしても自動で修復できる機能をつけていただければ。
 あ、僕、戦車の運転なんてできないんでAIでほぼ自動操縦できるようにしてください。
 AIは女の子でお願いします。何なら、街中とか歩く時は戦車モードから人型モードになれるようにして欲しいですね」

「お前は本当に気持ち悪いやつだな。いっそ清々しいほどだ」



 本多先輩は笑う。
 そんなに褒められることかな?
 でも、『戦車』はいいアイデアだと思うんだよね。
 戦闘力は申し分ないし、自分自身は中に入っているわけだからよほどのことがない限り安全は確保できる。
 移動手段として当然使える上に、雨風もしのげるからテント要らず。
 その上、車両には違いないのだから輸送能力だって十分だ。
 ……考えれば考えるほど、異世界転生で一番欲しい武器なんじゃないだろうか? 一瞬、ミサイルとかも考えたんだけど……身を守る武器としては過剰過ぎて逆に使いづらいと思ったんだよね。



「わかった。とにかくお前は『ヤリ』を選ぶんだな?」

「選びませんが?」



 分岐条件がelseに入った時みたいな強制選択しないで欲しいんですが。



「残念だが――『ヤリ』を選んだお前は、異世界転生直後に襲い掛かって来たモンスターに殺されてしまった」



 早い!?
 戦車なら絶対生き残れているのに……!



「……あれ、意外ですね。本多先輩なら槍一択だという回答だと思ってました」



 納得はいかないがそれ以上に本多先輩の言は気になる。
 僕の疑問に答えるように、本多先輩は続ける。



「もちろん、俺や姫のようなヤリ上級者であればヤリ一択だがな。
 お前のような素人の場合は話が違う」



 ほう?



「というわけで、今日は身体も動かせないし、ヤリについての座学でもしようじゃないか」



 おお、ただ駄弁るだけじゃなくて座学もやるとか……ちょっと真面目なサークルっぽい!



「ふふ、面白そうですね。わたくしも参加いたしますわ」

「姫先輩!」



 姫先輩まで参加してくれるというのであれば完璧だ。
 むしろ姫先輩だけでも構わないくらいだ!
 ともあれ、僕にとってはある意味で初めてのサークル活動らしいものが始まるのだった。






◆  ◆  ◆  ◆  ◆






童妙寺どうみょうじさん、ヤリの『利点』は何だかわかりますか?」

「……リーチ、ですよね?」

「はい、正解です♪」



 これは簡単な問いだ。
 僕みたいな素人でもわかる。
 槍の一番の利点は、その長さから生み出されるリーチだろう。
 危ないものにも近づかずに攻撃できる……これが利点でなくてなんというのかって感じだ。



「ではここでまた問題だ。
 お前が異世界転生したとして、その手にはヤリがある。これといって特別な能力のない、普通のヤリだぞ。
 そして目の前には凶暴な……そうだな、オオカミがいて今にも襲い掛かってきそうだ。
 さて、そのオオカミにお前は勝てるか?」



 姫先輩の後に本多先輩が続けてくる。
 しかも結局異世界転生設定は続くのか……まぁいいけど。
 ふむ……本多先輩の問いに少し考え込むけど……。



「…………あれ? 何か、微妙に勝てない気がしますね……?」



 槍に何か特殊能力とか魔法があるとか、そういうわけではないとして――少し考えてみたけど、言葉通り微妙に勝てない、というか勝てるイメージが湧いてこない。
 相手が動くことのない的ならもちろん槍で突けばいいだけなんだけど、そういうわけでもない。ましてや、例えで出している『オオカミ』とかは素早く動き回るイメージだ。
 そんな相手に槍一本で立ち向かうとか……自殺行為なんじゃないだろうか?



「ああ、だ」

「先にこっちの攻撃が当てられれば、とは思いましたが……あ」



 少なくとも素人の僕が動き回るオオカミに対して先制攻撃を加えられるかどうかは、『運』任せになってしまうだろうと思う。
 かといって、相手の動きを見てからカウンターで……ともいくまい。
 俊敏な動作でこちらへと迫るオオカミに対し、長物で後攻でカウンターなんて――と思ったところで気付いた。



「ふふふ、お気づきになられたようですね」



 姫先輩の笑顔は可愛らしいなぁ……。
 それはともかく、僕が思い至ったことに姫先輩は気付いたようだ。



「そう、ヤリの利点は長さにあり。
 けれども反対に、ヤリの欠点もまた長さにあるのです」



 確かに……。
 僕が気付いたことは正にそれだ。
 長いリーチで攻撃できることは槍の利点ではあるけども、逆に相手に懐まで素早く潜り込まれてしまったら今度は長さが欠点となってしまう。
 ……これが姫先輩とかなら、柄を上手く振るって攻撃して再び槍の間合いに戻るということも可能なんだろうけど……本多先輩が例に挙げたオオカミとか相手だと、僕なんかは一度懐に入られたらもう終わりだと思う。
 動きの鈍い相手なら一方的に攻撃できるだろうけど……。



「ヤリが真価を発揮するのは、だ。達人であれば多対一でも戦えるだろうがな」



 まぁ多数を一人で相手できるような達人なら、槍じゃなくて他の武器でもどうにかできるだろう。



「新人も見たことがあるだろう? 原始人たちがヤリや弓を使って集団でマンモスを狩っている絵を」

「ああ、確かにありますね。
 ……そっか、なるほど……」



 言われてみればそうかもしれない。
 安全な距離から攻撃できるからといって、相手が動き回るのであればそうもいかない。
 けど、複数人で囲んでならばリーチを十分に活かすことができるだろう。危なくなったら回避や防御に専念し、別の方向からカバーしてあげることができる。



「余談ですが、ヤリの利点の一つとして、他に『生産コストの安さ』がありますね。
 『名槍』のようなものは別ですが、そうでなければヤリというのは簡単に作れますから」



 姫先輩の言うことはもっともだ。
 だって、原始人の絵を見ればわかるように、柄となる長い棒の先っぽに穂をつけるだけで『槍』の体は成しているのだから。
 ……そう考えると、僕みたいなあんまり歴史に詳しくない一般人がイメージする、戦国時代の一般兵士――『足軽』とか? が槍を持っているイメージは色々と理に適っているんじゃないかな。
 簡単に作れ、しかも穂先以外に金属を使う必要もなくコストもかからない槍を一杯作って、集団で構えて並んでいるだけでそれなり以上の脅威となる――



「というわけで、一番最初の話に戻るが――異世界転生したとして好きな武器を選べるとして、ヤリは不適切だということだ。お前自身が達人である、とか複数人でいるとか条件次第なところはあるがな」

「……ちなみに、本多先輩的に僕が選ぶ武器としては何がオススメなんですか?」



 これは単なる興味本位だ。



「おう、そうだな……そもそも『戦う』という選択自体が間違っているからな」



 ……確かに。素人が下手に武器を持って戦おうとすること自体が間違っている。



「下手に戦おうとせず、いざという時に身を守れるように『ナイフ』くらいがちょうどいいだろう」

「なるほど……」



 さっきのオオカミだとして、相手から近づいてきたところで滅茶苦茶に振り回すなり一か八かで噛みつこうとしているとこを間近で刺したりできるか。



「ナイフなら他にも色々と使い道はあるしな。
 ちなみに、もっともオススメできないのは『剣』だ」

「そりゃまたどうしてですか?」



 異世界転生とかそういう時の『主役』級の武器といえば『剣』だと思うんだけど。



「簡単なことだ。
 剣とは最初から戦闘目的で創られたものだからだな。他の用途に応用を利かせづらい上に、嵩張って邪魔になる」

「……な、なるほど」



 意外に真面目な回答だった。いや、ここまでの話はどれも結構真面目だったけど。
 言われて考えてみると槍、弓、ナイフ、手斧……そうしたものは『狩り』だったり、木を切り倒したりといったことに使う『道具』から生まれている。
 けど、『剣』だけは最初から『人と戦うため』を目的に創られたものである、と言えるかもしれない。
 草を刈るには刃が長すぎて扱いづらいし、木を切り倒すのにも向いていない。狩った獲物を解体するのだって難しいだろう。



「というわけで、異世界転生するならナイフがオススメだ。次点で棍棒か手斧だな」



 素人が下手に武器を持って戦おうとするより、扱いやすい――手の延長でそのまま振るえる系、かつ別の用途に使える系がいいということか。
 槍より剣がオススメできない理由は……まぁ槍なら『長い棒』としてなら道具としての使い道もあるからかな。
 いつものバカ話から始まったと思いきや、意外と納得のいく話だった。
 でも――



「…………結局、何の話だったんすかね?」

「「……」」



 全然槍についての講義になってなかったような? いや、途中ちょっとだけ話はしたけど。
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