ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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15.昼休みでは話もままならない

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 校舎を2周……いや、3周した頃だろうか。ユーは階段下で緩やかに静止した。


 「到着だゆー!!」

 
 そんな呑気なことを言って俺を下ろしたが、十二分にシェイクされた俺は力無く階段横のスペースに崩れ落ちた。


 「う、うぅ……」
 
 「そんなところに寝ていいのかゆー?ホコリっぽいって言ってたのはナナイじゃないかゆー」

 「て、テメェが俺を引き回したからだろうが……」


 ユーは悪びれる様子もなく、這いつくばる俺をつつき回している。ゆすられた上につつかれると痛い。めっちゃ痛い。


 「やめろ、肋骨に追撃をするな。まだくっついてねえっつっただろ!」
 
 「えー、面白い反応するナナイの方が悪いゆー」
 
 「んなわけねえだろこの人外が……」

 「人外って言わないで欲しいゆー!異星人にも人権を認めろゆー!!」
 
 「うるっさ……響くからやめろ」     


 本当にこのエイリアン昨日のやつとどういう個体か?なぜだか異様に上機嫌で、立ち振る舞いも浮かれている。

 
 「なんかお前テンション高くねぇ?なんかいいことでもあったのか?」

 
 俺が問いかけると、


 「あのコズハっていう危険人物から、ようやくナナイを引き剥がせたからだゆー!!」


 そう高らかに宣った。


 「……」


 なかなかに複雑な気分だ。
 たしかにコズハは危険だ。エイリアンを捕まえると宣言しているし、その後の行動も読めない。      
 
 ただの好奇心と恐怖への克己で動いているので、エイリアンを捕まえた後何をする気か俺すら分からないのである。


 「たしかに、お前にとっては危険人物だろうな。心中察するわ」

 「ナナイにとっても危険だゆー!着陸している宇宙船にいきなり石を投げる人間とか、触れたもの全て傷つける破壊兵器だゆー!」

 「兵器は言い過ぎだろ。ちゃんとあいつなりに考えてるわ……多分な」

 「多分ってなんだゆー!このままだとナナイも危険な目に逢うかもしれないゆー!」

 「『ナナイ』が危険な目にねぇ」


 さて、かくしてエイリアンに相対する俺だが触れなければならない事実がひとつ。こいつはしれっと、俺を『ナナイ』と呼んでいる。こいつの指しているナナイってのは、宇宙人と親交のある『ナナイ』のことだ。俺をそいつに重ねて見ているのだ。
  
 さっさと教えてやらねえと、話が拗れそうだ。というかもう拗れている。

 訂正するために俺は心を決めた。


 「あのなユー。心配してくれてるとこ悪いが、俺はお前が会ったナナイって奴じゃねえ」

 「ゆ?」
 

 「……ゆ??」


 「……ゆー???」


 ユーは浮かれたポーズで硬直した。変な口癖を垂れ流しながら、首を傾げる。
 

 「お前が昔会ったとか言ってるやつとはちげえやつだ。俺はたまたま『和唐ナナイ』って名前で、お前と会ったのはあそこが初めてだ」

 「???」


 目をまん丸くしながら、口をぽかんと開ける。なんでこんなにキョトンとした顔が上手いんだ。だんだんイライラしてきた。
 
 
 「だ・か・ら、俺は和唐ナナイって名前だけどお前が探してるやつじゃねえんだよ!」

 「ゆー?」

 「まだわかんねえか!」
 
 「そりゃ、分からないゆー」

 
 ユーはまっすぐ俺の目を見据えた。


 「なんで別人なのに、ぼくに手助けなんてする気なんだゆー?
 逃げずにここに残ってるってことは、ナナイには協力の意思があるってことだゆー。仮にナナイが『ナナイ』じゃないなら、何も利益なんて無いはずだゆー!
 よって、ナナイは『ナナイ』!QEDだゆー!!」


 まっすぐ俺に指を指し、ズバリと言い放った。まるで名探偵のようである。想像していたよりもずっと論理的な意見だ。意外と浮かれているばかりでは無いらしい。

 しかし、忘れたとは言わせない。俺は立ち上がって、ユーを指さし返す。

 
 「お前、俺のこと林の中で締め上げただろ。そん時に日本語を教えるよう強要したのはどこのどいつだ」

 「ゆゆっ!?そ、それは……まあ、第一地球人発見したし……ぼくが宇宙人であることもバレちゃったしぃ?
 なんなら地球での生活の足がかりとかに出来たらいいなって思っただけってゆーか……脅すつもりは無かったんだゆー。ただ逃げて欲しくなかっただけだったんだゆー……」 


 ユーは目を泳がせながら、触手を弄っている。毛先をくるくると指に絡ませるように、触手を指でつねっている。どうやら焦っているらしい。ついでになんか恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。

 俺は、たじろぐユーにさらに詰め寄る。


 「脅されていたとはいえお前に日本語を教えると約束したのは事実。コズハを治してもらった借りもあったからな。俺にはお前に加担する理由が他にもあるんだ」

 「それは……確かにそうだゆー。でも……」

 「加えて、仮に別人だったとして誤解は解く必要があるだろ?今大人しく着いてきたのはその話をするためだ。
 俺は損得よりも、今後安全に生き長らえるための必要性を感じてお前に着いてきたんだよ。わかったか?」

 「……ゆ」


 返事が良くなかったので、視線をきちんとユーの顔に向けた。


 「どうした?何が腑に落ちねえ……んだ……」


 俺は思わず言葉を失った。

 ユーは何故か呆けた顔をして、俺を見つめているのだ。目と目は合っているはずなのに、焦点が定まっていない。ただ、俺の顔をずっと見ている。
 
 さっきまで芯のある美しさをしていたユーの顔が、油絵のような艶っぽさを纏って俺に熱視線を注ぐ。

 軽く呑まれそうになった俺は、話しかけて気と間を持たせようとした。


 「そんな見ても俺の顔は変わらねえだろ。ってかそんなに人の顔を見るもんじゃ」

 「ナナイ」

 「……なんだよ」

 「ナナイは、ナナイなんだゆー」


 ユーは急に俺に近づいたかと思えば、俺の両手を掴んだ。包み込むように、力強く。


 「なっ!?」
 

 刹那、俺の思考回路が完全停止して警報を鳴らした。滝のような汗が全身から吹き出る。


 「……ナナイ」

 「……っ!」


 見つめ合う俺らの周りに漂う空気が、泥濘でいねいし固まった。今だけは目の前を舞うホコリが、スパンコールの如く輝いて見える。

 俺は知っているぞこの空気感。正常な脳機能のことごとくを奪う急性疾患。

 中学生の頃、ポルターガイストの発生源を調査するため、雨降りの廃墟で三徹した時のコズハのようだ。熱のこもった頬も染まった、頭の回っていない視線。 結論から言えば、その時のコズハには40度近い熱があり朦朧としていたのである。しかし、俺の理性を焦がすのには十分過ぎた。


 「……っ……」
 

 あの時しなだれかかってきたコズハを思い出して、俺の心臓は早まった。耳まで上がった熱感を振り払うため、俺は全力で茹で上がった脳みそを回して考えに考えを重ねた。

 くそっ、目の前にいるのがどんなに美しいツラをしていようが中身は常識外の侵略者なんだぞ!コズハを重ねるんじゃねえ!……いや、コズハに対してもそんな目を向けるなよバカ!
 
 己の貧弱な理性と、すぐ恋愛に繋げようとする思春期真っ盛りな脳みそに嫌気がさしてくる。

 さて、2~3秒程度脳内での葛藤を終えた俺は深呼吸してから乾ききった口を開いた。 


 「……はぁ……何だよ?まだ納得できねえのか?」

 
 ぼーっとしたままのユーに問いかけると、

 
 「……やっぱりナナイはナナイだなーって思ったんだゆー。きっと、ぼくの知ってるナナイだゆー」


 口だけ動かして呟いた。まだ、俺を見る目は変わらない。そして握っているだけだった俺の手にしっかりと指を絡めて来た。

 
 「は、はぁ!?って力強っ!?」


 振りほどくことも出来ず、たまげる俺をよそにユーは止まらない。半歩ずつ、体を寄せてくる。スルスルと俺の背中に触手が回ってきた。掴まれた手を挟み込むように、俺らの体は次第に接近した。


 「約束はきちんと守る感じ、素っ気ないけどちゃんと考えてくれてるところ……確信が持てたゆー」


 ユーは、口を閉じた。


 “僕は君を探していた”


 俺の頭をたった一言が反響した。頭が真っ白になる。困惑する俺の顔が、ユーの目に大写しになった。

 俺は何を見せられている?なぜユーは俺の手をがっしり掴んでいる?なぜユーはまっすぐに俺を見つめているんだ?俺の心臓はなぜまだ早まったんだ!?


 「……ナナイ……。どうか……ぼくの……」


 ユーの色素の薄く艶やかな唇が、微かに動きは始めたその時、


 「──あっ」

 「……ゆっ!?」


 チャイムが鳴り響いたのだ。たしかこれは予鈴だったはず……つまり、次の授業まであと5分ってことか。


 「ああっ、飯食い忘れた!それに次移動教室じゃねえか!」

 「ええっ!?そっか美術やるなら美術室だゆーっ!
 び、美術室に行くには、ええっとここが北だから、ここから西に行って……西ってどっちだゆー!?」

 「知るか!とにかく急ぐぞ!!」

 「ゆ、ゆー!!」


 俺はユーの手を掴み返して走り出した。
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