友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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三・五章R:惨事、現に狂え

四話:魔女の手のひらの上

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 うずくまるリザードマンの死体。リンは立ち上がると、その近くから退いた。


 「うむ。それでいい」


 魔女のような格好をしたその女は頷いて言う。その間も張り付いたような笑みをずっと浮かべていた。髪は黒く目も黒い。身にまとうローブも黒い。それ故に、病的に白いその肌が目立つ。
 警戒するリンを前に、その三日月のような口を開いた。

 
 「それにしても鮮やかな手つき、種族差をものともしない力……。お前は、さぞ名のある戦士なのだろうな。
 見えなかったが、どんな魔術を使ったんだ?」


  そう言って距離を詰めてくる。リンは剣を引き抜いて構える。


 「魔術なんか使わないよ。それより、お前は──」
 
 「ほうほう。口ではそんなこと言っておるが、体には魔力が充ちているではないか」

 「……ッ!?」


 次の瞬間、魔女はリンの体に抱きついていた。鼻先を胸に埋め、体を寄せる。そして、わざとらしく鼻をすんすん鳴らして匂いを嗅いでいた。


 「なっ、ななっ!?」


 リンはうろたえる。それをよそに隅々にまで鼻を当てる魔女。


 「臭う、臭うぞ。魔術の……異界の匂い。それと女の……魔術師の匂い」

 「──ッ!!」


 リンは剣を振り抜こうとした。しかし、


 「体が……動かない……?」
  

 抱きつかれている部分だけでなく、足、首に至るまで関節という関節が全く動かない。すごい力で固められているように……!
 当惑するリンだが、魔女は止まらない。


 「無駄だ。拘束させてもらっているからな。大人しく調べさせろ」


 なにかの痕跡でも辿るように、鼻を擦り付けていた。
 そして五分後、


 「ふむ、だいたいわかった。もう良いぞ」


 そう言って魔女は離れる。しかし相変わらず関節は動かない。


 「拘束を解け!」


 凛がそう言うも、魔女はリンを担ぎあげた。
 魔女は凛より頭二つ分小さいのだが、体格差を感じさせないほど軽々と行って見せた。


 「断る。 貴様に問いただしたいこと、教えねばならぬことその両方が山ほどあるのだ」


 そう言ってリンを片手で持ち上げ直し、リザードマンの死体を抱える。そして市場のはずれ、細い路地をずんずん進む。
 真っ暗なその空間の先、魔女は立ち止まった。
 そこには小さな家が建っていた。ランタンがつきっぱなしになっているそこは、別世界のように明るかった。家の屋根瓦、窓やドアに至るまで丸く、ファンシーなデザインで、夢の国にでも迷い込んだようだった。
 

 「……ここは……!」


 魔女はリンを下ろし、拘束を解いた。


 「ようこそ我が工房へ。 私の名はロゼ……ステラの母だ」

 「お、お母様!?」


 リンの喉から変な高音が出た。答える代わりにニヤリと笑い、リンを手招きしつつ工房のドアを開ける。


 「積もる話もあるだろう? どうぞ中へ」

 
 リンは誘われるままに、不思議な建物の中に入った。
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