友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
85 / 90
五章L:神は高らかに告げる

五話:作戦会議

しおりを挟む
 「あ~びっくりしたー!! 急に耳打ちしに行ってツメクがあんな顔するんだもん! 裏切られたかと思ったわ!」


 ゼラはソファに腰掛け、そう叫んだ。
 ツメクに『ディナーまで待っているように』と言われた俺らは、来客用の小部屋に通されていた。今はナナカの他にも、手の空いている五人の給仕が部屋に来ていた。給仕を着てはいるものの、いずれもまだあどけなさが残っている。ナナカの陰に隠れていたり、ドアのすぐ近くに立っていたりと年相応の人見知りのケがあるようだ。
 ゼラの大声に萎縮する後輩たちを庇うように、ナナカはゼラに肉薄した。


 「んなことするかよ。 俺にも立場ってのがある。肩身が狭くなりゃ、デザートに指名されるかもしれねえからな」

 「ま、まぁ……そうよね」

 「お前らこそ、俺を信用しろ。失敗は許されねぇからな?」

 「わかってるわよ……ってかアンタ急に肝据わりすぎじゃない? 」

 
  当惑するゼラに対し、ナナカはさらに一歩踏み込んで凄んだ。


 「あと……ゼラお前声がでけぇ。ここにもシスターってもんは神聖で清楚なもんだと思ってるガキも居るんだ。仮にもシスターなんだろお前……それでいいのかよ」

 「ぐ、ぐぬぬぅ……痛いところを突いてくるじゃない……」

 「痛いところって言うか貴女の素を知っている人間の総意だと思いますよ」

 「アンタは黙ってなさい!!」


 ムッと膨れたゼラを軽くあしらい、状況の整理が始まった。
 俺はナナカと近くの給仕たちをソファに座らせ、向かい合う。


 「まず、貴女たちの正確な人数が知りたい。ここの館には何人従者がいるんですか?」

 「俺を含めて給仕十四人、地下牢にいる奴隷の人たちが二十人だ」

 「……随分多いですね。というか、給仕の他に奴隷が?」

 「ああ。力仕事とか近くで魔物が出た時に討伐する奴らなんだ。地下牢に閉じ込められてて……なんだか生気が無いんだが、悪い人たちじゃないんだ」

 
 ナナカがそう言うと、ナナカのに隠れるようにしていた子がおずおずと口を開く。


 「あ、あの……おじちゃんたちはこわいけど、いいひとたちなの……だから……だから……っ」


 こらえきれず泣きそうなその子の背中をさすりつつ、ナナカは言う。


 「……気がついたらさらわれて、親元を離れていた俺らにこの家のことを教えてくれた立派な大人なんだ。あの人たちにみんな救われてる。俺らもだけじゃなく、あの人たちも助けて欲しい……お願いだ」


 そして二人は頭を下げた。
 ナナカが先程まで泣いていたとは思えないほど、覚悟が決まっていると思ったらそういうことか。
 俺は天井を見ながらしばし考える。
 どう考えたって一人が背負うにしては重すぎる責任を負っている。俺だったらバックれてるだろう。ナナカはきっと、重すぎて感覚が麻痺して一時的に背負いきれてしまっているのだろう。背負い込みすぎて途中で倒れなきゃいいが。
 しばし熟考した後、不安そうな二人の顔に視線を戻した。


 「わかりました、約束しましょう。彼らもきっと助けます」


 ぱあっと二人の顔は明るくなる。ナナカは慌てて頭を振って真面目な顔に戻してから再び口を開く。


 「そ、そう言えばなんだが……少し助けるにあたって問題が……」


 少し……いや、すごく気まずそうな顔をしている。
 クソっ、そういうのは約束する前に言えよ! 安請け合いしちまったじゃねえか! なんで問題点を最初に言わねぇ!! 聞かなかった俺が悪いけどさあ!
 喉元まで混み上がる本音を、噛み殺す。そして飲み下した。
 何はともあれ、仕事は仕事、子供との口約束じゃない。コイツが分相応だろうと責任を負うと決めたんだ。立派な人間と結んだ契約を、その覚悟を、そう易々とご破算にしてはならない。
 

 「……分かりました。 私の栄光にかけて、必ずや約束しましょう」


 できる限りの笑顔でそう答えた。
 ナナカの表情は少し穏やかさを取り戻した。しかし、気まずそうにゆっくりと言う。


 「あの部屋……実は出入口がないんだ。俺らも鉄格子越しにいつもご飯を出したりしてて……」

 「……ほう……なるほど」


 口では冷静さを装っているが、内心困惑しながら俺は聞いた。
 何がほうなるほどだよ。出入口がない牢屋って何だ。確かにセキュリティは万全だろう。解錠出来ない鉄格子から逃げ出すなんで出来やしない。だがだ、出れもしなけりゃ入れもしないんだぞ? 一体……どうやって?

 
 「しかし奴隷……いえ、彼らが力仕事に駆り出される時は外に出ていたのでしょう? そういう時はどうやって出てきていたのですか?」


 ナナカは腕を組みしばらく唸った後、


「そう言えばあの人たちが出てくる時……決まって作業場にご主人がいるんだ。見張っているだけなのかもしれないけど、どんな地味な仕事だろうと必ず出てくるんだ」

 「……ツメクが『カギ』って訳ですか」

 「ああ。それは間違いない」


 腕を組み、頭をひねる。
 一体なんだ。どうやって扉のない鳥籠のような空間からものを出入りさせる? 上下に言及は無い。地下……いや、現実的じゃないな。
上か? 一階部分に通用口があるってことか。だが、違うな。出てくる所までナナカは見ていない。何か個別の部屋があってその中に……。


 「どう考えたって魔術絡みじゃない」

 
 ゼラはすんなりと答えた。


 「難しく考えるんじゃないわよ。そんなめんどくさい仕組みの牢屋を作ったところで、簡単に出せない労働力とか不便じゃない。拘留所じゃないのよ?」

 「な、なるほど……」


 ゼラの説明で腑に落ちた。確かにせっかくの労働力だと言うのに、厳重に閉じ込めている必要は無い。使いやすくなければ。 
 ゼラは続ける。


 「ま、ツメクを説得して引き出させるよりも、物理的に鉄格子が床を破壊するのが早そうね。そもそもツメクと話し合いしても無駄そうだし、ここはサクッとぶん殴って言い聞かせるわよ」

 「先程の反省はどこに行ったんですか。清楚はどこいったんですか」

 「でもこれしかないでしょ? 時に拳は最大の交渉材料になるのよ?」

 「そ、そうかもしれませんが……」


 俺としてもゼラの意見に賛成である。ここは暴力に頼った方がいい。しかしだ、俺とゼラが繋がれているこんな状況で勝ち目はあるのだろうか。
 俺は右腕……利き手が繋がれている。剣は振れない。つまり俺はヒモが切れるまで完全なお荷物になる。
 さらにゼラはインファイト寄り。その間合いではゼラの方が強いだろう。しかし使えるのは片手のみ。格闘術は全身運動。本当に右腕だけで殴っても大した威力にはならない。右腕のパンチにも両足の踏み込み、腰のひねりの勢い、左腕の収縮と肩の前後入れ替えに体重移動……その動作を一瞬のうちに行う必要があるのだ。
 ゼラの勢いを殺さず、俺はサポートに回る形で息を合わせやすい戦い方なんて……。


 「……あっ」

 「急にどうしたのよ」

 「閃いたんですよ。貴女の力を最大限引き出せるた戦い方を!」


 思わず笑みをこぼす俺に、ゼラは目を丸くする。


  「……!? ま、マジ? 正直そこは考えてなくてここから話し合おうとしてたけど……アンタ冴えてるわね!」

 「今日の貴女程じゃ無いですよ。 奴隷活用術に関しては、思わず本業かと見紛うほどです」

 「褒めるか貶すかどっちかにしなさいよ」

 
 ちょうど話し合いが一通り済んだ頃、窓から西日が差し込み始めていた。部屋が赤く照らされる。


 「そろそろ行かないとな。 俺らまで怪しまれちまう」


 ナナカの声で給仕は立ち上がる。


 「それじゃあな。日が沈んでしばらくしてからまた呼びに来る。 それからは……頼んだぞ」


 そう言って出ていこうとするナナカをゼラは引き止めた。


 「あ、ナナカ。アンタにちょっと話があるわ」

 「なんだよ。まだなんかあんのか?」

「アタシは修道女シスターじゃなくて司祭よ!そこんとこちゃんと覚えときなさい!国に帰ってビビっても知らないんだから!」

 「ああ、そうだな。 王国で会うのを楽しみにしとくぜ」


 俺とゼラを残し、給仕たちは主人の元に帰っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに

千石
ファンタジー
【第17回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞】 魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。 ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。 グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、 「・・・知ったからには黙っていられないよな」 と何とかしようと行動を開始する。 そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。 他の投稿サイトでも掲載してます。 ※表紙の絵はAIが生成したものであり、著作権に関する最終的な責任は負いかねます。

処理中です...