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五章L:神は高らかに告げる
五話:作戦会議
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「あ~びっくりしたー!! 急に耳打ちしに行ってツメクがあんな顔するんだもん! 裏切られたかと思ったわ!」
ゼラはソファに腰掛け、そう叫んだ。
ツメクに『ディナーまで待っているように』と言われた俺らは、来客用の小部屋に通されていた。今はナナカの他にも、手の空いている五人の給仕が部屋に来ていた。給仕を着てはいるものの、いずれもまだあどけなさが残っている。ナナカの陰に隠れていたり、ドアのすぐ近くに立っていたりと年相応の人見知りのケがあるようだ。
ゼラの大声に萎縮する後輩たちを庇うように、ナナカはゼラに肉薄した。
「んなことするかよ。 俺にも立場ってのがある。肩身が狭くなりゃ、デザートに指名されるかもしれねえからな」
「ま、まぁ……そうよね」
「お前らこそ、俺を信用しろ。失敗は許されねぇからな?」
「わかってるわよ……ってかアンタ急に肝据わりすぎじゃない? 」
当惑するゼラに対し、ナナカはさらに一歩踏み込んで凄んだ。
「あと……ゼラお前声がでけぇ。ここにもシスターってもんは神聖で清楚なもんだと思ってるガキも居るんだ。仮にもシスターなんだろお前……それでいいのかよ」
「ぐ、ぐぬぬぅ……痛いところを突いてくるじゃない……」
「痛いところって言うか貴女の素を知っている人間の総意だと思いますよ」
「アンタは黙ってなさい!!」
ムッと膨れたゼラを軽くあしらい、状況の整理が始まった。
俺はナナカと近くの給仕たちをソファに座らせ、向かい合う。
「まず、貴女たちの正確な人数が知りたい。ここの館には何人従者がいるんですか?」
「俺を含めて給仕十四人、地下牢にいる奴隷の人たちが二十人だ」
「……随分多いですね。というか、給仕の他に奴隷が?」
「ああ。力仕事とか近くで魔物が出た時に討伐する奴らなんだ。地下牢に閉じ込められてて……なんだか生気が無いんだが、悪い人たちじゃないんだ」
ナナカがそう言うと、ナナカのに隠れるようにしていた子がおずおずと口を開く。
「あ、あの……おじちゃんたちはこわいけど、いいひとたちなの……だから……だから……っ」
こらえきれず泣きそうなその子の背中をさすりつつ、ナナカは言う。
「……気がついたらさらわれて、親元を離れていた俺らにこの家のことを教えてくれた立派な大人なんだ。あの人たちにみんな救われてる。俺らもだけじゃなく、あの人たちも助けて欲しい……お願いだ」
そして二人は頭を下げた。
ナナカが先程まで泣いていたとは思えないほど、覚悟が決まっていると思ったらそういうことか。
俺は天井を見ながらしばし考える。
どう考えたって一人が背負うにしては重すぎる責任を負っている。俺だったらバックれてるだろう。ナナカはきっと、重すぎて感覚が麻痺して一時的に背負いきれてしまっているのだろう。背負い込みすぎて途中で倒れなきゃいいが。
しばし熟考した後、不安そうな二人の顔に視線を戻した。
「わかりました、約束しましょう。彼らもきっと助けます」
ぱあっと二人の顔は明るくなる。ナナカは慌てて頭を振って真面目な顔に戻してから再び口を開く。
「そ、そう言えばなんだが……少し助けるにあたって問題が……」
少し……いや、すごく気まずそうな顔をしている。
クソっ、そういうのは約束する前に言えよ! 安請け合いしちまったじゃねえか! なんで問題点を最初に言わねぇ!! 聞かなかった俺が悪いけどさあ!
喉元まで混み上がる本音を、噛み殺す。そして飲み下した。
何はともあれ、仕事は仕事、子供との口約束じゃない。コイツが分相応だろうと責任を負うと決めたんだ。立派な人間と結んだ契約を、その覚悟を、そう易々とご破算にしてはならない。
「……分かりました。 私の栄光にかけて、必ずや約束しましょう」
できる限りの笑顔でそう答えた。
ナナカの表情は少し穏やかさを取り戻した。しかし、気まずそうにゆっくりと言う。
「あの部屋……実は出入口がないんだ。俺らも鉄格子越しにいつもご飯を出したりしてて……」
「……ほう……なるほど」
口では冷静さを装っているが、内心困惑しながら俺は聞いた。
何がほうなるほどだよ。出入口がない牢屋って何だ。確かにセキュリティは万全だろう。解錠出来ない鉄格子から逃げ出すなんで出来やしない。だがだ、出れもしなけりゃ入れもしないんだぞ? 一体……どうやって?
「しかし奴隷……いえ、彼らが力仕事に駆り出される時は外に出ていたのでしょう? そういう時はどうやって出てきていたのですか?」
ナナカは腕を組みしばらく唸った後、
「そう言えばあの人たちが出てくる時……決まって作業場にご主人がいるんだ。見張っているだけなのかもしれないけど、どんな地味な仕事だろうと必ず出てくるんだ」
「……ツメクが『カギ』って訳ですか」
「ああ。それは間違いない」
腕を組み、頭をひねる。
一体なんだ。どうやって扉のない鳥籠のような空間からものを出入りさせる? 上下に言及は無い。地下……いや、現実的じゃないな。
上か? 一階部分に通用口があるってことか。だが、違うな。出てくる所までナナカは見ていない。何か個別の部屋があってその中に……。
「どう考えたって魔術絡みじゃない」
ゼラはすんなりと答えた。
「難しく考えるんじゃないわよ。そんなめんどくさい仕組みの牢屋を作ったところで、簡単に出せない労働力とか不便じゃない。拘留所じゃないのよ?」
「な、なるほど……」
ゼラの説明で腑に落ちた。確かにせっかくの労働力だと言うのに、厳重に閉じ込めている必要は無い。使いやすくなければ。
ゼラは続ける。
「ま、ツメクを説得して引き出させるよりも、物理的に鉄格子が床を破壊するのが早そうね。そもそもツメクと話し合いしても無駄そうだし、ここはサクッとぶん殴って言い聞かせるわよ」
「先程の反省はどこに行ったんですか。清楚はどこいったんですか」
「でもこれしかないでしょ? 時に拳は最大の交渉材料になるのよ?」
「そ、そうかもしれませんが……」
俺としてもゼラの意見に賛成である。ここは暴力に頼った方がいい。しかしだ、俺とゼラが繋がれているこんな状況で勝ち目はあるのだろうか。
俺は右腕……利き手が繋がれている。剣は振れない。つまり俺はヒモが切れるまで完全なお荷物になる。
さらにゼラはインファイト寄り。その間合いではゼラの方が強いだろう。しかし使えるのは片手のみ。格闘術は全身運動。本当に右腕だけで殴っても大した威力にはならない。右腕のパンチにも両足の踏み込み、腰のひねりの勢い、左腕の収縮と肩の前後入れ替えに体重移動……その動作を一瞬のうちに行う必要があるのだ。
ゼラの勢いを殺さず、俺はサポートに回る形で息を合わせやすい戦い方なんて……。
「……あっ」
「急にどうしたのよ」
「閃いたんですよ。貴女の力を最大限引き出せるた戦い方を!」
思わず笑みをこぼす俺に、ゼラは目を丸くする。
「……!? ま、マジ? 正直そこは考えてなくてここから話し合おうとしてたけど……アンタ冴えてるわね!」
「今日の貴女程じゃ無いですよ。 奴隷活用術に関しては、思わず本業かと見紛うほどです」
「褒めるか貶すかどっちかにしなさいよ」
ちょうど話し合いが一通り済んだ頃、窓から西日が差し込み始めていた。部屋が赤く照らされる。
「そろそろ行かないとな。 俺らまで怪しまれちまう」
ナナカの声で給仕は立ち上がる。
「それじゃあな。日が沈んでしばらくしてからまた呼びに来る。 それからは……頼んだぞ」
そう言って出ていこうとするナナカをゼラは引き止めた。
「あ、ナナカ。アンタにちょっと話があるわ」
「なんだよ。まだなんかあんのか?」
「アタシは修道女じゃなくて司祭よ!そこんとこちゃんと覚えときなさい!国に帰ってビビっても知らないんだから!」
「ああ、そうだな。 王国で会うのを楽しみにしとくぜ」
俺とゼラを残し、給仕たちは主人の元に帰っていった。
ゼラはソファに腰掛け、そう叫んだ。
ツメクに『ディナーまで待っているように』と言われた俺らは、来客用の小部屋に通されていた。今はナナカの他にも、手の空いている五人の給仕が部屋に来ていた。給仕を着てはいるものの、いずれもまだあどけなさが残っている。ナナカの陰に隠れていたり、ドアのすぐ近くに立っていたりと年相応の人見知りのケがあるようだ。
ゼラの大声に萎縮する後輩たちを庇うように、ナナカはゼラに肉薄した。
「んなことするかよ。 俺にも立場ってのがある。肩身が狭くなりゃ、デザートに指名されるかもしれねえからな」
「ま、まぁ……そうよね」
「お前らこそ、俺を信用しろ。失敗は許されねぇからな?」
「わかってるわよ……ってかアンタ急に肝据わりすぎじゃない? 」
当惑するゼラに対し、ナナカはさらに一歩踏み込んで凄んだ。
「あと……ゼラお前声がでけぇ。ここにもシスターってもんは神聖で清楚なもんだと思ってるガキも居るんだ。仮にもシスターなんだろお前……それでいいのかよ」
「ぐ、ぐぬぬぅ……痛いところを突いてくるじゃない……」
「痛いところって言うか貴女の素を知っている人間の総意だと思いますよ」
「アンタは黙ってなさい!!」
ムッと膨れたゼラを軽くあしらい、状況の整理が始まった。
俺はナナカと近くの給仕たちをソファに座らせ、向かい合う。
「まず、貴女たちの正確な人数が知りたい。ここの館には何人従者がいるんですか?」
「俺を含めて給仕十四人、地下牢にいる奴隷の人たちが二十人だ」
「……随分多いですね。というか、給仕の他に奴隷が?」
「ああ。力仕事とか近くで魔物が出た時に討伐する奴らなんだ。地下牢に閉じ込められてて……なんだか生気が無いんだが、悪い人たちじゃないんだ」
ナナカがそう言うと、ナナカのに隠れるようにしていた子がおずおずと口を開く。
「あ、あの……おじちゃんたちはこわいけど、いいひとたちなの……だから……だから……っ」
こらえきれず泣きそうなその子の背中をさすりつつ、ナナカは言う。
「……気がついたらさらわれて、親元を離れていた俺らにこの家のことを教えてくれた立派な大人なんだ。あの人たちにみんな救われてる。俺らもだけじゃなく、あの人たちも助けて欲しい……お願いだ」
そして二人は頭を下げた。
ナナカが先程まで泣いていたとは思えないほど、覚悟が決まっていると思ったらそういうことか。
俺は天井を見ながらしばし考える。
どう考えたって一人が背負うにしては重すぎる責任を負っている。俺だったらバックれてるだろう。ナナカはきっと、重すぎて感覚が麻痺して一時的に背負いきれてしまっているのだろう。背負い込みすぎて途中で倒れなきゃいいが。
しばし熟考した後、不安そうな二人の顔に視線を戻した。
「わかりました、約束しましょう。彼らもきっと助けます」
ぱあっと二人の顔は明るくなる。ナナカは慌てて頭を振って真面目な顔に戻してから再び口を開く。
「そ、そう言えばなんだが……少し助けるにあたって問題が……」
少し……いや、すごく気まずそうな顔をしている。
クソっ、そういうのは約束する前に言えよ! 安請け合いしちまったじゃねえか! なんで問題点を最初に言わねぇ!! 聞かなかった俺が悪いけどさあ!
喉元まで混み上がる本音を、噛み殺す。そして飲み下した。
何はともあれ、仕事は仕事、子供との口約束じゃない。コイツが分相応だろうと責任を負うと決めたんだ。立派な人間と結んだ契約を、その覚悟を、そう易々とご破算にしてはならない。
「……分かりました。 私の栄光にかけて、必ずや約束しましょう」
できる限りの笑顔でそう答えた。
ナナカの表情は少し穏やかさを取り戻した。しかし、気まずそうにゆっくりと言う。
「あの部屋……実は出入口がないんだ。俺らも鉄格子越しにいつもご飯を出したりしてて……」
「……ほう……なるほど」
口では冷静さを装っているが、内心困惑しながら俺は聞いた。
何がほうなるほどだよ。出入口がない牢屋って何だ。確かにセキュリティは万全だろう。解錠出来ない鉄格子から逃げ出すなんで出来やしない。だがだ、出れもしなけりゃ入れもしないんだぞ? 一体……どうやって?
「しかし奴隷……いえ、彼らが力仕事に駆り出される時は外に出ていたのでしょう? そういう時はどうやって出てきていたのですか?」
ナナカは腕を組みしばらく唸った後、
「そう言えばあの人たちが出てくる時……決まって作業場にご主人がいるんだ。見張っているだけなのかもしれないけど、どんな地味な仕事だろうと必ず出てくるんだ」
「……ツメクが『カギ』って訳ですか」
「ああ。それは間違いない」
腕を組み、頭をひねる。
一体なんだ。どうやって扉のない鳥籠のような空間からものを出入りさせる? 上下に言及は無い。地下……いや、現実的じゃないな。
上か? 一階部分に通用口があるってことか。だが、違うな。出てくる所までナナカは見ていない。何か個別の部屋があってその中に……。
「どう考えたって魔術絡みじゃない」
ゼラはすんなりと答えた。
「難しく考えるんじゃないわよ。そんなめんどくさい仕組みの牢屋を作ったところで、簡単に出せない労働力とか不便じゃない。拘留所じゃないのよ?」
「な、なるほど……」
ゼラの説明で腑に落ちた。確かにせっかくの労働力だと言うのに、厳重に閉じ込めている必要は無い。使いやすくなければ。
ゼラは続ける。
「ま、ツメクを説得して引き出させるよりも、物理的に鉄格子が床を破壊するのが早そうね。そもそもツメクと話し合いしても無駄そうだし、ここはサクッとぶん殴って言い聞かせるわよ」
「先程の反省はどこに行ったんですか。清楚はどこいったんですか」
「でもこれしかないでしょ? 時に拳は最大の交渉材料になるのよ?」
「そ、そうかもしれませんが……」
俺としてもゼラの意見に賛成である。ここは暴力に頼った方がいい。しかしだ、俺とゼラが繋がれているこんな状況で勝ち目はあるのだろうか。
俺は右腕……利き手が繋がれている。剣は振れない。つまり俺はヒモが切れるまで完全なお荷物になる。
さらにゼラはインファイト寄り。その間合いではゼラの方が強いだろう。しかし使えるのは片手のみ。格闘術は全身運動。本当に右腕だけで殴っても大した威力にはならない。右腕のパンチにも両足の踏み込み、腰のひねりの勢い、左腕の収縮と肩の前後入れ替えに体重移動……その動作を一瞬のうちに行う必要があるのだ。
ゼラの勢いを殺さず、俺はサポートに回る形で息を合わせやすい戦い方なんて……。
「……あっ」
「急にどうしたのよ」
「閃いたんですよ。貴女の力を最大限引き出せるた戦い方を!」
思わず笑みをこぼす俺に、ゼラは目を丸くする。
「……!? ま、マジ? 正直そこは考えてなくてここから話し合おうとしてたけど……アンタ冴えてるわね!」
「今日の貴女程じゃ無いですよ。 奴隷活用術に関しては、思わず本業かと見紛うほどです」
「褒めるか貶すかどっちかにしなさいよ」
ちょうど話し合いが一通り済んだ頃、窓から西日が差し込み始めていた。部屋が赤く照らされる。
「そろそろ行かないとな。 俺らまで怪しまれちまう」
ナナカの声で給仕は立ち上がる。
「それじゃあな。日が沈んでしばらくしてからまた呼びに来る。 それからは……頼んだぞ」
そう言って出ていこうとするナナカをゼラは引き止めた。
「あ、ナナカ。アンタにちょっと話があるわ」
「なんだよ。まだなんかあんのか?」
「アタシは修道女じゃなくて司祭よ!そこんとこちゃんと覚えときなさい!国に帰ってビビっても知らないんだから!」
「ああ、そうだな。 王国で会うのを楽しみにしとくぜ」
俺とゼラを残し、給仕たちは主人の元に帰っていった。
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