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五章L:神は高らかに告げる
七話:二人の本懐
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ゼラと俺の話し合い……もとい尋問は続いていた。
「なんでもいいの……本当になんでもいいのよ? リンさんとの幼少期の思い出を事細かに、時系列に沿って教えてちょうだい」
鼻息を荒らげてゼラは言う。まるで獲物を前にした獣のようだ。いつもなら恥じらいは無いのかなどと言ったり、悪態をついたりしているところだが、あまりに必死なその様子を見た俺は内心恐怖していた。あまりふざけたことを言ったら、その時点で噛み殺されそうだ。
「幼少期……幼少期と言っても私がリンと知り合ったのはだいたい六歳以降のことですけど、そこからでいいですか?」
「…… アンタ、リンさんと幼なじみじゃないの?」
「……正確に言えば、幼なじみではないですよ。 とある貴族に従者として向かい入れられたきっかけがリンというか……」
言葉を選びながらゆっくりと言う。
何も音がしないので顔をあげると、ゼラは黙って首を傾げていた。しばらくして、俺に詰め寄る。
「なんだか気になる言い方するじゃない。 まるでリンさんの推薦があったから拾われた……みたいな」
「あ……え、えぇっと……」
さて……どこまで誤魔化したものか……。目線を宙に浮べる。クソっ……振られるのがいきなりすぎて、何も準備していなかった。咄嗟の機転も今は利かなさそうだ。上手く言葉がまとまらない。
「言っとくけど、嘘ついてはぐらかすんじゃないわよ 」
おっかない顔のゼラに釘を刺された。ゼラは眉間にシワを寄せ、顔をずいずい近づけてくる。俺は少しずつ後退しようとしたが、ゼラが俺の右手首をがっちり掴む。そして、こちらにもたれ掛かるように顔を近づけた。
その目は真っ直ぐ俺に向けられる。目の中に俺の姿が映り、思わず目を逸らした。
「アンタ何かを隠してるわよね。今思えばアンタから上司とかリンさんの話は聞いたことあるけど、アンタの家族やら出自の話は聞いたことないわ。 騎士なのに」
「き、騎士とそれ関係あります!?」
「大ありよ。騎士にはまあまあ名のある家系じゃないとなれないじゃない。貴族の家に従者として雇われて礼節を教わって育てられてから軍門に下るのが普通でしょ? アンタはその家のことも、自分の家のことも一言も言わない。……何かあるのよね?」
「そんなことは……」
「それだけじゃないわ。 アンタの異様すぎる多趣味。全部付き合いで始めたにしては知識が深すぎない?」
「……急にハマった……とか……じゃ、ダメです……かね?」
苦し紛れにそう言って見上げると、ゼラは下唇を噛んでいた。
そして、ぽつりぽつりと呟く。
「アタシはね……アンタを信じたいの。 ここまで一緒にやって来て、分かったのよ。アンタは人殺しを手段にするようなゲスじゃないって」
震えるゼラの声が、俺の頭に響く。
「……ご冗談を。私は確かにリンを殺し損ねたんですよ。 惨めな男の話を掘り返さないでいただきたい……──っ!?」
そう言って首をそっぽに向けようとするも、顎を掴まれ前に向けられる。ゼラはまっすぐに、覗き込むように俺の目だけを見ていた。
「アンタの言う話で、そこが信じらんないのよ。アンタは理由なくそんなことをする人間じゃない。それに、理由があってもそんなことはしないはず。 何がアンタをそうさせたの?」
「なんだっていいでしょう? 一時の気の迷いですよ。というか、過ぎた推理は身を滅ぼしますよ? 人間には……触れられたくないことの一つや二つ……」
「……」
しばしの沈黙の後、いきなりゼラは俺の背中に手を回して体重を預けてきた。
「な、何を……」
困惑しているのもつかの間、気がつけばゼラは俺を抱きしめていた。
「……ゼラ?」
俺の左肩に顎を預け、痛いほどに両腕を締める。
「ごめんなさい……リンさんの話を聞くのに乗じて聞き出せるかなって思ったの。 前々から……その……気になってたんだけど……いざ聞くとなるとちょっと照れくさくて……それで……」
少しずつ、ゼラの声が震えていく。
「……」
俺はゼラの肩を掴んで引き剥がした。
「ローレル……」
「はぁ……今回ばかりは、私の負けです。 言いますよ」
「……本当に?」
ゼラは伏し目がちにこちらを見る。
「ええ。 私に二言はありませんか……ら……」
俺は言葉を失う。上げられたゼラの顔はニンマリと笑っていたのだ。
「……騙しましたね? 泣き落としは卑怯ですよ」
「ふふふっ。 騙される方が悪いのよ」
そう返す声も、どこか震えている。なんでこんな伝え方しか出来ないんだ俺らは。内心そう嘆きながら、不敵な笑みを浮かべるゼラの方を見る。口元の微笑みはあるが、目は真剣そのものだった。
「アンタの全てが知りたいわ。一から十まで全部言いなさい。 この先で腹の底がわかってないやつと一緒に骨を埋めるかもしれないなんて、アタシは……嫌よ」
「……わかりました。言えばいいんでしょう? 後悔したって知りませんから」
ため息を一つつき、口を開く。少し緊張して口先が震える。今まで数々の話をしてきた俺だが、俺自身の話をするなんて初めてだ。
「この話は、私がリンと出会った頃までさかのぼります。私がリンと初めて会ったのは十年以上前ですが……その頃私は乞食をしていました」
「……は、はぁ!? 」
まったく、俺も良いリスナーを得たものだ。ゼラは目を白黒させて口を開けていた。
「なんでもいいの……本当になんでもいいのよ? リンさんとの幼少期の思い出を事細かに、時系列に沿って教えてちょうだい」
鼻息を荒らげてゼラは言う。まるで獲物を前にした獣のようだ。いつもなら恥じらいは無いのかなどと言ったり、悪態をついたりしているところだが、あまりに必死なその様子を見た俺は内心恐怖していた。あまりふざけたことを言ったら、その時点で噛み殺されそうだ。
「幼少期……幼少期と言っても私がリンと知り合ったのはだいたい六歳以降のことですけど、そこからでいいですか?」
「…… アンタ、リンさんと幼なじみじゃないの?」
「……正確に言えば、幼なじみではないですよ。 とある貴族に従者として向かい入れられたきっかけがリンというか……」
言葉を選びながらゆっくりと言う。
何も音がしないので顔をあげると、ゼラは黙って首を傾げていた。しばらくして、俺に詰め寄る。
「なんだか気になる言い方するじゃない。 まるでリンさんの推薦があったから拾われた……みたいな」
「あ……え、えぇっと……」
さて……どこまで誤魔化したものか……。目線を宙に浮べる。クソっ……振られるのがいきなりすぎて、何も準備していなかった。咄嗟の機転も今は利かなさそうだ。上手く言葉がまとまらない。
「言っとくけど、嘘ついてはぐらかすんじゃないわよ 」
おっかない顔のゼラに釘を刺された。ゼラは眉間にシワを寄せ、顔をずいずい近づけてくる。俺は少しずつ後退しようとしたが、ゼラが俺の右手首をがっちり掴む。そして、こちらにもたれ掛かるように顔を近づけた。
その目は真っ直ぐ俺に向けられる。目の中に俺の姿が映り、思わず目を逸らした。
「アンタ何かを隠してるわよね。今思えばアンタから上司とかリンさんの話は聞いたことあるけど、アンタの家族やら出自の話は聞いたことないわ。 騎士なのに」
「き、騎士とそれ関係あります!?」
「大ありよ。騎士にはまあまあ名のある家系じゃないとなれないじゃない。貴族の家に従者として雇われて礼節を教わって育てられてから軍門に下るのが普通でしょ? アンタはその家のことも、自分の家のことも一言も言わない。……何かあるのよね?」
「そんなことは……」
「それだけじゃないわ。 アンタの異様すぎる多趣味。全部付き合いで始めたにしては知識が深すぎない?」
「……急にハマった……とか……じゃ、ダメです……かね?」
苦し紛れにそう言って見上げると、ゼラは下唇を噛んでいた。
そして、ぽつりぽつりと呟く。
「アタシはね……アンタを信じたいの。 ここまで一緒にやって来て、分かったのよ。アンタは人殺しを手段にするようなゲスじゃないって」
震えるゼラの声が、俺の頭に響く。
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そう言って首をそっぽに向けようとするも、顎を掴まれ前に向けられる。ゼラはまっすぐに、覗き込むように俺の目だけを見ていた。
「アンタの言う話で、そこが信じらんないのよ。アンタは理由なくそんなことをする人間じゃない。それに、理由があってもそんなことはしないはず。 何がアンタをそうさせたの?」
「なんだっていいでしょう? 一時の気の迷いですよ。というか、過ぎた推理は身を滅ぼしますよ? 人間には……触れられたくないことの一つや二つ……」
「……」
しばしの沈黙の後、いきなりゼラは俺の背中に手を回して体重を預けてきた。
「な、何を……」
困惑しているのもつかの間、気がつけばゼラは俺を抱きしめていた。
「……ゼラ?」
俺の左肩に顎を預け、痛いほどに両腕を締める。
「ごめんなさい……リンさんの話を聞くのに乗じて聞き出せるかなって思ったの。 前々から……その……気になってたんだけど……いざ聞くとなるとちょっと照れくさくて……それで……」
少しずつ、ゼラの声が震えていく。
「……」
俺はゼラの肩を掴んで引き剥がした。
「ローレル……」
「はぁ……今回ばかりは、私の負けです。 言いますよ」
「……本当に?」
ゼラは伏し目がちにこちらを見る。
「ええ。 私に二言はありませんか……ら……」
俺は言葉を失う。上げられたゼラの顔はニンマリと笑っていたのだ。
「……騙しましたね? 泣き落としは卑怯ですよ」
「ふふふっ。 騙される方が悪いのよ」
そう返す声も、どこか震えている。なんでこんな伝え方しか出来ないんだ俺らは。内心そう嘆きながら、不敵な笑みを浮かべるゼラの方を見る。口元の微笑みはあるが、目は真剣そのものだった。
「アンタの全てが知りたいわ。一から十まで全部言いなさい。 この先で腹の底がわかってないやつと一緒に骨を埋めるかもしれないなんて、アタシは……嫌よ」
「……わかりました。言えばいいんでしょう? 後悔したって知りませんから」
ため息を一つつき、口を開く。少し緊張して口先が震える。今まで数々の話をしてきた俺だが、俺自身の話をするなんて初めてだ。
「この話は、私がリンと出会った頃までさかのぼります。私がリンと初めて会ったのは十年以上前ですが……その頃私は乞食をしていました」
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