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Ⅲ:フローレスの終焉 - 追憶 / 始まりの物語 -

苦悩

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     ◇

「くだらないね。――本当に」

 たった一人、静かに、佇んでいる。
 場所は、フローレス公爵邸の、ダンスホールである。
 その場に飾られていた、宝飾豊かな刀剣を眺めつつ、青少年は、小さな声で呟いた。

 握るコトが叶わない代物だ。

 ならば。
 この才能は、いったいなんのために、存在するのだろうか。
 ユキトは、いつも、満たされない自分の心を考える。

 殺すコトは、そう、良くないコト。

 言われなくとも、そんなコトは、よく分かっているのだ。
 だが、剣の本質とは、人を殺すコトにあるのだと、ユキトはそう考えていた。
 そう。

 殺す才能を持って生まれ、且つ、殺すコトを禁じられる立場に自分は生まれた。

 己の存在意義とは、いったい、何処にあるのだろうか?
 フローレス家の、嫡子、公爵家の継ぎ手。
 だが、きっと、この場所から見える物にユキトを満足させるモノはない。
 分かっている。
 ただ。
 境遇がソレを許さない、逃れられない運命が、ユキトの将来を固定して離さない。
 そうだ。
 苦痛以外の何物でもなかった。

 ……――消えてしまえば、良い、ぜんぶ。

 そうすれば、人生をやり直すコトも、可能だろう。
 考える。
 嗤う。
 十五にもなって、ユキトはありもしない現実に、夢想していたのだ。
 己の思考に、小さく冷笑しながら、ユキトは宝刀の前から姿を消す。
 役目に、努める、務めるのだ。

 さあ。今日も変わらない。いつも通りの操り人形となろう。

 そう思っていたのだ。
 あの日。
 一人の少女アリスが世界を壊す、あの瞬間が、訪れるまでは。
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