上 下
17 / 56
Ⅲ:フローレスの終焉 - 追憶 / 始まりの物語 -

深紅のダンスホール (前編)

しおりを挟む
     ◇

 談笑。
 晩餐会という名の、フローレス一族が一堂に会す、見世物小屋が進行していた。
 一族の後継者たる、ユキト=フローレスという存在が、確固たるものであるというコトを、対外的に、証明しなければならない。
 フローレスとて、決して一枚岩などではなく、親類――分家――という、数多のフローレスが存在している。
 弱みを見せれば、そこにつけ込まれる、それはつまり自明の理であった。
 故に。
 対外的に、己が権力を示す場を、定期的に設けなければならない。
 十五歳。
 次期当主、ユキト=フローレスという存在は、まさに見世物であった。

 ダンスホールの中心、黒いスーツの青少年ユキトは、穏やかな表情で人々に囲まれている。
 心中、それはもう、呆れ果てるばかりであった。
 が。
 それでも、ユキトは笑みを絶やさずに、携えたままで、堂々たる立ち振る舞いと、理知溢れる言動で周囲を牽制し続ける。
 弱さを見せたその瞬間を、付け狙うような人間は、それこそ星の数ほどいるのである。

 小さな油断が命取りになる。

 彼の性格は、兎にも角にも打算的であり、計画的であり、正に石橋を叩いて渡るようなものであった。
 その性格が功を奏し、彼の人生は、問題はさほど起きていないのである。
 ただ。

「そう――……。本当に。つまらないんだ」
「はい?」
「ああ。いえ。なんでもありませんよ」
「ふむ。そうですか……」

 貴族らしい高貴なスーツに身を包んだ、一人の男性からかけられる問いかけを、ユキトは華麗に躱していた。
 思わず、僅かに、心の中のもやが出てしまう。
 そんな程度に、心の中の不満は、いつでも絶えないままだった。

 ……――今、このボクが奇行を起こして、果てに自殺でもしたらどうだろうか?

 病気か、と、自分でも嗤ってしまう思考だった。
 くすくす。
 笑う、もとい、嗤う、その行為の意味を周囲は汲み取ることができず、思わず、首を傾げるばかりであった。
 分かるハズがない。

 壊れかけの操り人形マリオネットだ。

 誰か。
 ボクを殺してくれよ。
 そして――。

 〝ボクを、鳥籠の世界から、解き放ってくれ。〟

 そんな思考を胸に、外行きの笑顔を、浮かべ続ける。
 だが。


 バァンッ、と、弾けるような音が、ダンスホールに響き渡った。


 騒然とする。
 周囲。
 ハッキリとしている事実は、一つ、今の炸裂音は銃声であったというコト。

 そして、その音の発生源である場所には、一人の幼い少女が立っていた。
 何処から紛れ込んだのか。
 金色の長い髪、黒いゴシックドレス、そして、手に握るのは、黒鉄、銃剣付きの突撃銃である。
 年端もいかぬ、十二、三歳ほどの、美しき少女は、ユキトの方を見て、ふわりと小さく微笑んでいた。


「見ぃつけた――……♪」


 殺気。
 尋常ではないほどの、熱の籠もった紅い瞳を目の当たりにして、瞬時に、ユキトの思考は警鐘を激しいほどに鳴らしていた。
 明確な、殺意、死の香りだ。

 その判断が遅れていたとすれば、一瞬で、命を刈り取られていたかも知れない。

 ソレほどに早い、暇もない、死の音色だった。

「……――ッ!!」

 迫り来る少女と、少女の剣閃を避ける、ユキト。
 辺りにいた人々は、状況の判断が付かなかったのだろう、ユキトが立っていた場所にいた彼らは、ユキトの代わりに血を吹き出している。
 真っ二つ。
 真横一直線に、切り裂かれ、ずるりと身体が割れて落ちた。
 それは、剣才を持つユキトであっても、目で追うのがやっとの速度であった。
 つまり、見てから避けていたのでは、確実に死んでいた。

 大量にまき散らされる、血、深紅の雫が飛び散っている。

 彼女はたったの一振りしかしていない、銃剣、その剣閃でひと薙ぎしただけである。
 ただ。
 それだけのコトで、三つ、四つ、動かない下半身だけがその場に形成された。

「(っ、なんだ……っ!?)」

 ユキトは思わず、その光景に、目を疑っていた。
 ぐしゃり――。
 地面に転がっていた、上半身、ソレを彼女は足で思いきり、踏み潰して砕いた。
 幼い少女が、圧倒的な力で、押し潰したのだ。
 美しき容姿を持つ、絶世の美少女が、悪魔のような所業を取っている。
 無残なほどに。
 当然に。

「……――っ!!」

 理由まではよく分からない、だが、どうやら少女の狙いはユキトのようである。
 一太刀目で、〝見つけた〟と笑みを浮かべながら、一直線に迫った。
 不明瞭だが、しかし、明確だ。

「(武器が要る……!!)」

 せめて、対抗できるだけの、武器が必要だ。
 でなければ。
 この少女に、無抵抗のままで、殺される。
 終わり方としてはだ。
 相応しくない。

「逃さないわ――。残念だけれど」

 体勢を立て直している間に、少女は、再びユキトの方向へ向かって奔る。
 風を切る、と、そう形容するのが正しいか。
 少なくとも、早すぎる、人間の所業とはとても思えないほどに。
 以前に闘った、数多の騎士でさえ、コレほどの速度に匹敵する者はいなかった。
 とにかく、今は、駆けるのみ。
 ふと。
 走るユキトと、走る少女、その間に、多くの人々が割り込んだ。
 衛兵――いや、恩を売りたい者どもの、取り合い合戦か。
 好都合であった。

「邪魔よ――。消えなさい」
「不届き者めッ。子どもだろうと狼藉者は容赦せぬぞ!!」
「狂人の類であろうと。この場に殴り込んだこと。後悔させてくれるッ!!」

 ちょうど良い、時間稼ぎになってくれそうだ、と、ユキトは小さくほくそ笑む。
 全員、もれなく、皆殺しにされるだろう。
 だが、ユキトは、達観して状況を見ていた。
 あの武器を取りに行く、そのくらいの時間は、恐らく稼いでくれるだろう。
 
 今は、ソレだけが、頼りの綱だ。

 剣を握れば、あるいは、勝てるかも知れない。

 最後に頼れる、力、それは剣才であった。
 ダンスホールの、目立つ場所に飾ってある、一振りの宝刀に手を伸ばした――。
 が。
 二人の人間が、その行動を、阻むのだ。

「父上……ッ!!」

 厳格な顔を浮かべ、凛々しく、堂々たる振る舞いで立ち尽くす、黒いタキシードを着た、黒髪の男性。
 そして。
 その隣に控えるのは、清楚たる長い黒髪を携えた、緩やかなドレスに身を包む、美しき女性である。

「ユキト。貴様は。再び剣を取ろうと言うのか?」
「ッ。今は状況が状況なのです。今は――。殺さなければ殺される状況ですッ!!」
「だが――。もう。数多のつわものたちがあの者を取り押さえようとしてる。心配は無用だろう。貴様が出る幕もあるまい」
「その通りです。――母も。貴方がその手を血で染めることは。望んでおりません」
「ですが――……、ッ!!」

 毅然とした、冷酷、淡々とした様子の父母は、ユキトの意見を完全に否定しようとしている。
 聞く耳を持たない。
 だが、ユキトは、半ば確信のようなモノを持っていた。
 絶対に、あの少女は、他の誰でも殺せない。
 ただ、無意味に、此方が殺されるだけだ。

「くどいぞ。言い訳は聞かぬ。二度と剣は握るな。そう。貴様には命じたはずだろう」
「(……チッ!!)」

 馬鹿野郎が、と、心の中でギリッと歯を噛みしめる。
 あの程度の、付け焼き刃程度の存在で、あの化物を止められるはずがない。
 そんなコトすらも、理解できないほどに、愚かなのか。

「断言をします。あの者たちは。必ずや――」

 死ぬことになるでしょう、と、そこまでの言葉を口にしようとした瞬間。
 ハッ、と、ユキトは息を飲み込んだ。
 気配、迫り来る、背後からの殺気だった。
 思考の間もなく、ただ、ユキトは一歩前へ足を踏み出した。
 そう、ただ、本能であった。
 父母の制止を無視して、剣まで、手を伸ばした。

 直後に、鮮血が、辺り一面を激しくまき散らしていく。

 父、それから、母だった。
 少女の右手で、、左手に持つ銃剣の先では、

「……ぅ、ぁ……ぁ」

 どろり、と、父と母、彼らは揃って大量の血を口から吐き出す。
 言うまでもない。
 彼らは、もう、助からない。

「……ぃ、ぉ……、ぃ」

 なにか、声にならない、父がなにかを伝えようとしていた。
 だが、その言葉が、ユキトには分からない。
 届かない――。
 少女は、左手にしていた銃剣を、より一層奥深くにまで胸に突き刺したのだ。
 そして、右手、母の首を少女は握力だけでねじ切った。
 紅い。
 そう、もう形容するコトすらできない、有り得ない現実だった。

「――――」

 惨状だ。
 正に、この場の光景は、筆舌に尽くしがたい地獄である。
 生き残った者は、恐らく、ユキトのみであろう。
 ダンスホールは、完全に、深紅の色に前面が染まっていた。
 死屍累々。
 ある者は千切られ、ある者は斬られ、ある者は貫かれており、ある者は銃弾で蜂の巣となっていた。

「さぁ。貴方はどんな〝楽しみ〟を、私に与えてくれるのかしら?」
しおりを挟む

処理中です...