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Ⅲ:フローレスの終焉 - 追憶 / 始まりの物語 -
深紅のダンスホール (前編)
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◇
談笑。
晩餐会という名の、フローレス一族が一堂に会す、見世物小屋が進行していた。
一族の後継者たる、ユキト=フローレスという存在が、確固たるものであるというコトを、対外的に、証明しなければならない。
フローレスとて、決して一枚岩などではなく、親類――分家――という、数多のフローレスが存在している。
弱みを見せれば、そこにつけ込まれる、それはつまり自明の理であった。
故に。
対外的に、己が権力を示す場を、定期的に設けなければならない。
十五歳。
次期当主、ユキト=フローレスという存在は、まさに見世物であった。
ダンスホールの中心、黒いスーツの青少年は、穏やかな表情で人々に囲まれている。
心中、それはもう、呆れ果てるばかりであった。
が。
それでも、ユキトは笑みを絶やさずに、携えたままで、堂々たる立ち振る舞いと、理知溢れる言動で周囲を牽制し続ける。
弱さを見せたその瞬間を、付け狙うような人間は、それこそ星の数ほどいるのである。
小さな油断が命取りになる。
彼の性格は、兎にも角にも打算的であり、計画的であり、正に石橋を叩いて渡るようなものであった。
その性格が功を奏し、彼の人生は表面的に順風満帆であり、問題はさほど起きていないのである。
ただ。
「そう――……。本当に。つまらないんだ」
「はい?」
「ああ。いえ。なんでもありませんよ」
「ふむ。そうですか……」
貴族らしい高貴なスーツに身を包んだ、一人の男性からかけられる問いかけを、ユキトは華麗に躱していた。
思わず、僅かに、心の中のもやが出てしまう。
そんな程度に、心の中の不満は、いつでも絶えないままだった。
……――今、このボクが奇行を起こして、果てに自殺でもしたらどうだろうか?
病気か、と、自分でも嗤ってしまう思考だった。
くすくす。
笑う、もとい、嗤う、その行為の意味を周囲は汲み取ることができず、思わず、首を傾げるばかりであった。
分かるハズがない。
壊れかけの操り人形だ。
誰か。
ボクを殺してくれよ。
そして――。
〝ボクを、鳥籠の世界から、解き放ってくれ。〟
そんな思考を胸に、外行きの笑顔を、浮かべ続ける。
だが。
バァンッ、と、弾けるような音が、ダンスホールに響き渡った。
騒然とする。
周囲。
ハッキリとしている事実は、一つ、今の炸裂音は銃声であったというコト。
そして、その音の発生源である場所には、一人の幼い少女が立っていた。
何処から紛れ込んだのか。
金色の長い髪、黒いゴシックドレス、そして、手に握るのは、黒鉄、銃剣付きの突撃銃である。
年端もいかぬ、十二、三歳ほどの、美しき少女は、ユキトの方を見て、ふわりと小さく微笑んでいた。
「見ぃつけた――……♪」
殺気。
尋常ではないほどの、熱の籠もった紅い瞳を目の当たりにして、瞬時に、ユキトの思考は警鐘を激しいほどに鳴らしていた。
明確な、殺意、死の香りだ。
その判断が遅れていたとすれば、一瞬で、命を刈り取られていたかも知れない。
ソレほどに早い、暇もない、死の音色だった。
「……――ッ!!」
迫り来る少女と、少女の剣閃を避ける、ユキト。
辺りにいた人々は、状況の判断が付かなかったのだろう、ユキトが立っていた場所にいた彼らは、ユキトの代わりに血を吹き出している。
真っ二つ。
真横一直線に、切り裂かれ、ずるりと身体が割れて落ちた。
それは、剣才を持つユキトであっても、目で追うのがやっとの速度であった。
つまり、見てから避けていたのでは、確実に死んでいた。
大量にまき散らされる、血、深紅の雫が飛び散っている。
彼女はたったの一振りしかしていない、銃剣、その剣閃でひと薙ぎしただけである。
ただ。
それだけのコトで、三つ、四つ、動かない下半身だけがその場に形成された。
「(っ、なんだ……っ!?)」
ユキトは思わず、その光景に、目を疑っていた。
ぐしゃり――。
地面に転がっていた、上半身、ソレを彼女は足で思いきり、踏み潰して砕いた。
幼い少女が、圧倒的な力で、押し潰したのだ。
美しき容姿を持つ、絶世の美少女が、悪魔のような所業を取っている。
無残なほどに。
当然に。
「……――っ!!」
理由まではよく分からない、だが、どうやら少女の狙いはユキトのようである。
一太刀目で、〝見つけた〟と笑みを浮かべながら、一直線に迫った。
不明瞭だが、しかし、明確だ。
「(武器が要る……!!)」
せめて、対抗できるだけの、武器が必要だ。
でなければ。
この少女に、無抵抗のままで、殺される。
終わり方としてはとても不格好だ。
相応しくない。
「逃さないわ――。残念だけれど」
体勢を立て直している間に、少女は、再びユキトの方向へ向かって奔る。
風を切る、と、そう形容するのが正しいか。
少なくとも、早すぎる、人間の所業とはとても思えないほどに。
以前に闘った、数多の騎士でさえ、コレほどの速度に匹敵する者はいなかった。
とにかく、今は、駆けるのみ。
ふと。
走るユキトと、走る少女、その間に、多くの人々が割り込んだ。
衛兵――いや、恩を売りたい者どもの、取り合い合戦か。
好都合であった。
「邪魔よ――。消えなさい」
「不届き者めッ。子どもだろうと狼藉者は容赦せぬぞ!!」
「狂人の類であろうと。この場に殴り込んだこと。後悔させてくれるッ!!」
ちょうど良い、時間稼ぎになってくれそうだ、と、ユキトは小さくほくそ笑む。
全員、もれなく、皆殺しにされるだろう。
だが、ユキトは、達観して状況を見ていた。
あの武器を取りに行く、そのくらいの時間は、恐らく稼いでくれるだろう。
宝刀。
今は、ソレだけが、頼りの綱だ。
剣を握れば、あるいは、勝てるかも知れない。
最後に頼れる、力、それは剣才であった。
ダンスホールの、目立つ場所に飾ってある、一振りの宝刀に手を伸ばした――。
が。
二人の人間が、その行動を、阻むのだ。
「父上……ッ!!」
厳格な顔を浮かべ、凛々しく、堂々たる振る舞いで立ち尽くす、黒いタキシードを着た、黒髪の男性。
そして。
その隣に控えるのは、清楚たる長い黒髪を携えた、緩やかなドレスに身を包む、美しき女性である。
「ユキト。貴様は。再び剣を取ろうと言うのか?」
「ッ。今は状況が状況なのです。今は――。殺さなければ殺される状況ですッ!!」
「だが――。もう。数多の兵たちがあの者を取り押さえようとしてる。心配は無用だろう。貴様が出る幕もあるまい」
「その通りです。――母も。貴方がその手を血で染めることは。望んでおりません」
「ですが――……、ッ!!」
毅然とした、冷酷、淡々とした様子の父母は、ユキトの意見を完全に否定しようとしている。
聞く耳を持たない。
だが、ユキトは、半ば確信のようなモノを持っていた。
絶対に、あの少女は、他の誰でも殺せない。
ただ、無意味に、此方が殺されるだけだ。
「くどいぞ。言い訳は聞かぬ。二度と剣は握るな。そう。貴様には命じたはずだろう」
「(……チッ!!)」
馬鹿野郎が、と、心の中でギリッと歯を噛みしめる。
あの程度の、付け焼き刃程度の存在で、あの化物を止められるはずがない。
そんなコトすらも、理解できないほどに、愚かなのか。
「断言をします。あの者たちは。必ずや――」
死ぬことになるでしょう、と、そこまでの言葉を口にしようとした瞬間。
ハッ、と、ユキトは息を飲み込んだ。
気配、迫り来る、背後からの殺気だった。
思考の間もなく、ただ、ユキトは一歩前へ足を踏み出した。
そう、ただ、本能であった。
父母の制止を無視して、剣まで、手を伸ばした。
直後に、鮮血が、辺り一面を激しくまき散らしていく。
父、それから、母だった。
少女の右手で、母の首は握り潰されており、左手に持つ銃剣の先では、父の胸が一撃で貫かれていた。
「……ぅ、ぁ……ぁ」
どろり、と、父と母、彼らは揃って大量の血を口から吐き出す。
言うまでもない。
彼らは、もう、助からない。
「……ぃ、ぉ……、ぃ」
なにか、声にならない、父がなにかを伝えようとしていた。
だが、その言葉が、ユキトには分からない。
届かない――。
少女は、左手にしていた銃剣を、より一層奥深くにまで胸に突き刺したのだ。
そして、右手、母の首を少女は握力だけでねじ切った。
紅い。
そう、もう形容するコトすらできない、有り得ない現実だった。
「――――」
惨状だ。
正に、この場の光景は、筆舌に尽くしがたい地獄である。
生き残った者は、恐らく、ユキトのみであろう。
ダンスホールは、完全に、深紅の色に前面が染まっていた。
死屍累々。
ある者は千切られ、ある者は斬られ、ある者は貫かれており、ある者は銃弾で蜂の巣となっていた。
「さぁ。貴方はどんな〝楽しみ〟を、私に与えてくれるのかしら?」
談笑。
晩餐会という名の、フローレス一族が一堂に会す、見世物小屋が進行していた。
一族の後継者たる、ユキト=フローレスという存在が、確固たるものであるというコトを、対外的に、証明しなければならない。
フローレスとて、決して一枚岩などではなく、親類――分家――という、数多のフローレスが存在している。
弱みを見せれば、そこにつけ込まれる、それはつまり自明の理であった。
故に。
対外的に、己が権力を示す場を、定期的に設けなければならない。
十五歳。
次期当主、ユキト=フローレスという存在は、まさに見世物であった。
ダンスホールの中心、黒いスーツの青少年は、穏やかな表情で人々に囲まれている。
心中、それはもう、呆れ果てるばかりであった。
が。
それでも、ユキトは笑みを絶やさずに、携えたままで、堂々たる立ち振る舞いと、理知溢れる言動で周囲を牽制し続ける。
弱さを見せたその瞬間を、付け狙うような人間は、それこそ星の数ほどいるのである。
小さな油断が命取りになる。
彼の性格は、兎にも角にも打算的であり、計画的であり、正に石橋を叩いて渡るようなものであった。
その性格が功を奏し、彼の人生は表面的に順風満帆であり、問題はさほど起きていないのである。
ただ。
「そう――……。本当に。つまらないんだ」
「はい?」
「ああ。いえ。なんでもありませんよ」
「ふむ。そうですか……」
貴族らしい高貴なスーツに身を包んだ、一人の男性からかけられる問いかけを、ユキトは華麗に躱していた。
思わず、僅かに、心の中のもやが出てしまう。
そんな程度に、心の中の不満は、いつでも絶えないままだった。
……――今、このボクが奇行を起こして、果てに自殺でもしたらどうだろうか?
病気か、と、自分でも嗤ってしまう思考だった。
くすくす。
笑う、もとい、嗤う、その行為の意味を周囲は汲み取ることができず、思わず、首を傾げるばかりであった。
分かるハズがない。
壊れかけの操り人形だ。
誰か。
ボクを殺してくれよ。
そして――。
〝ボクを、鳥籠の世界から、解き放ってくれ。〟
そんな思考を胸に、外行きの笑顔を、浮かべ続ける。
だが。
バァンッ、と、弾けるような音が、ダンスホールに響き渡った。
騒然とする。
周囲。
ハッキリとしている事実は、一つ、今の炸裂音は銃声であったというコト。
そして、その音の発生源である場所には、一人の幼い少女が立っていた。
何処から紛れ込んだのか。
金色の長い髪、黒いゴシックドレス、そして、手に握るのは、黒鉄、銃剣付きの突撃銃である。
年端もいかぬ、十二、三歳ほどの、美しき少女は、ユキトの方を見て、ふわりと小さく微笑んでいた。
「見ぃつけた――……♪」
殺気。
尋常ではないほどの、熱の籠もった紅い瞳を目の当たりにして、瞬時に、ユキトの思考は警鐘を激しいほどに鳴らしていた。
明確な、殺意、死の香りだ。
その判断が遅れていたとすれば、一瞬で、命を刈り取られていたかも知れない。
ソレほどに早い、暇もない、死の音色だった。
「……――ッ!!」
迫り来る少女と、少女の剣閃を避ける、ユキト。
辺りにいた人々は、状況の判断が付かなかったのだろう、ユキトが立っていた場所にいた彼らは、ユキトの代わりに血を吹き出している。
真っ二つ。
真横一直線に、切り裂かれ、ずるりと身体が割れて落ちた。
それは、剣才を持つユキトであっても、目で追うのがやっとの速度であった。
つまり、見てから避けていたのでは、確実に死んでいた。
大量にまき散らされる、血、深紅の雫が飛び散っている。
彼女はたったの一振りしかしていない、銃剣、その剣閃でひと薙ぎしただけである。
ただ。
それだけのコトで、三つ、四つ、動かない下半身だけがその場に形成された。
「(っ、なんだ……っ!?)」
ユキトは思わず、その光景に、目を疑っていた。
ぐしゃり――。
地面に転がっていた、上半身、ソレを彼女は足で思いきり、踏み潰して砕いた。
幼い少女が、圧倒的な力で、押し潰したのだ。
美しき容姿を持つ、絶世の美少女が、悪魔のような所業を取っている。
無残なほどに。
当然に。
「……――っ!!」
理由まではよく分からない、だが、どうやら少女の狙いはユキトのようである。
一太刀目で、〝見つけた〟と笑みを浮かべながら、一直線に迫った。
不明瞭だが、しかし、明確だ。
「(武器が要る……!!)」
せめて、対抗できるだけの、武器が必要だ。
でなければ。
この少女に、無抵抗のままで、殺される。
終わり方としてはとても不格好だ。
相応しくない。
「逃さないわ――。残念だけれど」
体勢を立て直している間に、少女は、再びユキトの方向へ向かって奔る。
風を切る、と、そう形容するのが正しいか。
少なくとも、早すぎる、人間の所業とはとても思えないほどに。
以前に闘った、数多の騎士でさえ、コレほどの速度に匹敵する者はいなかった。
とにかく、今は、駆けるのみ。
ふと。
走るユキトと、走る少女、その間に、多くの人々が割り込んだ。
衛兵――いや、恩を売りたい者どもの、取り合い合戦か。
好都合であった。
「邪魔よ――。消えなさい」
「不届き者めッ。子どもだろうと狼藉者は容赦せぬぞ!!」
「狂人の類であろうと。この場に殴り込んだこと。後悔させてくれるッ!!」
ちょうど良い、時間稼ぎになってくれそうだ、と、ユキトは小さくほくそ笑む。
全員、もれなく、皆殺しにされるだろう。
だが、ユキトは、達観して状況を見ていた。
あの武器を取りに行く、そのくらいの時間は、恐らく稼いでくれるだろう。
宝刀。
今は、ソレだけが、頼りの綱だ。
剣を握れば、あるいは、勝てるかも知れない。
最後に頼れる、力、それは剣才であった。
ダンスホールの、目立つ場所に飾ってある、一振りの宝刀に手を伸ばした――。
が。
二人の人間が、その行動を、阻むのだ。
「父上……ッ!!」
厳格な顔を浮かべ、凛々しく、堂々たる振る舞いで立ち尽くす、黒いタキシードを着た、黒髪の男性。
そして。
その隣に控えるのは、清楚たる長い黒髪を携えた、緩やかなドレスに身を包む、美しき女性である。
「ユキト。貴様は。再び剣を取ろうと言うのか?」
「ッ。今は状況が状況なのです。今は――。殺さなければ殺される状況ですッ!!」
「だが――。もう。数多の兵たちがあの者を取り押さえようとしてる。心配は無用だろう。貴様が出る幕もあるまい」
「その通りです。――母も。貴方がその手を血で染めることは。望んでおりません」
「ですが――……、ッ!!」
毅然とした、冷酷、淡々とした様子の父母は、ユキトの意見を完全に否定しようとしている。
聞く耳を持たない。
だが、ユキトは、半ば確信のようなモノを持っていた。
絶対に、あの少女は、他の誰でも殺せない。
ただ、無意味に、此方が殺されるだけだ。
「くどいぞ。言い訳は聞かぬ。二度と剣は握るな。そう。貴様には命じたはずだろう」
「(……チッ!!)」
馬鹿野郎が、と、心の中でギリッと歯を噛みしめる。
あの程度の、付け焼き刃程度の存在で、あの化物を止められるはずがない。
そんなコトすらも、理解できないほどに、愚かなのか。
「断言をします。あの者たちは。必ずや――」
死ぬことになるでしょう、と、そこまでの言葉を口にしようとした瞬間。
ハッ、と、ユキトは息を飲み込んだ。
気配、迫り来る、背後からの殺気だった。
思考の間もなく、ただ、ユキトは一歩前へ足を踏み出した。
そう、ただ、本能であった。
父母の制止を無視して、剣まで、手を伸ばした。
直後に、鮮血が、辺り一面を激しくまき散らしていく。
父、それから、母だった。
少女の右手で、母の首は握り潰されており、左手に持つ銃剣の先では、父の胸が一撃で貫かれていた。
「……ぅ、ぁ……ぁ」
どろり、と、父と母、彼らは揃って大量の血を口から吐き出す。
言うまでもない。
彼らは、もう、助からない。
「……ぃ、ぉ……、ぃ」
なにか、声にならない、父がなにかを伝えようとしていた。
だが、その言葉が、ユキトには分からない。
届かない――。
少女は、左手にしていた銃剣を、より一層奥深くにまで胸に突き刺したのだ。
そして、右手、母の首を少女は握力だけでねじ切った。
紅い。
そう、もう形容するコトすらできない、有り得ない現実だった。
「――――」
惨状だ。
正に、この場の光景は、筆舌に尽くしがたい地獄である。
生き残った者は、恐らく、ユキトのみであろう。
ダンスホールは、完全に、深紅の色に前面が染まっていた。
死屍累々。
ある者は千切られ、ある者は斬られ、ある者は貫かれており、ある者は銃弾で蜂の巣となっていた。
「さぁ。貴方はどんな〝楽しみ〟を、私に与えてくれるのかしら?」
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