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Ⅳ:信仰 - 狂信の形象 -

信仰 / Side A

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     ***

「ふふっ――♪」

 アリスは一人、静かに笑みを携えながら、洞穴の中を進んで歩く。
 血と臓物、硝煙、死屍累々の数々。
 辺りはそんなモノで満たされていて、そのすべてが、アリスの手によって作られたものであった。
 進む先には在るのは、確実なる、信徒てきたちの死である。

「ひ。ひるむな……っ!!」
「い、いや、しかし――……」
「あれは。本当に人間なのか……っ!?」

 銃剣付きの突撃銃を、身丈に合わない幼い少女が、片手で振り回しながら撃ち進んでいく光景。
 確かに。
 人間の所業とは思えない。
 成人男性でさえ、片手でアサルトライフルを扱うのは、至難の業である。
 つまり――。

 アリスは人に非ず。

 そういう結論に至ってもなんら不思議ではない。
 かつてのユキトも、また、同様にアリスを化物と形容した。
 教団の連中も、同じように、アリスを〝異形〟と蔑称するのだ。

「あぁ。恐ろしい――……。異教徒は、やはり、〝悪魔〟を使役しているのか」
「あら。〝悪魔〟だなんて。随分と酷いコトを言うのね?」

 血濡れのアリス、黒きドレスはより一層に暗く染まっており、顔は既に返り血を浴びて真っ赤に染まっている。
 アリスがゆっくりと、三人、生き残った男性信者の元へ、不敵な笑みを浮かべながら近づいていく。

「おお。神よ。どうか我らを救い給え――……」

 ロザリオを手に、祈りを捧げるかのような仕草、一人の老人は立ちすくんでいる。
 信仰の形。
 アリスにも、当然、その意志は伝わっていた。

「貴方たちは。信仰するべき存在を間違えた。ソレだけのコトよ」
「どういう、ことだ……?」
「貴方たちが信仰している存在は神様ではない。ただの。何処かの形のない誰か。それを神として崇めているだけ。ふふっ。本当に滑稽なコトね?」
「そんなはずは……。そんなはずはないっ!!」

 男性信者の、若者、彼は否定の意を込めてアリスを睨め付ける。
 同調する。
 生き残った三人の内、若者二人は、息を巻いて言葉を高々にした。

「我々は……。救いがたき世界を救済するために。この腐敗を取り除く行動をしているッ!!」
「そうだッ。貴様のような〝悪魔〟に否定されるほど。我らの信仰は落ちぶれていな――」

 直後、アリスは無慈悲に銃口を前に向ける、そして引き金を引いたのだ。
 ダンッ、ダンッ、と、二発の銃声が響き渡る。
 銃身の先からは、硝煙、燻る熱が歪みを作って立ち上がる。

「言葉が通じないって。本当に厄介だわ。お話にならないもの」

 老人の隣にいた信徒、その二人は、口から血を吐き出して倒れ込む。
 アリスは小さく息を吐いた。
 言葉が通じない。
 ユキトと同じ結論である。
 故に、問答無用の即殺が、最良の選択であるというコト。
 彼女も同じであった。

「私が神様から与えられた仕事は、貴方たちを一人残らず殺して、この地の不浄を取り除くコト。……――それが神様の願いであり。ひいては。私の願いでもあるの」

 思考すらもない、彼女の信仰は絶対的であり、揺らぐコトを知らない。

「狂信徒、か」
「どういう意味かしら?」

 残った老人の信徒、彼は、アリスに向けて言葉を口にする。
 たじろぐ様子もない。
 堂々と、アリスの姿を指差して、叫ぶ。

「貴様が成していることは――。我らの粛正以上に、残虐で、狂っているッ!!」
「(……?)」

 今さら、この男は、なにを言い出すのだろうか。
 アリスは、くすくすと、愉しげに笑う。
 滑稽ではないか。

「貴方たちに言われるほど落ちぶれていないわ。なぜなら。私は形の在る神様たちに選んで頂いた存在ですもの」
「なんだと……っ!?」 

 思いを馳せる、あの方々が、いる。
 存在がある。
 あの方々は、確かに、この世界の果てに形を成しているのだ。

「神様たちはこの世界に存在するのよ。貴方たち人間には見えないだけで。遠い空の向こう側には――って、あぁ、そうね。貴方たちはこんな穴蔵にいるんですもの。見えなくて当然の話よね?」

 蔑むように、アリスは、目の前の老信徒を嘲笑う。
 議論は不要。
 信徒を殺すために、アリスは、静かに銃口を向けた。

「最期に――。一つだけ。教えて欲しい」
「なにかしら?」
「貴様の言う神様とは。本当に。世界を救える存在なのか?」
「どういうコト?」
「我らの信ずる神は。いくら祈りを捧げようとも。姿を見せてはくれない。意志を告げるための〝天の遣い〟がいる。それだけなのだ」
。ねぇ?」

 出立の際に、ユキトが情報の一つとして、口にしていた言葉がある。
 〝教団の御子〟。
 カルテットにはその支部ごとに、団体を司る、〝天の遣い〟と呼ばれる御子がいるという。

『〝……――恐らくは、元締め、収益をまとめる誰かがいるんだ〟』

 ユキトは、そう、推察をしていたが。
 事実のようだった。

「それでも――。その存在が喩え偶像だとしても。その意思にさえ従っていれば。我らの繁栄は間違いないものであり。数多の神々は不要の産物であった」
「……――ええ。それで?」
「貴様の信ずる者。存在する神。それは本当に我らの世界を救ってくれるのか?」
「(…………)」

 老人の発した言葉、それは、真理を問う者の純粋な疑問に思えた。
 故に。
 アリスは答えたのだ。

「知らないわ。……――そんなコトは」
「くっくっく――……。やはり。貴様は〝悪魔〟だよ」
「ええ。そうかも知れないわね。私は考えるコトが苦手なのだもの」

 だから、一途に、神様の願いを叶えるコトしかできない。
 そういう存在。
 果てに、きっと、自らの存在意義があるコトを信じている。

「さようなら。熱心な宗教家さん」
「ああ――。我らが神よ。永遠なれ」

 その言葉を最期に、つんざくような銃声が響き渡り、老人は笑みを浮かべたまま、血をまき散らかし、膝から崩れ落ちた。
 沈黙。
 その場に響く、後の音は、一つも残っていない。

「やりづらいったら。ね。本当に困るのよ」

 小さく毒づくアリス。
 珍しく。
 アリスにしては殺しに時間をかけたのだ。

「貴方が信ずる神を換えたのなら。きっと。その魂は報われるでしょうね」

 動かなくなったその老人に、静かに、言葉をかけた。
 慈悲。
 形にするなら、きっと、そういうモノだろうか。

「ふぅ。……――ようやく。追いつけた」

 アリスの背後、駆ける足音が響く直後に、ユキトが剣を片手にやって来た。
 その姿は血に塗れている。
 戦いの数々が容易に見て取れるようだ。

「ふふっ。随分と苦労したみたいね?」
「本当に……。誰のせいか分かるかい?」
「さぁ。分からないわね」

 ピキピキ、と、ユキトは形の良い眉毛にしわを寄せている。

「今回の仕事が終わったら。絶対に。説教させて貰うから。良いね?」
「あらあら。恐ろしいコト。ふふっ」

 普段通り。
 そんなユキトの姿が、少しだけ、アリスの困惑した心を癒やしてくれた。
 そうだ。

 本当に、アリスには、なにも分からないのだ。

 自分の成すコトの正しさを。
 殺すばかりしかできない。
 己の存在意義を。

 〝秘密の心〟。

 ユキトは、きっと、そのコトに気付いているのだろう。
 その上で、きっと、彼は気を遣ってくれている。
 分からなかろうが、分かろうが、神の遣いであるアリスは殺し続けるコトしかできないのだから。
 神様に造られた、天遣てんし、アリスはそういう宿命を負っている。
 知っているからこそ、彼は、なにも言わないのだ。

 それは、彼女アリスという存在にとって、この上ない最良の優しさなのであった。
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