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Ⅳ:信仰 - 狂信の形象 -
お仕舞い / エリス=ロート
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教団の穴蔵を入り込んだ最深部を歩く。
すると。
今までの雑な作りから一転して、妙に仰々しく形作られた、いかにも大層な作りが施された扉に、二人は辿り着いていた。
〝教団の御子〟。
天の遣い、アリスからの情報もあり、加えて、ユキトが粛正の名目で殺し続けていた信徒たちも、口々に言葉にしていた。
事前の調査――もとい、噂――を頼りにすれば、曰く、「神の言葉を告げる御子」という名目だそうだ。
なんとも、アリスがもっとも嫌いそうな、神を穢す言葉である。
それは、確かに、不愉快になるのも頷ける。
下らない。
当事者の利益、ソレを考えて作り出された、神という偶像の形だ。
信仰という形を悪用した、凡例、模範的な形と言えよう。
ただ、ここまで広がりを見せてしまえば、火遊びの領域はとうに越えている。
歯止めが利かない、そう、収拾が付かないのだろう。
「まあ。この中にいるよね。普通に考えて」
「えぇ。そうでしょうね」
「アリス。準備は良いかい?」
「誰に言っているのかしら。私は。いつだって気は抜かないのよ」
「好き勝手には暴れるけどね」
「むむっ……」
「ふふっ。まあ良いさ。準備ができているなら開けるよ?」
「ええ。いつでも」
くるりくるり、と、突撃銃を片手で振り回すアリス。
腕の調子はすこぶる好調のようだった。
心配の必要はなさそうだ。
「……――さあて。鬼が出るか蛇が出るか。ね」
「大したコトはないわよ。どうせ」
「はぁ。キミはまたそうやって。すぐに油断をする」
軽口をたたき合いながら、ユキトが扉を開き、アリスはその後を付いて進む。
直後。
その先に見える光景は、異空間、今までの物とは異質な世界だった。
言葉にするなら、それは、荘厳な空間である。
硬い石造りの床、まるでこの一室だけが、玉座の間であるかのような。
そんな錯覚さえ覚える、今までの雑な洞窟から考えれば、正に、不気味な光景が広がる世界であった。
明確なまでの、差別、それをこの場は体現している。
そう。
貧富の差、だ。
「あらあらぁ。随分と可愛らしいこと。お二人とも。まだ随分とお若いのねぇ?」
くすくす、と、その女性は笑っていた。
妖艶、と、そう言えば分かりやすいだろうか。
露出の多い黒のドレスに、色白の肌、豊満な体型とすらりとした線形である。
女帝、と、そう形容するのが正しいだろうか。
ただ。
「ねぇ――……。貴女がこの地の〝御子〟さん?」
「えぇ。そうよぉ。私が神の神託を預かる御子。その名を〝エリス=ロート〟と言います。以後。お見知りおきを」
「……――ふぅん。なるほど。ね」
アリスが、小さく、なにかを察したように含みのある言葉を口にする。
同様に。
ユキトも同じ感想を抱いていた。
「血の香り。酷いよ。アンタのソレは」
「ん~?」
「アンタの目。動き。漂う血の香り。ボクから見てもよく分かる。――アンタとボクは同じ類の狂人だ」
くすくすっ、と、その言葉を聞いたエリスは笑い出す。
「そういうアナタたちも。相当に酷い血の香りよ? まぁ。返り血だらけだし。当然と言えば当然ね」
「貴女と私を一緒にしないで。私は正真正銘の神の遣い。使命を以て裁きを下す。私はそういう存在として創られたの」
「あらあらぁ。気でも触れているのかしら?」
「残念だけど。彼女が言っているコトは。本当のコトだよ」
だから、と、ユキトは断言をする。
予知の如く。
明確に。
「アンタはここで死ぬコトになる。そう。それはもう無惨に。ね」
伊達でも酔狂でもなく、狂言でもなく、絶対的に不可避の事実だろう。
アリスに目を付けられた、その時点で、その者の命運は尽きている。
死、あるのみ、そういう運命なのだ。
「あらあらぁ。うふふっ。面白いわぁ――……♪」
心底から嬉しそうに、女性、御子であるエリスは不敵な笑みを浮かべる。
「私。元々から血に飢えた人間だったけど。そんなにストレートに言われたのは生まれて初めてなのよねぇ。嬉しいわぁ」
富ばかりではお腹が膨れないものね、と、彼女はあっさり口を割った。
やはり。
信仰をエサにして利益をかすめ取る、そのやり方を、連中は取っていたようだった。
〝粛正は正解である。〟
少なくとも、今回は、神々の判断が妥当だと言える。
「そうね。それなら――。最期に良い余興ができて良かったじゃない」
銃を、アリスは掌で弄びながら、不遜な態度で言葉を露わにする。
直後、エリスもまた、瞬時に両手にダガーをしたためた。
正に、一触即発の状況、嵐の前の静けさである。
「楽しみだわぁ。アナタたち。すぐに壊れないで――」
「ただ――……。生憎だけれど。私は愉しむつもりは一切ないのよ」
「はい……?」
瞬間。
時間が止まるかのような錯覚を、ユキトは、その肌で間違いなく実感していた。
ただ、本当に止まっているのではなく、ユキトという人間が止まっているとさえ思えるほどに、アリスの動きが。
そう。
速すぎたのだ。
「が、っぁ――……っ!?」
速すぎた。
手で弄ぶ銃を構え、銃口を向け、引き金を引き、余韻を残す姿。
エリスが、胸から、血を吹き出して倒れ込んだ。
その一連、すべての動作が一瞬と判断されるほどに、アリスはとにかく速かった。
躊躇いは、ない、遊びもない。
「…………」
思わず息を呑む、ユキト、彼が口を挟む間もなかった。
無理もない。
初めて見る、アリス、彼女が一方的に全力の一撃に傾倒した姿であった。
言うまでもなく、アリスは特攻主義者の無鉄砲であり、基本的には戦いを楽しむ性質が強く見られる。
故に、瞬殺という手法は、多くの場合に取るコトはない。
意識にない、故に、油断をしていた。
とはいえ、アリスの動きは、それを引き算としても、あまりに速い攻撃であった。
「ぅ、……ぁ、っ……」
まだ、エリスは息があるようで、彼女はダガーから完全に手を離した状態、つまり、仰向けで、苦しそうに呼吸を上げている。
死の間際。
そんな形容が正しいだろうか。
「……――神様ごっこは。お終い。残念だけれどね」
「アリス……」
ただ。
それでも、なお、アリスは容赦のない冷徹な顔を浮かべている。
怒り、神を騙られた、怒りか。
あるいは。
ただの、八つ当たり、そんなモノだったのかも知れない。
「神様によろしくお願いね。きっと――。貴女は悪い場所へ連れて行って貰えるから」
小さく唇を震わせる、エリス、彼女の瞳は暗く染まっている。
そして。
くすり、と、アリスは小さく笑うのだ。
「さようなら。愚かな。――お馬鹿さん」
ドンッ、と、その脳天にアリスは最後の銃弾を突き付ける。
飛び散る血漿。
衝撃で、僅かに浮き上がったエリスの身体は、ほどなくして、完全に動きを止めた。
〝お終い。〟
あっけのない、瞬時の、幕切れであった。
「……――アリス。キミは」
発するべき言葉は、いったい、なんだろうか。
逡巡して。
諦めたように、一つ、ユキトは小さく息を吐いた。
「キミは容赦がないね。本当に」
「あら。そうかしら?」
「いつもだったら。もっと色々と。弄ぶじゃないか?」
「確かに。そうかも知れないけれどね。今日は十分過ぎるほどに遊び疲れたの」
血の色でお腹がいっぱいだったの、と、おおよそアリスらしくもない言葉である。
そんな訳がないじゃないか、と、思わず顔に出てしまうユキト。
そんな彼の表情から、アリスもまた、呑み込んだ言葉を察したのだろう。
ふぅ、と、息を吐く。
ぽつり。
「不思議な話だけれどね――。私。あの人のコトが嫌いだったみたい。どうしてかしら?」
あの人とは言うまでもなく、エリスのコトであるのだが、嫌悪の理由がユキトにはいまいち不明瞭であった。
瞬殺したというコトは、つまり、顔も見たくないほどに嫌いであったというコト。
アリスにとっての不愉快が、なにか、確かに存在したハズなのだ。
「本当の神様はね。善い人たちを傷つけようだなんて。絶対にしないわ」
「――――」
それは、ユキトにとって、応えるコトができない言葉だった。
ユキトから見る、ユキトの判断に基づく神々とは、独善的であり犠牲を辞さない高見の見物者である。
然る目的が存在すれば、きっと、善人を殺し続けるコトさえいとわない。
曰く、つまり、世界のためなら犠牲は避けられない。
その最たる例が、そう、キミじゃないか。
と。
それに――。
「(ボクらだって。結局は。今までに数々の人間を――)」
善い人間を、巻き込みながら、ここまでの殺人を続けている。
だが。
ユキトはその言葉を、絶対に、口にはしない。
「そうだよ。アリス。きっとね。神様はそんなコトを考えてはいないさ」
「あら。珍しく。ユキトにしては良いコトを言うのね?」
「珍しく……?」
「ええ。貴方は神様の話になると。しかめっ面をするじゃない?」
「ふむ。そうだったかい?」
「ええ。ずっと。ね」
「まあ――。気のせいだろう。きっと」
「ふふっ。そうかしら?」
くすくす、と、悪戯な笑みを浮かべる少女。
そうだ。
今はコレで十分なのだ。
……――いつか気付くとしても、それでも、今は夢を見ていたって良いんだよ。
仮初めの夢を。
それでも。
今は。
「いやあ……。それにしても。今日は大変な一日だった」
「ユキトが頼りにならないから。ね」
「ああ――。そうだ。ボクは忘れていないぞ?」
「なにを?」
「キミが。ボクの作戦を無視して勝手に突っ込んだコトを。だよ」
「…………」
つつぅ、と、アリスが視線を横に逸らす。
故に。
ユキトは、その少女の、小さな頭に手を乗せたのだ。
紛らわすように。
励ますように。
「今回は不問にするけど。次にやったら許さないからな。本当に死ぬかと思ったんだから」
「っ……。ふふっ。ごめんなさいね?」
「反省すればよろしい」
にこり、と、笑うアリスの目を見れば。
そう。
悪くはない。
〝いずれにせよ。まずは。今日もなんとか生き延びた――。〟
それだけは、間違いのない、事実である。
身体から警戒の力を抜きつつ。
そんな喜びを心の中で噛みしめるのであった。
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