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Ⅷ:終わりの足音 - 災禍 -
分断 / 交戦
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皇帝。
正しき名を、〝ヴィル=プロイ〟と呼び、代々続く血筋による王族の継承である。
西方における圧倒的な発言権を持つ、絶対の皇帝、正に誰もが認める至高の存在であった。
だが、それだけの権力を持つ者は、常に危険と隣り合わせが定石。
故に、彼の側には、常に〝不敗の象徴〟が付いて回る。
ソレが、そう、〝剣王〟である。
どんな状況にあったとしても、皇帝を守り切れる、それだけの実力を持った、世代最強の存在が立つ、騎士としての最高位。
〝フリード=ヴェンルク〟。
彼が、当代の、その人である。
加えて。
〝三騎士〟。
剣王の補佐に回る、そのためだけに動く、陰の活動者である。
表では成せない汚れ仕事を引き受ける。
実力は折り紙付きであり、当然、それぞれが名に恥じない力を持っている。
そんな連中が、皇帝の側を離れてまで、二人を殺しに来るとは――。
ユキトとて予想はできなかった。
有り得ない。
皇帝が身の危険を顧みず、なお、〝殺戮少女〟の始末に躍り出るとは。
「ああ。言うまでもなく。最悪だね」
銀の剣を手に携え、なお、安心感の欠片が一つもない。
アリスが万全の状態であれば、まだ、笑みの一つでも零せたかも知れないが。
無理だ。
「…………」
アリスは口を横に結んだまま、銃を構える先を悩んでいるのだろうか、ジッと〝剣王〟と〝三騎士〟を見つめたまま、ただ、固まっている。
余裕は一切ない。
信じがたいコトではあるが、恐らく、彼女の気持ちが初めて後ろ側に向いている。
〝撤退〟という可能性を、あるいは、考慮しているのか――。
不可能だ。
戦において、剣王の名は極めて高名である、つまり、この世でもっとも武勲を上げた者なのだ。
冷酷、且つ、非情なる士。
隙はない。
巨躯からは想像も付かない速度で敵を薙ぎ払う、その姿は、言うまでもなく、世界の中でも類い希なる武将の勇だ。
否、剣が無くとも、彼を相手に生き残るのは難しいかも知れない。
丸太のような、あの、腕である。
殴られれば一撃で死ぬ。
「(さて。どうする……?)」
どうすれば良い――。
ユキトの思考はフル回転を続けている。
剣王と三騎士を同時に相手にする、その状況を整理して、最適解を導き出そうとする。
だが――。
待ってはくれない。
「……ッ」
一歩、一歩、彼らは着実に足を前に進めてくる。
大剣を構え、剣を、槍を、弩を、それぞれの敵が構えながら、少しずつ、確実に間合いが詰められていく。
逃げられない。
「大丈夫。ユキト。……――私に任せて」
「アリス……?」
すっ、と、ユキトの前に出て銃を構えるアリス。
息を吐いて、一つ、呑む。
そして――。
「私を――。神の子を。甘くみないでッ!!」
アリスが銃剣を構えながら、前進、剣王へ銃撃をしながら突撃をする。
雨あられと降り注ぐ銃弾。
近接時には剣で対応可能。
バランスが取れた戦い方であるコトは言うまでもない。
だが――。
「……――っ!? 止せっ。アリス!!」
〝殺戮少女〟が奇襲のエキスパートであると同様に、剣王とは、迎撃線のエキスパートである。
日頃から、対象を守るべく、後手からの攻撃にめっぽう慣れている。
神の加護というアドバンテージがない、そう考える今の状況において、突撃という行為は愚策中の愚策に成り下がる。
案の定であった。
「え……?」
自身へ向かうアリスの存在など気にもとめずに、フリードは、彼女とすれ違い、そのまま一直線にユキトの元へ奔る。
同時に。
三騎士が、アリスを取り囲むように、左右前方から襲いかかる。
「この……ッ!!」
アリスが銃を横になぞり、銃撃を加えながら、真横一閃で銃剣を薙ぐ。
ただ。
三人の騎士はそのすべてを避けきったのだ。
鋭敏に、速く、洗練された動きである。
陰を彷彿とさせる、刺客の者、ヘルム――甲冑――の奥に見えない表情、故に、余計にそう思わせるのだろうか。
いずれにせよ。
「……――くッ!!」
三方向からの攻勢に対応の苦慮を強いられる、アリス、殺戮少女もコレほどの連携は見たことがないだろう。
被弾こそしないものの、避けるという動作に重点を置く形となり。必然的に攻勢を緩めざるを得ない状況となる。
その状況は、当然、ユキトの心を大きく揺さぶった。
「アリス――……ッ!!」
思考も作戦もない、ただ、彼女を救うべく剣を片手に前へ出る。
助力。
ソレだけを考え、ただ、足を前へ進めようとする。
が。
一人の男がソレを阻むのだ。
「ッ!? ……――っ、ぐっ、あ!!」
「っ!! ユキトッ!!」
轟音を伴った剣戟であった。
大剣、ユキトの即応ですら容赦なく吹き飛ばす、へし折るかのような一撃である。
我ながら、あの細い剣でよく耐えたものだ、と、心の中で安堵する。
咄嗟の衝撃吸収が功を奏した。
幸いにして剣に損耗はなく、無事、ただ、ユキトは思いっきり後方へ弾き飛ばされた。
ただし――。
凄まじい衝撃の残骸、ソレが、今も身体の芯には残っている。
「ぐ……っ、ごほっ、はっ――……」
恨みの籠もった視線、その先、ユキトが目を向ける先には鋭い眼光の巨漢である。
軽装ながら丈夫そうな鎧に身を包み、黒い髪をパリッとまとめ、圧倒的な存在感を誇るその男。
つまりは、剣王、その人である。
「……――見事。よくぞ受け止めたものだ。素晴らしい」
ザッ、と、アリスを阻むように立つ、フリードの姿。
瞬間。
ユキトは状況を理解した。
「(初めから。連中は。コレが狙いだったのか――)」
戦力の分断である。
ユキトとフリードの一騎打ち、アリスと三騎士の戦闘、連携を取るコトは不可能。
相手の思う壺になってしまった。
「ユキト……っ!!」
「来るなッ!!」
三騎士を振り払って、強引にユキトの元へ向かおうとするアリスを、彼は強い口調で制した。
極めて珍しい光景だった。
激情に似た怒号、ソレを聞いた少女は、ビクッと肩を震わす。
「(そう。駄目だよ……。アリス)」
互いに気を残したまま、連中と一戦を交えようものなら、間違いなく死に至るだろう。
甘い相手ではない。
連中の思う壺に、連中が思うままに、ただ一方的な完封を受けるだけ。
「フリードは。ボクが殺る。アリスはその三人を頼む」
「でも――」
「今は。黙って言うコトを聞けッ!!」
叫ぶ。
状況が時間を許さない。
それでも、ユキトはアリスを守るために、自らを犠牲にする覚悟でいた。
死ぬつもりはない、が、身を危険にさらしてでも。
守る。
「ボクもね。キミと一緒に過ごしたおかげで。随分と強くなったんだよ?」
「…………」
「信じてよ。アリス。ね?」
「――――ッ、っ」
言葉はない、返す言葉を見つけられないのだろうか、アリスは悔しそうに唇をギュッと噛みしめている。
切れてしまうのではないか、と、そう思うほどに。
強く。
そんなアリスの返答を待たずして、ユキトは、彼の騎士へ向けて身体を構えた。
銀色の剣、ソレを剣王――フリードの方へと、傾ける。
切っ先は真っ直ぐに彼の方へ。
戦う意思の表明である。
フリード=ヴェンルク。
数多の騎士の憧れ、その噂は、ユキト=フローレスの元にも届いていた。
心技体すべてにおいて隙がない。
故、剣王、その名を冠する。
『君なら。あのフリードにも。勝てるかも知れないな――……』
ソレは、かつて、貴族として騎士を倒していた時代に言われた、お世辞だった。
否。
勝てる保証など見つからない。
「(紛うコトなき百戦錬磨。立ち振る舞い一つを取っても。隙が一つとして見えない)」
何処に勝てる要素があると言うのか。
青少年期、仮に彼と対峙をしていたら、間違いなく負け――死んでいた――のはユキトの方だろう。
まったくもって、ユキトを持ち上げるための方便である、今になってあきれ果てるユキトであった。
ただ。
……――ソレでも。アリスのような怪物と。時間を過ごしてきた意地が在る。
血の海を越え。
死を越え。
歩いてきただけの経験がある。
「だから――。アンタには負けないと思うよ。ボクは」
敬語を使う必要もあるまい。
命のやり取り。
余計な気遣いは不要だろう。
「私も。貴様――。いや。君のような騎士と、違う形で会えれば良かった、と。そう思っていたところだ」
「?」
ユキトが意識的に言葉を崩したコトに反し、フリードは、呼称を〝貴様〟から〝君〟へ改める。
なぜだろうか。
瞳からは憐れみの色が窺えた。
「我らの死合い。どちらかが生き残るコトは。もはやないだろう」
「ああ。そういうコト」
尊敬の念、ユキトは同じ騎士――剣士――として、世界の羨望を集める彼に少なからず好意を抱いていた。
故に、このような形での対峙は、本来、望むハズもない。
正式な決闘の場で、世界の注目を集めながら、堂々と戦いをしてみたかったのだ。
「噂は聞いていたのだよ。君の家柄と。その剣才を」
「光栄だね。ボクもアンタのコトは知っていたさ。それはもう嫌っていうほどに。ね」
「ふふっ。まぁ。光栄だと言わせてもらおうか」
ぐわりッ、と、フリードはその大剣を持ち上げる。
剣を真っ直ぐに構え、そして、ユキトを見据えた。
斬るよりも引きちぎる、そんな、あまりにも大ぶりな業物である。
「戦いとなれば容赦はしない。当然に。徹底的に殺すまでだ」
「奇遇だね。ボクも同じ道を歩いてきた存在だから。気持ちはよく分かるさ」
「正義は我に在り。だが」
「それは――。違うね」
「?」
銀の剣をフリードの真正面に据える。
宣言をする。
明言を。
「戦いは常に正義と正義のぶつかり合い。人間の戦争なんて。結局はそんなものだから」
「ふっふっふ。若造が。言ってくれるな?」
「コレでも――。ボクは世界中を渡り歩いてきたものでね。目で見てきた現実だよ」
「……――そうか。ああ。そうだったな」
目を伏せ、しかし、それ以上の言葉は返してこない。
つまり。
言葉は要らない。
「正義の対立構造は。いつでも。そうだったな」
「剣で語れ」
「結果がすべて。勝者は生を。敗者には死を」
「その通り」
スッ、と、互いに剣を前へ伸ばす。
キンッ、と、軽く剣を交錯させる。
古来より伝わる決闘の作法。
その直後、静寂だった場は、一瞬で火花を散らすような、激しい剣戟が交錯する。
腕力ではやはりフリードに分があり、真っ直ぐの剣戟では圧倒され、ユキトは一歩後ろへ足を引いた。
だが、その表情は、冷静な笑みで満ちている。
楽しいのだ。
互いに剣の領域では、もはや、人間の領域を限界まで引き延ばした存在である。
類い希なる死闘は必至。
オーディエンスのいない、ただ、最高のエンターテイメント。
ユキトが剣を鞘に収め、そして、一歩前へ奔り出す。
抜刀術。
薄い笑みがより一層に深く色を増す。
「……――ッ!」
対峙したフリードでさえ、一瞬、気を震わせるほどの狂気的な色であった。
〝殺戮少女〟の片割れ。
数多の死を乗り越えてきた化物である。
ユキトの鞘から一直線に剣が抜かれ、そして、フリードの胴元へめがけて剣が駆け抜けたのである。
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