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Ⅷ:終わりの足音 - 災禍 -

三騎士vsアリス / Side A (前編)

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     ***

 はぁ、と、少女アリスは小さく息を吐いていた。
 その心情を言葉にするのであれば、つまり、呆れなのである。
 目の前の三人、否、三騎士という存在が。
 邪魔。
 特に深い感情は抱いていない。
 殺す。
 他に思考は存在しない。
 ただ――。

「私はね。今。とても機嫌が悪いのよ」
「「「……?」」」

 三者一様に首を傾げる。
 返す言葉はない。
 落ち着き払った様子のアリスを前にして、僅かな、違和感を覚えたのだろう。
 落ち着きの中に隠れる、激情、黒い荒波の感情である。
 アリスの紅い瞳は、ギラリ、と、三騎士を捉える。
 捉えて、そう、離さない。

「楽に死ねると思わないでね。きっと――。無残に激しく殺すと思うから」

 すうっ、と、アリスが片手でアサルトライフルを構える。
 異様、異常な光景であると、三騎士はすぐさま理解をしたのだろう。
 伊達でも酔狂でもなく、そう、彼の少女は人に非ず。

「……――散れッ!!」

 瞬間。
 剣の騎士、三騎士の中の一人――渋い声の男性――を合図として、彼らは即座に散開を始める。
 戦闘態勢、即応、臨機応変な対応をするための準備段階である。

「…………」

 少女は、ただ、その動きを眺めていた。
 森に、闇に、紛れて動く――なるほど、確かに、洗練された動きである。
 もっとも、、という末尾の言葉が彼女の中では定説だ。

「まったく――。私を。誰だと思っているのかしらね」

 動く影の先に向けて、チャキッ、と、アサルトライフルの銃口を向ける。
 凄まじい炸裂音。
 騎士の影が一瞬にして動きを止めた。

「当ててはいないのだから。ふふっ――。感謝なさいね?」

 ただの牽制である、ただ、牽制と言うにはあまりにも豪快すぎた。
 
 人としては有り得ない。
 片手でそれだけの威力を受け止め、且つ、表情を一つも変えないまま、少女は、笑みを携えている。
 怪物。

「(一匹ずつ。確実に殺すべきだけれど――。それだけでは足りないわ)」

 倒す、倒さない、の思考ではなく、殺し方、嬲る方法を模索していた。
 少女の思考は既に先の方へある。
 完膚なきまでに殺したい、と、アリスはそう考えていた。
 なぜだろう。
 誰でも良いから、ただ、容赦なく八つ裂きにしてやりたい。
 そう考えていた。

 〝〟。

 我ながら俗っぽくなったものだ、と、少女は小さく嘲笑を浮かべる。
 神の子として、ではなく、何処か違う場所へ――。
 堕ちていく。

「構わないわ。別に。私はもう誰でもないのだから」

 神の子として、生を受け、果てに神に棄てられた。
 人形の末路。
 拾ってくれたのは、ただ、一人の青年だけ。
 ユキト=フローレス。
 彼が、アリスの、すべてである。

 そんな、隙だらけのアリスの背後を、瞬間、槍の使い手が距離を詰めて取ろうとする。

 草陰の中からの不意打ちである、騎士としては恥ずべき行為、だが、ソレに構っていられるほど彼らに余裕はなかった。
 誰が見ても明白である。
 迎撃態勢も整っていない、背後、その状況を取れば、首は取ったも同然である。
 そう。

 アリスが、普通の人間なら、勝敗はそこで決していた。

 彼女は人に非ず。
 死を纏う、そう、神の子――元・神の子――である。

「が――……ッ!?」
「ふふっ。掴まえた。自分から来てくれるなんて。いい子ね?」

 ガシリッ、と、アリスは槍の騎士の喉元を、片手で、思いっきり掴み込んでいた。
 全身を甲冑で包み込んでいる、その僅かな繋ぎ目を引き裂くように、喉まで届くように握り込む力でメリメリと押し潰す。
 甲冑が剥がれていく、バキバキッと、金属がひしゃげる音が響き渡る。

「あ……あァ――……あァアアァアアァッ!!!」
「あら。随分と脆いわね。――ふふっ」

 剥がれた甲冑の隙間から、弾けるように、紅い雫が噴き出し始める。
 紅い花弁が綺麗に伸びていく。
 つんざく悲鳴が、アリスには、とても心地が良かった。

「さて――。早くしないとお仲間が死ぬわよ。貴方たち?」
「「――――」」

 物言わぬ二つの陰、やはり人間で在るというコトか、アリスが見てきた世界のそのままである。
 薄情。
 あるいは、自己主義、利己主義的な世界の成れの果てか。

「残念。貴方のお仲間は薄情ねぇ? 貴方もそう思うでしょう?」
「っ――。……ぅっ!!」
「死になさい。ただ――。無残に酷く惨く。ね」

 グシャンッ! と、アリスは、そのまま槍の騎士の喉を握り潰した。
 どくん、と、弾ける心。
 くたり、と、彼は動くことを止めて、だらりと肢体を擲った。

「早くしないと。次は貴方たちがこうなるわよ――。もっとも。時間の問題だけれども」
「…………」

 草の茂みから、一人の騎士が、姿を現わす。
 剣を手に携える。
 先ほど、散開を命じた騎士――渋い男性の声――であろう、あの声音から察するに恐らくは年を重ねた剣客だろうか。

 動き、立ち振る舞い、そのすべては落ち着き払っている――ように見えて、隠されている怒りの色、顔に出さない辺りは経験というコトか。

 もっとも。

「(だからと言って。私が負ける理由にはならないのだけれど。ね)」

 油断はしていない、が、アリス自身は考える。
 負ける理由が存在しない。
 そして、相手もソレを理解しているようで、半ば〝諦め〟のような色を見せ始める。
 淡い銀色の長い髪が姿を現わす。
 被っていたヘルムを取り、そして、彫りの深い整った顔立ち――若作りの初老――をアリスに晒し出す。
 なにをしようと言うのだろうか。
 やがて、彼の剣士は、静かに口を開き始めるのだ。

「……――ぬしはなにゆえ。このような非情な戦闘を。平然とできる?」
「ふふっ――……。あっはっはッ。急になにを言い出すかと思えば。本当につまらないコトを聞くのね?」
「答えろ。いや。是非答えを教えて欲しい。――人として有り得ないその行為。重ねて来た罪の数々。我としては正気を疑うしかないのだよ」

 分かり合えないな、と、アリスは小さく唇を歪ませた。
 彼の剣士が放つ言葉、ソレは、〝人の価値観〟に基づく判断である。
 人として有り得ない?
 重ねて来た罪?
 正気を疑う?
 くすり、と、小さく鼻を鳴らすのだ。
 嘲笑である。

「矮小な人間を殺す理由は〝神様の意思だから〟。――でも。貴方たちにソレを理解するだけの頭は、きっと、存在しないでしょう?」
「……?」
「(無駄なのよ。話をしても。伝わらないのだから)」

 神の意志は遠い先に在り、そして、人の誰にも伝わらない。
 きっと、その点は、ユキトとて同じだろう。
 いや、アリスとて、同じか。
 その真意を汲み取れないからこそ、アリスは、使い捨ての人形に堕ちていった。
 どうしようもなく、愚か、そのもの。
 思考の果てに、アリスは、一つの結論に辿り着いた。

「(……――ああ。私は。悲しかったのね)」

 けれども、ソレは、少し前までの話である。
 今はもう大丈夫。
 彼がいる。

「あそこで戦っている彼――。ユキトって言うのだけれどね。彼は貴方たちと違って頭が良い子なのよ」
「ユキト=フローレス……?」
「そうそう。相手が剣王だかなんだか知らないけれども。きっと――。あの子は。負けないのでしょうね」

 神の加護を失った、そんな今ならアリスにさえ勝つコトだろう、ソレほど人間離れをしてしまった――アリスがそうさせてしまった――青少年、否、青年である。
 ある意味、罪の意識という話をするのであれば、彼の人生を滅茶苦茶にしてしまったコトの方がよっぽど罪である。
 自分が不甲斐ないせいで、彼を、ユキトを巻き込んだ。
 終わってしまう、そう決められた世界を、一緒に歩かせてしまったのだから。
 それこそが罪である。

 彼は負けない、でも、きっと結末は決まっている――。

 神様は嘘を吐かない。
 ただ。
 それでも、精一杯に抗い続ける義務があるのだ、アリスには。

『〝キミが笑っている姿を。ボクは。少しでも長く見たいから―― 〟』

 ユキトはそう言っていた。
 だから、今はアリスも生きる限りのすべてを尽くす、ソレしかないのだ。
 精一杯に。

「そんな訳で。貴方たちには死んで貰うわよ。ええ。私自身のために。ね?」
「狂っているな――。人としてではなく。化物としても主は狂っているよ」
「あら。最高の褒め言葉だわ。ふふっ」

 手を翻すアリス、銃を握る手とは反対側――槍の騎士を握り殺した方――の手を、剣の騎士に向けて広げて見せる。
 平たく言えば、パー、その状態である。
 真っ赤に染まった、手、血塗れの手である。

「さっきも見て分かったと思うけど。私は武器に頼る必要がないの。使い続けていたのはそれが〝スマート〟だと理解をしていたから」

 最小の労力、且つ、手を汚しすぎない方法。
 その程度の理由でしかない。

「楽しませて頂戴ね。せいぜい――。足掻いてみなさいな」
「我らとて剣王の一振りだ。決められた運命だとしても――。傷の一つは付けてやるさ」

 ガサリ、と、茂みの中に隠れていた、もう一人の騎士が顔を見せる。
 弩の騎士。
 諦めたその上で、なお、彼らは抗うつもりらしい。
 強い意志。
 戦意は、まだ、尽きていない。

 騎士、二名、散開。

 その直後に、多くの雨が降り出した、否、それは天の雨ではない。
 鉄の雨。
 鋼の矢。

 間違いなく、彼ら、騎士が算段を立てていた、計画の内だろう。
 時間を稼ぐ。
 そして、急襲、速攻で決着を付ける。

 が――。

「銀の弓の弾丸。その雨あられ――。まぁ。悪くない攻撃よね」

 アリスはまるで〝分かっていた〟と言わんばかりの態度で、ただ、身体を二つ分ほど横に身を動かしただけ。
 それだけで、降り注ぐ鋼の矢の雨を、容易に躱し切った。
 アリスには、そう、見えているのだ。
 人間が作れる程度の攻撃など、しょせん、コマ送り程度にしかならない。
 加えて、話をしている最中も、もう片方の騎士――弩の騎士――がなにかの細工をしているコトにも気付いていた。
 弩の騎士は、罠を使う、理解をしてしまえば問題はない。
 弩という武器自体も、そもそもが、仕込みの類がしやすい物である。
 陰の者としては優秀なのだろう。
 ただし。

「私には通用しない。放つ瞬間までキッチリと見えているもの。弩の騎士さん?」
『……っ』

 息を呑む音が聞こえてくる。
 視線を向けた先。
 茂みに潜む弩の持ち主。
 その影を、アリスは、捉えて放さない。
 ダンッ、と、アリスは一足で空を舞った。
 向かう先は、当然、弩の騎士、罠を使う当人の元である。
 黒いスカートを翻し、銃を構えながら、彼を見据えて迫り行く。

「ふふっ。……――あははっッ!!」
「……――ッ!!」

 少女の姿を、彼の騎士は、どのように解釈したのだろうか。
 ヘルムの先、僅かに覗かせる瞳には、畏れに近い感情が見て取れる。
 だが、三騎士の名を冠する者であり、後に退くという答えはない。
 弩を構え、寸分の狂いもなく、正確に急所――心臓――を狙い矢を放つ。
 ただ、アリスという少女は、容易にその上を飛び越えていく。

 宙で、身体を捻り、その矢を避けた。

 矢は空を切り、そして、少女は一直線に弩の騎士を射程圏内に捉える。
 そのまま――。
 ざくんっ、と、アリスは銃の剣先を、その胸に真っ直ぐに突き立てた。

「っ、……――、ぅ、ぁ――……」
「銃剣だもの。こういう使い方も。正しい用法よ?」

 くすくす、と、美しい笑みを浮かべる少女。
 吹き出る血飛沫を浴び、それでもなお、少女は紅く嗤っている。
 その瞳の色は血の色よりも深く昏い。

「さようなら。哀れな子羊さん。――またあちらで会いましょう」

 すっ、と、アリスが拳を握り、そのまま、前へ突き出す。
 直後、花が咲いたのだ、紅い薔薇の広がりである。
 首から上がない、胴体、その場所から吹き出るように咲いていた。

「痛みを感じなくなって。ねぇ。幸せでしょう?」

 濡れた手、紅い肌、冷たくなった心の果てに、少女アリスはそう呟いていた。
 情の欠片もない。
 後腐れも未練も一つもない。
 ただ。
 それだけのコト、そう、なんでもない殺戮少女アリスの当たり前だ。

「……――。ああ。そう」

 背後アリスの背中に薄い殺気の閃が伸びていく、アリスも当然に気付いている。
 弩の騎士から刺さった銃を抜き取り、その銃を、くるり、背中の方へ回す。
 剣先、交錯する金属、銃剣と剣である。

「…………」
「まだ、抵抗出来る意思があるだなんて。流石と言うべきかしら。まぁ。蛮勇と言えなくもないけれど」
「我とて皇帝の守り刀なのだ。後には――。もう退けぬよ」
「守り刀なら。大人しく。皇帝の側にいれば良かったのよ。そうすれば――。死なずに済んだのだから」
「皇帝が望んだことなのだ。主らを滅せよ。とな」
「是非。一度。会ってみたいものだわ。さしずめ。世間知らずの間抜けなのでしょうね」
「――――」

 黙って剣を構える、老獪の剣士、剣の騎士。
 あるじを侮蔑され怒りを露わにしたのか、否、ソレとは別の感情を示す表情であった。
 汲み取るには難しい、難色、言葉通りの解釈である。

「来なさいな。――貴方は特別。しっかりと本気で殺してあげる」

 ジャキンッ、と、銃を片手にして前を見据える。
 迎え撃つ、そんな体勢を取る、アリス。
 対する剣の騎士は、前に、その剣を強く構えて意思を示す。

「三騎士、最期の姿。――ぬしに見せよう。我の剣の最期をッ!!」

 剣を手に、前へ、進む。
 すべてを擲った、捨て身の、決死の攻撃であった。

「(ああ――……)」

 美しい、と、アリスは心の中で小さく呟いた。
 死を受け入れ、なお、前進を止めない。
 その姿は、神の道へ、通ずる。

 ただ、ソレでも、実力の差は明白なのだ。
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