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Ⅷ:終わりの足音 - 災禍 -

/ Side Y d e

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     ***

 まるで、時間がユキトとアリスにだけ流れているような、そんな錯覚を覚えていた。
 本当に錯覚なのか、現実か、あるいは、神々が施した最期の悪戯なのか。
 分からない。

「ユキト……。ねぇ。ユキト……ッ。起きなさいよ……ッ!!!」

 泣き、そして、叫ぶ。
 アリス。
 ああ、キミも、ボクの最期を理解はしているのか。
 良かった。
 心の底から、ユキトは、安堵していた。
 最期の言葉を交わせる、その事実を、嬉しく思う。
 大事な時間だ。

「起きてはいるさ……。ただ、目を開けられないだけで、ね」

 そう告げれば、より一層に、アリスはユキトの身体を強く抱きしめる。
 逃さない。
 そう、主張でもするかのように、力強く。

「馬鹿なコトを言わないでっ!!」
「馬鹿はキミの方だろう。まったく。何度言えばキミは分かるんだい……?」
「え……?」
「駄目なんだよ。アリス。そのままじゃ――……」

 閉じた目、それでも、ユキトは小さく微笑んだ。
 子どもの間違いを指摘するかのように、ただ、優しい言葉だった。
 アリスの手を、力なく、ユキトはそれでも精一杯に包み込んだ。

「〝キミは。その方向へ。振り切っちゃ駄目だ〟」

 力強く、美しく、気高い存在で在り続けなければならない。
 神々は関係ない。
 笑っていれば良い、それが、どんな形でも。

 〝スマート〟に、ソレを口酸っぱく言っていたのは、キミが大事だから。

 そう言って、ユキトは、笑うのだ。

「貴方がいない。そんな世界になんて。意味がないのよ……ッ!!」
「そうだね。分かってる。だからさ――」

 穢れは、ぜんぶ、ボクが引き受ける。

 先に逝って、待っている、その先にきっと世界は在るから。
 その世界で。
 今度は、きっと、幸せに――。

「ユキト……?」

 すうっ、と、静かに彼は呼吸を止めていく。
 動かない。
 眠るように。

 安らかに、穏やかに、彼は息を引き取った。

 もう、言葉も、色も、熱もない。
 ただの、骸、ソレだけ。
 慟哭。

「あぁ――……。ああ、ァあああアァ――ッ!!!!」

 空気すら震える、その感覚に、悍ましい狂気を覚えた人間が二人いた。
 剣王と皇帝。
 関係ない。

 たった一人、青年のために、涙を流して叫びを上げ続ける。

 少女の姿。
 その皮を被った魔女である、と、殺戮少女は長らくそう噂されていた。
 生ぬるい。

 今の彼女は、もはや、人の形をした狂暴な化物、そのものである。

 目の前の二人を絶対に殺す。
 それだけを考える。
 〝殺戮少女おんなのこ〟。
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