政略結婚の作法

夜宮

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悪女のすゝめ

03. 第二王子とその恋人

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 第二王子が隠れてどこぞの令嬢と愛を育んでいるという事実は実際には誰にも内緒でというわけにはいかない。

 王子はかなり慎重に行動していたようだが、元から王子が誰にも気づかれずに何度も同じ女性に会うなんてことできるはずがないのだ。

「王子殿下は時が来ればきちんとその女性とは別れる、と言っておられます。ですからどうぞ今回の件は結婚までの気の迷いだということでどうかご理解ください」

 クロードとは違い、王子に心酔している側近候補の一人が恋人の存在が公爵家にも知れたと気づいて私の顔色を伺うようにその話をしに来た時、私は淑女の手本のような笑顔を浮かべ、黙って頷いた。

 当たり前だ、そんなことは。誰のおかげで王に、結婚と同時に王太子になれると思ってるんだ、という本心など微塵も感じさせない完璧な笑顔。

 ただ、私は側近の言葉をその通りに受け取ってはいなかった。あの言葉が本当に第二王子の言葉であったかも疑わしい。

 私は王子がその令嬢にかなり入れあげていることを知っていた。また、王子が婚姻をした後にならどうとでもなると考えているのもわかっていたからだ。

 ただ、恋人の身分は家格的にも大それたことなど考えられないようなものだし、今のところ公爵家を脅かそうとその令嬢の後ろに他の有力貴族がいるということもない。

 その状態のままならば愛人にするなり私が王子の子を産んだ後に公妾にするなりするぶんには問題はないと割り切っていた。

 王子が誰を愛していようと関係ないというのが私の本心で、きちんとわきまえてくれるのであればこちらも同じように扱うというのが私が王子の恋人の存在を知った時に自然と考えたことだったからだ。

 しかし、この時ふいに私の耳に悪魔が囁いた。

 悪魔は私に甘美な夢を見させたのだ。

ーーーほらみろ、皆、自分の好きなようにやっているじゃないか。

 父は私にこうなったことを謝ってくれた。私に対して申し訳なく思う気持ちがあったことは嬉しいことだったしありがたいものだが、私を嫁がせ、私が産む子のおかげで結果的に利益を得るだろう。

 第二王子は表面的には公爵家に気を使ってるように見せかけてはいるが、婚姻後には令嬢を愛人にするか、上手く段取りをつけて公妾とするだろう。

 もしあの令嬢を諦めたところで、婚姻後に自分の意思で選んだ女がいればその女をそばに置くことを躊躇などしない。それが当然の権利であるかのように堂々と。

 現王は、野心的な第二妃とその実家を抑え込めれば満足。

 王子の側近は今更、第二王子が公爵家の後ろ盾を失って第一王子に王位が転がり込むことだけは避けたい。

 では、私は? 私の望みは何?

 私が彼らのように自分のために望むもの。

 私にとって諦められないもの。

 どうしても欲しいものは?

 己の望みを叶えるにはどうすればいいのだろうか?

 そんなことが許されるのか?

 いや、まて、私は誰の許しを必要としているのだろう? 

 私は中には昔、エリーが言った言葉が悪魔の囁きとなって蠢いている。

 私は冷静に考えを巡らせた。

 まず、私と王子の間に愛だの恋だの情だのは必要ない。

 しかし、私は課せられた義務を果たす必要がある。

 王太子妃となり王妃となるのであれば私のすべきことは国のために尽くすこと、そして王家と公爵家のために世継ぎの王子を産み落とすこと。

 子供はできない可能性もあるが、その場合には自動的に私のその義務は消滅するのだから考える必要はなかった。

 私の代わりにまた国と家の都合の良い令嬢を第二王子の元に連れて行くのは王や公爵である父の義務であって私の義務じゃない。

 だが、第二王子が誰にも文句を言われることなく愛する人を得ることができるのならば、私にもその権利はあるのではないか?

 もちろん、王家に嫁ぐ身として第二王子と同じように公然と愛人を傍に置くのは外聞が悪い。男はよくても女は産んだ子の正当性まで疑われてしまう事態にもなりかねないものだし。

 だが、表に出なければ、あるいは表沙汰になる前に上手く手を打つことを前提に、裏ですべてを綺麗に片づければ愛人を持つことも可能ではないか。

 愛人とそして愛する人との子も……?

 表の私はきちんと義務を果たし、裏の私は愛する人と家族をもつ。歪な形でもそれが私の求めるものではないか?

 そして可哀相だが、第二王子の公妾に子は産ませない。

 これは私が王家に嫁ぐ意味、根幹だ。
 
 勝手に選んだ娘に子を産ませるのであれば、私という存在は必要なくなる。そんなことを許すのであれば、私が王家に嫁ぐ必要は無い。この婚約はラザフォードが望んだのではなく、王家が望んだものなのだから。

 私には最低二人、第二王子の子が必要だとされるだろう。

 つまり、私には第二王子の子を産むという義務があり、第二王子には愛する人との子は持てず、王家の選んだ人間と子をなす義務がある。

 そこははっきりさせる必要がある。

 私は話を整理した後、まず父に、それから父と一緒に王に申し出た。

 王は私の話に最初こそ理解できない、承服できないと憤りを見せたが、最終的に渋々ながらも認めてくれた。

 結局、王にとっては私の話はそれほど重要な問題でないのだ。

 王は派閥の柵が薄い第二王子を次の王にし、王家とラザフォード公爵家の血をひく王子を得られるのであれば、私に愛人が何人いようがその愛人の子を何人産もうが究極的にはどうでもよいのだから。

 どちらかといえば、私にこのような取引をさせる原因を作った第二王子のことを苦々しく思っているようにすら見えた。

 王には王妃と第二妃以外に愛人や公妾がいるという話は皆無であったから、元からいないか、完璧な方法で隠しきっていると考えられる。

 だから色事で臣下につけいる隙を与えた第二王子に対して腹が立つのだろう。

 逆に王からこの件を知らされた王妃が見当違いの謝罪をしてきたのは面白かった。

「王子の恋人の件は申し訳なかったわ。それでもあの子のことを変わらず受け入れてくれてありがとう。

 だけど、貴女にも少しは反省してもらいたところがないわけではないのよ。

 妃は王に愛されなければならないわ。王に愛されていれば自分の立場が守られるの。だから貴女も王子に愛されるようこれからはもっと努力すべきよ」

 確かに、一理ある意見ではあった。
 だが、王の愛などという不確かなものに縋っていては私は立っていられない。

 どうやら王妃は自分が愛されているから第二王子が王太子になるのだと信じているようだが、それは正しい認識とは言えない。

 なるほど、王は王妃を愛しているかもしれないし愛していないかもしれない。だが、第二王子を王太子にするのは王妃への愛情とは関係なくほとんどは政治的な問題だ。

 私はその政治的な部分に寄って立っていたいと望み、そのように行動するつもりだった。

 私は王になる第二王子の愛に縋るのではなく王になる相手と対等に戦って勝たなければならない。

 与えられたものを受け取るのではなく、自分で掴み取るしかないのだからそうする必要があった。

 誰かが欲しいものを与えてくれるわけではない私にはそれしか道はないのだから。
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