政略結婚の作法

夜宮

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悪女のすゝめ

05. 全てをこの手に

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「それはいったいどういうことだ?」

 第二王子から王太子と呼ばれるようになった男は心の底から驚いているようだった。

 まるで私の言葉そのものが理解できないとでもいうように。

「王太子殿下、なにも難しいことはございませんわ。今こそ約束を果たしていただきたいというだけですの。どうぞ、わたくしの願いを叶えてくださいませ。

 わたくしは既に王子を二人産みました。あの子達を慈しみ、導く。

 わたくしは彼らの母としての役割を担うとともに、王太子妃としてより一層努力し、何れはこの国の王妃としつ役目を果たしてまいります。

 ですが、わたくしにもこの方ただ一人と思い定めた愛する人がいるのです。彼を愛し、彼の子を産みたい。これが私の望みですの」

 私の言葉に王太子は顔を歪ませた。

「馬鹿な。そんなことが許されるとでも?」

 吐き捨てるような言葉も私とっては何の意味も持たない。

「なぜ許されないのでしょうか? もちろん表向きはきちんと取り繕うつもりですので御心配には及びません。

 万一にも不手際がないように王にもご配慮いただき、今後も公爵家で責任をもって対処いたします。

 王太子殿下におかれましてもある程度ご協力を仰ぐことになるでしょうが、必要最低限のことをしていただければ、あとはこちらで抜かりなく行いますので心配はないかと存じます」

「そういうことを言っているのではない! 何れは王妃となるものが王以外の子を産むなどと許されないと言っているのだ」

 王太子は気持ちが昂ぶっているのか片方の手でテーブルを強く打ち付けた。

 不思議と恐怖は感じなかった。王太子が私に暴力を振るうような人ではないことはわかっていたからだ。

 その点は間違いなく信用できた。だから私はそのまま言葉を続けた。

「誰が許さないのでしょう? 王もわたくしの父も認めておりますのよ」

「私だ。この私が許さない」

 とはいえ、だんだんと面倒になってきた私は少し投げやりな気持ちで繰り返し言った。

「困りましたわね。ですが、本当に御心配には及びませんのよ? 殿下の評判に傷をつけるようなことにはならないと誓います。

 もちろん、殿下にも全面的にご協力いただくことにはなりますが、難しいことなど何一つございませんわ」

 王太子は鋭い目つきで私を見ている。

「……相手は誰なのだ?」

 たとえ全く相手にしていない女であっても、他人と通じるとなるとプライドが傷つくとでもいうのだろう。

 私は殊更優しげに聞こえるように言ってやった。

「そうですわ! それを早くいえば良かったのかしら、申し訳ございません。わたくしとしたことがどうやら気がせいてしまったようですわね。

 相手はクロード=ヴェルトナーですの。殿下にとっても、とても都合がよろしいと思われませんか? 

 わたくしたち、身分違いで結ばれることができなかったはずの相手を、それぞれが誰にも遠慮せずに手にすることができるのですもの。もちろん、伯爵家でもこの件は了承済みです」

 お膳立てに感謝して欲しいものだ、という気持ちが伝わったのか王太子は私を射殺しそうな目で見た。

 自分が道化にされたことに気が付いたが、文句を言おうにも何に対して言うべきかとっさに判断出来なかったにちがいない。

 クロードは王太子の恋人と約束通り白い結婚を貫いている。

 恋人のほうは私が二人目の王子を産み、公妾という立場を得てからはもちろん、その前からずいぶんと伯爵家で羽を伸ばし、気楽に、のびのびと暮らしていたようだ。

 彼女のことはまあ置いておくとして、少しはそのことでクロードと伯爵家に対して恩に着ればいいのにと思うが、王太子にそういうことを望んでも仕方がない、というのが私たちのたどり着いた結論だった。

 クロードとは王太子の恋人を受け入れる際によくよく話し合った。

「オレはヤツに公然と復讐もできないのか? 同じ目に合わせてやれれば少しは溜飲も下がるだろうに」

 クロードの軽口に私は冷たい怒りをぶつけた。

「そんなこと許さない。貴方は彼女に指一本触れないで」

 私の剣幕に少し引いた様子でこちらを覗っているのを見て私も少し冷静になる。

「妬いてるのか? だが、オレはどうなる? なすすべもなく愛する女を差し出すしかない上に見返りが何もないなんておかしいと思わないか?」

 反省しているのかと思えば更に怒らせるようなことを言うクロードを睨みつける。

「見返りですって? 貴方が彼女に触れるというなら、私には一切触れさせないわ」

 私が本気だとわかったのだろう。焦ったようにクロードが私の手を取った。

「それは嫌だ。意味がない。見返りと言ったのは王子への意趣返と言う意味だけで他の意図はなかったんだからな。

 わかったよ、仕方がない。そうするしかないならそうするだけさ。だけどオレ達の子供は……そんなことが可能だろうか?」

 私はクロードの手にもう片方の手を重ねて彼の手を包みこんだ。

「第二王子の子を懐妊したと言ったうえで死産とするの。そしてその子を貴方と彼女の子として伯爵家の跡継ぎにすればいいわ」

 クロードが目を眇める。

「そう簡単にいくかな?」

「いくわよ。王も公爵家も了承してるのよ。大丈夫、上手くやれるわ」

 クロードは無意識な様子で私の手を弄ぶように撫でながら呟いた。

「オレ達の子供、オレとお前の。その子が生れるのが今から待ち遠しいな。

 あの娘のほうは定期的に子のできない薬を飲ませることになっている。

 第二王子との子のことは……お前の果たす義務だと割り切るようにする。だが、あの娘をオレ達の子にかかわらせたくはない」

 公妾に子供を産ませないというのは王家の決定で、不承不承ながら第二王子も認めていることだ。

「あの二人が子供をもてないことは可哀想なことだけれど、それは王子として生まれた第二王子の問題であってわたくしたちには関係のない話よ。

 それに、わたくし達の子をあの娘とかかかわらせるなんてこと、する必要ないわ。当たり前でしょう。

 だから、わたくしたちに関する最大の問題はわたくしと貴方のことを味方以外に不用意に晒さないことだけ。

 第二王子のように脇が甘いと付け込まれることになるから今まで以上に慎重にしなくてはならないわ」

 私の冷徹な言葉にクロードは少し呆れたような顔をしたが、すぐにニヤリと笑っていった。

「愛してるよ、オレはお前のそういうところを含めて全部愛してる。

 好みは人それぞれだが、オレにはあの優し気な顔をした鈍感そうな娘なんか目じゃない。

 王太子とは好みが違っていてつくづく良かったな」

 だが、私は既に気分をかなり害していた。

「あら、でも貴方、ずいぶんあの娘に優しくしてやってるらしいじゃない?」

 するとクロードは少し得意そうな顔になった。

「やっぱり、お前、あの娘に妬いているんだな? だがな、お前のそのちっぽけな嫉妬なんか何ほどでも無いぞ。

 オレが第二王子に抱いてる感情に比べればそんなものは吹けば飛んでしまうくらいの些末なものだ」

「貴方まだそんなことを言っているの? あの人との関わりなんてなんの意味もないのに」

「意味が無い? 違うね。大ありだ。オレは毎日毎晩アイツを八つ裂きにしたいと考えている」

 子供のように悔しそうな顔でそう言うクロードに私の気持ちも落ち着きを取り戻した。

「愛しているわクロード。貴方がいるから耐えられる。それに、そうね、王家には王子が二人として、本当は私、貴方との間に男の子と女の子の両方が欲しいわ」

 私の言葉にクロードは目を丸くした。

「……男ならともかく、女の子だとどちらに似るかで他人の目が煩くなるかもしれないぞ」

 私は肩をすくめた。

「その時は、訳あって妹の子を養女にもらったとかそういうことにすればいいのじゃなくて?」

 クロードの目が胡散臭そうに眇められる。

「いくらなんでもそれは無理があるんじゃないか? そもそもそんなことにできるような理由がないじゃないか。妹は相愛の相手と何不自由なく暮らしているんだろう」

「それはそうね。まあ、その時になったら考えましょうよ。妹の子とするのは無理でもなんとかなるわ」

 クロードは私の言葉に呆れたように肩をすくめた。でも、それから唐突に私を激しく抱きしめたかと思うと直ぐに抱擁を解き、強い眼差しで私をみつめた。

 そして、一連の動きに驚いていた私の頬を撫でたあと、とても優しいキスをした。

 私は悪い女だ。

 欲しいものを貪欲に全て手に入れるつもりだし、そのために他人に多少の犠牲を払わせることに罪悪感などない。

 でも、天使のような顔をして平気で他人のものに手を出し、与えられるもを平然として受け取るだけの人間だっているのだからお互いに妥協点をみつけて表向きを取り繕ったっていいじゃないか。

 当人たちが納得しているのならば、さほど大きな問題ではない。

 ああ、だけど私が恋した人が王太子でなくて本当に良かった。政略結婚のうえ、自分に気が無い相手を思い、尽くすなんてゾッとする。

 まあ、でも、その時はその時で私なりの解決方法を考えていただろうから、それほど恐れることもないのかもしれない。

 いつでも、私は欲しいものすべてを手に入れるために精一杯抗うことしかできないのだから。
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