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純真な恋人
05. 夫の子供
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ついにその日がきたとき、やはりアニエスはとても傷ついた。
「アニエス、この子が今日から貴女の子となる。ヴェルトナー家の跡取りのレオンだ」
当然ながらアニエスに説明などはなかったが、クロードはきちんと後継者のことについて考えていたようだ。それはそうだ、貴族がその血を残すことを蔑ろにすることなどないのだから。
レオンは養子ではなく、クロードの実子だということだった。レオンを産んだ女性のことを知らされることはなかったが、その子は産まれてすぐに伯爵家に連れてこられた。
いったいどこに子供の母親を隠しているのかはわからない。
もちろんアニエスには知る権利などないが、アニエスにわかる範囲で伯爵家の屋敷やその周辺に女性が囲われているということはないようだった。
社交界でもクロードに女性の噂はなかったため、その子供はまるでどこからか唐突に降ってわいてでたきたかのようだった。
アニエスは立派なおくるみに包まれ、クロードによって宝物のように大切に抱かれている子供を見て、久しぶりにとても悲しい気持ちになった。
その子供に思うところはない。そしてもちろん、クロードが跡取りとなる子を誰か別の女性との間にもうけたことに対して気にするほどでもなかった。
クロードは相変わらず会えば丁寧に接してくれていたが、アニエスとの接触は元から必要最低限に限られていたし、アニエスが正式に公妾となって以降はほとんど顔を会わせることもなくなっているくらいだったから、彼の子を産んだ女性に嫉妬することもない。
ほんの少し、まがりなりにも夫であるにもかかわらず全くと言っていいほどアニエスに女性としての興味を示さないように見えるクロードへの苛立ちというか蔑ろにされているというような自分勝手な感情を感じることが時にないわけではなかったが、アニエスにはただ一人何よりも愛する人がいるのだから、仮初の夫に向ける僅かな独占欲のようなものは吹けば飛ぶような小さな感情だった。
そうではなく、アニエスにとっては子供の話題が辛いのだ。
「実はこれから半年の間、貴女には外出を控えてもらいたいと思っている。伯爵家の後継となる子供は貴女が産んだ子だということにする必要があるから」
以前、クロードから自らの子ができたと聞かされ、求められた要求を断ることなどできなかった。申し出は結局のところ依頼ではなく決定事項であったためだ。
だが、アニエスの悲しみは見ず知らずの女の代わりに妊娠を装うことにあるのではなく、愛するエドワードの子を得ることができないことにあった。
変わらずに愛し合う二人だが、子供を授かることはできない。
そのことについては淡い希望を持ちながらも、難しいという説明に納得せざるを得ないことはわかっていた。
公妾になることを認めてくれたくらいだから、王太子妃はアニエスとエドワードが子を持つことも認めてくれるかもしれない。
エドワードは申し訳なさそうに楽観視しないようにと言ったが、アニエスは希望を捨てていなかった。
愛する人との子供を望むのは当たり前の気持ちだし、愛し合う二人の子供ほど尊いものはないと思ったからだ。
アニエスの気持ちをエドワードもわかってくれた。でも、それには色々と問題があるということで、二人には今のところ具体的な予定は立てられていなかった。
そんなときだった。
既に二人の王子を得ている王太子妃が第三子を身ごもったという話がアニエスの耳にも入ってきたのだ。
奇しくもクロードに子が出来たと聞いてから間の無いころだった。
「どうして? 子供を二人持てればそれでいいのだと思っていたわ。それなのに、もう一人? こんなことってないわ……」
子供は二人のはずだった。なのになぜ?
エドワードは私を裏切ったの?
「……すまない、アニエス。だが、誓って言うよ。私が愛しているのも……真に私の子供を産んでほしいと思うのも君だけなのだ。今度の王太子妃の子は……いや、すまない、これはしかたのないことだったのだ。私たちが一緒にいるための必要な契約の一部だと思ってほしい。
やはり王子だけでなく、王女もという声が上がってしまった結果だ。
だが、信じてほしい。私には君だけなんだ。愛する人。君だけが私の望むものだ」
苦し気な王太子の様子はアニエスの心を打った。
エドワードがアニエスを裏切っていないことはわかっていた。私たちの愛は間違いなく今もここにある。
しかし、だからと言って納得ができるとはいえなかった。
「私も貴方の子供が欲しいの」
アニエスの涙にエドワードまで泣きそう顔をした。
「……ああ、私も同じ気持ちだよ。焦らずにいよう。……許される時がくるかもしれないと……そう信じよう」
本当はアニエスにもわかっていた。
公妾になれただけでも破格の扱いなのだ。その上子供を持てるなど、そんな都合のよいことがあるはずが無い。
エドワードはアニエスの気持ちを考えてくれ、はっきりとは認めないが、子供のことは最初から無理だと決まっていたのだろう。
だが、それでもアニエスは愛する人の子を腕に抱きたいと思わずにいられなかった。
でも、どうすることもできない。
例え子供ができたとして、その子をどうすればいいのかアニエスにはわからないからだ。
クロードが受け入れてくれれば問題ないが、伯爵家が子供のことまで受け入れてくれるのかどうかはわからない。
だからアニエスは手に入れたもので満足するべきだ。真実、愛する人を手に入れたのだから。それだけで満足するべきだった。
子供が欲しいという気持はクロードの子供を可愛がることで満たせる部分があるかもしれない。
そうだ、仮初めの母であってもクロードの子供の存在はアニエスの心を癒してくれるかもしれない。
子供にとっても、きっと良いことに違いない。だからその子を思い切り可愛がってあげよう。
そう考えると、アニエスの気持は少し落ち着いた。
それから間もなくして、王太子妃の第三子が死産であったという発表があった。
アニエスは子を亡くした王太子妃を憐れんだ。
「アニエス、この子が今日から貴女の子となる。ヴェルトナー家の跡取りのレオンだ」
当然ながらアニエスに説明などはなかったが、クロードはきちんと後継者のことについて考えていたようだ。それはそうだ、貴族がその血を残すことを蔑ろにすることなどないのだから。
レオンは養子ではなく、クロードの実子だということだった。レオンを産んだ女性のことを知らされることはなかったが、その子は産まれてすぐに伯爵家に連れてこられた。
いったいどこに子供の母親を隠しているのかはわからない。
もちろんアニエスには知る権利などないが、アニエスにわかる範囲で伯爵家の屋敷やその周辺に女性が囲われているということはないようだった。
社交界でもクロードに女性の噂はなかったため、その子供はまるでどこからか唐突に降ってわいてでたきたかのようだった。
アニエスは立派なおくるみに包まれ、クロードによって宝物のように大切に抱かれている子供を見て、久しぶりにとても悲しい気持ちになった。
その子供に思うところはない。そしてもちろん、クロードが跡取りとなる子を誰か別の女性との間にもうけたことに対して気にするほどでもなかった。
クロードは相変わらず会えば丁寧に接してくれていたが、アニエスとの接触は元から必要最低限に限られていたし、アニエスが正式に公妾となって以降はほとんど顔を会わせることもなくなっているくらいだったから、彼の子を産んだ女性に嫉妬することもない。
ほんの少し、まがりなりにも夫であるにもかかわらず全くと言っていいほどアニエスに女性としての興味を示さないように見えるクロードへの苛立ちというか蔑ろにされているというような自分勝手な感情を感じることが時にないわけではなかったが、アニエスにはただ一人何よりも愛する人がいるのだから、仮初の夫に向ける僅かな独占欲のようなものは吹けば飛ぶような小さな感情だった。
そうではなく、アニエスにとっては子供の話題が辛いのだ。
「実はこれから半年の間、貴女には外出を控えてもらいたいと思っている。伯爵家の後継となる子供は貴女が産んだ子だということにする必要があるから」
以前、クロードから自らの子ができたと聞かされ、求められた要求を断ることなどできなかった。申し出は結局のところ依頼ではなく決定事項であったためだ。
だが、アニエスの悲しみは見ず知らずの女の代わりに妊娠を装うことにあるのではなく、愛するエドワードの子を得ることができないことにあった。
変わらずに愛し合う二人だが、子供を授かることはできない。
そのことについては淡い希望を持ちながらも、難しいという説明に納得せざるを得ないことはわかっていた。
公妾になることを認めてくれたくらいだから、王太子妃はアニエスとエドワードが子を持つことも認めてくれるかもしれない。
エドワードは申し訳なさそうに楽観視しないようにと言ったが、アニエスは希望を捨てていなかった。
愛する人との子供を望むのは当たり前の気持ちだし、愛し合う二人の子供ほど尊いものはないと思ったからだ。
アニエスの気持ちをエドワードもわかってくれた。でも、それには色々と問題があるということで、二人には今のところ具体的な予定は立てられていなかった。
そんなときだった。
既に二人の王子を得ている王太子妃が第三子を身ごもったという話がアニエスの耳にも入ってきたのだ。
奇しくもクロードに子が出来たと聞いてから間の無いころだった。
「どうして? 子供を二人持てればそれでいいのだと思っていたわ。それなのに、もう一人? こんなことってないわ……」
子供は二人のはずだった。なのになぜ?
エドワードは私を裏切ったの?
「……すまない、アニエス。だが、誓って言うよ。私が愛しているのも……真に私の子供を産んでほしいと思うのも君だけなのだ。今度の王太子妃の子は……いや、すまない、これはしかたのないことだったのだ。私たちが一緒にいるための必要な契約の一部だと思ってほしい。
やはり王子だけでなく、王女もという声が上がってしまった結果だ。
だが、信じてほしい。私には君だけなんだ。愛する人。君だけが私の望むものだ」
苦し気な王太子の様子はアニエスの心を打った。
エドワードがアニエスを裏切っていないことはわかっていた。私たちの愛は間違いなく今もここにある。
しかし、だからと言って納得ができるとはいえなかった。
「私も貴方の子供が欲しいの」
アニエスの涙にエドワードまで泣きそう顔をした。
「……ああ、私も同じ気持ちだよ。焦らずにいよう。……許される時がくるかもしれないと……そう信じよう」
本当はアニエスにもわかっていた。
公妾になれただけでも破格の扱いなのだ。その上子供を持てるなど、そんな都合のよいことがあるはずが無い。
エドワードはアニエスの気持ちを考えてくれ、はっきりとは認めないが、子供のことは最初から無理だと決まっていたのだろう。
だが、それでもアニエスは愛する人の子を腕に抱きたいと思わずにいられなかった。
でも、どうすることもできない。
例え子供ができたとして、その子をどうすればいいのかアニエスにはわからないからだ。
クロードが受け入れてくれれば問題ないが、伯爵家が子供のことまで受け入れてくれるのかどうかはわからない。
だからアニエスは手に入れたもので満足するべきだ。真実、愛する人を手に入れたのだから。それだけで満足するべきだった。
子供が欲しいという気持はクロードの子供を可愛がることで満たせる部分があるかもしれない。
そうだ、仮初めの母であってもクロードの子供の存在はアニエスの心を癒してくれるかもしれない。
子供にとっても、きっと良いことに違いない。だからその子を思い切り可愛がってあげよう。
そう考えると、アニエスの気持は少し落ち着いた。
それから間もなくして、王太子妃の第三子が死産であったという発表があった。
アニエスは子を亡くした王太子妃を憐れんだ。
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