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10話
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「ついて行きます」
私の前に差し出された黒猫の手。柔らかな毛並みが目に入り、思わず手を伸ばしたその瞬間――。
「待て、ミーシャ嬢!」
鋭い声に驚いて手が止まる。振り返ると、殿下が険しい表情でこちらを睨んでいた。
「君は私の婚約者だ。そんな簡単にそいつに付いて行けると思うのか?」
殿下の声には苛立ちと焦りが滲んでいる。その隣には、聖女カオリがいつになく険しい顔で立っていた。
「どうして? 選ばれるのは、聖女であるこの私じゃないの?」
突然割り込んできた二人の存在に、一瞬で黒猫との穏やかな世界が壊れる。
「おかしなことを言うな。婚約者がいながら、そんな男と夜通し……あんなことをしていたのだろう?」
「⁉︎」
殿下の言葉に、カオリと殿下自身も一瞬息を呑んだ。昨夜のことを思い出したのだろうか。
――でも、一人息子の殿下に甘い陛下なら、この状況も許してしまう可能性がある……。
「ばかな! 父上が……許すはずがない!」
殿下が声を震わせながら言ったが、カオリは微笑みながら首を振った。
「いいえ、私はあなたと結婚なんてしないわ。私はこの人と行くの」
その言葉に殿下は硬直する。そして――カオリは黒猫に向き直り、甘ったるい声を作った。
「ねぇ黒猫さん、私に会いに来たのでしょう? 私のことが好きなのよね!」
黒猫の尻尾が一瞬ピクリと動いたが、彼は首を横に振る。
「いいや。怪我をしてたまたま寄っただけだ。そして、そこで出会ったのがミーシャ――彼女に一目惚れした」
黒猫の言葉に、私は思わず目を丸くする。彼は私を振り返り、柔らかい笑みを浮かべた。
「君が怪我を手当てしてくれたときの優しさ、そして今の食べっぷりに……僕はますます惚れたよ」
――食べっぷり?
顔が熱くなる。恥ずかしさで視線を逸らす私に構わず、黒猫はふわりと手を取った。
「さぁ、行こう!」
「え? えぇ!」
差し出されたもふもふの手を取ると、体がふわりと宙に浮く。下ではまだ喚いている殿下とカオリに手を振り、黒猫とともに窓の外へ飛び出した。
⭐︎
黒猫の国への旅路。夜空を流れる星々が輝く中、彼がふと思い出したように呟いた。
「そうだ、言い忘れるところだった。僕の趣味は料理なんだ。帰ったら、腕を振るうよ」
「……料理?」
「そう。君の寝言がきっかけさ。『カツ丼が食べたい』『オムライス』『ラーメン』……その言葉がずっと気になってね。人族の食文化を知りたくなったんだ。そして……君のことも」
私は驚いて目を丸くする。
「え、寝言? 私、そんなこと言ってたの……?」
「クックク」
しがみつく黒猫の魔王から、小さな笑い声が響く。
「どの料理も楽しみだ。さぁ、僕の国へ行こう。二人で、未知の味と景色を楽しもうじゃないか」
「はい!」
まさかの展開。
思わぬ方向で、死亡フラグを回避できたみたいど……彼となら、楽しい日々が送れそうだ。
⭐︎
後日談
後日、私は彼の城で平穏な日々を過ごしていた。ところが――。
「ミーシャ、お待たせ」
低く、心地よい声が耳に届く。振り返ると、そこに立っていたのは、見上げるほど背の高い男性だった。
黒猫だった彼が、堂々たる魔王の姿に戻っていたのだ。
「ど、どうして急に……!」
赤くなった頬を隠す間もなく、彼――魔王が微笑む。その笑顔はどこか柔らかく、黒猫だった頃の面影を残していた。
「どうした? そんなに驚くほどのことじゃないだろう」
「い、いえ……その、もっと、もふもふな感じを想像してて……!」
顔を赤らめた私に、彼は静かに笑った。
「まぁ、たまには戻るさ。君が望むならね」
彼の言葉に心臓が高鳴る。そんな彼の隣で、私は新たな日々を歩むのだと決意する。
私の前に差し出された黒猫の手。柔らかな毛並みが目に入り、思わず手を伸ばしたその瞬間――。
「待て、ミーシャ嬢!」
鋭い声に驚いて手が止まる。振り返ると、殿下が険しい表情でこちらを睨んでいた。
「君は私の婚約者だ。そんな簡単にそいつに付いて行けると思うのか?」
殿下の声には苛立ちと焦りが滲んでいる。その隣には、聖女カオリがいつになく険しい顔で立っていた。
「どうして? 選ばれるのは、聖女であるこの私じゃないの?」
突然割り込んできた二人の存在に、一瞬で黒猫との穏やかな世界が壊れる。
「おかしなことを言うな。婚約者がいながら、そんな男と夜通し……あんなことをしていたのだろう?」
「⁉︎」
殿下の言葉に、カオリと殿下自身も一瞬息を呑んだ。昨夜のことを思い出したのだろうか。
――でも、一人息子の殿下に甘い陛下なら、この状況も許してしまう可能性がある……。
「ばかな! 父上が……許すはずがない!」
殿下が声を震わせながら言ったが、カオリは微笑みながら首を振った。
「いいえ、私はあなたと結婚なんてしないわ。私はこの人と行くの」
その言葉に殿下は硬直する。そして――カオリは黒猫に向き直り、甘ったるい声を作った。
「ねぇ黒猫さん、私に会いに来たのでしょう? 私のことが好きなのよね!」
黒猫の尻尾が一瞬ピクリと動いたが、彼は首を横に振る。
「いいや。怪我をしてたまたま寄っただけだ。そして、そこで出会ったのがミーシャ――彼女に一目惚れした」
黒猫の言葉に、私は思わず目を丸くする。彼は私を振り返り、柔らかい笑みを浮かべた。
「君が怪我を手当てしてくれたときの優しさ、そして今の食べっぷりに……僕はますます惚れたよ」
――食べっぷり?
顔が熱くなる。恥ずかしさで視線を逸らす私に構わず、黒猫はふわりと手を取った。
「さぁ、行こう!」
「え? えぇ!」
差し出されたもふもふの手を取ると、体がふわりと宙に浮く。下ではまだ喚いている殿下とカオリに手を振り、黒猫とともに窓の外へ飛び出した。
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黒猫の国への旅路。夜空を流れる星々が輝く中、彼がふと思い出したように呟いた。
「そうだ、言い忘れるところだった。僕の趣味は料理なんだ。帰ったら、腕を振るうよ」
「……料理?」
「そう。君の寝言がきっかけさ。『カツ丼が食べたい』『オムライス』『ラーメン』……その言葉がずっと気になってね。人族の食文化を知りたくなったんだ。そして……君のことも」
私は驚いて目を丸くする。
「え、寝言? 私、そんなこと言ってたの……?」
「クックク」
しがみつく黒猫の魔王から、小さな笑い声が響く。
「どの料理も楽しみだ。さぁ、僕の国へ行こう。二人で、未知の味と景色を楽しもうじゃないか」
「はい!」
まさかの展開。
思わぬ方向で、死亡フラグを回避できたみたいど……彼となら、楽しい日々が送れそうだ。
⭐︎
後日談
後日、私は彼の城で平穏な日々を過ごしていた。ところが――。
「ミーシャ、お待たせ」
低く、心地よい声が耳に届く。振り返ると、そこに立っていたのは、見上げるほど背の高い男性だった。
黒猫だった彼が、堂々たる魔王の姿に戻っていたのだ。
「ど、どうして急に……!」
赤くなった頬を隠す間もなく、彼――魔王が微笑む。その笑顔はどこか柔らかく、黒猫だった頃の面影を残していた。
「どうした? そんなに驚くほどのことじゃないだろう」
「い、いえ……その、もっと、もふもふな感じを想像してて……!」
顔を赤らめた私に、彼は静かに笑った。
「まぁ、たまには戻るさ。君が望むならね」
彼の言葉に心臓が高鳴る。そんな彼の隣で、私は新たな日々を歩むのだと決意する。
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