この物語の意味を知るとき

益木 永

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〈第1章 春、彼女と出会う〉

第3話

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 通学カバンに荷物を入れ終えた後、僕は友人と別れて一人この校舎の三階にあるという文芸部室まで向かっていた。というか、友人が行った方がいいと言い張るので別れるしかなかった。……ただ、僕も行かないのはちょっと、と思ってはいたのでそこまで悪くは思えなかった。

 今日の金住先輩の行動には驚きしかなかった。正直、本当にやってくるだなんて思いもしなかった。

 校舎にはまだそれなりに人がいる。この高校は、二つの校舎があり、今僕がいるこの校舎は三階建てで、三階には文化系の部活の部室が設置されているというのを学校案内で聞いた事がある。文芸部はここの真ん中付近にあるという。ちなみに僕ら一年の教室は二階に、他の学年の教室は隣の校舎にあるというちょっと変な配置だ。

 中学の頃の配置を考えた上での事ではある。まあ、中学の時は専用部室なんて無かったから高校とはちょっと事情が違うのだけど。

 両端と真ん中に階段があるので、まずは真ん中の階段から上がろう。


 すぐに三階に着いた僕は、廊下の壁に貼られている部屋名を一つずつ確認する。この行動をして割とすぐ文芸部の部室を見つける事ができた。本当に真ん中辺りに部室があった。

 しかし、どちらにしろかなり緊張する。金住先輩はあんなちょっと変わった性格でも先輩と言えば先輩であるし、他の部員もいるかもしれない。あの時文芸部のブースには金住先輩しかいなかったけれど。

「し、失礼します」

 緊張で声が少し震えていると実感する。けれど、ここで来なかったら彼女には悪い。だから、僕は部室のドアを開けた。ここのドアは横にスライドする形式なのだ。

「お、来たみたいだね」
「は、はい」

 開けたら早々に金住先輩が声を掛けてくる。部室は僕の教室とそんなに変わらない広さで、金住先輩は窓際に立っていた。部屋の中にはホワイトボードと、本棚が二台置かれていた。

「やすみ。もしかして、この子が気になる新入生の子?」
「そう。この子が私の気になる新入生の、神代カオルくん」

 金住先輩では無い声の方を向くと、そこに二人いた。僕の方に顔を向けている。片方は女生徒で恐らく彼女が先ほど金住先輩に質問してきた人だろう。校章と、話しかけ方を見る感じ金住先輩と同学年の様だ。
 そして、もう一人は男子生徒。眼鏡を掛けていて、体つきは僕よりしっかりしてそうな人だ。そして、ここから見えるこの人の校章も金住先輩と同じものだった。

「そういえば、金住。もしかしてさっき下に降りてったのは……」
「そ、彼の教室に行った」
「おいおい、いきなりそれは驚かれるだろ」

 男子の先輩の方が、金住先輩の行動に突っ込みを入れる。彼女はそれに対して気にする様子もなく、金住先輩は僕に向かって話す。

「そういえば、この二人の事話してなかったね。女子の方は母野《はんの》みゆき。母の字に野原って書くちょっと変わった名字ね。もう一方の男子は行村理久《ゆきむらりく》。こちらの名字は行くの字に村落とかのむらの漢字」
「そこはまずどういう人か、だろ……」

 男子の先輩の方……行村先輩は呆れを見せつつ、しっかりと金住先輩に突っ込む。

「まあまあ、人隣りはこれから知ればいいから」
「はあ……」
「まあ、それもそうだと思うよ行村くん。どういう人か一から説明するよりその時その時での話しとかで少しずつ触れて行った方がよくわかるもの」

 まあ、それに関しては俺も同意なんだが……、と行村先輩は母野先輩のフォローに対し煮え切らない態度を見せる。この辺りの話しを聞いていると、金住先輩が話しのきっかけを作り、行村先輩は金住先輩の行動に対して突っ込んで、母野先輩がフォローする役回りなのだろう。
 なんというか、それなりの関係をこの輪の中で築きあげられているのが意外だった。

「それより、神代クンには部活の仮参加してもらうのだから私たちだけで話してちゃダメでしょう」
「……え?」

 呆けた声が出る。それに対して、行村先輩は「何も言ってないのか」と金住先輩の方を向いて目を細める。

「ああ、そういえば言ってなかった」

 そう言って金住先輩は説明を始める。

「まず、君を呼んだ理由としてはイエスかノーかを選ぶ前に一度部活体験をしてもらいたかったからって言うのが一番の理由になる」
「それって拒否権は」
「ない」

 拒否権は否決された。つまり否応なしに強制参加だ。

「部活体験すらせずに部活に入ったり選ばなかったりするのは流石にこちらとしてはカチンと来るのでね」
「それは個人の自由でしょうに……」

 母野先輩は金住先輩の発言に突っ込む。金住先輩は「それは今は置いといて」と前置きを置く。

「私個人としてはとりあえず部活体験でもしてほしいというのが本音だ。それで、体験してから入ろうか入らないかを選んでほしい」

 その話をする彼女はかなり真剣な表情で僕を一直線に見ていた。結構迫力のある顔である。美人である事が更に効果的に作用している。
 彼女はどうして、そこまでして僕を部活に入れたいんだと思う。すると、後ろから声が掛かる。

「おや、もしかして彼が金住君の言ってた新入生かい?」
「え?」

 思わず、後ろを向く。そこには初老に入るくらいの男性の人が立っていた。

「ああ、北村先生。この人が、私の言っていた新入生の神代カオルくんです」
「へえ、君が……」

 北村先生と呼ばれた人はしばらく僕を眺める様に見ていた。すると、首をゆっくりと縦に振る。もしかして、肯定の仕草なのだろうか?

「僕は北村と言います。この文芸部の顧問です」
「あ、えと、僕は神代薫って言います」

 どうやらこの人はこの文芸部の顧問の先生になるらしい。

「そういえば君は一年二組なんだね?」
「は、はい」
「それじゃあ君とは授業では会わないねえ」

 どういう事なのだろう、と疑問符が出る。すると、横からこの事に対するフォローが出てくる。

「北村先生は国語の先生で一年でも三組と五組を請け負っている先生なんだ」
「そ、そうなんですね」

 金住先輩がそう解説するのだから、そうなのだろう。

「まあ、とりあえず部活のメンバーは全員揃っているし、先生も来た事だし部活動を始めたい」
「うん、わかった。とりあえず君もわざわざここまで来たのだから一緒に座って部活体験してみなさい」
「あ、はい。わかりました」

 そして、北村先生に促される形で僕は金住先輩によって用意された席に座る。隣には行村先輩がいる。

「それじゃ、今日はよろしく」
「あ、はい。宜しくお願いします」

 その隣から、母野先輩が顔を出して「私もよろしくね」と声かけしてきた。それに対して僕も「よろしくお願いします」と返す。
 ここの部活の人たちは新入生である僕を優しく出迎えてくれる。……金住先輩だけはちょっと強引な気もするけれど。

「それじゃあ、今日の部活を始める」

 金住先輩のその合図から、今日の僕の部活体験は始まった。
 
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