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前編『突然の告白』

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  1

 出会いと別れの春。と人は言う。
 けれど、それは事実だとこの瞬間に思えた。
「私と……付き合ってください!」
 人目のつかない場所で、碧人あおとはそう告白された。
「え……僕と?」
「はい! ……あなたじゃないと、駄目なんです」
 碧人は一度確認するが、告白違いではなかった。なら、何で知らない女子から告白されてしまっているのか。何度も頭の中で推理を重ねて、いきついた結論は一つだった。
「えっと、つまりそれって……一目惚れって事?」
「……はい、一目惚れです」
 彼女は間を置いてから、そう答えた。今思えば普通だったら失礼な質問だっただろうと思う。けれど、その時はそう聞こうとしか考えられないぐらいありえない状況だった。
 それが高校二年になってからまもない時期に起きた出来事だった。

  2

「……それで、付き合う事になったのか?」
 親友の達人たつとは、確認するかの様に碧人へその出来事の顛末を聞く。
「そう。そういう経緯で付き合う事になった」
 その問いかけに碧人はそう答えた。起きたばかりの事故に心臓がバクバク動いていたが、噛むこと無く、答えられた。
 この返答を聞いた達人はそれでも信じられないという表情を浮かべている。
 無理もないだろう。碧人は彼女……遠藤亜澄えんどうあすみから告白されるまで、一度も女子から告白を受けた事なんて、ないのだから。
 五木碧人いつきあおと。今年から高校二年生である男子で、女子からはあまりモテたことは無い。ただ、顔立ちは女子達から言わせたら不細工ではないらしい。たまに、女子達の恋愛話でたまに碧人の名前が挙がる。顔立ちは間違いなく不細工ではないのは間違いない、と。そして、その次に挙がってくる事は大体、不細工ではないけど、凄くイケメンというわけでもないという言葉だ。
 それでも、女子たちの夢溢れる会話の中で自分の名前が挙がる事はなかなかない事ではあるだろう。けれど、不思議な事に碧人の周りに女子達が群がる事はほとんど無かった。たまに話しかけてくる女子もいるが、それだけだった。
 そんな碧人が突然女子から告白を受けて、しかも付き合う事になるなんて達人は想像もしていなかっただろう。明らかに現実感が無い、と言いたげな顔であった事がそれを物語る。
「しかし、その遠藤亜澄……っていう子なんだがさ……」
 達人はどこか言いにくそうな感じで話す。
「どうしたんだよ」
「なんで、お前なんかに告白したんだろうな」
「お前なんかって」
 失礼だ、と碧人は思う。
 これでも、女子受けの良いように配慮した言動や行動を取っていると自分で思っている。それなのに、お前なんか……とは。
「そりゃあそうだろ。正直クラスの女子からは良い奴程度の印象しかなくて、それ以上深い関係に持っていけない様な地味なやつだぞ」
「そ、それは……というか完全に女子からウザがられているお前にだけは言われたくねえよ」
 まあ、そりゃあそうだな、と達人は笑う。そうアッサリと言えるのは自分の恋愛沙汰への興味が薄い事が伝わってくる。彼は生真面目さが度を過ぎて、クラスの女子からはウザがられている。とわかる対応をされがちだった。
 自分の置かれる状況にそんな反応ができるとは、全くだ。
「というか、一目惚れって言われたって話しただろ」
「いや、そうなんだけどな……」
 なにか達人の歯切れは悪い。
「……なんていうかな、怪しくないか?」
 達人はそう言った。
「そうか? 一目惚れって初めて会って惚れたっていう事だと思うけど」
「それが怪しいんだよな」
 達人が怪しいと、訝しむ。正直、素直な好意で告白したであろう亜澄にだいぶ失礼な事を話している。
「なんで怪しいと思うんだよ」
「だって、わざわざ手紙をよこして一目の少ない場所に呼び出して告白だろ? 全く話した事のない相手に。相手に惚れているという割には度胸ありまくりじゃねーか」
「でも、相手がただ単に肝が据わっているだけかもしれないだろ」
 それも確かにあるけどな……と達人は一人呟く。
「まあでも、俺からしたら怪しい。これが結論な」
「怪しいって言われてもな……」
 その時点ではまだ予想にしかならない。実際に接していかないと彼女の人柄は見えてこない。
 碧人はそう、結論づけた。

  3

 翌日。学校に着いた碧人は校門近くで立っている人影に見覚えがある人物がいたのに気づく。相手がこちらの存在に気づくと、碧人の元へ近づいてきた。
「おはよう、碧人くん……」
「あ、ああ、おはよう……遠藤さん」
 黒髪のロングヘア。少し地味な花型のヘアピンを付けて、前髪を整えた彼女こそが、遠藤亜澄だった。
「もう。私たち、恋人だから亜澄って呼んでもいいんだけどな」
「いや、で、でもいきなりはハードル高いし……というか、よく僕の名前言えるね」
 そうかな、と彼女は言う。そうだと思うと心の中で突っ込みを入れつつも、碧人は、一つ聞く事にした。
「そういえば、なんでここにいるんだよ。もう教室入ってるかって思ったんだけど」
「あ、そうですね。私、お願いを言いに来たんです」
「え?」
 一体何なのだ。彼女の前では平静を装っているつもりではあるが、心の中では心臓がバクバク言っていた。
「あの……今日の昼食、一緒に食べませんか!」
 そして、そのお願いに碧人は一瞬理解ができなかった。彼女のお願いを、もう一度頭の中で繰り返す。
 今日の昼食、一緒に食べませんか!
「……本当にいいのか?」
「ええ、本当に」
 口から思わず漏れ出た言葉に、亜澄は狼狽える事もなく、真剣な顔を崩す事なく即答してきた。つまり、目の前の彼女は、自分と一緒に昼食をしたい、と誘ってきたと言う事だ。そんな事実が、碧人の心臓を落ち着かせる事なく、更にバクバクと動いていた。

 そうして、昼休み。碧人は亜澄から言われるがままに連れてこられた先は周囲が高い塀で囲まれた屋上だった。
「きょ、今日はここで……食べるって事?」
「はい! そういう事です!」
 ハツラツとした様子の亜澄は早速と言わんばかりに手に持っていた弁当が入っているらしき頭巾を開ける。
 中から出てきたのは、おにぎりが五個程と、ランチボックスに入ったおかずのセットだ。おかずは、卵焼き、タコさんウインナー、少々のサラダ……と弁当の定番らしいおかずが多く入っていた。
「じゃあ早速いただきましょう」
「お……おう、じゃあいただきます」
 碧人も、今朝母親から手渡された弁当箱を広げてそのまま昼食に入る。
「あの……碧人くん、あ~んしませんか?」
「……えぇ?!」
 早速弁当箱の食べ物を一口入れようとした碧人に、亜澄は急な提案をしてくる。この人、いくらなんでも積極的すぎるのでは?
「わ、私がしたいんですよ!」
「だからと言ってそう言われても……心の準備が」
「大丈夫です! すぐに終わるので!」
 そう押されるがまま、目の前に箸に掴まれた卵焼きが。少しずつ、碧人の口前に運ばれていくのが彼女の腕の動きから伝わってくる。
 碧人は、そのまま卵焼きを口の中にほおばる。口の中は、少し甘く味付けされた優しい卵特有の触感と風味が広がっていた。
「これで、完了ですね!」
「きゅうすひるって」
「あ……ご、ごめんなさい! いきなり押し切るようにやっちゃって!」
 彼女はバツの悪そうな顔でこちらを見上げる。確かに急過ぎはしたのだが、碧人としては別に、満更ではなかった。だから、口の中にあった卵焼きを飲み込むと、彼女を安心させるように、頭の中から出来る限りの返答をする。
「べ、別に大丈夫。嫌だった訳じゃなかったし……」
「ほ、本当ですか?! よ、良かったぁ~……」
 こちらが嫌で無かった事が伝わると、安堵したのか亜澄は胸を撫でおろす仕草を見せる。
「で、でも遠藤さんそんな積極的だったなんて……」
「あ! また遠藤さんって言いましたね?! もう! 亜澄ってちゃんと呼んでくださいよ!」
「え……? あ、ごめんえん……亜澄」
「フフッ。なら良いです」
 名前で呼ぶと、亜澄は一瞬で不機嫌だった表情が消えて、笑顔を見せる。まるで少し歌っているかのような……そんな上機嫌ぶりだった。
 まさか、一目惚れでここまで積極的にアプローチを仕掛けてくるなんて……碧人は、ここまでしてくれるなんて、彼女はなんて凄く良い人なんだと、陳腐な内容ながらそのような感想を持っていた。
「あ、そうだ……もし、碧人くんが大丈夫ならもう一つお願いしたいことが?」
「え?」
 そして、彼女はそのお願いを口にする。

  4

 今日は、充実した一日だった。
 前々から気になってた子と仲良くなれたからだ。つまり、自分の大事な計画が少しずつ進んでいるって事だ。
 いきなり告白してみたら、すぐにOKをしてくれた。つまり、これは両想い。だから、彼も許してくれる筈……。

  5

 今度の土曜日にデートをしたい。
 それが、亜澄のもう一つのお願いだった。これまたいきなりな話だったが、あれやこれやと待ち場所が決まって、どこを行くか決めて、そしてその日がやってきた。
 碧人からしたら、やってきてしまったという気持ちでいっぱいだった。実際足は震えている。周囲から見たら露骨って程ではないけど。とても緊張している。まさかトントン拍子でここまで行くだなんて思わなかった。
「こ、これは現実かぁ……?」
 先に待ち合わせ場所に着いた碧人は、亜澄を待つ間に時々頬っぺたをつねる、改めて連絡用のメッセージアプリで亜澄とのやり取りを見直す、そしてカレンダーのアプリを開いて予定表を見直す……色々とやった。
 けれど、これは現実だった。つねっても全然目が覚めないし、メッセージアプリには亜澄と待ち合わせ場所を決める時のやり取りを始めとしたデートの計画のメッセージが残っていたし、予定表も間違いなく今日の現在の時刻を指して、しっかりと『デート予定日』と記載されていた。
「うわーマジか……」
「どうしたんですか?」
「うわぁ?!」
 横からの声に驚いて声を上げる。そのすぐ隣には亜澄がいた。
「ど、どうしたんですか急に大声上げて?」
「い、いやいや別に? そ、それじゃあこれから?」
「ええ、もちろん!」
 そこからはあっという間だった。予定していたデートの場所は亜澄が全て提案してくれたもので、一箇所ずつ周っていっていた。
 亜澄が一緒に見てほしいと言われた雑貨を取り扱うショップから、手ごろな価格で楽しめるフードショップまで、トントン拍子で進んでいった。どうやら、亜澄はこの手の計画の手際が非常に良いのか、順調に進んでいった。
「それにしても、結構色々見て回ってるけどいいのか?」
「どういう事でしょうか?」
「いや、結構行き場所の候補とか挙げてくれたし、準備大変だっただろ。……しかも俺が行きたい様な場所が多かったし」
 亜澄はこちらの好みを把握していたのか、自分が良くいくタイプの店舗をいくつか挙げて、場所が近いから行ってみるか、と聞いてきたりまた、自分が少しは気になったけど行った事のない店舗がすぐ近くにあると行きましょうか、と言ってそのまま入って行ったり……なんだが、偶然にしては出来過ぎな場面もあった。
「あれ? そうだったんですか? 私イメージだけでいくつか候補の店を調べていたんですよ?」
「え、つまり偶然って事?!」
 まさか、という話ではあったが。
 碧人はそんな亜澄の行動力と事前の計画性に対し、素直に感心してしまった。ここまでやってくれるような人は……とても良いのでは?
 碧人は同時にこうも思った。
 せめて、出来るなりに自分も彼女の行動に応えたいと。

  6

 それからの日々といのは、あっという間だった様に思える。
 彼女が出来る前の頃とは、彩りが違うというか。少なくとも、これまでより華やかな日々だったと思う。
 亜澄はあのデート以降も積極的に色々な事をしてくれた。一緒に帰宅デートとか、一緒に映画を鑑賞しようと提案してくれたり、自分のために弁当を作ってきてくれたりとか。
 ただ少し気になる事があるとすれば、キスをしてくれない。何故か、碧人がその事に触れると、まだ早い……かな、と少し顔を赤らめさせて断られた。
 ここまで積極的にしてくれるのに、そういった……なんというか、大胆で少しハレンチなものがある様な事はビックリするほど、無かった。その上、未だに亜澄の家に上がらせてもらった事もない。
 彼女の話を聞くに、亜澄はどうも一人暮らしを送っているそうだ。バイトもやっていると話していた事もあった。
 何だか積極的に色々してくれる割に、どこか気になるような面があった。でも、碧人は別にそれでも良いと思えた。何故なら、積極的にアプローチをしてくれるような相手に拒絶なんてできなかった。
 それに、そろそろこちらとしても何か彼女の行動に応えられそうなことができた。亜澄ほど、上手くはないけどこれをしてくれたら彼女は喜んでくれるはず……!
 そうして、なるべく人の来ない学校の構内にある中庭で一人、その用意を見てニヤニヤとしていた。
 こんな場面を誰かに見られたら完全に引かれるな……と思いながらも、やめられない。
「随分楽しそう……」
「うわぁ?!」
 突然声を掛けられた碧人はビックリして少しバランスを崩しそうになったが、なんとか立て直した。
「きゅ、急になんだ?!」
「……ごめん。悪気はなかったんだけど……」
 目の前には……誰かいた。誰かいた、としか言えないのはその相手が知らない相手だからだった。
 身長は亜澄より小さい。結構小柄で、メガネをかけている。そして、女子用の制服を着ているので、女子で良いんだろう。
「……私、あなたに用があってきたんだけど」
「お、おう……せめて名前とか教えてくれないか?」
「……かがみ
「鏡?」
「……かがみ和名わな。これが名前」
いきなり、用があったからと言われも、面識のない相手からそんな用なんてできるものか……? 碧人はそんな、疑問が出ていた。
「最近、五木碧人っていう男子生徒が遠藤亜澄と付き合っているっていう話は聞いたの。多分、さっきの様子からすると、あなたが五木だよね」
「そ、そうだけど……」
 苗字の呼び捨てだ。別に自分は気にしないが、見た目の印象に対して結構気が強いのだろうか。
「遠藤には気をつけて」
「はい?」
 気をつけて? 何でそんな事を言ってくるのか、碧人には理解できなかった。
「あの女と関わり過ぎたら、取返しが付かない事になる」
「え……どういうこと? というか、そんなの言われても信じられないけど」
 知らない女子生徒から、自分の彼女が危険だ。みたいに言われたら少しは良い気にはなれないだろう。
「でも、あなたは遠藤に対して気になる事があると思う……例えば、積極的な割にはキス、みたいな大胆な行動を一切してこないとか」
「ッ……それは」
 鏡は、まさにここ数日辺りから碧人が気にし始めた事を指摘してきた。
 ……まるで、鏡は亜澄の事で何か知っている様な素振りを見せている様な。
「だけど! なんでそんな事を言うんだ。根拠とかあるのか?」
「まだ、明確な証拠がないから、何とも言えないけど」
「なんだそれ……」
 つまり、怪しい証拠とかなしにそんな事を? だとすると、飛んだハッタリをかまされているのでは、と碧人は内心少し苛立ちが生まれてきていた。
「けど、引っ掛かる事があるのなら、あの女には気を付けた方がいい」
「お、おう……」
「それじゃ、これで」
 そう一方的に忠告をしてくると、鏡はすぐ近くの廊下に向かって歩いて行った。
 一体、何だったんだ……。まるで、人の彼女を危険なやつみたいに扱ってきて……。

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