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後編『彼女の本心』

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 鏡和名と名乗った少女の謎の忠告を受けたものの、だからといって亜澄との交際が終わるわけではない。数日後、一緒に帰宅する事になった碧人はなるべく人気の少ない場所を探して、プレゼントを贈ろうと考えていた。
 ずっとプレゼントの内容を考えていた碧人は、前日にプレゼントするものを決めた。すぐに用意できるものではあったが高校生がそんな高いものを贈る事なんて難しいし、まだ早いだろう。
「……おっ」
 そして、丁度良さそうな所を見つける。川辺の近くにある小さな公園。周囲に人の気配を感じないし、程よく綺麗な景色の見える場所だった。
「ここで休憩しないか?」
「もしかして疲れましたか? それなら、良いですよ」
 亜澄に休憩するように促しながら、どのタイミングで渡そうとするか伺う。

「ここから見える夕焼け、綺麗じゃないですか?」
「そ、そうだな。綺麗だ、うん。綺麗」
 この公園に付いて、そこから時間が少し経ってはいるのだが、どのタイミングで渡そうとするのが掴めない。休憩って言ったから、すぐにこの場を離れる事になるだろうし、なるべく早めに渡したい。
 着いた時より、間違いなく夕日が落ちている筈だし、どこかのタイミングで切り出されてもおかしくない。だから、なんとかして碧人は話題を切り出そうと一歩を踏む。
「あの」
「……どうしました?」
 亜澄は少し疑問を浮かべる様な顔をして、聞いてくる。大丈夫。碧人はそう言い聞かせて、本題に切り出す。
「一つお願いがあって、これを受け取ってほしい」
「え、これですか?」
 亜澄に手渡したそれは、ラッピングされた袋。この時のために、わざわざ買ってきたものだった。亜澄は驚いた顔をしてその袋を手渡す。
「開けても、いいですか?」
 コクリ、と碧人はうなずいた。それを見た亜澄は、その袋を開ける。
「……! これ」
 亜澄の目が開かれる。中に入っていたのは、小さな蝶々を模した銀色の髪飾りだった。
「亜澄にプレゼントしたいなって考えてて。それで、どうしようかって思った時にあえてこういうのにした……んだけど」
 少し前、プレゼントを計画していた碧人は、たまたま立ち寄った店で見つけたものだった。手を出せる値段ではあったものの、決して安い値段ではなかったし、またこれを選んだ理由もある。
 改めて思えば、亜澄の好きなものが何なのかをまだ知らなかった。
 だから、黒髪のロングヘアに似合うようなものとして、一目見て綺麗だと感じたこの蝶々の髪飾りにしたのだ。
「……ありがとうございます! 私、嬉しいです!」
 満面の笑みを広げて、亜澄は喜ぶ。
 自分の、プレゼントにこんなに喜んでくれた。碧人はそれを見て、とても嬉しくなる。
「これが渡したくって、どうしても良い所で渡したかったんだ……そ、それじゃあそろそろ行く?!」
「ふふっ……行きましょうか」
 最後は少し照れ隠しになってしまったが、プレゼント作戦は成功だった。

  8

 やっぱり好きだ。大好き。
 だから、そろそろ計画に移そう。
 大丈夫。自分の事を好きなのは確実なんだし、絶対に許してくれる。

  9

「今日は、私の家に来てくれませんか?」
 プレゼントの数日後、学校で昼食を取っている時に、亜澄がさらっとそう言いのけるなんて思いもしなかった。
「……え? マジでいいの?」
「ええ。マジです。良いです」
 確認の質問も即答。そんな急に誘ってくるなんて。
「はあ……マジか、嬉しいや」
「ふふっ。絶対楽しい事がありますから。待っててくださいね!」
 亜澄の家に行けるだけでも楽しみだ。碧人は、そんな事を素で言えるような人間ではなかったが、それでも内心彼女にそう、伝えた。


「待って」
 亜澄と別れて、トイレに行こうとした時に、誰かに呼び止められた。
「あれ……もしかして」
「……そう。私だよ」
 呼び止めた相手は鏡だった。今度は、何を言ってくるのか。
「どうしたんだよ。また亜澄絡みで何かあるのか?」
「その通り。彼女の家に行くのはいくらなんでも危険」
 何で、そんな事が断言できるのだろうか。それに、まるで彼女が危険物の様に話してくる鏡に少し苛立ちが生まれる。
「なんだよ、そんな断言できる立場なのか?」
「……うん。だって、私は遠藤の事、知っているもの。お兄さん絡みで」
「……お兄さん?」
 それは前に話した時は一切聞かなかった事だ。
 ……お兄さん絡みとは、一体?
「私は遠藤に近づきすぎると危険だと思う。だって……」
「……別に、心配されるような事でもないだろ。じゃあ俺は行くから」
「あっ待って……!」
 碧人はそのまま歩いて行った。
 流石に、出会って少し話しただけの相手を、信じられなかった。

  10

「どうしよう……」
 もう少し、接触を図らないといけなかっただろうか。
 けれど、接触を図ろうにもどうやっていけばいいのか、わからなかった。だから、初めて彼に話しかけた時に彼を不信にさせかねないような対応を取ってしまったのだろう。
 何より、今の状況で彼女周りであった事を話しても、信じられないのは間違いない。彼女は決定的な証拠を彼に直前まで隠すつもりなのだ。
「……ッ!」
 反射的に見えない場所に移動する。彼女が一瞬教室から出て行こうとする場面が見えたからだ。
「……?」
 幸いにも、彼女には気づかれていない様だった。
「……」
 彼の現在の交際関係に当たる彼女が近くにいる以上、猶更接触は図りにくかった。何せ、彼女がずっと何かを警戒する様に、彼にずっとくっ付く様に行動していたのは見て取れた。特に外にいる時は、彼の周りを気にする様に、一緒に行動をする。もしくは、後ろから彼を尾行している様に見える場面が見えた。
 幸いにも、学校では逆にその行動が取りにくいのか、隙を見て彼との接触を図る事ができた。けれど、先ほど彼女が『自分の家』に招き入れようとする場面を見た時、血の気が引いたのは自分でも驚いた。
 ……このままだと危険だ。
 なるべく、自分の出来る範囲で準備をしないと。決定的な証拠と……それと護身用の何かを持って行かないと。
 ……そういえば彼には定期的に話をしている友だちがいた筈。彼に一応、話をしておいても良さそうだ。

 11

 放課後、碧人は亜澄の後ろを付いていくままに歩いていた。今日、話していた彼女の家……正直、かなり緊張していた。
 碧人は今まで彼女がいなかった。つまり、彼女の家にお邪魔するというのは人生初だという事だ。そんな人間が、緊張なんてしないわけが無かった。
 やばい、家に着いたらどんな事が起きるんだろう……!
 色々な妄想をしては、それを振り払う。碧人は道中それを繰り返し続けていた。
「あ、あの亜澄?! 家ってどのくらいまで歩くんだ?!」
「ふふっ。あともう少しという感じで考えたら良いと思います」
 それは楽しみだ。碧人は大分舞い上がっている様子だった。

「着きました」
「へ~ここが……」
 目の前にはトビラが。……そして、今碧人が立っている場所の目の前にあったのは一軒家。つまり、亜澄は一軒家暮らしという事だった。
「あ、そういえば両親は?」
 ここまで緊張して聞くのを忘れていたが、両親がいる可能性のリスクがあった。
「……親は、いませんよ」
「……?」
 少し、間が空いての返答だった。碧人は、その反応からもしかしたら聞いたら不味い事だったのかな、と思いつつも、早く入りたい気持ちでいっぱいだった。何せ、初彼女と初家デート。あの誘いを入れられてから待ちわびてた様な事だ。
「まあいっか。それじゃ中に入っていいか?」
「いいですよ?」
 彼女は笑顔で応じる。別に何も変化はない。
「……?」
 入る時、後ろを向くと誰かが隠れるような動きをした様に見えた。碧人は多分、ただの気のせいだろうと思ってすぐにその事を忘れる。

「こ、ここが亜澄の家か」
「私、二階でちょっと準備をしているので、ここで待っていてください。その間、なるべく他の所に行かない様に」
「え?」
 ここで待て、と言われて碧人は理解できなかった。家デートってそういうものだったっけ。と思いながらも、とりあえず亜澄の言う通り、玄関で待つことにした。
 だけど、三十分経っても亜澄は出てこなかった。
「……それにしても、何だか変な家だな」
 ある程度の家具は置いていたものの、何かおかしさを感じた。清潔感のある家だとは思う。玄関のシートとかもあるし、靴箱の上には小さな観葉植物が一つ飾られているし、そこまで異彩を放つ様な、そんなものはない。
 筈なのだが。
「……ちょっとくらい、良いか」
 そうして、碧人は玄関奥にある扉を目指して歩いていく。
 そこで、少し違和感のある事が。
「……ッ。何だこの匂い」
 かなりキツイ異臭だった。鼻が捻じ曲がりそうな、そんなキツイ匂いを感じながら、ゆっくりと扉を開ける。亜澄にバレたら不味いから、ゆっくりと。
 扉を開けた先を歩く。どうやら、ここはリビングらしい。カーテンがガッチリ閉まっているこの部屋は、恐らく食事をする時のための机と椅子が、置かれていた。すぐ近くには台所があるからそうなのだろう……そこで、碧人は気づく。
 置かれている椅子が一つだけだった。
「……何で椅子が一つだけなんだ?」
 高校生だし、親……それか保護者が一人いてもおかしくないのに、何故か置いてある椅子は一つだけ。
「……!」
 そして、リビングの奥の方に布で被せられた何かがある。更には、この部屋に入る前から感じていたキツイ異臭が、更にキツくなってきていた。まさか、あの布に被せられたモノが原因?
 その布に被せられたものに近づいて、碧人はあるものに気が付く。少しだけ赤く散らばった水みたいなものが。
「は……これって……?」
 まさか、これは血……? 碧人の目から見ても普通の水が赤く染まった……では説明の付かない付き方をしていると直感で碧人は感じた。
「……これって」
 そうして、隠された布を反射的にめくりあげる。そこにあったのは……そこにあったのは。
「……な、なんだこれ?!」
 一瞬、目の前にあるのが理解できなかった。少し時間を置いて、理解が少しずつ進んでいった。けれど、どうしても信じられなかった。
 
そこにあったのは、ケース。そして、ケースの中にあったのは人の頭だった。
 
 それも一つだけではなく、いくつかある。頭蓋骨になっているものをあった様な気がする。頭が混乱して、目の前にあるものへの理解が進まなかった。
「な……な……」
「……見ちゃったんですね」
 動揺で、声が出ない碧人のすぐ横から、あまりにも冷たい声が聞こえる。少しずつ、その声の方向に目を合わせると、そこには亜澄がいた。
「こ、これ……なんだよ……」
「私のコレクション、ですよ?」
 何の感慨も無く、そう答える。まるで、いつも見ていた亜澄とは全然違っていた。違う様に見えた。
「私、大好きな人はこうやって頭を大事に保管して眺める事が好きなんです。少しずつ腐っていって骨だけになってしまったとしても、やっぱり大好きなんです」
 彼女の言っている事はおかしい。それは間違いない筈なのに。
 この異常な状況の中、全てが混乱して碧人は正常な判断が出来ていない状態だった。
「だ、だからってこれは……」
「そうでもしないと、ずっと居てくれないんですよ?」
 亜澄は碧人の言い分に意を介さない。そして、彼女は少しずつこちらに向かって歩いていく。碧人は、少しずつ後ずさりする。けれど、この部屋の中ではすぐに壁際まで付いてしまった。
「碧人くん。大好きです。私ずっと想ってたんですよ? あなたの顔、とっても好きで独占したかった」
 亜澄が何か言っている。けれど、碧人には伝わらない。ただ、目の前にいる彼女を見て、恐怖に支配されていた。
「……ここで、さよならって言っても仕方がないですよね」
 完全に逃げられなかった。
「だから、あなたもコレクションの一部になってください!!」
 そして、彼女はこちらに向かって、何かを振り下ろそうと、してきた。
 そこで――。

 12

 あの日から、一カ月経った。しばらくは多くの出来事が多くて状況が理解できなかったものの、流石に一カ月という長い期間が自分の中で少しずつ整理が付いてきていたのだ。
 遠藤亜澄。彼女は惚れた人の頭にとても凄まじい執着を持っていた。
 彼女は、数年前に両親が亡くなっていた。以降は、親族が保護者となっていた。亜澄は親族に対し、ずっとあの家で暮らしていたい、といってあの家で暮らしていたようだ。……あくまで、そういう情報を聞いたというだけで、実態はどうなのかは知らないのだが。
 そして、時を同じくして、行方不明になった男性が現れ始める。自分までに五名の男性が行方不明になっていた。……そして、全員の遺体があの家の中で見つかった。
 これは、報道された話の一部を抜粋しただけだ。碧人は、あの場にいたけれど、全てはわからなかった。

「来たみたいね」
「……おう」
 放課後。碧人は高校の図書室で出会った。鏡だった。
「ここで、あなたが話をしたいって言っていたけどいいの?」
「間違いない。ここで待ち合わせしたんだ。大丈夫だ」
 そんなやり取りをしながら、碧人はあの日、気になった事を質問する。
「鏡は、何であのタイミングで現れたんだ?」
 そう、今自分がここにいるのは言うまでもない。亜澄の凶行は失敗に終わった。目の前にいる少女のおかげで。
 彼女は今にも自分を殺そうとしている場面でリビングにあった窓ガラスを割って現れてバットを持って現れた。突然の出来事に驚愕している亜澄の不意を突いた鏡は、即座にバットを捨て、亜澄のナイフを持っていた手を掴んで、無理矢理ナイフを手から引き?がしたのだ。
「あなたの友人に協力してもらって。大分危ない賭けだったけどね」
「す、凄い行動力だな……それだけで済むような事ではないけど」
 そんな簡単に済むような、行動ではない……そして、碧人には一つ気になる言葉があった。
「あなたの友人って……?」
「吾六くん。あなたの友人でしょ?」
「吾六……ってもしかして達人?!」
 そういえば、あの場面に達人がいたような……。状況への理解が追い付いてなくて、全然覚えていなかった。
「あなたが危険かもしれない、って事を伝えたら一緒に来てくれたの」
 そんな簡単に付いてきたのか……本当だった故に今更言ってもしょうがないけど。
「……私のお兄さんの話を聞いたら、納得したっていう風にね」
「お兄さん……?」
 それは、初耳だった。
「私のお兄さん、遠藤と付き合ったって話をしてくれていたの。……それからしばらく経って、お兄さんは行方不明になった」
 それだけを聞いた碧人は、どういう事か、理解した。つまりあの五人の中には……。
「そうか……」
 それ以上は、何も言えなかった。
 ……遠藤亜澄の周りは一体何があったのだろうか。
 あの日々、亜澄は一体何を思って碧人と付き合っていたのだろう。
『さよならって言っても仕方ないですよね』
 あの彼女の言葉がまた、頭の中で流れてくる。
 図書室の窓からは、夕日が見えていた。
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