虹色の季節

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3、出逢い――必然

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―――




「……はい、もしもし?」

 研次は電話の着信で起こされ、寝ぼけた声で電話に出た。


「福島さんですか?」
「えぇ、そうですけど……どちら様?」

 聞き覚えのない電話の主に、不信感が声に出てしまった。


「あ、いきなりの電話で失礼しました!あの私、S病院の看護師で、前園と申します。」
「あぁ!昨日の……」

 向こうに見えている訳でもないのに、急に姿勢が良くなる。研次は今まで寝ていた布団から起き上がって、つい寝癖など直していた。


「お婆さんに何か……?」
「いえ、患者さんの意識は戻って順調に回復の方向に向かっています。大丈夫ですよ。」
「そうですか。安心しました。」

「それで貴方の事を話したら、是非会ってお礼がしたいと言うんです。今日もう一度こちらに来てもらえませんか?」
「今日ですか?えぇ、大丈夫ですよ。今から準備して向かいます。」
「わざわざすみません…。では、お待ちしています。」

 電話が切れる。

 研次は電話が切れてもしばらく暗くなった画面を眺めていたが、一度意味なく伸びをすると出かける準備を始めたのだった。



―――




『手術中』のランプが消え、彼女はハッと顔を上げた。


「お兄ちゃん!」

 座り込んでいた床から慌ただしく立ち上がり、手術室の扉が開くのを今か今かと待ちわびる。


「このまま運んで。意識が戻ったらとりあえず……」

 医者が看護師に指示を出しているのを邪魔しないようにしながら、担架で運ばれていく兄に近付いた。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
「大丈夫ですよ。今は麻酔で眠ってます。命に別状はありません。」
「良かった…」

 看護師の言葉に、彼女はホッと息をついた。


「妹さんですか?」
「はい、そうです。」
「あの、他にご家族は?ご両親とか……」

「あ……両親は離婚してます。母は亡くなりました。父は失踪して行方知れずです。」
「…まぁ……」
「君が、妹さん?」

 呆気に取られている看護師の後ろから医者が進み出て、彼女に話しかける。まだ若そうな、優しそうな人だった。


「はい。そうです。」
「今からお兄さんの事で話があるからちょっといいかな。しばらくは入院してもらうから、手続きなんかもあるし。それと誰か親戚の人も呼んでもらえるかな?」
「母のお姉さんがいますけれど……あの私達、こっちに住んでいる訳じゃないんです。今日は月に一度兄と会う日で…私だけ東京に出てきてたんです。」
「そう。その叔母さんとはすぐ連絡取れるかな?」
「はい。電話したらすぐ来てくれると思います。」
「じゃあ詳しい事はこちらで。」

 殊更淡々とした口調で話す医者に向かって頷いた彼女は、名残惜しげに兄の方へと視線をやる。傍にいた先程の看護師が、『大丈夫』とでも言いたげに微笑んでみせた。

 彼女は少々不安そうな面持ちでもう一度兄の顔を見た後、医者の後について歩いて行った。


 まだ16歳の彼女の背中は、今にも降りだしそうな空のように曇って見えた……



―――




 研次は昨日の病院に着くと、入り口は何処かときょろきょろと辺りを見渡した。

 昨日は救急車で来た為、何処から入ればいいのか戸惑ってしまったのだ。


「あの……福島さん?」
「え?」

 後ろから声をかけられ、研次は振り向いた。


「あ……昨日の。こんにちは。」
「来て下さってありがとうございます。私、前園春香と申します。時田さんの担当になりました。よろしくお願いします。」

 ぴょこんという音がつきそうなくらいの可愛らしい動きに、研次は思わず微笑んだ。


「こちらこそよろしくお願いします。時田さんっていうんですね、あのお婆さん。」
「えぇ、荷物の中から保険証が見つかったので名前が判りました。今日は朝から福島さんに会いたい会いたいって大騒ぎで大変だったんですよ。」
「え……」
「ふふっ…じゃあ行きましょうか。」
「……はい。」

 彼女なりのジョークだったのだろう。ちらりと見えた口元が綺麗に弧を描いていた。

 呆気に取られていた研次は我に返ると、すたすたと先を歩く春香を見て慌ててついて行った。



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