虹色の季節

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4、対面――約束

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―――




「こちらです。」

 一つの病室の前で春香は立ち止まり、後ろの研次を振り返った。202号室と書かれた部屋番号の横には、『時田きぬ』という名前の札がかけられていた。


「時田…きぬさん…」

 口の中でその名前を繰り返すと、研次は深呼吸した。


「時田さ~ん、福島さんがお見えですよ。」

 春香が軽くノックをしながら病室の中に入っていく。研次も続いて中に足を踏み入れた。ベッドの上には昨日のお婆さんがこちらを向いて座っていた。


「貴方が福島さんかい?」
「はい、福島研次といいます。」
「ありがとうね。本当にあんたは私の命の恩人だよ!」

 きぬはそう言いながら研次の両手をおもむろに掴んで、力任せにぶんぶんと上下に振った。見たところ70は過ぎているだろうが、意外にも力が強くてちょっとよろめいた。


「わっ!と、時田さん?ちょっ…と……」
「時田さん!も~う!福島さんがビックリしてるじゃないですか。会えて嬉しいのはわかりますけど……」

 バランスが崩れて丁度春香の方に体が傾く。慌てて足に力を入れたが間に合わず、ほんの少しぶつかってしまった。さりげなく支えてくれた手と二人の近さに、一人ドギマギした。


「いや~会えて嬉しくてね、つい。」
「もう!無理しないで下さいよ。」
「はいはい。……おぉ、恐い。」

 わざとらしく怯えたフリをするきぬに、研次は吹き出した。


「あら、福島さん。あんた笑顔が可愛いね。黙っていたって良い男だけど。」
「そ、そうですか…?」

 突然の誉め言葉に照れてしまう。研次は咳払いをしてきぬの方に改めて向き直った。


「それにしても本当に助かった。感謝してもしきれないよ。今の世の中、親切な人もいるもんだねぇ~。感動した。」
「いや、僕はその~…たまたま居合わせただけですよ、本当に。」

 恐縮した様子で話す研次に構わず、きぬは続けた。


「いやいや、今時他人の為に救急車に一緒に乗って病院まで付き添ってくれる人はそうそういないよ。しかも処置が終わるまで待っててくれたんだろ?中々出来る事じゃないと思うよ。」
「いやいや……」

 誉められる事に慣れていない研次は何故か冷や汗をかきながら、春香に助けを求める。だが残念な事にその視線は交わらなかった。


「そうそう。さっきまで来ていた人も福島さんの事誉めてましたね。」
「え?」
「昨日の電車の車掌さんですよ。怪我をさせてしまったお詫びにって菓子折り持ってお見舞いに来ていたんです。あの人のせいじゃないのに……」

「あぁ、あの若者もいい人だったね。電車が揺れてあたしが怪我をした事は別に誰のせいだとかそんなものはないのに。そういえば会社には内緒で来たと言っていたな。今時の奴にしては珍しく骨のある奴だと思ったよ。まぁ、福島さん。あんたには負けるがな。」
「あの……その車掌さんも僕の事誉めてたんですか?」

 饒舌なきぬの言葉が途切れた所で研次はようやく発言した。あの時の車掌がお見舞いに来ていた事に驚きながら。


「頭を打ってるかも知れないからって必要以上に動かさなかったみたいだったって。自分だったら動揺し過ぎてつい動かしてたかも知れないって苦笑いしながら、福島さんがいてくれて助かったって言ってた。本当にあたしはラッキーだったよ。ありがとう。何をして返せばいいのか、この恩を……」

 機嫌良く話していたきぬだったが段々目に涙を溜めて、すがりつくようにして研次に懇願してくる。研次は困惑してきぬの肩にそっと手を置いた。


「時田さん…」
「何かお礼をさせておくれよ。欲しいものとか望みとかないかね。」
「う~ん……」

 どうしようかと研次は隣の春香を見る。彼女も困った顔でこちらを見ていた。


「じゃあ…」

 研次はふと思いつき、きぬの方に身を屈めた。


「またお見舞いに来させてもらっていいですか?それが僕の望みです。」

 微笑みながら言うと、きぬの顔がパァッと明るくなった。


「いつでも待ってるよ。入院しとると退屈でね。」
「はい、僕も暇人なんで。」

 二人のやり取りを、春香は少々戸惑った顔で見ている。

 研次は振り返って笑顔で頷いてみせた。



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