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22、焦燥――予感
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電車の音が近づいてくる。春香はハッと顔を上げた。
昨日は研次と透の所に立て続けに行ったせいかちょっと疲れていた。
でも部屋に一人でいると色々と考え込んでしまうので、思い切って外に出てきたのだ。
まぁ行く当てはないのだが……
目の前に電車が停まる。春香は立ち上がろうとして鞄の中から携帯が鳴っているのに気づいて、慌てて階段の隅に移動した。
「はい。もしもし?」
「あ、僕です。福島です。」
「あ…福島さん……」
思いがけない人物からの電話に、思わず辺りを見回してしまう。春香は小さく咳払いをすると携帯を握る手に力を入れた。
「どうしたんですか?私に何か…?」
思ったより冷たい言い方になってしまった。でも春香にとってはもう二度と会うつもりもなかったし、望みのない恋をいつまでも引きずる程子どもじゃない。
兄の事は親友に任せた。後はゆっくり自分の幸せを掴んでいこうと思っていたのに……
「あの…昨日のお話なんですけど…」
「昨日?」
「はい。お兄さんに会ってくれっていう…」
「あれは!…忘れて下さいって言ったじゃないですか。」
大声が出てしまって急いで身を屈める。まるでしゃがみ込むようにして小声で言った。
「お兄さんに是非会いたいんです。…会わせてくれますか?」
「何言って……」
「もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめました。僕はきっと…貴女が好きです。たぶん初めて会った時から…」
『きっと』とか『たぶん』っていう彼らしい言い方に、笑顔が零れそうになって慌てて顔を引き締めた。
「ごめんなさい。僕は弱虫で優柔不断で何も出来ないろくでもない男なんです。貴女みたいな素敵な人を好きになる事すら自分で許せなかった。貴女には絶対にふさわしくないんです。だから…何も言えなかったんです……」
「そんな…!私にふさわしいかなんて私が決める事です。福島さんは優しくて思いやりがあって、とっても素敵な人なんですよ?私はそんなところが……」
「違うんです!」
「…え…?」
聞いた事もない研次の大声に、春香はビックリして固まった。
「僕は…いや俺は、とんでもない事をしでかしたんですよ。一人の人の人生を、台無しにしてしまった。その人や家族の方たちから一生恨まれるような事を……!」
「福島さん……」
「本当の俺を知ったら、貴女はきっと幻滅する。」
「………」
「いや違うな。殺してしまいたいくらい憎む事になる。」
段々口調が変わってきた研次に、背筋が寒くなる。
「…会わせて下さい、お兄さんに。貴女は真実を知らなければいけない。」
「真実って?何なんですか?」
「それはお兄さんと会ってからです。俺はいつでも暇なんで、都合がいい日を教えて下さい。話はその時に。」
まるで会う事がもう決まったような口ぶりだ。
春香は困惑を通り越して、もうどうでもいいとやけくそになっていた。
「実は今日、休みなんです。」
「え?」
「二日休暇をもらったんです。今日は今から出かける予定だったんですけど、変更します。兄には連絡しておきますので。」
「そうですか。じゃあ今から向かいます。」
「はい、わかりました。では後で……」
耳から携帯をそっと離して通話を切る。そして携帯がびっしょりと濡れている事に気づいてビックリした。
「はぁ~……」
手に汗をかいていたという事に思い至って、ハンカチを取り出し丁寧に拭く。
その後胸に手を当てて深呼吸すると、もう一度それを耳に当てた。
「あ、お兄ちゃん?あのね……」
兄に電話をかけながら春香はどこか遠くを見つめていた。
そこには真っ黒な空間ばかりが広がっていて、まるで出口のないトンネルの中に迷い込んだような、何とも言えない孤独感と焦燥感が彼女を襲ったのだった……
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