悲隠島の真実

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エピソード1:運命の輪

タロットの館

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―――

『魔術師』のカードはその名の通り、魔術師が描かれている。
 天と地を同時に指差して0から1を生み出す能力がある事を表しているのだ。

 その表情は自信に満ち溢れており、自分なら何でも作り出せると言っているかのようだ。

 頭上に描かれた無限大の印は自分の能力に限界が無いことを意味し、足元の白ユリは何色にも染まらない純粋な心を表している。

 つまり自分は神秘的な存在であると誇示しているのだ。



 ここに一人の男がいる。その男は人気の占い師として活躍していた。して『いた』と過去形なのは、今はその絶頂期とは比べようもない程落ちぶれているからだ。

 しかし男は自分の才能をまだ信じていた。売れたのはルックスと運が良かっただけで、技術が優れていた訳ではなかったというのに。

 街角で机にタロットカードをばらまいて行き交う人々を相手に占っていた頃、ひょんな事からメディアに取り上げられた事で人気に火が付き、あっという間にスターへの階段を登った。
 だがそれも数年経てば才能がない事がバレて、呆気なく表舞台から消えた。

 過去の栄光にしがみつき、『俺には才能がある。天才占い師だ!』と見苦しい足掻きを晒しながら……


 神になれなかった男は根拠のない自信を失い、出口の見えない混沌とした闇に向かって落ちていったのだった。



―――

「それでは私はこのまま帰りますので。あ、館はこの道を真っ直ぐ十分くらい歩くと着きます。」
「えっ!案内してくれないんですか?……って行っちゃった……」
 船長さんの言葉にビックリして思わず振り向くと、既に船は出港した後だった。
 僕はため息を一つ吐くと、リュックを背負い直す。

「まぁ、わざわざ案内されるまでもないようだし、暗くならない内に行こうか。」
 そう言って僕と一緒に船に乗ってきた男性が笑いかけてくる。すると後ろにいたもう一人の男性も頷いた。

「そうですな。整備されていない道だから年寄りの足には厳しいが、若い人達に一生懸命着いて行くから何かあったらよろしく頼むよ。」
 自分で年寄りというだけあって見た感じは70代くらいだったが、言葉とは裏腹に矍鑠とした足取りで先頭に立って歩き出した。

「あ、ちょっ……」
「ははは。元気で何よりだな。」
「そうですね……」
「さて、私達も行こうか。置いていかれてしまう。」
「あ、はい。」
 僕は慌てて二人を追いかけた。

「それにしても……大きな館だな。よくこんな所に建てたもんだ。」
 目の前に聳え立つ館を見上げながら呟く。港から見えていた時も大きいなとは思っていたけど、近づいていく程にその大きさが増しているように感じた。


 そして約十分後。
 僕はようやく、死んだはずの陽子が建てたという太陽館に足を踏み入れた。



―――

 中に入ると広いロビーがあった。僕達より早く来ていた人達がソファーに座ってお喋りしていたり、奥のテーブルでコーヒーを飲んでいた。

「あの~……」
「お待ちしておりました。植本様と坂井様と高坂様ですね?どうぞこちらへ。」
 僕が戸惑った声を出すと、いかにも執事ですといった格好の人が何処からともなく現れた。

「お飲み物は何になさいますか?コーヒー、紅茶、ソフトドリンク、そしてアルコール類もありますが。」
「じゃあ、僕はコーヒーで。」
「私もコーヒーお願いします。」
「それではわしはビールを……と言いたいところだが孫に禁酒を言い渡されておるから、仕方なく紅茶を頂こうか。」
「かしこまりました。」
 恭しく頭を下げて、執事は『厨房』と書いてあるドアの中へ消えていく。それを見た僕は近くのテーブルに突っ伏した。

「はぁ~疲れた……」
「隣いいかい?」
「え?……あ、すみません!どうぞどうぞ。」
 頭の上から降ってきた声に慌てて顔を上げると、坂井と呼ばれていた男性が僕を見ていた。体を起こして隣の椅子を勧める。すると彼は座りながら自己紹介をしてきた。

「僕は坂井友則っていうんだ。君は……高坂って呼ばれていたね。名前は?」
「あ、えっと……流れるに月でルアっていいます。」
「流月……いい名前だね。」
「……え?」
「ん?どうしたんだい?」
「いえ、何も……」

 一瞬記憶の奥底に引っかかるものがあったような気がしたけど、何だろう……?気のせいかな。


『お集まりの皆様。ようこそ!我が太陽館へ!』

 その時、天井から声が響いた。全員がぎょっとした顔で上を見上げる。それは突然大音量で頭の上から流れてきたからではなく、声に驚いたからだ。

 ……もちろん僕もビックリして、口を開けたまま固まった。

 そう。その声は正真正銘陽子のものだったのだ。

 だけどあり得ない事は僕が一番良くわかっている。陽子は死んだ。僕の目の前で。
 だからきっと誰かが陽子の声を流しているんだ。

 さっきの声は抑揚や感情が一切なかったから、多分AIが喋ってるんだろう。という事は招待主はそっち方面に詳しい人物……

『遠いところをわざわざご足労頂いてありがとうございます。皆様がこうして一同に介しているという事が私にとって喜ばしくもありそして悲しくもありますが、この一週間の間は思う存分交流を深めてもらいたいと思っております。』

「一週間だとっ!?僕にはそんな時間はないんだ!せいぜい三日間かそこらだと思って来たのに……」
「そうよ!私だって勤め先には三日の休暇しかもらってないのよ?早く帰してよ!」
 スーツを着た背の高い男性が叫ぶと、脇にいた美人の女の人もヒステリックにそう捲し立てる。他の人達は何も言わないが戸惑っている事は確かだった。

『あいにく迎えの船は一週間後と伝えてありますので、帰りたくても帰れません。皆様には一週間、ここにいてもらいます。』

「……っ!」
 全員が息を飲む。僕はぎゅっと両手を握りしめた。

 一週間もの間この人達を閉じ込めて、一体何をしようとしているんだ……?
 そう思いながら僕は改めて招待客の顔を眺めた。そして次の瞬間、恐ろしい仮説が脳裏に浮かんだ。


 僕はこの人達を知っている。会った事のない人もいるけど、ほとんどの人の事は知っていた。……陽子を通じて。

 そして何人かには陽子が死んだ時、僕から会いに行った。陽子を知っているかと聞く為に。だけど知っているという人はいなかった。

 でもここにその人達がいるという事は、陽子の事を覚えていたという事だろう。招待されて大人しく来たという事実がそれを物語っている。

 この人達が陽子の死に関わっているという事を僕以外の人物が知っていて、その人物が陽子の名で招待状を出した。

 もし復讐という目的で皆を集めたのなら……

 そこまで考えて思わず身震いした。


『それでは早速ダイニングルームにご案内しましょう。ですが夕食までまだ時間がありますから、余興を用意しております。皆様是非とも楽しんで下さい。』

 そこでブチッと切れる。途端、静けさが辺りを支配した。誰もが呆気に取られたような、放心しているかのような顔で固まっている。

 そこへ執事がまたしても何処からともなく現れて、僕達を玄関から見て右手の部屋に誘導した。
「こちらがダイニングルームでございます。どうぞ、お入り下さい。」
 執事の有無を言わせぬ口調に、渋々といった感じで全員が動き始める。しかしその列は先頭にいた黒づくめの男性の声によって止められた。

「……な、何だ!これは!」
「何よ!?一体どうしたの?」
 さっきの美人さんの声もする。一番後ろにいた僕は何が何だかわからないまま、取り敢えず前の人に着いていって部屋の中を見た。

「何、これ……」

 部屋の壁中にタロットカードの絵が額縁に入って飾られてあった。
 ドアの正面にある0番の『愚者』の絵を皮切りに、半時計回りに1番から順番に並べてあるようだ。だけどそれだけではこんなに驚かなかっただろう。

 異様だったのは、食事をするはずの長テーブルの上にも順番にタロットカードが並べてあった事だった……


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