悲隠島の真実

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エピソード1:運命の輪

最初の一人

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―――

「あぁ~疲れた……」
 僕は自分に割り当てられた部屋に入ると、すぐさまベッドにダイブした。今日一日で色んな事があって精神的にくたびれている。大きな溜め息を吐いてぐるっと仰向けになった。

「流石に部屋の中まではタロット関係の物はないか。」
 部屋の中を一度見回してみる。豪華とまでは言わないがベッドや机などの家具や調度品はそれなりに高そうだし、暖炉まである。今は暑いので使われていないが中々趣があって僕は気に入った。

「でも……何かが起こる、気がする。」
 今日の招待客の面々を思い出してまた溜め息が出る。あの人達は全員陽子に関係の深い人達だ。しかも人には絶対に知られてはならない秘密を持っている。その秘密を知っているのは僕だけかと思っていたけど違ったみたいだ。
 何故なら陽子の名を騙ってこの島にこんな館を建てて、僕達を招待した人物がいるのだから。

「招待主は一体何を考えているんだろう……まさかやっぱり復讐……?」
 呟いた瞬間体が震える。まさかとは思いつつも、不吉な予感は頭から離れなかった。



―――

 1号室 斉木秀一(天魔隼)の部屋


「一体誰がこんな事を……私が彼女に関わったのは彼女自身しか知らないはず。家族には言えないと言っていたし他人に漏らせば自分が恥をかく事になる。しかし実際に私達を招待した者がいるのは確か。……久しぶりだがやってみるか。」
 斉木秀一はそう言いながら持ってきた鞄からタロットカードを取り出して机に並べた。

「……っ!こ、これは!!」
 真ん中のカードを表向きにした途端、驚きで表情が歪む。斉木はしばらく肩を震わせていたが勢い良く立ち上がった。その時、扉がノックする音が部屋に響いた。上擦った声が出そうになったが慌てて飲み込み返事をする。すると扉がゆっくり開いて誰かが顔を覗かせた。

「何だ、君か。こんな時間にどうした?」
 笑顔を貼り付けながら訪問者を部屋に入れる。パタンという扉が閉まった音がやけに大きく聞こえた……



―――

――2日目
 
 18号室 流月の部屋


「高坂様!大変です、起きてください!!」
「んぅ~……?執事さん?こんな時間にどうしたんですか?」

 朝早く執事の小泉さんに起こされ、眠気まなこのまま扉を開ける。小泉さんは昨日の冷静さはどこに行ったのかと思う程慌てていて、僕は首を傾げた。

「斉木さんが……とにかく彼の部屋に来て下さい!」
「え、斉木さんがどうしたんですか?……彼の身に何か?」
「……ご自分でご覧になった方がいいでしょう。ついてきて下さい。」
 いくぶんか落ち着いた様子の小泉さんについて行きながら、胸騒ぎが収まらなかった。

 何かが起こるだろうとは思っていたけど昨日の今日で?僕はドキドキと高鳴る心臓を押さえながら斉木さんの部屋に急いだ。

「これは……」
 もうすでにほとんどの人が集まっていた1号室の部屋の中の様子を見た瞬間、体が凍りついた。

「斉木さん……」
 斉木さんは暖炉に頭を突っ込んでうつ伏せのまま亡くなっていた。暖炉の中には燃え残った薪が少し残っており、煙の匂いも充満していた。

「この状態から見るに、昨夜の10時頃に暖炉に火を点けたようだな。で、明け方に燃え尽きた。」
 刑事だと紹介された大和さんが白い手袋を嵌めながら暖炉と斉木さんの周りをウロウロしながらそう言った。

「こんな時期に暖炉を斉木さんが使うとは思えないし、誰かが意図して点けた事は間違いない。そしてその目的は……」
 チラッと斉木さんの方を向くと、大和さんは不意に僕達を見回した。

「見てわかるように、斉木さんの体には複数の刺し傷がある。それと後頭部にも打撲痕がある。これが致命傷になったのかまたは死後にやられたものなのかは解剖してみないとわからないが、ここは閉ざされた世界だからそれは無理だろう。」
 大和さんは忌々しげに吐き捨てた。

「つまり焼死なのか他の死因なのかわからないって事ですね?」
 僕が遺体から若干目を逸らしながらそう言うと、大和さんは無言で頷いた。

「でも一体誰がこんな酷い事を……」
 陽子の叔母の帝さんが声を震わせながら言う。それに続いて早乙女さんも表情を固くしながら呟いた。
「いくらインチキ占い師で恨んでいる人が大勢いたとしてもこんな殺され方……」
「ちょっと待て!ここは本州からかなり離れた孤島だ。そしてここには今俺達しかいないはずだろ?じゃあもしかしてこの中に犯人が……」
「変な事言わないでよ、孝人!私達の中に犯人がいるって言うの?」
「だってさ……」
「そうだわ!この集まりに唯一参加しなかった人がいるじゃない。皇……さんでしたっけ?その人がこっそり来ていてこんな事をしでかしたって事はない!?」
 早乙女さんが名案だと言いたいばかりに声を張り上げる。それに対して頷いたのは白藤さんだけで他の人達は難しげな顔をした。

「何よ、そうじゃなきゃ誰だって言うの?まさか本当に私達の中の誰かだって言うんじゃないわよね?」
「いるじゃないですか。一人、思い当たる人物が。」
「え?」
 不意に後ろの方から声がしてみんなが振り向く。全員の視線を浴びて心底面倒くさそうに口を開いたのは衆議院議員の服部さんだった。

「僕達を招待した『陽子』ですよ。」
「えぇ!?」
「まさか……だって彼女は……」
 思いもよらない犯人の名前に戸惑いと驚きが広がっていく。それはそうだろう。ここにいる全員が陽子の死を知っているのだから。

「だから、陽子の名を騙っている誰かですよ。きっとこの館のどこかに隠れていて、僕達が混乱しているのを見て笑ってるんですよ。」
 服部さんが不敵な笑みを浮かべて僕達を見回す。その視線が蛇みたいに見えて、僕はゾクッとした。なんか陰湿な人だな、という印象を持った。

「とにかく!ここは重要な殺人現場だ。とりあえず閉鎖して外部に連絡する手段があるかどうか、ここの主に聞いてみよう。」
 大和さんが鼻を鳴らしながらそう言うと、ぞろぞろと部屋を出る。その時ふと机の上に置いてあるものが目について立ち止まった。

「ん?どうしたんだい?流月君?」
「あ、坂井さん。机の上にあるあれ、何でしょう?」
「どれどれ。あぁ、便箋だね。何か書いてある。斉木さんが書いたものかな。」
「ちょっと!現場の物には手を触れないで!」
 坂井さんが便箋を手に取ると、素早く見つけた大和さんが止めに来る。でも坂井さんは構わずに書いてある文章を読み始めた。


『皆様へ。  私は皆様がお気付きの通り、インチキ占い師でした。タロットの知識はありましたが、街角で細々と占いをやって生計を立てていくには辛いものがありました。ひょんな事からメディアに取り上げられ、あれよあれよという間にスターにのし上がりました。しかし私には才能がなかったのです。初対面でもう二度と会わないような素人相手に占っていた時は適当にあしらっていたのが、テレビともなるとそうはいきません。ですので誰かをサクラにして私の言う事が全て本当の事だと世間に思わせる必要がありました。一人が当たれば後は絶え間なく流れる小川のように私の占いを信じる人が増え、出演するテレビ番組や特集を組んでくれる雑誌社が殺到しました。お金も面白いほどに入ってきて、私は有頂天になっていました。しかしそれも所詮まやかし。正体がバレてしまい、結局は何もかも失ってしまったのです。そこで諦めていれば良かったものの、欲に目が眩んだ私は更に罪を重ねてしまいました。その頃、携帯の占いサイトが流行っていたので私もそれに手を出しました。最初の一回は無料ですが二回目からはお金を払わないと会員になれないようにし、思わせぶりなところで終わらせて続きが気になるならもう一回……といったように沢山の人を沼に落としてきました。楢咲陽子さんはそんな沼に落としてしまった人の中の一人でした。人づてに聞いた話ですが、私の占いのせいでお金が必要になった陽子さんは高校生にあるまじき行為をしてしまったそうです。その後の陽子さんに何があったかは存じ上げませんが、必ずしも幸せな道ではなかったと思います。インチキ占い師が何を言っても信じてもらえないかもしれませんが、私はここに来て今後の私達を占ってみました。これがその結果です。』

「これというのはあのタロットカードの事じゃないのかね?」
 斉木さんの思いもよらなかった告白文にしーんとした場に、元判事の相原さんの声が響く。一斉に相原さんが指さした方を見ると机の端の方に二枚のカードが置かれていた。

「これは……魔術師のカードと、隠者?」
 星美さんがすかさずそう言う。他の人達は意味がわからず困惑げに近くの人と顔を見合わせていた。

「あぁ、私も実は陽子と一緒にタロットにハマってた時期があって……でも陽子があのインチキ占い師のせいで何か大変な事になってたとは知らなかったけど。」
 星美さんが変わり果てた姿になっている斉木さんの方を思いっ切り睨む。そしてコホンと一つ咳払いをすると言った。

「たぶんだけど、これってあの人のダイイング・メッセージなんじゃないかな。」


.
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