堕天使は空を見上げる【改稿版】

月歌(ツキウタ)

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第十三話  墓参り

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◆◆◆◆


空の墓がある墓地についた時には、すっかり薄暗くなってしまった。

蒼は寺の境内に置かれた仏花販売所で一対の花とお線香を購入すると、柏木と蒼はお墓に向かった。

空の墓は墓地の入り口からほど近いところだった。蒼は慣れた手つきで仏花と線香を供えるとその場にしゃがみこみ手を合わせた。柏木も同じように手を合わせる。

蒼は誰に聞かせるともなく、ぼそりぼそりと呟き始めた。

「空・・俺はずっと疑問に思ってる。あの日、あの崖で、何が起こったんだって?空はもう自力では車椅子を動かせないと思ってた。でも、違っていたのか?本当は手動の車いすを動かして、自ら海に落ちたのか?それとも、やっぱり事故で亡くなったのか、空?」

ひとり呟く蒼の言葉を、柏木は黙って聞いていた。蒼の言葉はなおも続く。

「空・・俺は近い将来、お前の元に行くことになると思う。大学に入ってすぐだったかな?何でもないところで、躓いたり・・壁にぶつかったりするようになってさ。視神経がやられてるってわかった時には、すぐに遺伝病の事が頭をよぎったよ。案の定、病院に行けば・・遺伝病の発症だって言われちゃった」

「蒼!?」

柏木は蒼の告白に驚き、思わず彼の名前を呼んでいた。蒼は悲しげに微笑み、柏木に目をやったのち、再び空のお墓に目をやった。

「大人になれば発症率は限りなく低くなりのに・・こんなこともあるんだな、空。やっぱり、俺とお前は双子なんだね。同じ存在。でも、同じ遺伝子なのに・・大樹は空がいいんだって。嫉妬しちゃうよ。双子でも同じ存在じゃない。だから、空。俺はお前とは、違う生き方をするつもりだよ」

「蒼・・」

「空はあの岸壁で死ぬことを、望んでいたよな?症状が進めば俺の気持ちも揺らぐのかもしれないけど、今は俺は寿命が尽きるまで生きていくつもりなんだ。辛くて苦しいし、医療費も掛る。人に迷惑をかける人生になると思うけど・・あとどれだけあるかわからない自分の時間で、自分だけの何かを探してみるつもりなんだ」

蒼は不意に立ち上がる。柏木もつられて立ち上がる。蒼は空のお墓を見つめながら呟いていた。

「空・・もう少し天国で待っていて。俺はまだこの世界で、もがいてみようと思っているから。今まで中途半端に生きてきた俺だけど、最後くらい何か目的を持って生きたい」

「・・蒼」

不意に柏木が蒼を抱き寄せた。蒼は驚いて目を丸くしたが、抵抗することなく柏木の胸に収まった。柏木の腕の中はほんのりあたたかく、心地よいものだった。柏木がそっと蒼に呟く。

「蒼・・俺も人生の模索中だ。思い通りの作品を書けずに、不安になったりイライラしたりしている。みんな誰もが、人生で躓いて転んで、起き上がれないときがある。でも、それでいいんだと思う。蒼、お前もなんにでも挑戦すればばいい。お前が疲れ果てちまって立ち上がれない時には、俺がお前を守るから」

「・・ありがとう、直人。俺も直人が人生で疲れ果ててしまった時には、俺が守るよ」

「それは、ありがたいね。ところでBL小説の参考に、男同士のカップルが夜の繁華街を散策するシーンを取材したいんだが・・俺と一緒に実践してみないか?」

「いいね、そういえばお腹がすいた」
「じゃあ行きますか」

柏木は蒼から身を離すと、墓地を後にして身をひるがえし繁華街の方に向かう。蒼もそれに続き歩き出す。踏み出す第一歩には、様々な可能性が含まれている事を、蒼に肌で感じていた。

可能性の第一歩。

苦悩に満ちた人生への、第一歩かもしれない。あるいは、心を満たし癒してくれる人生への第一歩かもしれない。

様々な可能性を持った人生への歩みを蒼はしっかりと踏み出す。


『兄さん・・蒼・・』


不意に名前を呼ばれたような気がして、蒼は背後をふりかえった。だが、声の主は立ってはいなかった。蒼は少し涙ぐみながら、弟の空に話しかけていた。

(もう少し待っていてくれ、空。俺が行けばもう寂しくはないだろ?でも今は・・もう少しだけ)


蒼は先行く柏木の手を掴んだ。柏木はぎょっとして一瞬硬直したが、少し照れつつもその手を振り払うことなく歩きつづけた。

ほんのり赤らんだ二人の頬の色を、街灯の光が照らしだしていた。





(おわり)



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