牢獄/復讐

月歌(ツキウタ)

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第32話 想い出のマグカップ

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緑茶が飲みたくなり急須と茶葉をキッチン内で探したが見当たらず断念する。

「コーヒーにするか」

俺はキッチンの端にあるコーヒーメーカーに近づいて周囲を見回す。コーヒーメーカーと横並びに、フィルターとコーヒー粉が置かれていた。

俺はすぐに4人分のコーヒー粉と水をセットして、コーヒーメーカーの電源を入れる。コーヒーができるまでしばらく時間がかかりそうだ。その前にコーヒーカップを探す必要がある。

「コーヒーカップはどこだ?」

当てずっぽでコーヒーメーカーの置かれた台の下の棚を調べるとすぐに5客のコーヒーカップが見つかる。でも、俺の目を引いたモノは5客のカップの横に置かれた青色のマグカップだった。

「なんで俺の名前が‥‥?」

マグカップを手に取ると、『アキラ』と下手くそな文字で絵付けされている。しばらくマグカップを見つめていると、不意に記憶が蘇った。

「あっ、これって高校の校外学習で作った絵付けカップか?」

高校の校外学習は白浜温泉で、俺と金田は同じ班だった。体験学習のマグカップへの絵付け作業を同じテーブルでおこなった事を思い出す。

そして、何かの切っ掛けで俺と金田は完成したカップを交換した‥‥。

「金田はまだカップを持っていたのか。俺はとっくに捨てたのに。」

俺は高校卒業と同時に学生時代の物をすべて捨てた。八木達に虐められた惨めな過去を全て消し去りたくて。その時に、金田に関わるものも捨てている。

金田も八木達と同様に消し去りたい過去に過ぎなかったから。

「‥‥‥‥。」

俺は黙って青色のマグカップを棚に戻す。代わりに4客のコーヒーカップを取り出してテーブルに置く。カップを軽く洗ってキッチンペーパーで水滴を拭っていると、もう4人分のコーヒーが出来上がっていた。

「秋山君、ちょっといい?」

突然背後から話しかけられて、俺は肩を震わせる。振り返ると金田が背後に立っていた。俺は慌てて口を開く。

「金田、遅くなって悪い。もうすぐコーヒーが出来上がるから」

金田は首を軽く振ると俺のすぐ側まで近づくと小さく呟いた。

「それはいいんだ。それよりちょっと相談に乗って、秋山君」

「なんだ?」

「八木の弟が僕と秋山君の関係を勘違いしているみたいで‥‥。」

俺は嫌な予感がして尋ね返す。

「どういう意味だ?」
「僕たち看守服を着てるだろ?」
「ん、ああ‥そうだな。」

「でも、他人から見たら同色のペアルックを着ている様に見えるらしくて。八木の弟にも『ペアルックお似合いですね』って揶揄られて‥‥。」

俺は唖然として金田を見た。金田は何故か恥ずかしそうに俯き言葉を紡ぐ。

「僕としては八木の弟にどう思われようと構わないんだけど、秋山君は嫌だろうなと思って。ペアルックを着てるって思われたくないよね?」

「‥‥‥絶対に思われたくない。」

看守服は着心地が良いので気に入っているが、他人にペアルックと思われるのは勘弁して欲しい。俺がそんな事を思っていると金田はホッとした表情で頷く。

「良かった。八木の弟にはこれは僕の会社の作業服だって説明したから、秋山君は話を合わせて」

「でも、金田はニートだろ?」

俺の返しに金田が苦笑いを浮かべながら返事をする。

「一応、仕事はあるよ。祖父から引き継いだ賃貸物件の管理を任されてるから。管理業務は下請けに委託してるから、僕が現場に出ることはないけどね‥‥‥。」

やっぱり金田の家族は金持ちだ。親も兄も美容外科の医師で何件も開院している。その上、不労収益があるとは羨ましい限り。

「で、俺はお前の会社の従業員のふりをすればいいんだな?アル中無職の俺を雇うとは奇特な奴。」

「嫌味言ってないで口裏を合わせてよ。秋山君が無職になったことを知って、僕がヘッドハンティングした事にする。大阪から和歌山に通うのは遠いから、この別荘で同居をして仕事をしてるって設定で大丈夫?」

「ああ、適当に合わせる」

俺がそう答えたのに、金田は急に暗い表情になって俯きポツリと呟いた。

「助けを求めてもいいよ‥‥」
「え?」

「僕に誘拐されたって二人に言っていいし、地下に八木の兄の遺体がある事を自由に話していいよ。」

そうだ。
そうすればいい。

これ以上金田と一緒にいても、面倒事に巻き込まれるだけだ。金田を捨ててここで助けを求めれば、俺の罪は減刑されるかもしれない‥。

「俺は‥‥‥、っ‥‥。」

不意に『アキラ』と名が書かれた青色のマグカップを思い出す。俺も過去に『光一』と書かれたマグカップを持ってた。

でも、どんな色や模様だったかをまるで思い出せない。捨ててしまったから。全部捨てて無かったことにしようとした‥。

金田はどんな思いで俺のマグカップをずっと取っていたのだろう。本当に‥‥俺だけが友達なのか?頼れる人間が俺だけ?裏切り者の俺だけ?

「助けを求めたりしない」
「え?」

「警察が金田の元に辿り着くまではそばにいるって約束しただろ?」

俺の言葉に金田が柔らかく笑う。そして黙ったまま俺から身を離すと、手際よくコーヒーをカップに注ぎ始めた。俺はその姿を黙って見つめる。



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