好奇心は猫をも殺すと言うけれど……〜冷酷無惨な美貌の公爵様の執着、溺愛宣言を受けた猫の話〜

飛鷹

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ラジェス帝国編

36話 抱擁

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 それから話が進むのが早かった。
 僕が魔法陣学を学びたいと希望した後、レグラス様は改めて僕の学力をチェックして、学院で学ぶ一般教養の授業と、特別学科の授業を選んでくれた。

 そしてガラガントさんに依頼して、僕の分の硝子ペンを強化してくれた。ペン軸の持ち手の部分に薄い透明のジェルシートのような物を貼って、爪が食い込まないようにしてくれたんだ。

 学院に編入するまで日にちがないからと、あらゆる準備がものすごい勢いで進んでいった。

 そして、学院編入まであと一日となった日の夜、僕はレグラス様の自室に呼ばれた。
 夕食も済み、お風呂にも入って、寝支度も済ませていたから、呼ばれた理由が分からなくて首を傾げてしまう。
 そんな僕に、ソルが「そのままの格好でいいよ」と言ってレグラス様の部屋へと案内してくれた。

「ああ、来たか……」

 白いシャツにスラックスのラフな格好でソファに寛いでいたレグラス様は、訪れた僕に目を留めるとソファに座るように促した。
 僕はそれに応じて、レグラス様と向かい合う様に、そのふかふかなソファに腰を下ろす。
 サグが冷たいハーブティーをローテブルにセットして、ソルと共に退室していった。
 パタンと扉が閉まる音が聞こえた後、レグラス様はゆったりと口を開いた。

「編入まであと少しだが、緊張はしてないか? 聞いておきたい事があれば、なんでも言うといい」

「緊張は……大丈夫です」

 色々慌ただしくて、緊張する暇もないというか……。今の所、大丈夫そうだ。
 それより、レグラス様にお願いしたい事があった。

「あの、先日話に出た魔法陣学なんですが……。やっぱり一般教養や他の特別学科と並行して学べませんか?」

 そう、学院編入後の授業を組む際、レグラス様は魔法陣学の授業を半年先から受けるように設定したんだ。
 僕が帝国で学べる期間は二年だけだから、早く取り掛かりたい。だからそう希望したけど、レグラス様は首を横に振った。

「君の、魔力を流しながら描き込む魔法陣の活用については、一旦保留だ。まず魔法学を基礎から学び、魔力制御を訓練してから考えよう」

「でも……」

 更に言い募ろうとした僕を、レグラス様は手で制する。

「焦ってはいけない。君の身体は、今から魔管を発達させて整えなければならないんだ。今のまま無理に頑張っても、身体を壊すだけだ」

 そう言われると、僕には反論できない。渋々頷く僕に、レグラス様は、顔を覗き込みながら説明してくれた。

「魔力制御を正しく身に着けていないと、同じ魔法陣を描くにしても、込める魔力の量が変わってしまう。そうなると一枚一枚の魔法陣の効果が変わる。それでは売り物にならない」

「売り物……ですか?」

 何の話だろうか、と首を傾げていると、レグラス様は口の端で小さく笑んだ。

「そうだ。ガラガントも言っていただろう? この国で独り立ちしたいと思うなら、魔法陣学を学んで損はない、と。あれは、君が描いた魔法陣で商売ができるという意味だ」

 そうレグラス様に言われて、僕はぱちぱちと瞬く。

「でも魔法陣って既に売ってありますよね?」

 あの時に描いた着火の魔法陣や、ライト効果、保冷効果に暖房効果……。生活を快適に過ごすための魔法陣は、それこそ沢山種類があるし、色んな商店が売りに出している。
 それを先日レグラス様と街に出た際、僕は目にしていた。
 特に帝国は人族の国。
 獣族の国であるアステール王国と比べると魔力が少ない国民が多いし、その分魔法陣が多く普及しているように見えた。

「通常の物は量産されているし、普通に手に入るな。ガラガントや私が君に勧めるのは、オーダーメイドのものだ」

「オーダーメイド、ですか?」

「そうだ。まぁ今は難しく考えなくていい。魔法陣学を学び始めたら考えよう」

 そう言うと、レグラス様は一旦口を閉じた。
 そしてゆっくりと立ち上がると、僕の隣へと移動してきたんだ。レグラス様が腰を下ろすと、座面がゆっくりと沈む。少しレグラス様の方に傾いた身体を立て直そうとした時、彼の手が僕の肩に乗せられた。

「……フェアル、今日の分の魔力移譲を済ませようか」

 潜められたレグラス様の声に、ドキっと胸が大きく鳴る。
 ーーそういえば、今日は朝からレグラス様はお出かけになっていて、夕食までお戻りではなかった……。

 今日の魔力移譲が済んでいない事には気付いていたけれど、今日は移譲せずに様子を見るのかと思っていた。
 僕は少し緊張してしまって、ソファの座面に着いた手をきゅっと握り締める。

 ここ数日で進められた準備の中に、レグラス様への魔力移譲の事も含まれていた。
 いつ、どのタイミングで、どのくらいの量を移譲するのがベストか。それをダレン様と話し合いながら調整していんだ。

 僕の肩に手を乗せたまま、レグラス様は僕の返事を待っているのか、じっとアイスブルーの瞳で僕を見つめている。
 その瞳を見つめ返して、僕は小さく頷いた。

「……いい子だ」

 肩に乗せた手はそのままに、反対側の掌で僕の頬を包み込むように覆う。

「緊張、している?」

「ーー少し……」

 少し顔を俯かせて返事をすると、レグラス様が「ふっ……」と小さく笑う気配がした。そろりと視線を上げてレグラス様に目を向けると、彼はゆるりと目を細めて両腕を大きく広げた。

「フェアルには、先ず触れ合いに慣れてもらおうか。ーーおいで」

 何を言われているのか分からない。
 レグラス様の顔を見て、彼の腕へ視線を流す。広げられた腕の右に、左にと目を向けて、僕は困惑してもう一度レグラス様に視線を戻した。
 僕の反応を窺っていたのか、楽しげな光を灯したアイスブルーの瞳とかち合った。

「おいで……っていうのは、こういう意味だ」

 そう言うと、レグラス様は僕の腕をグイッと引き寄せる。
 バランスが取れなくて、僕はそのままレグラス様の胸元に飛び込むように収まってしまっていた。
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