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sideウィリテ
2話
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ゆっくりと意識が浮上し、重い瞼を持ち上げる。まだ夜は明けきっていなくて、辺りにぼんやりとした薄暗さを残していた。
僅かに首を傾けて窓の外を見れば、薄っすらと有明の月が見えている。僕は大きくため息をついて、ゆっくりを身体を起こした。
今日はべネスの葉を取りに行く日。まだ冬の気配が残る時期の、早朝の朝露をたっぷり含んだ葉が良いから、そろそろ身支度をしなきゃ。
「ウィリテ!ウィー!起きてる?」
のそのそとベッドから這い下りて小さな引き出しからシャツを引っ張り出していると、玄関から大きな声が聞こえてきた。
「ネオ?ちょっと待ってて!」
そうだ、今日はネオと一緒に薬草採取に行く約束をしてたんだった。慌ててシャツを着替えて外套を羽織ると、僕は採取に必要な物を詰めたバッグを掴んで玄関に向かった。ふと気になって、チラリとベッドを振り返る。
大丈夫、あれは夢だ。結局僕は助かって、こうしてここに居るじゃないか。
フルフルと頭を振って悪夢の残滓を振り払うと、今度こそネオの元へと足を進めた。
「あれウィリテ、ちょっと顔色悪くないか?」
ネオが指を伸ばして、僕の前髪を掬って顔を覗き込む。さすが薬師なだけあって、人の体調の変化には敏感だ。
「ちょっと夢見が悪くって。でも大丈夫。さぁ行こう!」
「………無理すんなよ?」
しんなりと眉を顰めても、敢てそれ以上は追及しないネオに感謝しながら僕は頷いた。そして朝早い街中を並んで歩き始めたのだった。
僕が住むこの場所はライティグス王国。獅子の獣人を国王に掲げる獣族の国だ。とは言っても、僕みたいな人族も普通に暮らしてるけど。
この国は、国王陛下が武力で、宰相閣下が知力でガッチリと基盤を整えていて、とても安定した治世を築いている。
そんな平和な国に、まだ20歳になる前くらいの時に僕は流れ着いた。
僕も含む『森の民』は人族なんだけど、緑の精霊にとても好まれる性質を持つ一族だった。その中でも特に精霊に愛される者達がいて、彼らは『緑の手』と呼ばれていた。
『緑の手』は穀物や森林、薬草、花々など、それぞれを育てる事に特化していて、緑の手の持ち主が一人国に居れば豊穣が約束されると言われるほど。
でも、そんな特別な一族だったからこそ、力を欲した奴等に襲われて、結局皆殺しになってしまったんだ。
僕はその一族の、ただ一人の生き残り。そして多分、最後の『緑の手』の持ち主だ。僕は薬草に特化した緑の手の主だった。でもそれは秘密の事。
この街に来て以来、いつも親切にしてくれている山羊獣人のネオにすら教えていない。もし何処からか情報が漏れたら、また襲われてしまうもの。
今の僕は、薬師であるネオの助手として生きている。これからも秘密を抱えて、一人ひっそりと穏やかに生きてくのが一番の望みなのだ。
「やっぱ少し街中がソワついてんなぁ……」
ふとネオが呟く。言われて辺りを見渡すと、まだ早朝にも関わらずパタパタと人が行き交い、中には騎士様の姿もあちらこちらに見えている。
「ホントだ。何で?」
「王都からお偉いさんが来てるって」
「へぇ……」
王都にほど近いこの街は高位貴族の領地だし、お偉いさんが来ることもあるんだろうけど……。しかし。
「何でこんなに街中が浮足立ってんの?」
「今、来てるお偉いさんが、この国の宰相閣下だからじゃない?」
「は?」
僕はびっくりして、隣を歩くネオを見上げた。
宰相閣下と言えば、最高峰の貴族じゃないか。確か神獣『獏』の獣人だとか。
「何でまた、そんな国の重鎮が……」
「どうやら番を探してるらしいよ」
「……あー」
その言葉に、全てが集約される。番とは、獣人にとって憧れてやまない唯一の相手だと言うしね。
「そっか。番様、ちゃんと見つかるといいね」
「だな」
僕は人族だから獣人の番になんて関わることはない。だから件のお貴族様が、番を無事に見付けて、早く王都に帰れればいいね、とのんきに話ながらベネスの葉が群生している森の一角向けて足を進めるのだった。
僅かに首を傾けて窓の外を見れば、薄っすらと有明の月が見えている。僕は大きくため息をついて、ゆっくりを身体を起こした。
今日はべネスの葉を取りに行く日。まだ冬の気配が残る時期の、早朝の朝露をたっぷり含んだ葉が良いから、そろそろ身支度をしなきゃ。
「ウィリテ!ウィー!起きてる?」
のそのそとベッドから這い下りて小さな引き出しからシャツを引っ張り出していると、玄関から大きな声が聞こえてきた。
「ネオ?ちょっと待ってて!」
そうだ、今日はネオと一緒に薬草採取に行く約束をしてたんだった。慌ててシャツを着替えて外套を羽織ると、僕は採取に必要な物を詰めたバッグを掴んで玄関に向かった。ふと気になって、チラリとベッドを振り返る。
大丈夫、あれは夢だ。結局僕は助かって、こうしてここに居るじゃないか。
フルフルと頭を振って悪夢の残滓を振り払うと、今度こそネオの元へと足を進めた。
「あれウィリテ、ちょっと顔色悪くないか?」
ネオが指を伸ばして、僕の前髪を掬って顔を覗き込む。さすが薬師なだけあって、人の体調の変化には敏感だ。
「ちょっと夢見が悪くって。でも大丈夫。さぁ行こう!」
「………無理すんなよ?」
しんなりと眉を顰めても、敢てそれ以上は追及しないネオに感謝しながら僕は頷いた。そして朝早い街中を並んで歩き始めたのだった。
僕が住むこの場所はライティグス王国。獅子の獣人を国王に掲げる獣族の国だ。とは言っても、僕みたいな人族も普通に暮らしてるけど。
この国は、国王陛下が武力で、宰相閣下が知力でガッチリと基盤を整えていて、とても安定した治世を築いている。
そんな平和な国に、まだ20歳になる前くらいの時に僕は流れ着いた。
僕も含む『森の民』は人族なんだけど、緑の精霊にとても好まれる性質を持つ一族だった。その中でも特に精霊に愛される者達がいて、彼らは『緑の手』と呼ばれていた。
『緑の手』は穀物や森林、薬草、花々など、それぞれを育てる事に特化していて、緑の手の持ち主が一人国に居れば豊穣が約束されると言われるほど。
でも、そんな特別な一族だったからこそ、力を欲した奴等に襲われて、結局皆殺しになってしまったんだ。
僕はその一族の、ただ一人の生き残り。そして多分、最後の『緑の手』の持ち主だ。僕は薬草に特化した緑の手の主だった。でもそれは秘密の事。
この街に来て以来、いつも親切にしてくれている山羊獣人のネオにすら教えていない。もし何処からか情報が漏れたら、また襲われてしまうもの。
今の僕は、薬師であるネオの助手として生きている。これからも秘密を抱えて、一人ひっそりと穏やかに生きてくのが一番の望みなのだ。
「やっぱ少し街中がソワついてんなぁ……」
ふとネオが呟く。言われて辺りを見渡すと、まだ早朝にも関わらずパタパタと人が行き交い、中には騎士様の姿もあちらこちらに見えている。
「ホントだ。何で?」
「王都からお偉いさんが来てるって」
「へぇ……」
王都にほど近いこの街は高位貴族の領地だし、お偉いさんが来ることもあるんだろうけど……。しかし。
「何でこんなに街中が浮足立ってんの?」
「今、来てるお偉いさんが、この国の宰相閣下だからじゃない?」
「は?」
僕はびっくりして、隣を歩くネオを見上げた。
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「何でまた、そんな国の重鎮が……」
「どうやら番を探してるらしいよ」
「……あー」
その言葉に、全てが集約される。番とは、獣人にとって憧れてやまない唯一の相手だと言うしね。
「そっか。番様、ちゃんと見つかるといいね」
「だな」
僕は人族だから獣人の番になんて関わることはない。だから件のお貴族様が、番を無事に見付けて、早く王都に帰れればいいね、とのんきに話ながらベネスの葉が群生している森の一角向けて足を進めるのだった。
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