宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹

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星に願う sideソルネス

1話

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僕は自室の机に行儀悪く頬杖をついて、目の前のキューブを突いた。
 2cm四方程の大きさのソレは、掌に握り込めばその存在を他人に知られることは無いくらいに小さい。鈍い乳白色のキューブは、机の上をころりと転がり、書類ケースに当たってその動きを止めた。

 ふぅ……とため息をついて、僕は窓の外に目を向ける。
 美しく整えられた庭園は裕福な貴族の屋敷に相応しく、住む者の目を楽しませるはすだった。
 でも今は、それを見て愛でる余裕はない。

 ーー今日、やっとあの人に会える。

 ぐっと奥歯を噛み締めて、僕は気を引き締める。
 油断は禁物だ。今日、今から僕は貴族の中でも最高峰の人物に喧嘩を売るのだから……。

「ソルネス様、準備が整いました」
「ああ、ありがとう。今、行く」

 呼びに来た侍女に返事をして、僕は机の上に転がるキューブを掴むと立ち上がる。
 さぁ、チャンスを掴みに行こう。

「レイ、幸運を祈ってて」

 薄っすらと笑みをこぼし、小さなキューブに口付けると、僕は踵を返して部屋を後にした。


 ★☆

「今日からお前はソルネス・バラハンだ」

 偉そうな男が、偉そうに言う。豪奢な調度品に囲まれた応接室は、貴族の屋敷というよりは成り上がりの豪商の一室という説明の方がピッタリくる趣味の悪さだった。

 街に吹く風に冬の匂いがし始める頃、僕は幼馴染で一番大事な友達と別れ、この屋敷に引き取られてきた。跡を継ぐ筈だった子息が病に倒れ、仕方なく僕を引き取ったのだと、目の前の男は言う。

 カネム・バラハン子爵。
 それが僕の父で、目の前の偉そうな男の名前だった。初めて会う父親を冷めた目で眺め、僕は出された紅茶を一口含む。
 こんな突然の環境の変化も仕方ないと、僕は諦めて受け入れる。
 それこそが施設で施された一番重要な教育だった。親友のレイとも、いずれ施設を出る時には別々の道を歩む事は決まっていて、遅かれ早かれ彼との別離は免れないことだった。
 ただ、レイともう会えないとなると、寂しくて仕方ない。その感情だけは、施設で受けた教育をもってしても抑えることができなかった。叶うことならば、あの親の愛情も知らない可哀相な子には幸せになって欲しい、と思っている。

「施設である程度の教養を身に着けていると聞いている。足りない分はこれから学べ。その成果を見て、一年後にお前の認知と貴族籍への復権、後継者変更の手続きをする予定だ。怠けることは許さん。いいな!」

 うっかり幼馴染を懐かしんでいる間に、子爵は一方的に捲し立て部屋から出ていった。

 ーー慌ただしいオッサンだな……。

 その後姿を見送ることなく、僕は肩を竦めてもう一口紅茶を含み、ちらりと部屋の隅に立つ侍女に視線を流した。
 こちらの様子を伺いながらじっと立っている女は、醸し出す雰囲気から、僕をただの平民だと侮ってるようだ。

 ーー先ずはここら辺から掌握するか。

 ゆったり紅茶を楽しむ振りをして算段をつけると、僕は徐ろに立ち上がって彼女を呼んだ。

「僕の部屋に案内して貰える?」

 その時、彼女に浮かんだ表情はちょっと不満そうなものだった。平民出身に顎で使われたくないからかな。
 僕はふふっと笑う。
 そんな正直な反応を見せると、悪い奴に付け込まれちゃうよ、君。ま、そんな事、わざわざ教えてあげるほど、僕は優しくないけれどね。

「慣れない場所だから、迷惑かけてしまうね。暫く君に・・いろいろ聞くかもしれないけど宜しく」

 ふわりと微笑むと、彼女は一瞬呆けたように僕に見惚れ、そしてはっと我に返って一礼してみせた。

「勿体ないお言葉です。ではお部屋にご案内致します」

 侍女は僕の前に立ち、意外と丁寧に部屋へと案内してくれる。
 その背中を見ながら僕は嗤った。レイは嫌っていた『貴族的な』顔だけど、それは使い方次第でいろんな事ができるんだ。
 僕は六歳まで母さんと下町で暮らしてた経験から、どうやってこの『顔』を使えばいいのかちゃんと知っている。

 オトナはさ、男臭さのない綺麗な顔に対して、警戒心緩むんだよね。そして、自分だけが「特別」って優越感は、全ての感覚を麻痺させるんだ。そこに漬け込めば、芯のない奴らなんて手玉に取るのも難しくはない。

「こちらがご子息様のお部屋となっております」

 僕は頷いて、案内された部屋の扉に手を伸ばす。開けて部屋に入ろうとして、その動きを止めた。
 何事かと怪訝な顔をしている彼女を振り返る。

「案内をありがとう。君、名前は?」
「……っ! スーリカといいます!」

 微かに頬を赤らめている。それを確認して、僕は甘やかに目を細めた。

「そう。スーリカ、も宜しくね?」

 そう言うと、彼女はぱっと顔を赤らめて、慌てて一礼した。そして僕が部屋に入るまで、その姿勢を崩すことはなかった。
 さっきの応接室の時とは違って、不躾な視線を僕に向ける事はもうない。

 平民は貴族に憧れている者が多い。彼女は同じような平民の立場の僕に反感を持ったようだけれど、いずれ貴族になる僕に少し特別扱いされれば、その反感もあっという間に崩れてしまう。

 ーーちょろいなー。

 クスクス笑いながら部屋に入り、僕は窓よりに配置されていた艷やかな木製の机に行儀悪く座る。

 さて、この子爵家をどう手中に入れようか。
 机に乗せられた、後継者育成の教育に関する本を何気なく捲った。

 あの子爵の考えは大体理解できる。
 多分、後継者に僕を据えても、きっと最後まで権力は手放さないはずだ。できれば子爵夫人の縁戚と僕の婚姻を整えて、子を成すように命じてくるのだろう。

 あとは何とでも理由をつけて僕を廃嫡し、その子供に跡目を継がせる……そんなトコかな。
 じゃないとあの苛烈な子爵夫人が、僕が跡取りになることに同意するわけがない。

 でもね。
 僕はこの可愛い顔とは裏腹に、謀略って大好きなんたよね。
 いつもレイに、「その顔でその性格って詐欺じゃね?」って言われてたもんな。
 あの子だってあんなに綺麗な顔をしているのに、なかなか肝の座った性格で、結構周りを振り回してたけど、自覚ないんだもん。自覚あるだけ、僕の方がマシだと思う。

 流石に施設を出る時には、こんな僕でも不安もあったし諦めの気持ちもあった。でも、あの偉そうな子爵をみてたら気が変わった。

「全力で、この家を乗っ取ってやる」

 一目惚れだが何だか知らないが、身勝手な理由で母さんに手を出して、孕んだら不要だと捨てた奴らに与える慈悲なんて欠片もない。

 上手く乗っ取れたら、レイを秘書兼相談役として雇うのも良いかも。彼、頭は凄く良いし、殺伐とした貴族生活の中であの素直な性格は絶対癒やしになるしね。

「楽しみだなー……………」

 パタンと本を閉じて、僕はうっとりとそう遠くない未来に思いを馳せるのだった。
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