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第7話 それでは一時、記憶の幕を下ろして

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 すっかり夜も更け夕食時、俺とフィアルは町に一件だけある宿屋にいる
食堂も兼ねた大き目の一軒家は、宿泊客だけでなく周辺住民もやって来ている様で評判は上々の店である

 全部、ザジの記憶だ。オススメは日本で牛と同じ位置に当たる家畜『マルク』のステーキセット
 肉は食べれて、乳は絞れるし、力が強いので荷車も引くパーフェクト生物……マルク、凄いぞマルク



 「マルクのステーキセット2つで!後、酒とジュースも1つづつ」

 「はーい、かしこまりました」


 ここの看板娘である、プリシラ・プリンちゃん18歳。垢抜けない顔立ちをしているが、名前通りスタイルの良いプリンちゃんである
 おしりとおっぱいがプリンプリンしてるね!……よせ、フィアル。殺気を飛ばしてくるんじゃない……ザジの記憶なんだから、誤解だ……

 

 少し待つと、肉の焼ける音と匂いを発しながら焼けた鉄板がプリシラから運ばれてくる
 食欲をそそる見た目だ、パンとスープとサラダも付いて日本のファミレスよりも豪華なボリュームでお値段はお手頃と言う事が無い
 早速頂くとしよう!



 「どうした、フィアル?食べないのか?」

 「……使った事……ないから……」

 そうだな……今置かれているナイフやフォークなんかは、武器になる。反乱防止の為に、訓練中の……洗脳中の子供達に与えられるのは木製のスプーン位の物だ
 フィアルが持てる才能を発揮して、暗殺員として真面な食事を与えられる頃にはフィアルは考える事を止めていた。食事の道具として使えるのはスプーン位の物だろう
 フィアルからも困惑が感じられる……俺も当然知ってて注文している、別に嫌がらせをしている訳じゃない

 『フィアル、これを使え。カルフォンソの記憶だ、権力者達の晩餐……王室のテーブルマナーだ、安心して食べろ』

 『わかった、この女の人みたいに食べればいいのね……』

 漸くフィアルの手が動いて、まずは慣れたスプーンを手に取っている。優雅な手つきは王女の気品その物を再現している……
 記憶の王女……モルガン・デ・ダナンは数々の高価な装飾品や、煌びやかなドレスを身に纏い、それに恥じない美しい容姿を化粧で更に魅力的にしている

 目の前の少女は何も身に着けてはいない、服装も黒ずくめの軽装である……それでも彼女からは王家の気品を感じる、表情の見えない所作が神々しさすら醸し出している……



 「……美味しい……」

 食器の音を立てず、スープをすする音を立てず、口に運び終えたフィアルの表情と感情がほんの少しだけ綻んだのが見えた……多分、言われても気づけない……感情が読める俺だからこそ気付く程度のわずかな綻び……
 喜んでくれている様で何よりだ、俺もザジの記憶じゃない……俺の記憶になる味を噛み締めるとしよう……おお、確かにこれは旨いな!

 安心しろ、フィアル……お前なら箸だって使えるさ……俺達ならな!







 この世界の文明には水道がある。水源は水魔石に魔力を通して産み出される水とかいうファンタジーな世界だが……
 つまりお湯は出ないが、シャワーが完備されている。気候は暖かい位なので、水でもまぁ平気だ

 シャンプーもリンスもトリートメントもない……こういう時に、俺って便利だね!

 『フィアル、今から記憶を実体化させるから補助頼む』

 『了解、壁を隔てても通信出来るって不思議です』

 念のために一個づつ実体化させていく、出したらフィアルに何を出したか教えて貰う。シャンプーだったら頭を洗う物など……出した傍から説明が来るので、ほぼノータイムで思い出す事が出来る
 出て来たものは日本なら、どこにでも売られている様なメーカー品だ。パッケージまで再現してあるが、用法・容量や成分表等は曖昧に書いてあったり・無かったりである……さすがに、こんな所までは覚えていないからだろう……
 使い終わった後の使用感は変わらないので大丈夫だとは思う。ついでに洗顔や歯ブラシやボディソープも全部出して、フィアルの分まで準備しておく
 そして余りやりたくないが、背に腹は代えられないので出した物をフィアルに説明して貰い、準備して服を着て浴室を出る
 街に入る前から今までは頭に布を巻いて誤魔化したが、用心に越した事は無いだろう……


 「フィアル、これを俺の頭に塗ってくれ。なるべく根元まで頭全体と眉にもな」

 「これが……頭髪の……染料……凄い、珍しい……」

 ブリーチで頭を染める事にする、この世界で俺の頭は目立ちすぎるからな……一時期、染めていた時期もあったが今更また金髪にするとは思っていなかった……まつ毛や目の色は、カラーコンタクトも考えたが黒目までならそう珍しくない様なのでやめておく
 ………下の毛は脱がなきゃ平気だろ、多分……

 「これで……終わった……」

 「ありがとうな、時間を置く必要があるからフィアルが次は入ってくれ」

 「わかった……使い方……記憶……受信……完了……」

 フィアルからの記憶送信アップロード要請が来るので、俺が指定された記憶をフィアルにダウンロードする
 こればっかりは俺がホストコンピューターの様なものなので、俺が対応しなければならない。それが俺本人の固有スキルの意味でもある『ユニークスキル』……持っているその人にしか使えないスキルみたいなので俺の仕事だ
 フィアルにはこれから何が必要で何が要らない記憶なのか……その判断に慣れる事から始めて貰おうと思う



 風呂と言ってもシャワーだけだが、それでも女の子の風呂だから覚悟はしていた……が、使い慣れている俺と違って、使い方を確認しながらのフィアルではやはり差が出てくる
 壁の向こうから困惑・疑問……ああ、思いの外勢いよく出過ぎて慌ててるのか……また出せるから気にしないでいいのに……悪戦苦闘している感情が流れてくるのが微笑ましい
 ついでだから風呂上りに相応しい物も出しておいてやるか……これなら特徴的だからフィアルの手を借りずに思い出せるだろう、喜んでくれるといいが……


 
 「お待たせ……時間……ごめんなさい……」

 「気にするな、1時間位必要な奴で染めてるから丁度いい……後、これは風呂上りに食べるとより美味しい物だ!食べ方は、スプーンだから大丈夫だろ」

 フィアルに内緒で出した物体は冷たく、パッケージには『アイスクリーム』と書いてある……実体化する時にはその名前を書いて出すと思い出しやすくなるかもなと思ったが、それも物質限定だし今はフィアルがいるのでもういいか
 今回はコンビニで一番高い、御褒美スイーツ系の高級品を出してある。蓋を開けて、中のテープを剥がして後は食べるだけにしてやり、俺は再び風呂へと入って行く……

 どうやら、初めて見る物体にこれは何かと疑念の感情と記憶送信要請が来るが『いいからいいから一口食べてみろ』と悪戯心丸出しの感情で返信しておいた
 頭を洗い流しならでも分かる、フィアルの決心した意志……からの、歓喜と恍惚……随分とお気に入って貰った様で何よりである!




 「いや~こんな金ピカに染めるのなんて何歳の時以来か分かんないけど、結構似合ってるよな?」

 「私には……判断……出来ない……それは……美味しい?」

 「ん?興味あるなら飲んでみるか?これは苦いから好き嫌い別れる飲み物だぞ?」

 「ん……苦い……しゅわしゅわ……美味しくない……」

 「ああ、これは『ビール』って言ってな。俺の昔の相棒……待て!落ち着けフィアル!殺気を抑えろ!記憶は曖昧だが、多分そいつは男だ!相棒ってよりもダチだった奴がやたら好きでな……つられて飲む様になっちまった物さ……」

 「ケンの……記憶……?」

 「どうだろうな……『習慣』ってやつかもな……心が忘れても身体が欲しているのかもしれない……そいつの事は覚えてないが、これ飲んでいつもバカ騒ぎしてた様な記憶だけは漠然と残ってるよ……」

 定かではないセンチメンタルが俺を襲うが、酒はこんな時に便利だ……さっさとこれを飲んで寝てしまおう……幾ら、ツインの部屋でベッドが離れているとは言えフィアルと二人きりはさすがに恥ずかしいしな

 「フィアルも安心して寝ろ。熟睡してても『俺の中のお前』や『お前の中の俺』が、危険があったら察知して起こしてくるから問題無く寝れる」

 「分かった……ごはんも……アイスも……美味しかった……おやすみなさい……」

 少し不満気なフィアルだが、アイスが効いているのか大人しく寝ようとする……段々口数が増えて来てはいるが、まだ実際に喋ろうとするとたどたどしい……
 心の急激な変化に身体がついていかないので無理もないだろう……だから今は休め……俺の全部なんて、とっくに全てお前の物だから
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