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8人目
消失
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「改めて、オレは『消失王』のクニヒコ。キミらの敵や」
クニヒコ、と改めて名乗る男は5メートルほど離れた前方で、地面に突き刺した人間の半身ほどあるランスに体重をかけるような姿勢で、こちらを見て笑う。貼り付いたような笑みだが、そこに見え隠れする底知れない悪意に俺は身震いする。
「消失……王」
「多分、ユリウス様が仰ってたウォーカーの切り札『四覇聖』の一人だ……」
つい最近似たような単語をどこかで聞いた気がするがピンと来なくて言われた言葉そのまま復唱した俺に、ミレイがそっと耳打ちする。
そして、そのお陰で完全にどこで聞いたか思い当たる。そうだ、あの時だ。リカが居なくなってしまった直後。精神的に参っていた中で聞こえてきた陛下との通信に同じような……『膨縮王』という名前が出てきていた。
──そうか……リカを殺した奴の仲間か。
そう脳が認識した途端に、怒り、憎しみ、悔しさ、色々な黒い感情が湧いて出てくる。まだ戸惑いもあるが、しかし敵はウォーカーが送り込んだ刺客、論理的に考えてもいつまでも困惑してないで、さっさと殺し合いへと脳を移行させなければ容易に死ぬことも理解していた。
俺が戦闘態勢を取ったことで、ミレイも二丁の銃を前に構えて、その引き金に指をかける。音速にまで及ぶミレイの弾丸、この距離ならば避けられないだろう。
「そない怖い顔せんでも……いや、そうか。お仲間がリュウイチにやられたんやったなぁ。気の毒になぁ……ほんま。すまんなあ」
「謝るならせめて本心であるかのように偽ってくれないか。不快で仕方がない」
片手を立てて、未だ笑いながら謝罪を口にするクニヒコに俺は無性に腹が立つ。どこまでもふざけた態度を取る奴だ。
「お~怖い怖い。逆に怒らせてしもうたか……あ、ちょっと待って」
クニヒコはおもむろに懐に手をやる。それに俺は<防壁>を展開し、ミレイは俺の後ろに隠れた。と言っても片手をランスの先端に置いて、内ポケットをまさぐる奴の様子からは全く攻撃に転じるとは思えないが……念の為だ。特に転生者ならば俺の知らない武器を取り出すかもしれな──
「──はぁ?」
張り詰めたような緊張感の中でクニヒコが取り出したものを見て、ほとんど無意識に俺は口を開いていた。だって、それは……
「……おにぎり? は? なんで……どういうつもりだ?」
そう、クニヒコはおにぎりを食いだしたのだ。なぜ今食べるのか、どうしてそんなことをするのか、全く意味が分からなかった。
「見ての通り……食事……や。キミらも……お腹減ってっ……るんやったら……うーん美味しいな……今のうちやで」
もぐもぐとおにぎりを頬張り、またどこから取り出したのか水筒を煽りながらクニヒコはそう言った。そして、その言葉で気が付く。
確かに何故か腹が減って、喉が渇いているのだ。
おかしい……コイツらと出会う前に、『セーフゾーン』で食事を取ったはず。後ろのミレイ、目配せするとどうやら同じ状態のようで深刻な顔をして頷いた。
「せやなあ……大体一日か。丸一日食べてなかったら腹減るやろ?」
「……もういい。ミレイ、仕掛けるぞ」
これが相手の能力による結果だとしても、ただ腹が減って喉が渇いているだけだ。今すぐ食べなければ死ぬなんてほどでもない。ならば、クニヒコが隙を見せている今、叩くしかない。
「あぁ。<分裂弾><炸裂弾>、装填」
「<隠密──」
「あ、それはあかん」
ミレイが銃を撃とうとした、そして俺が姿を消そうとした瞬間だった。クニヒコがそう言って、こちらに目をやった。
刹那、浮遊感が体を襲う。
──なっ、何が起きた!?
奴が目の前から姿を消した? 違う、そうじゃない。
俺だ。
俺
が
落
下
し
て
い
る
!
俺がなぜか落下している! クニヒコの真上を落下している!
宙を落下している──崖から飛び降りている──クニヒコの目の真横をすれ違っている──落下している──少し横にズレている──落下している──少し近付いている──崖を登っている──崖の上に立っている──奴の隣に立っている──後ろに下がっている──少し浮遊している──そして再び元の位置に戻っている!
ぱっ、ぱっ、と転生者が持ち込んだストップモーションアニメのように、一秒にも満たない間隔で体を移動させられている。ミレイも視界に入る度に移動している、俺と同じ状況なんだろう。
「消失……消滅じゃなくて消失。オレがキミらを無くし続けているってことや。あと、詠唱はかっこええから言ってただけ。すまんなぁ」
移動させ続けられる中、声が遠くなったり近くなったりしながらも、クニヒコがそう言ったのだけが聞こえた。そして奴は二個目のおにぎりを取り出す。
「次は……ツナマヨか。こっちのマヨネーズ、未だに慣れへんのやけどなぁ」
まだ移動させられている。もう何度目かも分からない。そんな中、少しだけ浮いた後、脚が地面と接触した瞬間、俺は体勢を崩した。
──なっ……脚が動かない!?
なぜか足が踏ん張れない。再び直ぐに移動させられるが、体が重かった。まるでずっと休憩していないかのように、筋肉に乳酸が蓄積されていくのを感じる。
「そろそろか……そんだけ移動したら、そら体も限界が来るよなぁ」
喉が渇いた。腹が減った。足が痛い。呼吸が苦しい。横っ腹が痛い。飢餓と疲労で目眩と吐き気がする。なのに、無慈悲に体は移動し続けられる。もう何回、何分こうしているかも分からないほどに。
「オレの特典は<消失>。簡単に言うたら『物を遠くにやる』だけの能力やけど、過程の結果は残るってことや」
***
「……そうか。ほなこれ以上はここに居てられへんな」
「ええ。で、トドメは刺さなくていいの?」
「結局コレを使うまでも無かったし、そんな価値もあれへん……けど、胞子でほっといても死ぬか」
「そうね。あんなふうに地面に倒れてたら、十分もすればね」
「それは惜しいな、しゃあない。崖に上げといたろ」
そして、最後の移動が終わる。
ようやく止まった世界で、薄れゆく景色の中で。俺はクニヒコが、シズク達の方に向かったはずのもう一人の転生者の女と会話しているのを聞いた気がした。
だが、しかし、それが夢なのか現実なのかも分からない。ただ確かな地面の感触に、俺は意識を失った。
クニヒコ、と改めて名乗る男は5メートルほど離れた前方で、地面に突き刺した人間の半身ほどあるランスに体重をかけるような姿勢で、こちらを見て笑う。貼り付いたような笑みだが、そこに見え隠れする底知れない悪意に俺は身震いする。
「消失……王」
「多分、ユリウス様が仰ってたウォーカーの切り札『四覇聖』の一人だ……」
つい最近似たような単語をどこかで聞いた気がするがピンと来なくて言われた言葉そのまま復唱した俺に、ミレイがそっと耳打ちする。
そして、そのお陰で完全にどこで聞いたか思い当たる。そうだ、あの時だ。リカが居なくなってしまった直後。精神的に参っていた中で聞こえてきた陛下との通信に同じような……『膨縮王』という名前が出てきていた。
──そうか……リカを殺した奴の仲間か。
そう脳が認識した途端に、怒り、憎しみ、悔しさ、色々な黒い感情が湧いて出てくる。まだ戸惑いもあるが、しかし敵はウォーカーが送り込んだ刺客、論理的に考えてもいつまでも困惑してないで、さっさと殺し合いへと脳を移行させなければ容易に死ぬことも理解していた。
俺が戦闘態勢を取ったことで、ミレイも二丁の銃を前に構えて、その引き金に指をかける。音速にまで及ぶミレイの弾丸、この距離ならば避けられないだろう。
「そない怖い顔せんでも……いや、そうか。お仲間がリュウイチにやられたんやったなぁ。気の毒になぁ……ほんま。すまんなあ」
「謝るならせめて本心であるかのように偽ってくれないか。不快で仕方がない」
片手を立てて、未だ笑いながら謝罪を口にするクニヒコに俺は無性に腹が立つ。どこまでもふざけた態度を取る奴だ。
「お~怖い怖い。逆に怒らせてしもうたか……あ、ちょっと待って」
クニヒコはおもむろに懐に手をやる。それに俺は<防壁>を展開し、ミレイは俺の後ろに隠れた。と言っても片手をランスの先端に置いて、内ポケットをまさぐる奴の様子からは全く攻撃に転じるとは思えないが……念の為だ。特に転生者ならば俺の知らない武器を取り出すかもしれな──
「──はぁ?」
張り詰めたような緊張感の中でクニヒコが取り出したものを見て、ほとんど無意識に俺は口を開いていた。だって、それは……
「……おにぎり? は? なんで……どういうつもりだ?」
そう、クニヒコはおにぎりを食いだしたのだ。なぜ今食べるのか、どうしてそんなことをするのか、全く意味が分からなかった。
「見ての通り……食事……や。キミらも……お腹減ってっ……るんやったら……うーん美味しいな……今のうちやで」
もぐもぐとおにぎりを頬張り、またどこから取り出したのか水筒を煽りながらクニヒコはそう言った。そして、その言葉で気が付く。
確かに何故か腹が減って、喉が渇いているのだ。
おかしい……コイツらと出会う前に、『セーフゾーン』で食事を取ったはず。後ろのミレイ、目配せするとどうやら同じ状態のようで深刻な顔をして頷いた。
「せやなあ……大体一日か。丸一日食べてなかったら腹減るやろ?」
「……もういい。ミレイ、仕掛けるぞ」
これが相手の能力による結果だとしても、ただ腹が減って喉が渇いているだけだ。今すぐ食べなければ死ぬなんてほどでもない。ならば、クニヒコが隙を見せている今、叩くしかない。
「あぁ。<分裂弾><炸裂弾>、装填」
「<隠密──」
「あ、それはあかん」
ミレイが銃を撃とうとした、そして俺が姿を消そうとした瞬間だった。クニヒコがそう言って、こちらに目をやった。
刹那、浮遊感が体を襲う。
──なっ、何が起きた!?
奴が目の前から姿を消した? 違う、そうじゃない。
俺だ。
俺
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俺がなぜか落下している! クニヒコの真上を落下している!
宙を落下している──崖から飛び降りている──クニヒコの目の真横をすれ違っている──落下している──少し横にズレている──落下している──少し近付いている──崖を登っている──崖の上に立っている──奴の隣に立っている──後ろに下がっている──少し浮遊している──そして再び元の位置に戻っている!
ぱっ、ぱっ、と転生者が持ち込んだストップモーションアニメのように、一秒にも満たない間隔で体を移動させられている。ミレイも視界に入る度に移動している、俺と同じ状況なんだろう。
「消失……消滅じゃなくて消失。オレがキミらを無くし続けているってことや。あと、詠唱はかっこええから言ってただけ。すまんなぁ」
移動させ続けられる中、声が遠くなったり近くなったりしながらも、クニヒコがそう言ったのだけが聞こえた。そして奴は二個目のおにぎりを取り出す。
「次は……ツナマヨか。こっちのマヨネーズ、未だに慣れへんのやけどなぁ」
まだ移動させられている。もう何度目かも分からない。そんな中、少しだけ浮いた後、脚が地面と接触した瞬間、俺は体勢を崩した。
──なっ……脚が動かない!?
なぜか足が踏ん張れない。再び直ぐに移動させられるが、体が重かった。まるでずっと休憩していないかのように、筋肉に乳酸が蓄積されていくのを感じる。
「そろそろか……そんだけ移動したら、そら体も限界が来るよなぁ」
喉が渇いた。腹が減った。足が痛い。呼吸が苦しい。横っ腹が痛い。飢餓と疲労で目眩と吐き気がする。なのに、無慈悲に体は移動し続けられる。もう何回、何分こうしているかも分からないほどに。
「オレの特典は<消失>。簡単に言うたら『物を遠くにやる』だけの能力やけど、過程の結果は残るってことや」
***
「……そうか。ほなこれ以上はここに居てられへんな」
「ええ。で、トドメは刺さなくていいの?」
「結局コレを使うまでも無かったし、そんな価値もあれへん……けど、胞子でほっといても死ぬか」
「そうね。あんなふうに地面に倒れてたら、十分もすればね」
「それは惜しいな、しゃあない。崖に上げといたろ」
そして、最後の移動が終わる。
ようやく止まった世界で、薄れゆく景色の中で。俺はクニヒコが、シズク達の方に向かったはずのもう一人の転生者の女と会話しているのを聞いた気がした。
だが、しかし、それが夢なのか現実なのかも分からない。ただ確かな地面の感触に、俺は意識を失った。
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