深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット

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停滞

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視点:タカダマサト

──────────────────────

「分断……か。敵だったか」
「<武器召喚サモンウェポン>」

 一瞬にしてリューロとミレイが連れ去られた、その事実を脳が受け止め直ぐに相手を敵だと認識する。ダンジョンに入ってからというものの予想外の展開ばかりだったからか、自分でも分かるほどに、なにごとにも動じなくなってきていた。
 でも、そんな俺よりも早くシズクは既に攻撃態勢に入っている。片手には大剣が握られていた。

「私はアズサ。『停滞王』のアズサ、どうぞよろしく」

 黒いスカートを摘んで、華麗にアズサと名乗った女はお辞儀する。黄色い胞子が舞う世界で空中に浮かぶ黒いゴシック服を身につけた黒い日傘の女、見てはいけないものを見たような恐怖に俺は襲われる。

「マサト、敵はリカを殺した奴と同格だ。本気で行くよ」
「あぁ分かっている。メイラは下がっていろ」
「は、はい……」

 『王』と名乗ったことに対してシズクは俺と同じ見解を述べながら、小声で「<黒炎装ブレイズアーマー>」と唱えて武器を燃え上がらせる。メイラは俺の言葉にやけに素直に従って、背を向けて走り戦線から離脱した。やはりシズクにキツく言われたのが堪えたのだろう。

「いや……待って」
「え?」

 しかし、シズクは急に何か思いついたかのように口に手を当てたあと、そう呟いた。独り言のような声量だったのでメイラには聞こえておらず、当の本人は逃げ続けているが。

「来ないのかしら? 怖気付いた?」
「まさか」

 なかなか動き出さない俺たちに対して、アズサがそう上から煽ってくる。それに俺が返事をしている間にシズクはいつの間にか俺の真横まで移動していた。そして、囁く。

「マサト……私に必殺の策があるから。だから、ちょっとだけ時間を稼いで」

 一、二言だけシズクはについて一方的に喋り、逃げていったメイラの後を追うように走っていく。その狙いをどういった過程で成功させるのかは想像もしえないが、それを成功させるためにシズクはメイラを追い、俺に時間稼ぎを頼んだことぐらいは理解している。そして確かにその状況に持ち込みさえすれば、必殺だった。

 俺はシズクの人間性は疑っているものの、その並外れた力は認めている。故に必殺の策、その言葉を信じて作戦に乗ることにした。

 時間稼ぎか、まったく損な役回りだ、と俺はため息をつく。

「さて、何分稼げるか……<風弾きスナップ>」

 いつも通りに俺は、自分の足元から上に向かって固定を急速移動させることで体を弾き浮遊する。毒胞子のこともある、激しい戦闘をするならば出来るだけ宙に居たかった。

「……」

 同じ高さまで移動し、互いの距離は五メートルほど、しかしアズサはまだ動かない。

 ──あくまでも後手を取るか、カウンター系の能力か?

 さっきも攻撃してこないことをわざとらしく煽っていた。相手の狙いが、こちらが攻撃するときの隙を狙うようなものだとするならばむやみに接近するのは危険だろう。俺の目標はシズクの手筈が整うまでの時間稼ぎ、ならば……

「<風固掌エアハンド>!」

 人間の数倍ある巨大な一対の掌、それがアズサを真ん中に出現する。そしてそれらは、右から左に、左から右に、ゆっくりとアズサを挟みこむように動いていく。胞子が黄色いせいで、透明のはずの手のひらがうっすらだが視認できた。

 速度が出ないのは、実際に手のひら型の空気を動かしているのではなくて、真ん中へ向かって手のひら型に空気の固定を連続で行いながら、元の手のひらを壊し続けることで移動しているように見せかけているだけだからだ。

 もちろん、瞬間的に固定して掌を作れるということは、アズサの真横にいきなり掌を出現させることも出来るのだが、今回の目的はあくまでも時間稼ぎ。ゆえに安全圏からゆっくりアズサを追い詰める。
 
 一応、固定にも三時間という時間制限はあるが心配する必要はなっ──

「<停滞リポーズ>」

 ──は……消えただと……!?

 はっきりと感覚で分かる。アズサが何らかのスキルを発動した途端に、俺が作ったはずの<風固掌エアハンド>が消えた。それもただ消えたんじゃなくて、持続限界が来た時のあの感覚だ。

 よっぽど俺が取り乱していたのか、アズサは俺を見て可笑しそうに口に手を当てて笑う。

「ふふっ……私の転生者特典『停滞』は、私の時間を強制的に対象に与えるという能力なの。貴方の空気を固定する……? 能力はだいたい三時間で効果が切れるのかしら」
「っクソ! <風弾きスナップ><空埋めエアストラングル>!」

 俺の能力の効果時間を的確に言い当ててきたアズサに恐怖した俺は、その恐怖のままに時間稼ぎという本来の目的を忘れて再び攻撃を仕掛けてしまう。

 ただこの女相手に時間稼ぎなんて悠長なことを言ってられないのも事実だった。予備動作無しの急接近からの強制窒息、唐突に息が出来なくなったことにアズサは目を丸くした。

 ──やったか!? ……取り敢えず再び距離をとる!

 そう俺は背中を向ける。

 が、しかし次の瞬間、俺の体が硬直せず動けなくなった。呼吸も出来るし口も動くが、脚、腕、首が動かない。スキルすら発動させることが出来ない。体が落下することもない、まるで空間そのものもに張り付けられたかのように。

 そんな俺の前に、さっき空気に閉じ込めたはずのアズサが回ってくる。そして頭を下げた。

「取り乱してくれて、接近してくれてありがとう」
「なっ……ぜだ? 詠唱すら出来ないはずだ!」
「なるほど確かに、私はスキルの発動に詠唱が必要だけれども? 別に、『過去に自分が詠唱した時間』を今の自分に与えたら良いだけの話よ。ま、これは私が対象の時にしか出来ないけれどね」

 平然と、とんでもないことを言うアズサに俺は絶望する。あらゆるスキルを無効化し、近づけば完全拘束される? そんなもの勝てるわけが無いじゃないか。

「貴方、美しい顔してるわ。私のコレクションに加えても良いのだけれども、どうかしら? もちろん殺しはしないわ、その綺麗な状態のまま止まってもらうだけ」
「笑えない冗談だ」
「そう……じゃあ残念だけど、<停滞リポーzっ」

 死を覚悟して目を瞑った瞬間、ドォンっ──という衝撃が、アズサと向かい合っている俺の背後から襲う。それと同時に俺の体は誰かに運ばれ、どんどんとアズサから離れていく。

「時間稼ぎ、お疲れ様。ここから私に任せて」
「シズクか……助かった」

 俺を救ってくれたのはシズクだった。そのまま彼女に俺は岩がある高台に寝かされる。
 その時、俺は自分の身体が動くことに気付いた。それがアズサから離れたから自動的に解除されたのか、故意にアズサが解除したのかは分からないが、とにかく体が拘束から自由になっている。

 ──とはいえ、ここはお言葉に甘えてシズクに任せるか……。

 シズクがここに来たということは必殺の策とやらが成功する算段が整ったということなのだろう。ならば俺は休んで体力を回復すべきだ。

「<超加速ハイパーアクセラレート>」

 シズクが詠唱した途端、一気に彼女の体はアズサと同じ高さまで移動する。と、その時に彼女の体から何かが落ちた。近寄って確認してみれば、それはリカから回収した『光魔法迷彩マント』だった。

「<風蹴りゲイルキック><残黒斬ブラッドブレード>!」
「<停滞リポーズ>」

 そしてアズサの目の前まで一気に迫ったシズクは、真っ黒な斬撃を放つ。一瞬で胞子煙が晴れ、空の雲までぶった切る斬撃だ。しかし、それはアズサの直前で消されてしまい、攻撃を放った直後のために切っ先を下げている無防備な状態のシズクがアズサの眼前に晒される。

 ──っていきなり何をやってるんだ!? それじゃ直ぐに<停滞リポーズ>させられる!

「……<停滞リポーズ>」
「<眷属召喚サモンサーヴァント>、メイラ!」

 シズクまでもがやられる! と俺が頭を抱えた瞬間。突然シズクと入れ替わるように、メイラがアズサの目の前に放り出される。

「えっ?」「はぁっ!?」

 その全く予想していなかった展開に、アズサと俺は全く同じタイミングで驚きの声を上げた。

 メイラの顔が驚きに歪んでいるのを見るに、メイラも事前に何をされるのか知らされていなかったんだろう。彼女は訳も分からないままに周りを見渡し、次の瞬間には自分がどんな場所に放り出されたのか理解したのか、さらに目を丸くした。

 だが、そんなメイラは<停滞リポーズ>させられる。

 ──<奪力ステータススティール>は相手を絶対に殺せる状態であることが条件なの。

 シズクが伝えた狙いは、相手の無防備な瞬間を作ること。

 そしてそれは、今だ。

 メイラを犠牲にしたのは完全に予想外だったが……しかし今、その条件が整った。シズクへの<停滞リポーズ>はメイラに働き、相手の意表を付いたシズクはアズサの死角、メイラの真下に潜り込んでいる!

「勝った。<奪力ステータススティ
「<停滞リポーズ>!」
ール>!」

 シズクはアズサの横をすり抜けるように移動しながら、スキルが発動させた。しかし、それと同時に奇襲に気付いたアズサのスキルもシズクを襲う。

 が、シズクの体は止まらずにアズサの背後に移動し、ただ持っている大剣だけが虚空で停止した。

 ──大剣で<停滞リポーズ>を防いだのか!

 そのシズクの鮮やかな手際に俺は感動し、シズクは息を切らせながら勝利の笑みを浮かべる。

「ふふっ……ふふふふ……」

 が、しかしアズサはそんなこちらの勝利ムードを台無しにするかのように笑いだした。

「惜しかったわ……あとちょっとで私に勝てそうだったのにね。はい、<停滞リポーズ>っと」
「え、なんでまだ……」 
を、その剣を止めるために使ったもの」
「なにそれ……ズルじゃんか」
「ええ、ズルよ。でも、は厄介かしら」

 アズサは完全に無力化したシズクからこちらに目を移してそう言った。そして、その一言で俺の推測が正しかったことが確定する。

「やっぱりか、攻撃出来るものならしてみろ」

 ──メイラは裏切り者だ。

 一瞬だけ、一瞬だけだがアズサがメイラに<停滞リポーズ>を使うのを躊躇ったのだ。普通に考えれば、それは強敵であるシズクを放置してメイラにスキルを使うことへの躊躇いであり、つまりその後の行動としてはスキルをキャンセルして回避を行うのだろう。だが、アズサはメイラに対して躊躇った後、明確な意思を持って<停滞リポーズ>を再発動させた。単なる考えすぎかもしれないがその行動が、仲間だと思われないようにするために苦渋の決断として仲間を攻撃するときの間に思えたのだ。

 だから俺は念のため、シズクがアズサの気を引いているうちに、<停滞リポーズ>されたメイラに空気で作った掌で遠距離から『光魔法迷彩マント』を被せ、固定した空気で掴んだ。このマントならば俺の『風固定』とは違い、周囲の胞子の色と同じ色に透明化するので絶対に見つけることが出来ない。そしてその上で、メイラの体を移動させた。

「さぁ続きをしようぜ、何処にいるのかも分からないお前の仲間が傷付くかもしれないがな」
「……救出しようにも戦わないといけない……か。仕方ない。ここは引き下がるしかないようね」

 そう言ってアズサは、どこかに飛んでいく。その背中を睨みながらも、俺は心の中でガッツポーズをした。

 奴らが仲間意識の欠けらも無くて、平気で同士討ちするような非道ならば意味がなかったのだが……上手くいってよかった。

「辛勝って感じね」
「あぁ……そうだな」

 二人とも満身創痍の中、俺はシズクにそう返事をした。


 
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