深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット

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「……って感じね。本当に何も出来なかった」
「あぁ、奴は武器も使っていなかったしな」

 四つ目の『セーフゾーン』で、俺とミレイは分かる範囲で『消失王』クニヒコの能力をマサトとシズクに教えていた。

 意識を取り戻した俺とミレイがマサト達に合流をしたのは、半日ほど前のことだが、その時は取り敢えずゆっくり休めて話が出来る場所を、ということで疲れた体に鞭打って『セーフゾーン』まで歩いたのだ。

「なるほど……<消失ヴァニッシュ>、自由自在に移動させ、さらにその分の疲労を与えてくる能力、か」
「かなり厄介だね……二人が生きてて良かった」
「そうだな。よく帰ってきた」

 二人ともその能力のあまりの強力さに険しい表情を隠しきれずにはいるものの、だからこそ、俺たちが無事に生きていたことに安堵した様子だ。

「いや、アタシたちが生き延びているのはマサトのお陰だね。いよいよ限界って時にもう一人の女が来て、撤退の話をしてたから」

 ミレイの言う通りだ。クニヒコの気まぐれもあるだろうが、しかしあのタイミングであの女が来なければそのまま殺されていたかもしれない。本当に俺たちがまだ生きているのは幸運だった、ただそれだけだ。

「マサトとシズクの方はどうだった? それにメイラが裏切り者ってのはどういうことなんだ?」

 端っこでマサトに拘束されて転がっているメイラを横目で見ながら俺は聞く。合流した時に、まずメイラのその状態に驚き、直ぐに聞いたのだが「詳しいことは後で話す」「メイラは裏切り者だ」としか伝えられていなかった。

「あぁ、そうだな。少し長くなるが……」

 マサトとシズクはそう言って語り始めた。

***

「ってわけだ」
「「……」」

 俺もミレイも、マサト達の話を聞いて直ぐには何も言えなかった。

 <停滞リポーズ>の何もかもを停めて、更に自身が攻撃された瞬間の時間すらも消費することで無かったことにしてしまうという強すぎる能力。そして、一瞬のアズサの逡巡からメイラが敵側である可能性を見出して素早く、万が一の為の予備策を仕掛けたマサトの実力。あと、結果としてメイラが裏切り者であると分かったから良かったものの、平気でシズクが味方を囮に使ったという事実。

 それら全てを呑み込むのに時間が掛かった。

「だから、まだメイラが敵だという証拠はアズサの言動と行動にしかない。何か心当たりがあるか?」
「いや……アタシにはさっぱりだね」

 マサトは俺たちにそう聞いて、ミレイはそれに首を横に振る。が、俺にはメイラが敵である可能性を考慮して、今までを思い返してみれば、それらしい心当たりがいくつかあった。

 例えば、メイラと初めて出会った時、明らかに握手を避けていたこと。それにいつかの夜、物音で起きた時も、メイラはミレイの上を跨いでいたが、あれはミレイをまさに殺そうとしていた瞬間だったのではないだろうか。

 俺がそれらの心当たりを伝えると、ミレイが興味深そうに頷く。

「へぇ……リューロが起きてなかったら危うく殺されるところだったわけだ。あと、まぁメイラが誰かにすり替わっていると考えるのが妥当だろうね」
「そうだね。握手を避けたということは転生者であることの裏返しだろうし……というか、じゃあコイツが言ってたユミの呪いの話も自分が暗殺しやすいようにするための嘘だったんじゃない?」
「おぉ……確かに。そう考えれば納得がいくか」

 シズクの推察に、マサトが感心の声を漏らす。

 呪い、とはメイラが涙ながらに語った、ユミを逃がした時の話にあった言葉だ。ユミが四肢を代償に願った『いつか出来る愛する人の、周りの人間が死にますように』という内容だったか。

 確かにそれを聞いた後に誰かが不審死しても、その呪いのせいだと思ってしまうだろう。もう居ない人間に罪を被せるそのやり方に、俺は嫌な気持ちになった。

「うーん、ステータスを開かせるのが一番簡単に確認できるかな」
「……っ」

 明らかにシズクの言葉に今まで黙って聞いていたメイラが動揺する。

「お前が転生者なら[転生者の篝火]であるリューロもそのステータスが見れるはずだよね。まさか拒否しないよね?」


***

 結論としては、メイラの正体はナオユキという転生者で、ただ『変身』という転生者特典で成りすましていたに過ぎなかった。

 頑なにステータスを開くことを拒むメイラに対して、ステータスを開かせるためにシズクがやったことを思い出して、俺は寒気を覚える。

「リューロ、メイラと握手をしといて」
「……殺すのか?」
「当たり前でしょ。まさか連れていく訳にも行かないし、置いていって追い掛けられても困るし」

 シズクはそう言って、身動きが取れないメイラを膝立ちさせながら、片方の手を掴んで持ち上げる。俺がその手を握ることに躊躇していると、マサトが俺の腕を掴む。

「そいつも命を捨てる覚悟があって、俺たちを殺すという任務を請け負ったはずだ。忠義を尽くすとはそういうことだ」
「だが……」
「大丈夫だよ。苦しくない殺し方をするからさ、だからほら」

 シズクがメイラの手を持ち上げる。マサトが俺の手を動かして握らせる。ミレイが満足気な顔で一連の流れを見守る。俺はもう抵抗できなかった。

「……ぅぅっ!!!!!!」

 この世の終わりのような形相でメイラはそれを拒絶しようとするが、もちろん動けない。

 そして、シズクがメイラの首に手を当てる。刹那、ぬるりと首が落ちた。


***

 それから俺たちは順調に進んだ。ウォーカー側の刺客が襲ってくることもなく、魔物もそこまで強いのは出現せず、着実に9層を歩き続け、遂に10層への入口の目の前にある『セーフゾーン』に到着した。

 その日はもう遅いということで、そこで一晩を明かすことになり、俺以外の全員が寝静まった真夜中、ただ俺だけは起きていた。というよりは眠れなかった。メイラが目の前で死んだあの光景と、儀式のように俺に握手をさせてきたシズクとマサトとミレイの気持ち悪さが、どうしても気になった。

「ごほっ……げふっ……な、なんだ?」

 そんな中、突如、俺は鼻に入ってきた胞子で目が冴える。目を開けてみれば、俺は何故か『セーフゾーン』の外で立っていた。

 ──<消失ヴァニッシュ>!?

 覚えのある感覚に緊張が走り、一瞬で脳が冴え渡る。が、とっくに遅かった。ぶすっ──と何かが後ろから体に入った感覚が走って、その数瞬後に激痛も訪れる。

「<停滞リポーズ>……これで<治癒ヒール>も使えない」

 後ろで、男の声がそう言った。その言葉通り、咄嗟に使おうとした<治癒ヒール>も、ましてや『代償成就』も使えなかった。

 だから俺はせめてもの反撃として、出血多量で薄れゆく視界の中、必死で振り返り犯人の顔を見る。

「っえ、な……んで……?」

 そして、ただそれだけ言葉を漏らした。理解が出来なかった、意味が分からなかった。

 だって、俺を刺殺して見下すソイツは俺自身だったから。紛れもなくリューロ・グランツそのものだったから。
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