八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

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第32話 奪わせはしない ─紫苑視点─

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真っ白な謁見の間に、冷たい気配が漂っていた。

中央には、白銀の装飾が施された玉座。その前に紫苑と八雲が跪いている。

「……よく来てくれましたね。八咫烏の頭領、紫苑。そして右腕、八雲。」

優雅に響く声が空間を満たす。

玉座に座るのは、白衣を纏った青年。透き通るような青紫の瞳が、二人を見下ろしていた。
その瞳には一切の感情がない。けれど、その奥には狂信的な執着が微かに揺れていた。

紫苑は、顔を上げることなく答える⸺。

「……用件を。」

青年──最高神代理はわずかに口元を綻ばせた。

「天音様の覚醒の兆候……そろそろ限界のようです。人間という不安定な器では、完全に消滅してしまう。」

その声色はあくまでも静かで優しい。
けれど、紫苑の指先が小さく震える。

(消滅……?)

八雲もわずかに眉を寄せた。

「……ですが、覚醒を急かせば、人間としての天音は……」

「──人間としての天音様など、どうでもいいのですよ。」

淡々と告げるその声音に、微かに狂気が滲む。

「私は……最高神としての御姿をこの目で見届けたい。ただそれだけです。」

最高神代理の瞳が細められ、微笑が深まる。

「……紫苑。あなたは天音様を愛しているのでしょう?」

紫苑の心臓が強く脈打つ。

「ならば、彼女を覚醒させなさい。そうすれば、存在は保たれる。」

紫苑は無言のまま唇を噛む。
拳を握り締める手が白くなる。

(……あの方が……消滅など……認めない……)

代理は静かに続ける。

「拒みたいなら、それもまた良いでしょ……ただ、そうなればお前はまた天音様を失うだけです」

その言葉に、八雲の瞳が鋭く光る。
だが、紫苑は怒りを押し殺し、ただ頭を垂れた。

「……御意。」

代理は満足げに微笑むと、立ち上がり、玉座の背後にある扉へ向かう。
白い外套が床を滑る。

「……私は、あの方が人間として生きる姿も嫌いではありません。」

扉の前で振り返り、静かに告げた。

「けれど……最高神としての御姿こそが、私が崇拝すべき唯一の存在です。」

最後の言葉だけは、微かに狂気に濁っていた。

扉が閉まると同時に、静寂が戻る。

八雲が立ち上がり、無言の紫苑を見下ろす。

「……頭領。本当に……いいのか。」

紫苑は答えなかった。
ただ、微かに震える指先を握り締め、薄く笑った。

「……奪わせはしない。誰にも……。」

その笑みに滲んだのは、深い愛と、ほんの僅かな狂気。

(……俺のものだ。神でも、人間でも……関係ない。)

八雲はその横顔を見つめ、静かに目を閉じた。

(……あの子を守るのは、頭領だけじゃない。俺もだ。)

謁見の間に、冷たい風が吹き抜けた。
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