異世界転移モノの序盤でやられる悪役盗賊の頭、公爵令嬢を人質に転移勇者からトンズラかまして新天地を目指す!

ポンコツロボ太

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第12話 ルシラ&イッカクとの戦い

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 大鉈はバンチの血と脂肪あぶらぬめっているのでズボンの裾で拭いてやる。
 これで準備万端。いつでもかかって来いってんだ。

 俺たちを包む空気が一瞬で変わる。

「ママぁぁ……痛いよう。痛いよう……」

 一人空気を読むことなくわめき続けるバンチに「いつまでもわめいてんじゃないよ!!静かにおしっ!!」珍しくルシラがバンチを叱った。

 母に怒られたバンチは「フーッフーッ」息を吐くだけで痛みをこらえているようだった。

 見合う三人。

 先に動いたのはイッカク。
 その図体からは想像できないスピードで俺を掴もうと両手を広げ近づいてくる。

 俺はそれをぐるりとバク転の要領で躱し、ついでに蹴りを顎先に見舞う。

「ぐうっ」

 イッカクはその場でたたらを踏む。
 ここでいっちょ大鉈の出番。バンチの二の舞にはならないように渾身の力で横に薙ぐ。

 が、後ろから聞こえてきた空気を裂く音に反応して鉈を振るのを諦め横に跳び跳ねる。

 間髪いれず俺が元居た場所に鞭が振り下ろされ頑丈な床が鞭によって割られた。

「ひゅう!危ねえ……っ!」

 鞭を避けた隙をつかれ、イッカクに鉈を持つ右腕を掴まれる。
 そのまま馬鹿げた力で俺を振り上げ地面に叩きつけんとするイッカク。このままじゃ地面に踏み潰されたカエルみたくなるが関の山。

 そいつは勘弁と、右手首の返しだけで鉈を素早く左手に渡すとそのまま俺を掴むイッカクの手を浅く切る。

「っ!」

 イッカクは痛みに驚き手を離す。俺は空中で身を捻りそのままイッカクの頭の上に着地した。

 それを追うようにルシラの鞭が迫る。俺は再び飛び上がりそれを避けると目標を失った鞭はそのままイッカクの頭を叩き、イッカクは鞭打の痛みに頭を押さえその場でうずくまった。

「ケケケ。ざまぁねぇぜ」

 俺はその様子を天井に張り付いて眺めた。
 自慢じゃないが、俺は物を掴む力が他より強い。 
 さらには、足の指も長く自在に動かすことができる。

 だから天井の僅かな突起を手足で掴んでぶら下がるなんて朝飯前だ。

「キィィッ!ちょこまかと逃げて、この山猿が!!」

 真っ赤な顔で怒るルシラ。

「そいつは褒め言葉かな?ウキキキ」

 ここに来て俺の悪い癖が出ちまった。なんで人をおちょくるのはこんなに楽しいのか不思議でしかたがない。
 そのまま天井に張り付いていると、あら不思議。腕と足がズブリと天井に沈み込む。

「うげっ!」

 下をみればイッカクの野郎が見た目に似合わず器用に魔法を使ってやがる。

土縛アースバインド

 元々この部屋は鉱山の採掘場を利用して作られている。天井も床も壁も山の一部、土魔法が通りやがった。

「この!クソボケがぁああ!!」

 渾身の力で腕を抜こうとするがびくともしない。
 俺がジタバタもがいている間にイッカクは高く跳び上がると、空中で大きく体を背面に反らし弓なりになる。

「やべぇ!!」

 全身のバネを利用したイッカクのフルスイングのスパイクが天井に固定された俺を撃ち抜いた。
 とんでもねえ破壊の衝撃が俺の体を突き抜け、あまつさえ俺を天井からひっぺがえす!

 ドラゴンの滑空か、ってほどの勢いで俺はバンチのベッドに落ちていく。
 ああ、ふかふかのベッドが優しく受け止めてくれる、と思ったのは大きな間違い。ベッドを跡形もなく破壊して尚、勢いは止まることなく俺は床にしこたま体を打ち付けた。

「がふっ!!」

 バカみたいに身体中が痛む。
 本当なら我慢なんて大嫌いだが、そんなことは言ってられない。
 無理をおして俺はベッドの残骸の中から立ち上がる。
 満身創痍まんしんそういと辞書引けば間違いなく今の俺の挿し絵があるに違いねえ。それほどよぼよぼの俺。

「さあ、さっさと金を返しな!そうしたら楽に殺してあげるわ」

 すでに勝ちを確信したルシラは痛みを耐えて冷や汗ダラダラなバンチと今やこの部屋で一番の重傷者マシラ様こと俺の前に悠然と立つ。
 
 さらにはイッカクも俺の背後にピタリと付いた。
 人気者はつらいね。

 しかたねえ。奥の手、出しときますか。

 俺のユニークスキル『遁逃とんずら』がここにきて火を噴く。
 そんなもん最初から使っとけって?馬鹿言っちゃいけないぜ。

 俺の遁逃とんずらの発動にゃいくつかの条件がある。

 まず一つ。俺が敵とみなした相手にしか効果はない。これははなっから条件クリアだ。なんたってここには俺の敵しかいない。

 も一つ。俺が勝てないと思った相手。これもクリアだ。この状態から形勢逆転を狙えるのは神に愛されたヤツだけだろ。
 もちろん俺はそれに当てはまらない。

 そして、ここが重要。俺が敵とみなした相手がとどまることだ。俺の間合いとは俺の大鉈が届く範囲。
 さっきから鞭を振るうルシラはその範囲外にいたから遁逃とんずらを使うことができなかった。が、今は違う。

 皆さん弱った俺にとどめを刺そうとわざわざ近くにご足労頂いてる。

 さあカウントダウンだ。……3。

 しかし、物事ってのは上手くいかないのが世の常。先走ったイッカクが俺の首を掴む……2。

「ぅぐっ」

 イッカクよ、早い男は女に嫌われるって知らねえのか?
 うんざりする俺をよそにイッカクは掴んだ手の力を強める。イッカクの怪力なら俺の首を折るなんて一秒もかからんだろう。……1。

 やばい、こりゃだめかも。

 首に万力のような圧力がかかり、一瞬で意識が飛んでいく。

 あぁ……悪い、ここが俺の年貢の納め時だ……

 死んでいった仲間の顔が脳裏に浮かぶ。どれも不細工な面でむかつくぜ、チクショウ。
 俺の黒目がぐるりと逆さになろうとした時――

 ドガーーンっ!!!!!!!!

 階下で爆発が起こる。

 地面が大きく揺れ天井がばらばらと剥がれ落ちていく。その瞬間イッカクの握力が一瞬弱まった。俺はここぞとばかりに死にかけた金魚のように息を吸う。

 そして、この部屋のすべてに嗤いかけてやる。

「カカカ!遁逃《とんずら》だ」

 俺を取り巻く敵が動きを止めた。
 俺は完全に力の抜けたイッカクの手をするりと抜けると気合一発、疲労困憊の体を引きずるように部屋を後にした。
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