三州の太守

芙伊 顕定

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【第七話】執権の覚悟

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 目を開けると寝所の天井が見えた。
 記憶をたぐってみる。
 そうか、寄合衆と打ち合わせをしていたが、吐血して倒れたのだ。
 初めての吐血ではなかったが、気を失ったのは初めてだった。

「時宗さま、目を覚まされましたか!」
 近侍していた侍女が喜びの声を挙げた。
 大事ない、と伝えようと声を出そうとしたが、うまく声が出ない。
「時宗さま、大事ございませぬか?」
「う‥む‥」
「薬師の見立てでは、しっかり養生して精のつくものを食せばじきによくなるであろうとのことでした」
 そんなことはあるまい。自分の身体のことは自分が一番よくわかる。これは死病だ、時宗はそう悟った。
 残された時間はそう長くはなさそうだ。
 しかし、自分にはまだやらねばならぬことが山のようにある。
 得宗家の地位を盤石なものにし、北条の世が末長く続くようにしなければならない。

 数日後、時宗は何事もなかったかのように執務に復帰した。
「執権どの、大事ないのですか」
「ああ、もう大丈夫じゃ」
 自分の苛烈なやり方についていけないと感じている人間が何人もいることはじゅうぶんに承知している。
 しかし、そのような生ぬるいことは言っていられない状況であることを時宗自身が最も自覚していた。
 最初の蒙古襲来の時には大いに悩み迷ったりもしたが、一度追い返したことにより、迷って受け身でいるより、先手先手で打つべき手を迷わずに打つことを強く意識すると共に、それが自分の使命なのだと理解した。
 そして、自分に残された時間はわずかしかなく、迷っている暇などないことを改めて実感した。
 迷いが晴れてしまえば決断することに躊躇することはなくなった。

 蒙古からの再度の降伏勧告の使者が大宰府に着いたとの報せを受けたのはそんな頃であった。
「首を刎ねよ」
 日本をかの国の属国にしてはならない。
 そして、北条政権をもっと強靭な政権にしなければならない。
 時宗が己に課している課題はこの二つであった。

 鎮西探題とは別に長門探題を設置し、防衛力を強化した。さらに、逆にこちらから高麗へ攻め込むという計画までたてたが、さすがに軍事費などの関係で頓挫した。
 防御用の石塁の建設や警固番には、寺社など非御家人にも兵や兵糧の徴発を実施し、西国における幕府の支配力の大幅な強化に繋げた。
 さらに、北条一門を九州など西国に下向させ守護に任じたりした。
 また、六波羅探題にも、御家人の処罰権を与えたり、将軍の特権であった御恩沙汰を得宗家ができるようにした。

 時宗は自分の命を削ってここまでのことを成し遂げてきた。ますます研ぎ澄まされていく自分を感じていた。

 実政は鎮西探題としてよく働いてくれている。
 折々に触れて届く報告にはその順調ぶりが伺える。
 西国の御家人たちともうまく馴染んでいるようだ。人選に間違いはなかった。

 しかし、時宗には大きな懸念があった。
 もし、もう一回蒙古が攻めてきたとして勝利したとしても、御家人たちの働きに報いるための恩賞をあたえることが難しいのではないかということだ。防衛戦では敵から得られる土地がないのだ。
 だからこそ、高麗を攻め取りたかったのだが、それは至難の業である。

 胸から込み上げるものがあったので懐紙を出して口を抑える。咳こむと、懐紙には鮮やかな血がついた。

 研ぎ澄まされていく。

 まるで自分の身体ではないような感覚に陥いる。

 いずれにしても勝たなければそのあとはない。
 勝つために最善の手を打つのみだ。
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