三州の太守

芙伊 顕定

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【第十二話】貞久の帰国

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 島津貞久は国許に戻ってきた。博多から鎌倉に向かい、京にも寄って見聞を広げてきた。

「お梅よ、今帰ってきたぞ」
「あ、おかえりなさいませ。旦那さま」
「そなたの兄上にも博多で会えたぞ。お土産もことづかっている」
「まあ、左様でございましたか」
「お役目、ご苦労さまにございました」

 薩摩に帰ってきたのは実に3年ぶりのことであった。
 梅の目から見ても明らかに逞しい姿になっているのがよくわかる。
「旦那さま、よくぞご無事でお戻りになられました」
「留守中に大事なかったか」
「はい、国老のみなさまがよくやってくださいました。おや、噂をすれば‥」

 夫婦水入らずで話をしているのも束の間‥、廊下をバタバタと駆けてくる足音が聞こえる。酒匂の兄弟であろう。
「若さま、ゆうとぞご無事でお戻いにんもした」
 酒匂忠胤は兵衛入道の長男である。
「ずいぶん逞しゅなられましたな」
 酒匂久景は次男である。
 本田親保もいる。
「忠宗さまはご息災にしておられもすか」
「うむ、みなによろしく伝えてくれと申しておったぞ」
「そやよかったござんで。改めて、ゆうとぞご無事でお戻いになられもした。おかえいなさいませ」
「国老のそなたたちがよく国を守ってくれているおかげで我らは博多や鎌倉にゆくことができている」
「なんとな。それが我らの仕こっじぁなぁ」
 忠胤が大笑いしながら答える。
「我らが若とののお戻いほいなら。酒ほいなら酒ほいなら」
 久景も大笑いしながら酒支度を始める。
「おいおい、まだ日もだいぶ高いぞ」
 貞久もつられて大笑いした。
 お梅もみなのやりとりを微笑みながら眺めている。

 流れでいきなり始まってしまった酒宴は夜遅くまで続いた。
 幕府の失政のせいでこの穏やかで緩やかな薩摩でも、訴訟争いは絶えないようで、中には小競り合いに発展してしまうものもあるようだ。
 貞久は父からいずれ薩摩国守護職を引き継ぐ予定であるが、一国の守護職としてこの状況をいかにすることがでできるのか、考えずにはおられなかった。
 国内の御家人の中には先の元との戦で目を見張る戦いをし、すでに伝説となっているものもいるが、幕府から充分な恩賞が与えられているとは言い難かった。
 そういった者たちが不満を抱えないわけはなく、それは薩摩に限ったことではなかった。
 先に訪れた、博多の大友や少弐といった一国の守護クラスの有力御家人が不平不満を口にしているのだ。
 これで良い訳がなかった。

「お梅よ」
 夜も更けてから、貞久は梅と共に寝所に入った。
「祝言もそこそこに3年も留守にしてすまなかった」
「いえ、旦那さま、薩摩の方は本当に良い方ばかりで、梅は寂しい思いをしている暇もございませなんだ」
「はっはっはっ、そうか、確かに愉快なやつらばかりじゃのう」
「はい!」
「実は、近いうちに薩摩国内を巡りたくてな。また留守にするが大事ないか」
「旦那さまは大将の器とおじじさまが申しておったと伺っております。今しかできないことなのであれば存分になされませ」
「かたじけない。苦労をかけてすまぬ」
「いえ、私は大丈夫ですわ」
「久々の水入らずじゃ、ゆるりと過ごそうではないか」
「はい‥」
 空には明るい満月が光っていた。

 一月ほど経ったある日、貞久は家臣たちを驚かせるようなことを言った。
「しばらく、薩摩国内を順番に巡りたいと思う。供は酒匂久景、そのほうについてきてもらいたい」
「若、今のご時世、昔と違って治安が余いゆうとあいもはん。誰か代わいに人をやうとか、お考え直しゅいやんせ」
 年頭の本田親保が叫んだ。
「いや、今だからこそ巡りたいのだ、時代は必ず動く。その時に確かな目を持って物事を選択していかなければ大事な薩摩を失うことになりかねん。若いうちにしかできないこともある」
「‥若がそこまでんうすでしたら、我らから言うこたあ何もございません」
「わかってくれたか、ありがたいぞ」
「久景どの、くれぐれも若のこっお頼み申すぞ」
「久景、わしが代わいにいきたいとこいほいならが、若のご指名ほいなら。くれぐれも頼んだぞ」
「はっ、かしこまいもした。わしにお任せくだされ」
「では決まりだな。出立は明後日とする。久景、支度を急げ」
「はっ!」
 島津貞久の冒険の人生は始まったばかりであった。
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